2話 仇の魔物
翌日、エンジェリア達は、ノーズとヴィジェを探しに向かった。
洞窟を抜け、霧が出る場所に着くが、まだ霧は出ない。時間があるのだろう。
「……残念なお知らせ。霧が出るのは二日後だって。ここに二日間いる?」
「ふにゅ。いたくはないけど、いた方が良いと思うの。いたくはないけど。今すぐに帰りたいけど」
「念のため野宿用の道具とか準備してきて正解だったな。エレ、テント張るぞ」
「エレにできると思っているんだなんて、驚きでしゅぅ」
エンジェリアは、フォルの背に隠れて、ゼーシェリオンをじっと見つめてそう言った。
「って事になると思ったから、今回は特別」
「みゅ?」
「霧が出るようにする方法を教えてあげる」
「ふみゃぁーぁ」
エンジェリアは、両手をあげて喜んだ。
「霧を出すためには、魔法で霧を作れば良いんだ」
「みゅ?」
色々と気になる事はあるが、とりあえず、フォルが霧を作るのを眺めている。
霧が濃くなると、薄らと道が見える。
人工的に霧を作っても目的地へ辿り着くのだろうかと心配だったが、杞憂だったようだ。霧をどんな方法で生み出したとしても、その道は示される。
――みゅ?証は?必要って言っていた気がするの。この霧を行くのに。でも、これだと証なくて良い気がするの……気にしないの。
エンジェリアは、ここへくる前に聞いていた、神殿へ辿り着くには証が必要という話と、目の前で起きている事に、疑問を抱く。
だが、目の前で起きているのであれば、そういうものなのだろうと思おうとした。
「なぁ、証必要とかって話どこいった?」
「証が必要なのは、霧が出ても道が示されないんだ。この証があるからこそ、霧の中から道が示される」
原理は分からないし、聞いたとしてもエンジェリアでは理解できないだろう。そういうものと思い、原理など考えない。
エンジェリア達は、神殿へ向かって、霧が示した道を歩いた。
**********
「フォル、魔物だ」
「みゅぅ?ゼロ、魔物さんの反応ある?」
「ない」
リミェラが、魔物が近くにいる事を探知したが、エンジェリアとゼーシェリオンは、魔物の探知ができていない。
エンジェリアは、立ち止まり、魔物探知に集中するが、探知できない。だが、足音は聞こえてきた。
「足音だけ聞こえるの」
「エレとゼロだと、神獣が使う魔物は探知できないみたいだね。でも、足音からでも気づけたんだから上的だ」
「みゅ?エレ、リミェラねぇが言ってたから」
「言っていたとしても、そのあと自分で真偽を確かめた。しかも、足音から、魔物がいる事に気づけた。それは評価すべき事だ」
フォルがそう言って、エンジェリアの頭を撫でる。
「ゼロも、魔物がいるって言われた瞬間エレを守ろうとしたのは評価するよ。ただ、魔物が前方から来るとは限らないという事は減点かな」
ゼーシェリオンは、リミェラが魔物がいると言われた瞬間、エンジェリアを守ろうと前に出た。
「エレ、ゼロに守ってもらえるの安心なの。ゼロはエレを絶対に守ってくれるから。エレも落ち着いて魔法が使えるの」
「フォル、魔物が気づいた。神獣が使う魔物は、他の魔物よりも強い。あの子達じゃ」
「このくらいは対処できなければギュゼルになんて入れない。あの子らはそれを理解してるんだ。それでも入りたいと言うくらいなら、自分達でどうにかする方法だって考えてあるだろう」
手を貸そうとするリミェラをフォルが止める。リミェラが心配そうにしているが、フォルは、エンジェリアとゼーシェリオンが魔物に負ける未来など見えていないのだろう。心配そうなそぶりは見せていない。
「みゅ。ゼロ、エレを信じて」
「ああ。頼りにしている。エレ、俺が絶対守ってやるからな」
「みゅ。分かってるの。だから、安心してエレを任せられるの」
エンジェリアは、ゼーシェリオンに防御魔法を使った。自分にはかける事のできない強力な防御魔法。
エンジェリアは、この防御魔法にだけ集中する。他の魔法を使わない。エンジェリアは、自分を守る魔法は使わない。
無防備な状態だが、エンジェリアは、気にしない。ゼーシェリオンが必ず守ってくれると知っているから。
魔物が姿を見せる。
「ヴォォォォォ」
魔物が激しい雄叫びを上げると、草花が揺れた。
「氷なの」
「ああ」
ゼーシェリオンが、氷魔法で魔物を凍らせようとする。だが、魔物が炎のブレスを吹き、氷を打ち消した。
「みゅ」
魔物は、エンジェリアに狙いを定める。極上の食事が目の前にあるのだから当然だろう。
「エレはおちょくじじゃないの」
魔物の炎のブレスがエンジェリアに向けて吹かれる。だが、エンジェリアは自分からそれを避けない。
ゼーシェリオンが、エンジェリアを抱え、氷魔法を使い、炎のブレスの威力を下げながら、右へ避けた。
「ぷにゅ。ありがと」
「これがなかったら危なかったな。エレ、大丈夫か?」
「エレは大丈夫なの。それより、この魔物さんはゼロと相性が悪いと思うの」
「そうだな」
氷魔法を得意とするゼーシェリオンに、炎のブレスを吹く魔物。相性は最悪と言っていいだろう。
「ヴォォォォォ」
「耳きぃんってなる」
魔物の雄叫びに、エンジェリアは耳を塞いだ。
「フォル、加勢した方が」
「必要ない。そうだろ?僕の愛姫」
「みゅ⁉︎ふにゅふにゅ」
――こ、これは……真っ黒フォルなの。
「お前まだそんな事言ってんのか?にしても、本当に不思議だよな。抑えていない状態はこれなのに、抑えた状態はあの性格って」
「抑えていたからこそそうなったんだと思うの。その力を抑えていたからこそ、あの性格なんだと思うの。あっちもこっちも、フォルなの」
フォルの二重人格のような、雰囲気の変わりようは、フォルが自らの力を封じた影響によるもの。封じた影響でなぜそうなるのかは、エンジェリアとゼーシェリオン、それどころか、フォル本人までも理解していない。
「ふにゃ⁉︎」
魔物が突然、尻尾でエンジェリア達を薙ぎ払おうとする。
ゼーシェリオンがエンジェリアを庇い、エンジェリアの防御魔法で、ゼーシェリオンは守られている。
ゼーシェリオンがエンジェリアを庇う事も魔物は想定済みだったのだろう。魔物は、エンジェリアに、炎のブレスを吹いた。
ゼーシェリオンが、尻尾の攻撃に気を逸らされていて、エンジェリアに向かう炎のブレスに気づくのが遅れた。エンジェリアは、自分では避ける事も防ぐ事もできない。
炎のブレスが直撃する直前、エンジェリアの目の前で、炎のブレスが凍る。
何が起きたのか理解できなかった。ゼーシェリオンが、あの短時間に、炎のブレスを凍らせるだけの氷魔法を使ったのかとも思ったが、そんな事をゼーシェリオンが咄嗟にできるとは思えなかった。
ゼムレーグであれば、これだけの魔法を咄嗟に使う事はできる。だが、ゼムレーグは、一緒に来ていない。
そうなれば、消去法で考えて一人しかいない。
「ゼロ、追撃くらい想定しろ。いつ、どこで何が起きても対処できるようにしないと、大事な子が怪我する」
「悪い」
「みゅ⁉︎ゼロ、尻尾なの」
エンジェリアとゼーシェリオンの頭上に魔物の尻尾が見える。魔物の尻尾が、振り下ろされる。
「避けてるだけじゃ、らちあかねぇな」
「みゅ」
エンジェリアは、ゼーシェリオンにかけていた防御魔法を解いた。それと同時に、風魔法を使った。威力は弱いが、尻尾が、エンジェリア達へ到達するまでの時間稼ぎにはなる。
その時間稼ぎの間に、ゼーシェリオンが、氷魔法で、尻尾を凍らせた。
「エレ」
「みゅ。共有で、ゼロに力貸すの」
魔物が炎のブレスを吹く。エンジェリアは、ゼーシェリオンに抱きつき、魔力を渡し、強化魔法を使う。
エンジェリアから、魔力を受け取ったゼーシェリオンが、氷魔法で、炎のブレスと一緒に、魔物を凍らせた。
「ぷにゅぅ。一回、フォルに助けられちゃったから、不合格なの。ぴぇ」
「合格不合格とかそういうのは今はない。でも、そうだな。今回の全体的な結果を見て、ギュゼルに入れられるだけの技量があるのかどうかを判断する材料にはする予定だ」
「ふぇ。じゃ、じゃあ、助けられたのいっぱい減点になって、相応しくないって」
「確かに、それは減点になるだろう。でも、君らは、二人だけで魔物討伐を成功させた。それとこれで、チャラっと事になる」
「むにゅ。ギュゼルに入れたいって思われるように頑張るの」
エンジェリアが、そう意気込んでいると、魔物の大群が押し寄せてきた。
「ふぇ。さっきの魔物さんいっぱい。で、でも、フォルに認められるためにがんばるの……ふぇ」
エンジェリアは、瞳に涙を溜めている。
「お、俺も、認められるために頑張る」
「頑張らなくて良い。すぐに終わらす」
目を離していれば、知らぬ間に終わっていただろう。僅か数秒で、フォルが、魔物の大群を全滅させた。
「こんな弱い魔物だけって。もう少し強い魔物を用意してないと、普通に侵入されるだろ」
「むにゅぅ。フォルの感覚がおかしいだけだと思うの」
「神獣の王の素質をもつ誰かが侵入してくる事も想定するべきだ」
「うん。フォルがいじょぉなんだと思う」
ジェルドの中でも、生命ジェルドにだけは絶対に喧嘩売ってはならないと言われている。エンジェリアとゼーシェリオンは、そんな事気にした事はないのだが、もし、喧嘩を売れば五体満足では帰れないと、他のジェルド達から聞いていた。
エンジェリアとゼーシェリオンは別だが、ジェルドは、基本的に神獣以上の実力を持っている。この魔物一体相手では、エンジェリア達のように苦戦する事はないだろう。大量に来れば別だが。
「神獣の王だからってそんなに強いとは思わないの。きっと、フォルから言わせれば、みゅぅって感じなの」
「エレ、また魔物来てる」
「ぴゅぅ。本当なの」
霧から見える巨大な影。先程の魔物より数段強そうだ。
エンジェリアとゼーシェリオンは、互いに抱き合って、ぷるぷると震えている。
「なんだか寒いの」
「冷たい。なんか冷たい」
「……ゼロ、あれって、あの時見た魔物さんそっくり」
「ああ。そっくり。ぷるぷる」
寒気の原因は、魔物ではない。その原因を作っているのはフォルだ。
巨大な魔物は、エンジェリア達にとって、懐かしい姿をしている。かつてギュリエンを襲った神獣と共に破壊の限りを尽くした魔物。
かつてのギュゼルのメンバーを襲った神獣が使役していた、ギュリエンが死の大地と呼ばれるきっかけを作った魔物。
その魔物が目の前にいるとなれば、エンジェリア達の事など気にする余裕などなくなるだろう。
――ゼロ、だめなの。フォルを止めないとだめなの。
――分かってる。あのままだと、この世界にまで影響がでる。
――でも、どうやって止めれば良いんだろう。こうなったら何も聞かないの。
このままでは、ギュリエンの二の舞だ。それだけは、絶対に防がなければならない。
この世界は誰もいない。世界を守るなどという、ヒーローのような感情はない。
ただ、見たくないだけだ。
フォルが平静を取り戻し、そうなった時を見て、ギュリエンの時のように後悔する姿を。
「みゅ。いつもの作戦でやってみるの」
「いつも……あれか」
エンジェリアとゼーシェリオンは、フォルに抱きついた。瞳をうるうるとさせる。
「フォル、エレがぷるぷるなの。フォルが怖いのやなの。エレのフォルは、優しくて、可愛くて、いじわるなの」
「フォル、エレがぷるぷる。怖がってる。エレ怖がっているのやだ。エレが笑ってくれないのやだ。フォルが笑ってくれないのやだ。怖い顔やだ」
いつもであれば、そのわがままのような言葉を聞いてくれる。エンジェリアとゼーシェリオンを優先してくれる。
だが、フォルから返事は返ってこない。
――エレ、どうするんだ。
――分かんないの。エレじゃわかんな……ゼロ、エレに協力して。成功するかなんて分かんない。難しい魔法いっぱい使わないとだから、失敗しちゃうかも。でも、ゼロが協力してくれれば、成功する気がするの。
――当然だろ。なんだって協力する。だから、何をするか説明してくれ。難しい魔法でも、成功させる。
――ふにゅ。知ってるよ。ゼロは絶対成功させてくれる。ゼロは、エレの王子様だから。エレに、奇跡を見せてくれた王子様だから。
天才の兄に守られる弟。ゼーシェリオンは、そう言われていた。ジェルドの魔法は才能だ。初めから使えるかどうかは決められている。
だが、ゼーシェリオンだけは、その才能がなく、使えない状態から、使えるようになった。それは、不可能を可能にした奇跡。
そんな奇跡を起こしたゼーシェリオンだからこそ、エンジェリアは、たとえ難しく、成功率が低かろうと成功できると信じている。
――じゃあ、方法を説明するね。
――ああ。頼む。
エンジェリアは、共有で、その方法を伝えた。