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星月の蝶  作者: 碧猫
5章 管理者見習い試験
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8話 幻聴の言葉


 暗く何も見えない。ゼーシェリオン達がどこにいるかなど分からない。


「みゃー」


 声を出すが、聞こえ方がおかしい。反響していないようだ。


 ゼーシェリオン達の声は聞こえない。


 ――これは悪趣味なの。こんな場所に長くいるなんて絶対やなの。早く出たいの。どうにかして出口を探さないと。


 フォルとフィルが同行するとは言っていたが、どこにいるかなど見えない。声など聞こえない。いてもいないようなものだ。恐らく、二人が同行するのは、エンジェリアとゼーシェリオンが途中で降参した時にここから出すためなのだろう。


 エンジェリアは、壁がないか手探りで探る。


 目の前には壁はない。進んでも大丈夫だろう。


 段差があるかもしれない。そう思い、一歩一歩慎重に足を運ぶ。


 ――壁発見なの。ここからは左右どっちかに行かないと……


 両手が壁に触れた。


 エンジェリアは、左右に壁がないか手探りで探る。


 ――右はないみたいなの。これ、かなり難しいの。怖いとかそういうの以前に、足音とか変に聞こえて気持ち悪い。音に敏感だから余計にそう感じるのかも。そう思うと、唯一の救いは、エレ以外のは聞こえない事なのかも。


 エンジェリアは、手の方に集中し、足元を疎かにしていた。


「ふきゃ⁉︎」


 段差に気づかず、躓いて転んだ。


 立つのにも一苦労だ。立てたと思ったら、段差でまた転ぶ。それを二、三回繰り返し、ようやく立つ事ができた。


 ――みゅ?これ、思ったんだけど、立たなかった方が良かった?立つのが間違い?でも、立たないと頭ぶつけるの。それよりは良いの。


 エンジェリアは、段差に気をつけながら、進む。


      **********


 かなり進んだが、なぜこんなものをやらせるのか。その理由は理解していない。


 ――裏切らないとか聞いていたけど、何か関係あるのかな?分かんないの。それにしても、これってあれだよね?無音とかっていう音が反響しないのだよね?なんだか、雑音がないから、普段聞こえないような音とかも聞こえるのはやなの。


 ここにいるだけで精神をすり減らす。早いところここから脱出したい。だが、いつになれば出る事ができるのか分からない。相変わらず暗いまま。光など存在しない。


 ――みゅ。楽しく考えるの。フォルも楽しめって言っていたんだから。いっぱい楽しい事だけを考えるの。

 ここから出たご褒美はきっとなでなでなんだろうなぁ。すりすりもついてくれるかもしれない。なですりすき。


 エンジェリアは、ここから出た後の事を考えた。そのために頑張ると思うようにする。


      **********


 どれだけの時間ここへいるのだろうか。もう、時間など分からない。


「エレ」


「みゅ?フォルなの」


「君といると面倒なんだ。ほんとは世話なんてしたくないのに、僕はジェルドだから、君は愛姫だから。そうやって嫌々世話をする。それがどれだけ面倒な事か君には分かる?」


 長い間ここへいて、正常な判断力を失いつつある。


 その言葉にも一瞬、信じかけた。


「フォルはそんな事言わないの」


 いつも、エンジェリアが断ろうとフォルは自分がやりたいからとエンジェリアの世話をする。それが全て嘘だとは、この状態であっても思えなかった。


「それは君に気を遣っていたからだよ。ほんとは全部、やりたくなかったんだ。君と一緒にいたくなかったんだ。何もできない姫と一緒にいる事以上に疲れる事はないから」


「俺も、ずっとそう思ってた。エレが愛姫だから。愛姫を懐かせれば、俺もジェルドの王としていられるって思って近づいただけなのに。それを勘違いして、本当の家族のようなものとか言って、ずっと離れないで、一緒にいると疲れる」


「毎回毎回、話するのも疲れる。あんな下手な設計図を渡されるのも迷惑。相手が愛姫だからって、それを見せないようにするのは疲れる。早く気づいて欲しい」


 ――違うの。言うわけないの。みんな、そんな事言わないの……言わ……エレがそう思っているだけなのかもしれない……本当は、みんなそう思っていて、でも、言わなくて……


 エンジェリアの瞳から、ぽたぽたと涙がこぼれ落ちる。


「泣いているのを泣き止ませるのもやりたくてやってる事じゃないんだよ。毎回毎回、どうでも良い事で泣いて、少しはこっちの事も考えろって思うよ」


「そうやって泣いていれば可愛いとでも思ってんのか?お前のようななんなの魅力もねぇやつは何をしても可愛くねぇんだよ」


「愛姫は楽で羨ましい。気に入らなければおれ達に世界を滅ぼさせる。自分は何もせず泣いていれば良いだけ。なんの罪も背負う事はない」


 ゼーシェリオン達がそんな事を言うはずはない。そう思おうとするが、思えなくなっている。


「愛姫が泣いているだけなわけないだろ。愛姫は、僕らとは比べ物にならないくらい重いものを背負っているんだ。それから逃げ出さないだけでも、僕らの側にいるだけでも、愛姫には過酷な事なんだ」


 エンジェリアを肯定する声。それは幻聴ではない。


「逃げ出して良いよ。でも、僕らの側にいて。そんなわがままをずっと聞いてくれる優しい姫なんだ。何度も、何度も、予想以上の結果を出してくれる。だから、もっと僕の予想を超えるとこを見たい。見せて欲しい。そう思わせてくれる、強い姫なんだ。それが、僕の愛姫だよ」


 誰かがエンジェリアの涙を拭う。暗くて見えないが、それがフォルだと気づいている。


「ごめん。こんな事をさせて。でも、見せて欲しいんだ。君がこの幻聴に勝つとこを」


「みゅ、みんなそんな事絶対言わないの。エレは、ゼロ達にとっても愛されてるんだから。お世話するのが嬉しいって言っていたんだから。泣いているだけじゃないんだって、知っていてくれているから。エレの重みを、みんなは知っていてくれてるの。だから、そんな知らない事言わない」


 幻聴が聞こえなくなる。あれは全て嘘だった。そう安心すると、足の力が抜けた。


「大丈夫?少し休もうか」


「出口まで行くの。暗いのも音おかしいのもやなの」


「出口なんてないよ」


 フォルが魔法を使ったのだろう。周囲が明るくなる。


「ふみゅぅ」


 音の聞こえ方が元に戻った。


「……みゅにゃ⁉︎エレ、フォルに声をかけてもらったから、試験不合格なの」


 落ち着いたところで、エンジェリアは、それに気づいた。


 あの幻聴は試験。エンジェリアは、その言葉を信じかけていた。フォルの声を聞くまで、何もできなかった。


 エンジェリアは、瞳に涙を溜めてフォルを見る。


「合格だよ」


「どうして?だって、エレは一人で何もできなかっただけじゃないんだよ?あの言葉も全て信じかけていたんだよ?だから、エレは……」


「でも、君は一度も辞めたいって言わなかった。信じかけていたとしても、それは変わらない。この試験は、自分から辞めると言わなかった。僕が強制的に辞めさせる事にもならなかった。それが合格の条件なんだ。君だから特別合格なんて事はない」


「みゅ?それだけで?でも、それなら誰だってできる気がするの」


「簡単そうに見える?でも、簡単じゃないよ。何も見えないだけじゃない。音が反響しないから、普段とは違うふうに聞こえる。普段は聞こえないような音まで鮮明に聞こえる。それ以外にも、早くここから出たいって思うような事はあったんじゃない?」


「……そう言われてみればあったようなないような」


「管理者でやった時でさえ、一時間いれたのはルノとレイだけ。一時間半なんて誰もいれなかった。君は、二時間近くここにいたんだ。気づいてないと思うけど。それは、誰にでもできる事じゃない」


 そんなに長くいたという事は気づいていなかった。精々一時間だと思っていた。


「ここは、元々、精神系の魔法に慣らすための場所なんだ。相手はそういう訓練をしてきている神獣。それを管理者の訓練に使用しているだけなんだ。だから、ここには、常に精神破壊魔法が仕組まれてる。今、君は君でいる事。それが合格の条件って言っても、納得しない?」


 もし、そうなっていれば、フォルに強制的に辞めさせられていたのだろう。だが、エンジェリアは、最後まで壊れる事はなかった。


「……喜んで良いの?」


「当然だ。これは、君の強さが掴んだ合格なんだから。ちなみに、ゼロの方はフィルの判断で中止にしたって」


「みゅ、それ実質不合格」


「ゼロがこうなるのは想定済み。むしろ、想定以上に長い時間入れたんだ。特別に合格って事で良いよ。それに、これはあの子の方がきついはずだ。あの子は、たとえ幻聴や幻覚だろうと、本物とおんなじように感情が視えてしまうんだ」


「ゼロは優しすぎるところが良いところなの。だからきっと、嘘と分かっていても、見捨てられなかったんだと思うの」


 エンジェリアとゼーシェリオンの共有は、ここに入った時、強制的に切れた。


 エンジェリアには、ゼーシェリオンの身に何が起こったのか、今すぐ知る方法はない。だが、ゼーシェリオンの優しさを知っている。それが、偽り相手にすらある事も。


「うん。フィルからは、ゼロが幻聴に耳を貸して、一緒にいる事も、もう謝る事もできないから、これで良いにしてくれって言って腕を」


「みゅにゃ⁉︎止めたの?止めたんだよね?」


「うん。怪我してないから貧血にもなってないよ。自分の血の事を理解してんなら辞めてほしいよ」


「ふみゅぅ。エレ、休んだらゼロを怒るの。それで、ゼロはエレのものなんだから勝手な事だめって言うの」


「うん。そうして」


 エンジェリアとフォルは、一休みしてから、この迷路のような空間を出た。

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