7話 本当のミディ
諦めなくて良い。そう思えた事が、嬉しかった。だが、同時に、何かが引っ掛かった。それが、何かまでは分からない。
ミディリシェルは、ふと考えた。諦めなくて良いとしても、自分は、お嫁さんとしてどうなのだろうと。貰ってもらえるような魅力があるのだろうかと。
それを考えるために、ソファの上に座って、ここへ来てからの事を振り返ってみる。
勉強は苦手で、得意な魔法学と調合学以外は、全然できない。
チティグ語しか使えず、ホヴィウ語は、理解できない。
ここにいる、一、ニ歳しか変わらないと思われる、女性。リーミュナとピュオを見ると、自分はかなり幼いと思う。
それ以外にもあるのだろう。だが、そこまで振り返っただけで、ミディリシェルは、危機を覚えた。
「このままじゃ、女の子として見てもらえないの⁉︎」
ミディリシェルは、そう結論づけた。
突然の発言に、ゼノンとフォルが、きょとんと首を傾げている。
だが、ミディリシェルは、それに構っている余裕はない。
どうすれば、今の現状を少しでも改善できるか。それを、考えるので手一杯だ。
「……女の子として見られるためにも、お料理、お掃除、お洗濯をできるってところを見せるの。きっとできるの。それで、それを見て、考え直してもらうの」
ミディリシェルが、考えた結果。必要だと思うものはこの三つだった。
「うん。危ないからやめようね」
「ふにゃ⁉︎」
フォルが、やらせようとすらしない。ミディリシェルは、予想外の言葉に、驚きのポーズをとった。
「少しくらいやらせても良いだろ。料理とかは、安全な事だけにするとかで。明日やってみるか?」
ゼノンの問いに、ミディリシェルは、勢い良く、こくこくと、何度も頷いた。
「ふにゃふにゃするのー」
「振りすぎだろ」
勢い良く頭を振って、目眩を起こした。
「みゅぅ。でも、明日、楽しみだから、みゅぅだけなの」
「そんなの楽しみなのか?なら、ついでに風呂掃除もやってみるか?フォル、確か、明日の大浴場掃除の当番だったよな?」
「うん……ほんとにやらせる気なの?反対なんだけど」
「だから、危ない事はさせねぇって。そんなに心配なら、ずっと側で見ていれば良いだろ」
「そうさせてもらうよ」
フォルが、渋々とそう答えた。
ミディリシェルの挑戦に、積極的なゼノンと裏腹に、フォルは、一向に賛成はしない。
掃除すらも、ミディリシェルにはやらせたくないようだ。
「明日が楽しみだから、ミディは、お風呂に入って、ねむねむするの」
「そういや、ここに来てから、初めての風呂じゃねぇか?」
一日目と二日目は、発作で入る事ができなかった。浄化魔法で身体を清めるか、拭くくらいしかできなかった。
これが、ミディリシェルのここに来て初の入浴。
「……一人で入れる?」
「入れるの」
心配するフォルに、ミディリシェルはそう言って、すたすたと部屋の奥にある、浴室へ向かった。何も持たずに。
「……お前、びしょびしょで戻ってくるのか?風邪引くぞ」
「……忘れてたの」
ミディリシェルは、ゼノンにタオルと服を用意してもらった。それを受け取り、再度、浴室へ向かう。
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「広いの」
脱衣所に入ると、個室にも関わらず、五人くらいは余裕で入れそうな広さ。
洗濯は、ここでするのだろう。洗濯用の、洗浄魔法具が置かれている。これも、一般に普及しているのと比べれば、かなりの高級品だ。
「……ここに入れれば良いのかな?」
タオルと着替えを入れておくような籠が、棚の上に置かれている。
ミディリシェルは、その籠の中に、持ってきたものを入れた。
「ふにゅ。お洋服ーぬぎぬぎー」
ミディリシェルは、服を脱いで、どこに入れるか探す。洗浄魔法具の隣に、洗濯するものを入れると思われる籠がある。その中に、脱いだ服を入れた。
服を入れて、ミディリシェルは、浴室に入った。
浴槽と、水放射魔法具、別名シャワーがある。しかも、かなり新しい型のようだ。
「……ふにゅふにゅ……ふにゅ……ふしゃ⁉︎」
ミディリシェルは、見た事がないシャワーに苦戦する。魔法具に詳しいと言っても、見た事がない形状の魔法具を、すぐに扱えるような器用さを持ち合わせていない。
適当にやればできるだろうと、適当にやると、冷たい水が出てきた。
「ふしゃん⁉︎」
ミディリシェルは、突然の水に驚きの声をあげた。
お湯にしようと、何度も試したが、一向にお湯は出てこない。ミディリシェルは、諦めて、冷たい水のままシャワーを浴びた。
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「ふるふる」
身体を洗い終えて、浴室から出る前に、ミディリシェルは、ふるふると顔を振った。
珍しい色のとても長い髪が揺れて、水飛沫が飛び散る。
「これで良いの」
ミディリシェルは、一人でそう言って、浴室を出た。
脱衣所に戻り、身体を拭く。
「みゅ」
身体を拭き終えると、服を着た。
「(くんくん)……これは、フォルの匂いなの」
まだ、ミディリシェル用の服は用意されていない。ゼノンの服を借りている。だが、今回は、フォルの服のようだ。
匂いでそう判断した。
ミディリシェルは、もう一度匂いを嗅いだ後、脱衣所を出て、部屋に戻った。
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部屋に戻ると、ゼノンとフォルが、ソファに座って待っていた。
ミディリシェルが戻ってきた事に気づいたゼノンが、ミディリシェルの方を見た。
「ちゃんと拭いてこい」
「拭いたの」
「髪、濡れてる」
「ふるふるしたから、濡れてないの」
服が濡れて、髪の先端から、水がぽたぽたと落ちているが、ミディリシェルは気にしていない。
「水落ちてるんだが?つぅか、ふるふるで乾くわけねぇだろ」
ゼノンが、呆れた表情で、そう言って、立ち上がった。
タオルを持って、ミディリシェルに近づいてくる。
ミディリシェルの背後に立つと、髪に触れた。
「……綺麗だな。って、冷た⁉︎なんで、シャワー浴びてきてこんなに冷てぇんだよ⁉︎」
「みゅ?あれ、お水だったよ?」
自分がお湯を出せなかったという事実だけを忘れている。ミディリシェルは、不思議に思いながら、そう答えた。
「お湯出るって。これだと風邪引くだろ……明日からは、一緒に入るとして、今日はどうするか……一日密着温めにするか」
「みゅ。ゼノンとフォルとぎゅぅってするの」
ミディリシェルは、密着に喜んでいた。
ゼノンに髪を拭いてもらい、ミディリシェルは、ある疑問をゼノンに投げかけた。
「……ゼノンは、ミディが怖くないの?」
「なんでだ?」
ミディリシェルは、普段から姿を変える、変装魔法具の髪飾りを身に付けている。その髪飾りで、腰までの金髪と空色の瞳に見せている。
だが、今のミディリシェルは、魔法具を付けていない。脱衣所に置きっぱなしだ。
髪は長く、背丈ほどある。桃色と青系のグラデーションの髪と瞳。
今、ゼノン達にもそう見えているだろう。
「ずっと見ていたいな」
「それは恥ずかしいの」
フォルから聞いた話では、ゼノンは転生前の記憶がない。転生前にミディリシェルのその姿を見ていても、覚えてはいないだろう。
それでも、ゼノンは、多くの人々から恐れられたミディリシェルのこの外見を、恐れない。ミディリシェルの側で、髪に触れている。
「……やっぱり、ゼノンはおかしいの」
「そうか?これは普通だと思うが。なあ、フォル」
「……」
「フォル?」
「……」
フォルがミディリシェルを見たまま、黙っている。
ミディリシェルは、ゼノンに髪を離してもらい、フォルの側へ近づいた。
「ぎゅぅなの」
ミディリシェルは、そう言って、フォルに抱きつく。
「う、うん。って、ほんとに冷たい。僕が温めてあげるよ」
「みゅ。あったか、するの」
ミディリシェルは、嬉しさを見せて、そう言った。
「……ごめん。まだ仕事があったんだ」
フォルが、そう言って、ミディリシェルから離れて、走って部屋を出た。
「……みゅぅ。忙しそうなの」
「そうだな」
「ミディ、フォルとだったら良いって思っていたのに」
「……」
「ゼノンは兄妹で論外になっちゃったのに……とりあえず、ゼノンであったかしよっと」
ミディリシェルは、そう言って、ゼノンに抱きついた。顔を、ゼノンに近づける。
「……嗅ぐのは無しだからな」
「……むぅ、匂い、好きなのに」
匂いを嗅ごうとしていたのがバレて、先に止められた。ミディリシェルは、不満という瞳でゼノンを見つめた。
「……ちょっとだけなら」
ゼノンが折れて、許可を出した。ゼノンの許可を得たミディリシェルは、思う存分、ゼノンの匂いを嗅いで、良い気分を味わった。
そして、匂いを嗅ぎつかれて、そのまま眠った。
**********
ミディリシェルに言い訳をして自室に戻った は、ベッドの上でうつ伏せになった。
「……あの子は、僕を……」
「素直になれない事が、そんなに苦痛かい?」
ベッドの上にいる真っ黒い小鳥が、 にそう問いた。
「……久々に出てきたと思えば……そんなの、当然の事じゃないの?」
は、真っ黒い小鳥を見て、そう答えた。
「神獣……黄金蝶になりきれない黄金蝶。それはどんな悩みを持っているんだろうね」
真っ黒い小鳥は、面白そうに、そう言った。
「……知らない。僕には、関係ない」
「少しくらいは関心持っているんじゃない?それとも、君はこの先のゲームの事で考える余裕が無い?そんな事は無いと思うけど」
「……」
「これは、それまでの暇つぶしだ。何も考えなくて良い。考えなくなるように、話くらいは聞こう」
真っ黒い小鳥が、淡々と、そう言った。
「……」
「言葉にしてしまえば、少しは楽になるという事もある」
「エレとゼロが好き。恋愛感情じゃ無いけど、二人が好き。エレのあの姿を見て、何とも思わないなんて、ない」
「……」
「これは必要無いと分かっていても、それを忘れる事ができない」
「なら、あの子達から離れる?そうした未来を を通して視ているんじゃない?」
「視たよ。あれは、僕にとっては望ましい未来だと思う。でも、あの子は はずっと後悔したままだった。ずっと、消えない過去に囚われたままだった。後悔しない選択なんて無いかもしれない。でも、あんな後悔だけは絶対にして欲しく無い」
「なら、自分の役目を、 との契約を全うすれば良い。君は、君がやるべき事をすれば良い。その後悔も全て、君が迷うから生まれるものなんだから。迷わなくて良い。でも、それですぐに迷わないなんてできないだろうから、いつでも、話は聞こう。僕の答えは、変わらないけど」
「……」
「ああ、そうそう。明日は、ゲームの方を進める予定があるから、 が代わるそうだ」