2話 歌と浄化
「ふっふん。音を半分以上外すエレを慰める権利を与えよう……慰めてください」
「外してましたか?オレは、エレ姫の歌声が、とても素敵で良かったとしか思えなかったんですが」
「リーグにぃらぶー」
「エレ、ぎゅぅ」
フォルはエンジェリアを離さない。エンジェリアが、離れられないと知ると、すやすやと眠った。
「エレ様は本当にフォル様を大切にしているのですね。それが伝わってきました。それに、フォル様がどれだけ後悔していたかも」
「すやすや。それより、ゼロがなんだか危ない状況なのは気にしないの」
エンジェリアは、ゼーシェリオンとの共有で事件を感じたのだろう。共有が切れていない状態であれば、エンジェリアは、ゼーシェリオンの居場所も分かるだろう。
「えっ?えっと、話とか色々したいけど、先にゼロ探してきて良い?」
「そうしないと怒りますよ」
「……うん。そうだよね。エレ、共有で居場所だいたい分かるだろ?案内して」
フォルは、エンジェリアを抱っこして、立ち上がった。
「私達も一緒に行きます。その方が安心するでしょう」
「うん。頼りにしてる」
「……ゼロ、エレの愛情あげるの。エレの大好きあげるの。だから、一人でもどうにかして」
共有でゼーシェリオンと会話しているのだろう。
「……みゅ?みゅにゃにゃ……ゼム、気づいて。ゼロ一人じゃ、時間稼ぎもできそうにないから。ゼムが助けてあげて」
「どう?ゼム気づきそう?」
「うん。エレの声を聞いてくれているはずなの……エレ、このくらいしか役に立てないから」
「十分だよ。愛姫、少しだけ急ぐから、目が開けないで」
エンジェリアでは、目の前に広がる情報を処理できなくなるだろう。それで戦線離脱されると、いざという時の切り札がなくなる。
エンジェリアが目を閉じたのを確認して、フォルは魔法を使った。
「これは」
「この花に乗って。数十秒で着くと思うから。エレ、魔力共有頼むよ。今無理して倒れるわけにはいかないから」
「今じゃなくてもだめなの!魔力はいくらでもあげる。魔力吸収を最大にするから、自然の魔力を使うように使ってくれて良いよ」
巨大な花の乗り物。この花を動かすためには膨大な魔力量を必要とする。フォルも、その魔力を与えられはするが、前の事もありエンジェリアに頼んだ。
エンジェリアは、喜んで引き受けてくれる。それを見たフォルは、笑顔を返した。
「フォル、無茶は」
「失わないためなら少しくらいするよ。でも、ちゃんと頼るから。デューゼ、君は一番使い勝手が良いから、ゼロと合流したあとに散々使ってあげる」
「……少し見ない間にかなり変わった。いくらでも頼れ」
「うん。散々頼りまくってあげる。疲れたって音をあげても知らないから」
昔良く見せていた、心底楽しんでいる笑顔。ギュリエンの最後の時から、そんな笑顔を見せた事はなかった。
「やっぱり、エレはフォルがだいすきなのー」
「エレ、目、開けない」
「まだ魔力補給中だから良いの」
花を動かすためには、事前に魔力を与えなければならない。今は、それをやっている。
「俺とリーグが音をあげたら、エレにクレープ奢ってやろう。高級なやつで」
「そう。その賭け乗ってあげるよ。君らが音をあげなければ、君ら全員に高級レストランで全額奢ってあげる」
フォルが笑顔でそう言っていると、魔力の補給が終わった。
「リーグリード、防御魔法無しに突っ込むな。ゼロがどんな状況であろうとだ」
「はい。考えなどで突っ込む事はしません」
「フュリーナ、浄化魔法を使うくらいなら、リーグとリガーに防御魔法をかけ続けろ。それと、ゼロが怪我してようと、回復魔法は使わなくて良い」
「承知しました。何があっても回復魔法は使いません」
「ミュンティン、最悪の事態に備えて、いつでも逃げる事ができるようにするのを最優先にしろ。クリンガーはミュンティンを守れ」
「承りましたわ。リガー、脱出だけに魔力を使うから、頼んだわよ」
「……頼まれた」
「テンデューゼ、神獣と同様程度の敵相手に遅れはとらないだろ?」
「そりゃぁ、俺も一応本家に近しい家柄で、黄金蝶だが、流石に多数は厳……リーグ達を使えってか?」
「そういう事」
考え無しに行動しないよう、あらかじめ、簡単な指示を出しておく。
――エレは……自分のやるべき事を理解しているか。
エンジェリアは、フォルの指示がなくとも、考え無しに行動する事はないだろう。愛姫としての経験があるからか、何も考えてないように見えるが、最適解を常に考えている。
「あっ、あと、デューゼって風切りの魔法使えたよね?それと、速度を感じなくさせるような魔法とか」
「……それ同時に使えと?やれなくはないが」
「エレ、出発するよ」
「みゅ」
フォルは、エンジェリアに一言言ってから、花を動かした。
**********
ゼーシェリオンのいる場所へ着くのに、わずか十二秒。
「……エレー」
ゼーシェリオンの周囲が凍っている。
「ゼムがこれを?」
「ううん。ゼロ。多分、エレが受け取ったのは、これをやったあと」
ゼーシェリオンが、泣きながらエンジェリアに抱きつく。
「エレ、怖かったー。急に変なのがきて、びっくりしたら、全部凍ってて怖かった」
「……ふみゅ。自分でやってるだけなの。心配して損した」
「エレ、そうでもなさそうだよ。氷が溶けてきてる」
「ふみゅ。ゼロ、エレの側にいるの。その方がフォルも守りやすいと思うから。それに、エレとゼロは一緒の方が良いから」
エンジェリアが、ゼーシェリオンの頭を撫でる。
氷が溶け、真っ黒い魔物が動き出す。
「デューゼ、フュリーナ達連れてフィル探し行って。近くにいるだろうから」
「フォル、ゼロねむねむ。コウモリ変えたから、デューゼに渡しておくの」
エンジェリアがそう言って、コウモリの姿をしたゼーシェリオンをテンデューゼに渡した。
フュリーナ達がフィルを探しに向かう。
魔物は、フュリーナ達の方へ行こうとしていた。
「エレ、少し痛いかもだけど我慢して」
「ふみゅ。エレやるのに」
「前にやった時かなり深く行ったからだめ」
フォルは、エンジェリアの右腕を短剣で切った。浅いが、血が出るには十分な深さだ。
エンジェリアの血に魔物が反応する。魔物が、エンジェリアに向かってくる。
「エレ、ゼロが泣いていて機嫌悪いの。機嫌悪いから、極寒地獄か灼熱地獄意外選択肢ないの」
エンジェリアが、収納魔法から魔法杖を取り出した。
「エレの歌の世界の餌食になれなのー」
どこからか、美しい歌声が聴こえる。何もない景色が変わる。
極寒地獄でも灼熱地獄でもなく、花畑だ。
「あれ?灼熱地獄は?」
「極寒地獄のない」
「良く考えれば、灼熱地獄も極寒地獄も意味ないって気づいたの。だから、エレがとってもすてきな夢を見せてあげようかなって。ちょっとずつ浄化してあげるの。それで、身も心も清めてあげるの」
エンジェリアが、にっこりと笑ってそう言った。
魔物の足元から、じわじわと浄化していく。足が浄化された魔物は、動く事ができなくなり、浄化しきるのを待つだけとなる。
「フォル、ぎゅぅなの」
エンジェリアが、フォルに抱きつく。
「エレねむねむさん。ゼロがなんともなくて良かった。今はフィルが守ってくれるから、安全なの」
「大量に魔力を使わせたから。ありがと。ゆっくり休んで」
「ふみゅ。フォル、エレがねむねむさんでも、ちゃんと言いたい事言うんだよ?ちゃんと、隠さずに」
言い切る前に眠ってしまった。
フォルは、眠ったエンジェリアの額に口付けをした。
「フォル、魔物が」
「……ゼム、いつも通り、何も見てなかっただ」
「うん。おっけぃ」
エンジェリアが眠り、浄化しきれなかった魔物が再生し、エンジェリアに襲いかかる。
「せめて、綺麗な花を咲かせろ」
魔物が突然花に変わる。
生物には効かないが、魔物の多くは怨念のようなもの。
「……ゼム、悪いけど、フィルに説明しといて。少し休む」
「大丈夫?」
「一体だけだから、少し休めば大丈夫」
フォルは、使い終えた花の乗り物に乗り、エンジェリアと一緒に眠った。