8話 挑戦
翌朝、ミディリシェルが気持ち良く眠っていると、ゼノンに起こされた。
ミディリシェルは、重い瞼を開けて、ゼノンを見た。
「ミディ、朝飯作るぞ」
「……みゅ?……ふにゅ⁉︎お支度するのー」
ミディリシェルは、慌てて起き上がり、身支度をした。
「早めに来てやったから、ゆっくりで良いぞ」
「……みゅぅ。あわわなの」
ミディリシェルは、口では慌てたそぶりを見せて、動作は、いつも通りどころか、いつもよりも少し遅い。
「せめていつも通りの早さでやれよ」
ゼノンにつっこまれながらも、ミディリシェルは、ゆっくりと身支度を済ませた。
身支度を済ませてから、ゼノンと一緒に、厨房まで向かった。
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厨房も、他の部屋同様、広く、かなり高級そうなものが揃っている。
充実した設備に、高級そうな道具。ミディリシェルは、料理人であれば、喜ぶのだろうかと、想像していた。
「アゼグにぃ、昨日連絡した通り、今日はミディも一緒なんだが、良いか?」
ゼノンが当番と言っていた。今日の朝食の当番が、ゼノンとアゼグなのだろう。
「大歓迎、と言いたいには言いたい。ただ、昔のミディを知っている分、正直、不安もある。というか、不安しかない」
「そんなに何もできなかったのか?」
ミディリシェルは、ゼノンとフォル以外の住人とは、一度しか会った事がないが、ゼノン以外は、転生前の記憶がありそうだった。
アゼグは、不安が表情にも出ている。
「だから、危ないからやらせるなって言っているんだけど?」
フォルが、呆れた表情で、厨房を訪れた。
「……みゅ?」
「野菜とか、とってもらうくらいならできるだろう」
「……やらせてみれば?」
「ミディ、アマトとって」
ゼノンに頼まれて、ミディリシェルは、取ってくるのではなく、きょとんと首を傾げた。
「あまと?お野菜?」
ミディリシェルは、食材を見る機会が無かった。アマトなどと言われても、それがどんなものなのか知らない。それが本当に食材なのかすらも分かっていない。
ミディリシェルは、できるというところを見せるために、一生懸命、アマトが何か考えた。
ゼノンが、野菜と言っていた。その言葉がヒントなのだろう。そう考えたミディリシェルは、野菜とは何かを考えた。
――ふにゅ。お野菜は、緑色なの。
ミディリシェルは、緑色の食材イコール苦いイコール野菜と関連付けた。
緑色の食材を探す。それが正解だろうと考えたミディリシェルは、保冷庫の食材を見た。
緑色だけでも、二十種類はある。そんな中から正解を導き出すには、もう少し絞れる何かを探さなければならないだろう。
「……アマト……アマト……甘い……あまあまさん……比較的甘そうなものを選ぶの」
ミディリシェルは、比較的甘そうな緑色の食材!そう絞る事にした。
ミディリシェルの目で、一番甘そうな緑色の食材を選んだ。
「きっとこれなの」
ミディリシェルは、アマトという言葉すら知らなかったが、自信満々に、そう言った。
「まず緑から離れろ」
「みゅ?」
「ミディ、野菜は、緑以外にもあるんだ。確かに、緑が多いイメージかもしれないけど、赤い食べ物とかでも苦いのはあるのを知っている?」
「……ふにゅ」
ミディリシェルは、アゼグから、丁寧に、説明を受けた。
そう言われてみるとあるかもと、ミディリシェルは、こくりと頷いた。
「これがアマト。野菜の中でも、甘くて食べやすい。ミディもこれなら食べられると思う。生でいけるから、これ食べてみて」
ミディリシェルは、アゼグから、一口サイズの角が丸い三角の形をした、赤い食べ物を貰った。
それを口に入れて、噛んでみると、甘みが広がる。
「……あまあまなの」
「今日はこれで、サラダを作るんだ」
「……ふにゅ」
サラダは苦い。ミディリシェルの中では、そんなイメージがある。だが、これなら食べられるかもしれないと、興味を持った。
「……ミディ、塩取って」
「ふにゅ」
ここへ来た以上は手伝うという感じなのだろう。フォルが、ゼノンの手伝いをしながら、そう言った。
「みゅ。お塩さんは知ってるの。真っ白くて、中毒性のある危険な粉なの」
「うん。否定はしないけど、その言い方はやめよっか」
「みゅ?」
ミディリシェルは、フォルに違和感を覚えつつ、真っ白い粉こと塩を探した。
だが、真っ白い粉は幾つもある。三十種類以上はあるだろう。容器に名前が書いてあるが、全て読めない。
「ここは勘なの」
ミディリシェルは、真っ白い粉の入った容器を手に取った。
「それ、薄力粉」
「ふぇ⁉︎ふぇぇぇぇぇん!」
ミディリシェルは、手に持っていた容器を置き、大粒の涙を流した。
「つぅか、塩って白以外もあるよな?」
悪気は無いだろうゼノンの言葉が、更にミディリシェルを泣かせる。
「ゼノン、余計な事言わない」
「ぴぇぇぇぇん!」
「……僕の可愛いお姫様。知らないもので間違える事なんて良くある事だ。だから、そんなに泣かないで?」
フォルが、そう言って、ミディリシェルを抱きしめた。
抱きしめられた時、感じたのは、あの匂い。
「ぐす」
「ゼノン、僕、リビングで、ミディを慰めてくるよ。ミディの食事、お願いできる?」
「柔らかいパンと冷水スープだろ?」
「うん。頼んだよ。ミディ、行こうか」
ミディリシェルは、泣きながら、フォルと一緒に、リビングへ向かった。
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「ミディ、お嫁さんにいけないの」
「一度失敗したからって、そんなに落ち込まないで良いよ。次は……洗濯、だったか。そんなに落ち込んでないで、次頑張るって考えてみな?」
「みゅ。頑張るのー」
ミディリシェルは、拳を上げて、そう意気込んだ。
「……あっ、そういえば、僕の当番、大浴場の掃除だった。ごめん、少しだけ、そこで待ってて」
「……じぃー」
ミディリシェルは、フォルの服の袖を掴んで、じっと見つめた。
「……ミディも、一緒にやるの。昨日言ってたの」
「……やっぱ、忘れてなかったか」
「部屋にいないと思えば、珍しく、早くからここに来ていたとは」
ルーツエングとイールグが、リビングに訪れた。
「フォル、この前話していた件で、話がしたい」
「良いけど。その前に、今日って、主様も大浴場の掃除じゃなかった?先にそっちを済ませてからにしない?……イールグも、暇だろうから、手伝ってくれる?ミディがやりたいって言うから」
「……良いだろう。ミディ、大浴場へ行くぞ」
「みゅぅ。よろしくなの」
イールグが、ミディリシェルの手を握った。
「みゅ?」
フォルが、明らかに敵意剥き出しの眼差しで、イールグを見ている。
「……いつぶりだろうな。そういう貴様を見るのは」
「何の事?無駄口叩いて担いで、早く行くよで」
「みゅ」
ミディリシェルは、イールグと手を繋いで、大浴場へ向かった。
**********
大浴場は、百人は余裕で入れるのではないかと思われる、とても広い場所だ。
「これをお掃除するの?大変そうなの?」
「基本魔法具頼りだ。そんなに大変ではないよ。僕らがやる事といえば、ブラシで床を掃除する事、くらいかな」
「みゅ。頑張るの」
「滑りやすいから、気をつけてよ」
ミディリシェルは、フォルから、ブラシを受け取った。
「洗剤はここを押したら出てくる」
「ふにゅ⁉︎便利なの」
ミディリシェルは、フォルに教えてもらい、持ち手にあるボタンを押した。
ボタンを押すと、洗剤は、適量、ブラシの先端に付いた。
「ふみゅ。これで、びゅーってやれば良いの」
ミディリシェルは、そう言って、ブラシを両手で持って、走った。
「危ないから、走って」
「ふきゃん⁉︎」
フォルが、走るミディリシェルを止めようとしたが、その前にミディリシェルは、すてんと転んだ。
「ミディ、危ないから、大人しくしていて」
「ふぇぇぇ」
一度転んだだけで、フォルに、これ以上やる事を止められた。ミディリシェルは、ぷぅっと頬を膨らませて、反抗するが、ブラシをフォルに没収された。
「……ミディ、床掃除ではなく、全体の掃除をしてみるのはどうだろうか?」
「むにゅ?」
イールグの提案が理解できず、ミディリシェルは、きょとんと首を傾げた。
「普段は、浄化の魔法具でやっている事だが、ミディなら、魔法具無しでもいけるだろう。発作の事なら心配しなくて良い。魔法の練習と思ってやってみろ」
イールグに言われて、ミディリシェルは、浄化魔法を使おうとしたが、できない。
「……手伝うから、感覚で覚えて」
フォルに、背後から抱きしめられて、手首を掴まれた。
「……むにゅ」
フォルから伝わってくる感覚を頼りに、ミディリシェルは、浄化魔法を使った。
ミディリシェルの使った浄化魔法で、大浴場は埃一つない、ぴかぴかの状態となった。
「ふにゅ。ぴかぴかさんなの。これで、お掃除完了なの」
ミディリシェルは、汗をかいてはいないが、腕で、額の汗を拭う動作をした。
「……なんかずるい気もするけど。これって、掃除できたって事になるのかなぁ?」
「みゅぅ」
料理とは違い、大浴場の掃除は、目に見える結果は出ている。だが、フォルは、掃除ができるという事に、納得していないようだ。
ミディリシェルは、綺麗になった大浴場を見て、ぴょんぴょんと跳ねた。
「危ないって」
「ふきゃん⁉︎」
着地した時に滑って転んだ。
フォルが、呆れた表情を浮かべて、転んだミディリシェルに、手を差し伸べた。
「そろそろ朝食ができている頃合いじゃないかな?ミディ、部屋で食べる?」
「みゅ」
「後で、ゼノンに頼んで持ってきてもらうか。主様、話の件だけど、後でクロ……僕の眷属に頼んでおくから、あの子としてくれる?」
「……分かった」
ミディリシェルは、一人で部屋へ戻ろうとすると、フォルに手を握られた。
「みゅ?」
「……手、繋ぎたい。だめ、かな?」
「……みゅ」
ミディリシェルが、手を繋ぐと、フォルが、嬉しそうにしていた。
ミディリシェルは、フォルと一緒に、部屋へ戻った。
**********
「あっ、やっときた。遅かったな」
部屋に戻ると、ゼノンがソファの上に座って、待っていた。机には、朝食が置かれている。
「フォルの分もついでに持ってきておいた」
「ありがと」
「ミディ、はい」
「あーん」
ミディリシェルは、ここへ来て以来、毎食のように、こうしてゼノンに食べさせてもらっている。
これが気に入っていた。
「……僕もやりたい」
「ふにゅ⁉︎フォルが積極的なの。これは、ミディにチャンスが」
「……チャンス?何の話?」
「むにゅぅ。あーん」
ミディリシェルは、フォルにも食べさせてもらった。
「ミディ、この後、食器片付けてきたら、部屋の掃除だ」
「ふみゅ。頑張るの」
「張り切りすぎて、失敗すんなよ」
「みゅ」
ミディリシェルは、早朝から、やる気だけは見せている。それは、今も変わらずだ。だが、そのやる気と結果が結びつくとは限らない事を、朝食作りで学んだ。
「あっ、ミディ、この前薬飲んでくれなかったから、苦さ控えめに改良しておいたんだ。これなら、飲んでくれるかな?」
フォルが、そう言って、机に瓶を置く。色は、相変わらず、苦そうな緑色だ。
ミディリシェルは、丁度、食事が終わった。瓶を手に取りはするが、口まではいかない。
「……頑張るの!」
ミディリシェルは、そう言って、勢いに任せて、薬を飲んだ。
「……にがにがさん、前のよりはないないなの」
前回よりは、苦味が抑えられている。それは、ミディリシェルの舌で感じ取る事ができた。
「これなら飲めそう?」
「むりなの」
だが、まだ苦い。飲みたいか飲みたくないかで言えば、飲みたくはないと答える。続けて飲めるか飲めないかでも、ミディリシェルには、飲めそうにない。
「……美味しかったんだけどな……次は、もう少し甘めにできるように調整するよ」
「ふにゅ」
「二人とも食べ終わったし、俺、食器洗ってくる」
「みゅ。頑張ってね」
「ああ」
ゼノンが、そう言って、空になった食器を持って部屋を出る。
ミディリシェルは、フォルと二人きりで待つ事になった。
「ふにゅ。暇なの」
「ミディ、変装魔法具を持ってきたんだ。それだと使い勝手が、悪いと思うから。その髪飾りと違って、ブレスレット型なんだ。使ってくれるかな?」
フォルが、ブレスレットを取り出した。
「みゅ。でも良いの?こんな高そうなもの」
「うん。君のために用意したから」
「ありがとなの」
「付けても良いかな?」
「みゅ」
ミディリシェルは、フォルに、ブレスレットを右手首に付けてもらった。
「この髪留め外すの」
変装魔法具は、二つも必要ない。ミディリシェルは、髪留めを取った。
「可愛く結ぶよ」
「ふにゅ」
ミディリシェルは、フォルに髪を結んでもらっていると、ゼノンが戻ってきた。