9話 名無しの英雄
試験をいくつも受け、ぎりぎりもあったが合格したエンジェリアとゼーシェリオンは、とうとう実践的な試験を言い渡された。
内容は簡単だ。管理者として、世界の状況を自ら足を運び調査する。
エンジェリアとゼーシェリオンは、それぞれ別の場所を任された。共有を使っても良いという事で、互いの状況は常に知る事ができる。
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エンジェリアが任された場所は、天界。
エンジェリアは、人が集まる場所という事で商店街を選んだ。
――ゼロはロスト、エレは天界。これは楽勝なの。
互いに縁のある場所に選ばれている。これはフォルの配慮なのだろう。
「姫様、ふわふわ飴買ってくかい?」
「みゅ⁉︎ふぇ、い、今はお仕事中なの……で、でも、ふわふわ飴……ふわ……買うの」
エンジェリアは、誘惑に勝つ事などできず、ふわふわ飴を買った。だが、ただ買うだけでは、買い物に来ただけになってしまう。
「おねぇさん、最近天界の様子聞きたいの」
「最近はふわふわ飴の原料が豊作で、助かっているよ」
ふわふわ飴の原料は全て、薬に使われるもの。豊作という事は、薬にも困らないという事だろう。
「ふみゅ。ありがとなの」
――ゼロの方はどうなんだろう。何か情報もらったのかな?もらったの?
――ああ。アイス買ったら情報がついてきた。
ゼーシェリオンも同じ思考をしていたのだと、エンジェリアは安心した。
エンジェリアは、ゼーシェリオンに負けないようにと、より良い情報を手に入れるため、天界の魔の森へ向かった。
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オレンジ色の木。真っ白な花。危険な香りを漂わせている。
魔の森は情報の塊だ。
魔物の状態。植物の状態。それは、その場所の現状を示している。
エンジェリアは、オレンジ色の木に触れた。
木は、十分な養分を受け取っている。世界の養分は十分植物達に行き渡っているようだ。
「危ないから一緒にいるよ」
監視役として、エンジェリアとは離れてついてきていたフォルが、木の上から飛び降りる。
今回の試験は、基本的には安全という事で、フォルとフィルは、隠れてついてくる事になっていた。
だが、魔の森という危険な場所では、いざという時のために、側にきたのだろう。
「ふみゅ」
「木の様子はどうだった?」
「養分は十分なの。それに、魔力も心地良い。でも、少しだけ色が濃いのが気になるの。どうしてなのかっていうのはまだ分からないけど」
本来であれば、現在の木よりも色が薄い。
「他も見てみるの」
周囲の植物も調べるが、養分は十分にある。だが、植物もまた、色が濃いように見える。
「ふみゅ、推理するの。エレが手に入れたじょぉほぉは……」
「ふわふわ飴の原料が豊作と色が濃い……エレ、ふわふわ飴一個ちょうだい」
「みゅ」
エンジェリアは、フォルにふわふわ飴を一個渡した。
フォルが飴を舐めている間に、色が濃い原因を考えるが思いつかない。
「ふにゅ。色素が濃くなるという事は……誰かが色濃くなる薬を撒いたの」
「うん。違うと思う。君も一個食べてみな」
「……みゅ?ふみゅ」
エンジェリアは、ふわふわ飴を一個口に入れた。
「あまあまさん……ふみゃ?なんだかいつもと味が違うの」
エンジェリアは、ふわふわ飴の味を覚えている。その味と現在の味を比べると、全くの別物だ。
美味しいのには変わりないが、本来のふわふわ飴にはない濃厚さがある。
「……ふみゅ。豊作……濃厚……分かったの!養分が多すぎるの!」
「正解。原因についても、検討はついているけど、君の意見も聞いてみようかな」
養分が必要以上に渡る原因はいくつか存在する。その中でも一番可能性の高い原因は、人為的なものだが、今回はそうではないだろう。
「魔の森までこうなっているっていうのが重要だと思うの」
「うん。そうだね」
「……みゅ。魔の……魔物さんなの!新種の魔物さんなの」
ごくごく稀にだが、突然変異で新種の魔物が生まれる事がある。その魔物は、従来の魔物よりも危険な種が多いが、人々に危害を与えない魔物の時もある。
「ふみゅ。知能があればお話しで解決なの。でも、知能あるか分かんないの」
「大丈夫だと思うよ。怖がってないから」
「ふみゅ。じゃあ、魔物さん探すの」
エンジェリアは、そう言って、新種の魔物を探しに魔の森の奥へ向かった。
――ちなみに現在のゼロを聞きたいの。
――クレープもらって休憩中。情報はみんなが勝手に教えてくれる。そこにいるだけで集まってくる楽な仕事。
エンジェリアが、自ら魔の森まで足を運んでいる中、ゼーシェリオンは楽して情報を手に入れているようだ。
「ずるなのー!」
「どうしたの?」
「ゼロが楽して稼いでいるのー!エレはこんなに苦労して足で稼いでいるのに。これはずるなの。ゼロだけ、別の場所でもう一度やるのを申請するの」
「エレ、残念ながら、それもありだよ。情報さえ手に入れる事ができれば良いから」
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ゼーシェリオンが楽している事に、ずっと不機嫌なエンジェリアは、養分を与えているであろう魔物を見つけた。
「このー森をケガース人間かー」
「違うの。エレは……みゃぁなの」
魔物は自然を愛しているようだ。エンジェリアは、敵ではないと示すため、生命魔法を使った。
「エレは、自然が大好き。共存なの」
「……は、なし、は、聞こう」
「ふみゅ。養分いっぱいをやめて欲しいの。あのね、養分は、いっぱいすぎるのもだめなの。でも、少なすぎるのもだめなの。ちゃんと分量を守るのがお花さん達には大事な事だから。今のままだと、いずれはここの自然は全部枯れちゃう。でも、お花さん達の事を思ってやってくれていたのはありがと」
「……養分は多い方が、良いのでは、ないのか?」
「ううん。違うよ。エレ、ちょっぴりこういう事に詳しいから、一緒にお勉強しよ?それで、いっぱい綺麗な自然を作るの」
「勉強、する」
「うん」
エンジェリアは、魔物に笑顔を見せた。
「エレ、君の知識だと、彼を満足させられない。それに、気づいてないようだけど、彼は元は魔物じゃないよ」
「みゅ?魔物さん違う?みゅにゃ?前みたいな禁呪?」
「……違う。聖獣に近い。聖獣になりきれず、魔物化しただと思う。その影響で、知識や記憶も消えているんだろう」
エンジェリアは、一度も見た事はなかったが、そういう事があるという話だけは何度か聞いた事がある。
「……フォル、エレ」
「分かってる。とりあえず、記憶をどうにかしないと。名前も分からないから」
「ふみゅ」
エンジェリアは、新種の魔物の記憶を戻そうと、願いの魔法を使った。
「魔物さんのお名前聞きたいの。戻ってほしくない記憶なら戻らなくて良いから、お名前だけ知りたいの」
聖獣となるだけの功を成しているという事は、それ以上に忘れたいような苦い記憶を持っている事が多い。
エンジェリアに力を貸しているヴィーも、かつては自国に裏切られている。
だからこそ、そんな記憶を思い出し、多くに裏切られた絶望感を再び味わってほしくはない。
「……思い出した?お名前、聞いても良い?」
「ヴュッズ。そう呼ばれていた」
「呼ばれていた?」
「彼は孤児だったんだ。孤児院でその名前をもらった。名無しの英雄。前に記憶の書庫で見た事がある。その身一つで戦争を止めた英雄だけど、本人が名乗る事がなく、誰も名前を知らなかったからって名無しの英雄なんて呼ばれていたらしい」
その話であれば、エンジェリアも聞いた事がある。かなり有名な話だ。だが、エンジェリアが知っているのは、フォルが話したその部分だけ、その後の事は知らない。
「良く知っているさ。その後は、その身一つで戦争を止めた事を恐れた人の手で討たれたん。それにしても、管理者か。昔から噂は聞いていたが、こんな子供だったとは意外な事もあるよの」
「良く言われるよ。名無しの英雄。僕は、フォル・リアス・ヴァリ ジェーシル。管理者の統率だ」
フォルがそう言うと、ヴュッズが、目を見開いた。
「ほほぅ。統率と。これまた驚かせてくれよる。して、話を戻すが、自然に関する知識をどう学ばせてくれよる?」
「管理者の所有する記憶の書庫には、そういう本も多く揃えてあるんだ。そこで色々と学ぶのはどうかな?こっちも事情に多少は協力してもらうけど、何もない時は基本的に自由にしてくれていて良いから。ついでに、ちゃんと聖獣になって、人の姿に戻れるように協力するよ」
「そこまでしてもらえるのは、感謝しかないさ。しかし、そこまでしてくれるそちらさんの利が分からない」
「別にないけど、強いて言うなら、エレのお守を増やせる事」
エンジェリアは、驚きのポーズを取るが、フォルに無視される。
「良いかな?」
「噂の愛子さね。承った。この名無しの英雄ヴュッズが、力を貸そう」