エピローグ 契約
フォルの体調が安定すると、エクリシェへ帰った。
フォルは、ローシェジェラと二人で、庭園を訪れていた。
「こうしてゆっくりしている場合じゃないんじゃないの?」
「まぁ、それはそうなんだけど、休息は大事だよ。それに、二人で話したい事があったから」
「なに?」
「君らの復讐に関する事。あの裏切り者の件は、神獣の王が関わっている。だから、僕とフィルが、その座を取り戻して、ちゃんと償わせる。そのために、君にも協力をして欲しい」
フォルは、ローシェジェラに向き合い、真剣な表情でそう言った。
神獣の王の座を取り戻すために、協力者はできるだけ多く欲しい。それもあるのだが、それ以上に、ローシェジェラが、再び裏切り者として危険が及ばないようにというのが大きい。
「フォル、僕からも頼みがある。また、僕を使って欲しい。契約して欲しい。今度は、ただ、王の眷属として。利害の一致とか、そんな話じゃなくて」
ローシェジェラが、そう言って、頭を下げた。
「一つ、付け加えてくれるかな?王の一番の眷属だ」
フォルは、ローシェジェラの頼みに、笑顔でそう答えた。
「僕の方から頼みたいくらいだ。また、契約をして欲しい」
「うん」
フォルは、ローシェジェラと契約を結ぶ。今度こそ、互いに、そうなる事を望んで。
「そういえばさ、エレの思いつきで、王とその使用人などなどでやるみたいなんだけど、君は何が良い?愛人抜きで」
「愛人なんて誰も言わないよ。そうだね、なら、王付きのメイドとかどうかな?メイド服が可愛いとピュオが話していたんだ。だから、着てみたくて」
「メイド服か。うん。可愛いのを用意するよ。それと、もう一つ、君には知っていて欲しい。ほんとの僕の……僕らの姿を」
ジェルドに関する事は、現在では消されている。当人達以外は知る事はない。
知ってはならない。
イールグやルーツエングにも、詳しい事は話していない。だが、ローシェジェラには、その全てを知っていて欲しい。たとえ、愛姫が反対しようとも。
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フォルは、ジェルドの事を詳しく話した。それは、この世界で生きるローシェジェラには、信じられないような内容だろう。
だが、全て信じて聞いてくれていた。
「ジェルド。伝説として聞いた事はあったけど、本当に存在したなんて」
「信じてくれるんだね」
「こういう時に嘘をつかない事くらいは知っているからね。それに、納得した。フォルの知識の量は明らかにおかしかったからさ」
フォルは、神獣の持つ知識以上の知識を持っている。特に魔法に関しては、現在では使用方法が知られていない魔法の使用方法まで知っている。
その知識があったからこそ、ローシェジェラが信じられるのだろう。
「ロジェ、改めてよろしく」
「うん。こちらこそよろしく。そこで見ているエレとゼロも」
フォルは、初めから気づいていたが、ローシェジェラも、気づいていたようだ。
エンジェリアとゼーシェリオンが、隠れて、フォル達の様子を見守っていた事に。
「……エレは知らないの」
「ゼロも知らないの」
エンジェリアとゼーシェリオンは、ちょこっと顔を出して、フォルの方を見る。
「ふふっ、相変わらず可愛いね。僕の婚約者達は」
「ふぇ⁉︎婚約者って……ふにゃ⁉︎や、役作りかも」
「婚約者なのは、事実だろう?」
エンジェリアとゼーシェリオンは、その言葉を聞き、飛んで喜んだ。
二人で、ハイタッチしている。それだけ嬉しいのだろう。
「ほんと、可愛すぎ……エレ、今から部屋で僕の着せ替え人形にならない?」
「それはお断りなの。少ししか見られないのはだめなの。見るなら、いっぱいなの」
エンジェリアは、一つの服をいっぱい見て欲しい派のようで、着せ替えで少ししか見れないというのが、気に入らないようだ。
「じゃあ、今日から婚約者として、毎日僕が選んだ服を着て」
「それは良いの。喜んで着るの」
「ロジェ、フォルの相手されない」
「僕に言われても」
「ゼロも仲間入るの。ゼロのお洋服はエレが選ぶ」
「あっ、それは丁重にお断りいたします」
「しゃぁー!」
ゼーシェリオンに断られて、エンジェリアは、威嚇している。
相変わらずのやりとりを楽しく見守るフォルは、遠い日の記憶に想いを馳せる。
――そういえば、世界を崩壊させるきっかけの姫。前回は、そんな事がなかったけど……今回もとは限らないのか。あの子が背負わされているものは、あまりに重すぎるから。
「みゅぅ、もうフォルとお部屋戻る!ゼロなんて知らない!」
フォルが聞いていない間に、エンジェリアとゼーシェリオンが、喧嘩に発展していた。ローシェジェラが止めようとしていたようだが、止められなかったのだろう。
エンジェリアは、フォルの腕に抱きついて、ゼーシェリオンに「べー」と言いながら舌を出す。
ゼーシェリオンは、そんなエンジェリアを見て、ぷぃっと顔を逸らす。
これは仲裁が必要な喧嘩のようだ。
「ゼロ、またまずい人工血液飲みたいの?エレも、またあの苦い薬飲ませるよ?」
「ぷにゃ⁉︎」
「……」
エンジェリアとゼーシェリオンには、この方法が一番手っ取り早い。互いに必要であるという事を再認識させ、仲直りさせる。
エンジェリアは、定期的に魔力をゼーシェリオンに食べてもらわなければまた発作を起こす。ゼーシェリオンは、貧血にならないようにと、人工血液の代わりにエンジェリアの血を貰っている。
互いに互いがいなくては、まずいものを飲まなければならなくなる。当然、エンジェリアとゼーシェリオンは、そんなものを飲みたくはない。
「……ぷにゅぷにゅ」
「ぷにゅってる……ぷにゅ」
「ゼロすき」
「エレすき」
「らぶ」
「らぶ」
エンジェリアとゼーシェリオンが、無事和解した。
「ゼロ、フォルと一緒に遊び行こ。フィルも誘お」
「エレ、フォルと一緒に遊び行こ。フィルも誘う」
フィルは今朝から魔法具を作ると言って部屋に篭っている。だが、それを言っても、二人とも聞かないだろう。共にいる時間がそれを教えてくれている。
「フォル、僕、ピュオに呼ばれているから」
「うん」
「それと、今度、みんなで服選びしようって誘われてる。くじか何かで当たった相手の服を選ぶって形で。フォルも一緒にやって欲しい。エレの時、一緒にいなかったから」
「いやなんだけど。ルーとかにぃ様とか君に当たるかもしれないと思うと」
フォルはあの時一緒にいなかったが、エンジェリアがマイナス点を出した三人の服選びセンスに関しては知っている。
黄金蝶は、機能性重視の服を支給されるため、服を選ぶという事をしないからか、服選びセンスに関しては磨かれていない。だが、なぜか自分はセンスがあると思っている黄金蝶は多く、その三人もその中に入っている。
「エレもちょっと」
「俺も」
「ぼ、僕はピュオに特訓してもらってセンス磨いたよ!だから」
「……分かったよ。一緒にやる。ルーとにぃ様のだけ細工しとけば良いだけなんだ。今度、時間作るよ」
ローシェジェラの表情が、ぱぁっと明るくなる。
――それに、そういう頼みを聞く事くらいしか、今回のお礼はできなさそうだから。ロジェと仲良くしてくれたお礼なんて、ピュオは遠慮するだろうからね。
ローシェジェラは、フォルが知る限り、エンジェリアとゼーシェリオン以外とは壁を作っていた。
復讐に邪魔になるからと交流を避けていたのもあるのだろうが、人付き合いは得意ではないと聞いた事があった。
口には出していないが、エクリシェへ戻るという決断にかなり不安があっただろう。だが、ピュオがローシェジェラに積極的だった事が、彼女の不安を和らげてくれていた。それだけではなく、ピュオの気遣いでエクリシェへ来てからも、楽しく過ごせているようだ。
ローシェジェラがエクリシェへ帰るように説得したのはフォルだが、復讐に囚われる事が無くなったのはピュオのおかげだろう。
「あっ、ロジェ、探したんだよ。今から、お昼ご飯作るから、一緒に作ろうよ」
ピュオが、ローシェジェラを呼びに来た。
「エレ達も一緒だったんだ。そうだ!ここでお花見しながらお昼とか楽しそうじゃない?」
「ケーキが良いの」
「うん。デザートも作って、みんなでやれば楽しそう」
「俺は紅茶欲しい」
「うん。フォルは?」
「えっ⁉︎えっと、ごめん、考え事してて」
――話半分聞いてなかった。えっと、お昼が……
「お花見なら何欲しいってお話」
「それなら、エレがどこかに行かないように手綱が欲しいかな」
「うん。エレが可哀想だからそれは無しで。それにしても、考え事って何かあった?わたしができる事なら力になるよ」
「えっと、ロジェがこうやって楽しくいられるのはピュオのおかげだからお礼したいなって。言っても、必要ないとか言いそうだけど」
「それなら、今やろうとしている事と、フォル達の事、ちゃんと聞かせて。わたし、エクリシェのみんなを家族だって思っているから、ちゃんと知りたいんだ」
予想外の返答に、驚きを隠せなかったが、すぐににこりと笑った。
「うん。それでお礼になるなら。まぁ、エレの許可あればだけど」
「ふにゅ。いつかは話さないといけないから、良いの」
「エレ、ついでに外堀埋めるぞ」
「……ふにゅ」
「ゼロ、エレの純粋返せってフィルが言ってた」
「お前が言ってるだけだろ。フィルはそんな事言わない」
「ピュオ、今日の夜はみんな空いているから、その時お話する。ついでに、夜はヨージェアナに料理任せるの」
エンジェリア達は、ゼーシェリオンとフォルを置いて、庭園を出た。
「待ってー」
「おいてかないでー」