3話 橋作り
エンジェリアが思いついた方法に必要な魔法は、精神干渉魔法、それに、エンジェリアのメロディーズワールド。それが、最難関だろう。
だが、それだけであればまだ簡単な方だが、使い方が難易度を上げている。
――これで大丈夫なのか?
――みゅ。あの魔法は、想いを繋ぐ魔法なの。だから、きっと大丈夫なの。問題は、メロディーズワールドが想いを繋ぐものは、音だけって事だけど。エレが何も見つけられなかったら、それはそれで失敗なの。
以前、一度同じような事は成功させている。そこで、それを成功させる方法に関しては覚えている。
エンジェリアの記憶から、音を紡いだ歌。その歌を使い、メロディーズワールドを強化。
その歌は、記憶と想いを繋ぐ事が重要だ。
エンジェリア自身の記憶と想いから紡ぎ出すのであれば、成功率は高い。だが、今回必要になるのは、フォルの想いと記憶。自分ではない分、成功率は格段と下がる。
――エレ、干渉魔法使った。
――ふにゅ。伝わってくるの。エレに伝わってくるの……後悔……悲しい。でも、とても優しくて強い。これがフォルの想い……でも、きっとこの先の未来は……きっと……
エンジェリアは、精神干渉魔法で伝わってくるフォルの想いを元に、音を選ぶ。想いと願いがたっぷりと詰まった、奇跡の音を。
――ふにゅ。できたの。場所は……思い出の場所。エレ達の双子宮。逆効果になっちゃうかもしれないけど、エレの想いもいっぱい詰め込んだから、きっと届くの。歌にいっぱい詰め込んだ想いに。
エンジェリアは、準備を終え、ゼーシェリオンに合図をする。メリディーズワールドで創り出す世界の精巧さは、ゼーシェリオンの協力がなければならない。
エンジェリアとゼーシェリオンは、フォルから離れ、ステッキを取り出した。
「メロディーズワールド。音の世界を届けて」
エンジェリアは、ゼーシェリオンの協力の元、メロディーズワールドを使った。
エンジェリア達にとって縁深い場所、ギュリエンで二人が過ごした双子宮。
「お願い。届いて」
エンジェリアは、そう願いを込めて、音を紡いだ。
「消えない後悔。消せない過去。ずっとそれに囚われていた。
「迷って良いの」僕とおんなじ、世界に囚われた子。その言葉が、救いになった。
いつだって
許してなんて言わない。でも、会いたいんだ。だからずっと探し続けるよ。償い続けるよ。
ちゃんと思い出すよ。もう、忘れたいなんて思わない。僕は、自分の犯した罪と向き合って生きるから。
奪われた時間。消せない傷。ずっとそれで良いと思っていた。
「一緒に償う」聖なる星を守る、聖なる月の子。その言葉が、未来を見せた。
ありがと
許されなくて良いんだ。そう、思えるんだよ。だけど時々泣いても良い?弱くても良い?
ほんとは強くないんだ。でも、そうしないといけなかったから。僕は、誰にも弱さを見せてはいけないんだ。
枯れていく。世界が、何もかも。どうして僕は……
差し伸べられた、氷の華と純粋な音
僕の、愛おしい光の華音
やっと会えたね。ずっと、待っていたんだよ?
許してくれてありがと。また、一緒にいて?ずっと、ずっと、言いたかったんだ。ごめんって。
今度は間違えないよ。もう、後悔なんてしたくないから。僕は、自分の役割を受け入れて生きるから」
エンジェリアの紡ぐ音には、過去の後悔、未来の希望。それを詰め込んだ。
その音を紡ぐ中、エンジェリアは、ぽろぽろと涙を溢していた。
「だめ、なの。みんなも、エレも、ゼロも、フォルの後悔した顔、もう、見たくないの。だから、落ち着いて。エレ達の声を聞いて。エレの、大事な想いを受け取って。フォルの中にある想いと希望を受け取って。お願い」
エンジェリアは、涙を拭きながら、そう言った。
「……エレ……ごめん。こんな魔法まで使わせて」
「みゅ」
幻覚魔法と時空魔法と空間魔法で、まるで時が止まったかのような空間を創り出す。エンジェリアは、咄嗟に使っていた。
それが、この方法を成功させている。
「みゅ。良かったの。でも、ちょっと疲れちゃったの。ねむねむさんじゃないけど、立ってるのもやなの」
エンジェリアは、そう言って、ゼーシェリオンの前で両手を広げる。
「だーこー。だーこー」
「ああ。お疲れ、エレ」
エンジェリアは、ゼーシェリオンに抱っこしてもらい、喜んだ。
「……試験の事、少しは前向きに考えてあげる。僕の落ち度で無理させた事もそうだけど、咄嗟に判断に加えて、この制度のメロディーズワールドと紡ぎ音。エレの方はそれかな。ゼロは、高度な魔法を簡単に使った事とエレの補佐。ほんとにすごかったよ」
エンジェリアとゼーシェリオンは、聞き間違いか幻覚か。そのどちらかとしか思えなかった。
互いに顔を合わせて、目で会話する。
「あのさ、僕だって褒める時は褒めるから。ちゃんと評価するから。それでこんなふうにされるのは心外なんだけど。次それやったら、イタズラして良い?」
「ふぇ⁉︎良いの。いっぱいいたずらして」
フォルは、嫌だと言われると思っていたのだろう。だが、エンジェリアには、フォルからの悪戯はご褒美。構われなくなる事の方が嫌がる。
エンジェリアは目を輝かせている。
「……とりあえず、ありがと。魔物の方は任せて。もう、大丈夫だから。リミェラは、エレとゼロに何かないように守っといて。何もないと思うけど念の為」
「わたしがいるの、覚えてたんだ」
「当然だよ。頼りにしてる」
エンジェリアとゼーシェリオンは、リミェラの元へ避難した。
だが、その必要などなかっただろう。魔物は、例の如く、フォルが瞬殺していた。しかも、今度は、エンジェリア達が避難している間に。
何が起きたのかは、見ていないため分からない。
「ぷにゅぅ。あのレベルに達するのはむじゅかちいの」
「そうだな。むじゅかちい」
「君らは何目指してんの?」
「みゅ?フォルと一緒にいられるエレとゼロを目指してるの。だから、神殿の調査もがんばる」
エンジェリアは、そう言って、神殿までの道のりを歩いた。
**********
神秘的な光の湖の向こうに、目的地である神殿が見える。この湖を越えなければ神殿にはいけないようだ。
だが、湖には橋がかかっていない。湖を越えるための道はない。
エンジェリアは、どうすれば湖を越えられるのか、一人で考えるが、良い案は思い浮かばない。
良い案ではなくて良いのであれば、エンジェリアは、いくつか思い浮かんだ。
「泳ぐ、ぴょんってする、ボートを作る……みゅ?分かんないの」
どれも、現実的ではない案ばかりだ。
なぜか、湖は流れが激しく、この中で泳ぐのは難しいだろう。ボートも同じ理由で難しいだろう。
エンジェリアは、隣で悩んでいるゼーシェリオンの手を握り、瞳に涙を溜めた。
「波が荒いから、湖の中に入るのは現実的じゃねぇよな。だが、それ以外にできそうな方法なんて……」
「……ぴゅぅ」
「ぴゅぅ?……風に乗るとか?」
エンジェリアは、ゼーシェリオンに、何言ってんのという目を向けている。
「二人とも、いつまで経っても終わりそうにないから、次間違えたら答え言うよ」
「ぷにゃ⁉︎」
エンジェリアは、驚きのポーズをとった。
あと一度。そこで間違えれば、試験が遠のいてしまうかもしれない。
エンジェリアは、絶対に外さないようにと、真剣に考える。
「……みゅぅぅぅ……ゼロ、何か良い案でもあった?あったら教えて欲しいの。それをエレの回答にして正解もらうから」
「ずるい……エレがずるい」
「それも一つの手だよ。ずるいけど。でも、エレ、そういうのは、言わずにやるもんだよ」
「ふにゅ」
フォルがエンジェリアに賛同して、ゼーシェリオンが「きしゃー!」と威嚇している。
だが、エンジェリアは、それを無視して、ゼーシェリオンが何か良い案を出すのを待っている。
「……俺の案は俺のなんだ」
「ぷぅ。もう良いもん。自分で考えるもん」
エンジェリアは、ゼーシェリオンに頼るのをやめて、自分で考える。
「……ぴゅぅ……ふにゃ⁉︎思いついたの!フォル、この方法なら良いと思うの。あのね、橋を自分達で作るの。なければ作れば良かったの」
「波に耐えられる船を持ってくるだろ。それか、魔法車」
エンジェリアとゼーシェリオンが、互いに回答をする。
「エレは惜しい。作り方を言わないと正解とは言えないよ」
「言えないの?」
「言えないの」
「……ぷちゅ」
エンジェリアは、フォルをじっと見つめて、悲しげな表情を浮かべる。
「ゼロ、具体的に言ってみて」
「分かりません」
「正直だね。正解は、創造魔法で」
「みゅ。やってみるの!」
気合い十分。エンジェリアは、創造魔法を使って橋を創る。だが、橋は神殿にある小島にかかる事はなく、途中で橋が崩れた。
「……みゅぅ……なんだか、むにゅぅって感じなの。ゼロ次やれなの」
「このくらい、魔力と集中力があれば、余裕だろ」
ゼーシェリオンが、創造魔法を使い橋を創る。エンジェリアよりかは先に進んだが、橋がかかる事はなく、崩れた。
エンジェリアは、その様子を見て、満足な表情を浮かべた。
「ふっふっふ、ゼロだって全然橋をかけられていないの。ふっふっふ」
「……お前さ、それ言ってて何も感じないのか?自分だってかけられなかったのに」
「エレが言っているのは、ゼロが橋をかけられなかった事に対してじゃないの。エレが言っているのは、ゼロがエレを馬鹿にしたくせに失敗している事について言ってるの」
エンジェリアは、得意げにそう言った。
「……橋どうするんだ?」
「……分かんないの」
「……二人で協力すれば良いのに」
「うん。そうなんだけど、こうなったらそれはやらないかもしれないね」
エンジェリアとゼーシェリオンは、互いに互いの橋を創ろうと、創造魔法を使っている。
だが、一人でやっていても、橋はかからない。
「……負けたくないの」
「エレのだけは負けない」
「エレがゼロに負けないの」
「俺がエレに負けないんだ」
エンジェリアとゼーシェリオンは、負けず嫌いで、互いに互いには絶対に負けないと、橋を創り続ける。
エンジェリアとゼーシェリオンの技量では、この橋を創る事はできない。そんな事は承知の上で。
「負けないのー!」
「負けないんだー!」
その負けず嫌いな想いが、奇跡を呼んだ。
まさかの、二人同時に橋をかけた。
真っ白く、まるで天使の羽のようなデザインの橋がエンジェリアのかけた橋。
闇色で、格好良さの中に、星という可愛さを見せている橋がゼーシェリオンのかけた橋。
どちらも、歩いて問題のない橋だ。
「ふっふっふ、エレの勝ちなの」
「俺の勝ちなんだ」
「……むすぅ」
「きしゃぁー!」
橋をかけるという目的から、どちらが先に橋をかけられるかの勝負へと目的が変わっている。
エンジェリアとゼーシェリオンの睨み合いは終わっていない。
「ふふっ、ほんと、面白すぎ。こんなに面白い生き物見た事ないよ。張り合って、奇跡起こすだけじゃなくて、こんな個性的な橋を創るなんて」
「……みゅ……ふにゃ……ぎゅぅ?」
「うん。そうだね。ご褒美にぎゅぅしてあげる」
エンジェリアは、喜んでフォルに抱きついた。
「俺は、なでなで」
「分かったよ」
ゼーシェリオンが、フォルに頭を撫でてもらう。
満足そうにしているゼーシェリオンに、エンジェリアは、ぷくぅと頬を膨らませた。
「そうしたいのは俺の方だ!」
「エレの方なの!」
エンジェリアとゼーシェリオンは、とうとう喧嘩へと発展した。
「しゃぁー!」
「きしゃぁー!」
エンジェリアとゼーシェリオンが、威嚇しあっている。
「二人とも、早く橋渡るよ」
「……ぴゅぅ」
「みゅぅ」
エンジェリアとゼーシェリオンは、互いに自分の橋を渡る。
「リミェラ、ゼロの方頼んだ」
「うん」
フォルとリミェラも別れて二人の後を追う。
**********
エンジェリアは、フォルと手を繋いで橋を歩く。
フォルが一緒にいたとしても、エンジェリアは、不機嫌なままだ。
「エレ、機嫌なおして。可愛い顔見せて」
「やなの。エレだってご機嫌斜めになる事があるの。仕方がない事だと思うの。だからやなの」
「うん。それはそうだけど……僕、エレの可愛い姿見たいよ」
「やなの。エレはフォルの言う事聞かないの。ねこさんなんだから。気まぐれなんだから。エレは、ゼロがきらいなの」
エンジェリアは、ゼーシェリオンの創った橋を見て「しゃぁー」と威嚇する。
「……機嫌直したら、お菓子あげる」
「みゅ。フォルらぶらぶなの。とってもご機嫌だよ。エレはご機嫌だよ。可愛いよ」
「はい、ご褒美。ゼロとも仲直りするんだよ」
「みゅ」
フォルの計らいにより、エンジェリアの方は、機嫌を直した。
機嫌が直った頃、橋を終点へと辿り着いた。