15話 奪い返すために
荒らされた部屋の中から、消えているものはないかと探す。資料はフィルが事前に返していたようで、盗まれていないだろう。だが、エンジェリアの大事なものがなくなっていた。
それは、エンジェリアが愛用している魔法具の一つ。丸い形の空間魔法具。なぜかそれだけが見つからない。
「エレの空間魔法具はない!」
「どっかに転がった。つぅ事はねぇだろうな。盗まれたか?」
「でも、でも、盗む理由が分からないの」
エンジェリアは、必死に主張するが、ゼーシェリオンは、何言ってんだ。と言いたげな顔でエンジェリアを見ている。
それもそうだろう。エンジェリアの作る魔法具は、現在の技術では到底不可能とされるものばかりなのだから。
その空間魔法具も、エンジェリアが自分で作ったものだ。それは、エンジェリアが思っている以上に価値があるのだが、エンジェリアには関係ない話だ。
それよりも重要なのが、愛用の空間魔法具が盗まれたという事実だけだ。
エンジェリアは、フォルに抱きついて、泣き出した。
「エレの大事な魔法具」
「……空間魔法具か。隠れるために使うつもりかもしれない」
「ふぇぇぇぇん」
「エレ、今度僕が作ってあげるから」
「……ふにゅ。それで良いにするの」
エンジェリアは、泣き止んで、フォルの隣に座った。
「それより、僕の暇つぶしになってくれるんじゃなかった?」
「ふにゅ。暇つぶしになるから、ゼロがお片付けがんばるの。ここで応援してるの」
「お前に片付けさせると余計に散らかりそうだからそれは良いんだが、本当に他に盗まれたものはねぇのか?……あっ⁉︎俺の普段着がない⁉︎」
ゼーシェリオンは、ずっとドレス姿、女装姿なんて嫌だとこっそり普段着も持ってきていた。どうやらそれがなくなくなってるようだ。
「それ盗む理由あるの?意味ないと思うんだけど。趣味なの?そういう趣味なの?」
「エレ、僕の暇つぶし」
「……フォルがこっそり持ってきてたエレの隠し撮り写真もねぇぞ」
エンジェリアは、フォルがそんなものを持ってきていたという事どころか、隠し撮りしていた事すら初耳だ。
どういう事か説明をしてと目で訴えるが、フォルは、エンジェリアを見ようとしない。
「あと、フィルが持ってきていた素材もいくつかなくなってる」
「自分が置いておいた、クッキーもなくなっております。みんなで食べようと思って持ってきていたのですが」
「おれ達に喧嘩を売っているみたいだな」
「相手は分かってるんだ。その喧嘩、喜んで買ってやろう」
「さんせぇ」
「俺も賛成」
「おれも」
「自分もです」
それぞれ大事なものを盗まれている。エンジェリア達は、それを仕方がないで済ませられる性格ではない。
「まずは、ここで情報収集だ。潜入しているかもしれないから探しだす」
「ふにゅ。エレは、フォルの看病があるから」
「手伝ってきて良いけど?僕、一人でいるから」
表情からは怒っているようには見えない。拗ねているようにも見えない。だが、エンジェリアは、ただでさえ表情から感情を読み取る事が苦手だ。しかも、相手はフォル。表情に出さない時が多い。
――これ、どう答えるの正解なの。分かんないの。ゼロ〜、助けて〜
――行くのが不正解。行かない方が良い。行ったら拗ねる。
――ふにゅ。分かったの。ありがと。
エンジェリアは、ゼーシェリオンにアドバイスをもらい、フォルに抱きついた。
「エレはフォルと一緒にいるの。だか……みゅ?こっちに足音近づいてる」
エンジェリアは、部屋の外から聞こえてくる足音を察知した。
足音からして、近づいているのは二人。
ガタンッと、勢い良く扉が開かれる。
「報告通りだな。偽の御巫に手負の黄金蝶。部外者もいるようだな」
顔を隠した紺色の服の男が二人、部屋に入る。
「奴らを捕えろ」
「……」
「なぜ誰も来ない!」
顔を隠した二人組は、他の仲間を忍ばせていたのだろう。だが、二人組の仲間は誰一人としてこない。
「みゅ?」
「来れるわけないだろ。君は自分の作った魔法具の事なのに何も知らないのか?」
「普通じゃないの?普通に空間魔法具じゃないの?」
「特定の方法で使わないと空間魔法の中に囚われる仕掛けになっている。自分で作っておいて知らないなんて」
エンジェリアは、製作者本人という事もあり、正規の方法でしか使った事がない。正規の方法以外で使うとどうなるかなどという事は、長い時の中で忘れていた。
それをフォルに指摘され、エンジェリアは、ぽんっと手を叩いた。
「忘れてたの」
「チッ、だが、我々だけでも」
「な、なんだこれは⁉︎」
二人組の身体に、茎が絡まる。
「ほんとに良かったよ。あの魔法具に全員引っ掛からなくて。君らの目的はなんだ?現在神獣の王と言われているのは誰だ?答えてもらうよ」
――元に戻ってるの。怖くないフォルなの。ぎゅぅ
「……我々が全種族の頂点に立つ事。かのお方は、我々を頂点へと導いてくださっている」
その声には、神獣の王への尊敬が出ている。全ては神獣の王のため。これに加担している神獣達にとって、神獣の王は、絶対的存在だろう。
たとえ顔が見えずとも。たとえ声が聞けずとも。
神獣の王を本物と疑わず。
「……」
「エレ、だめだよ」
「……みゅぅ」
「何を言っても無駄だ。引き渡そう」
「……フォルがそう言うならそれで良いの」
納得はしないが、フォルが決めた事に逆らうつもりもない。
フォルが、転移魔法で、二人組をどこかへ送った。
エンジェリアは、フォルに抱きついたまま、瞼を閉じた。
「……」
「フォル、俺にもエレよこせ」
「エレは僕と一緒が良いって」
「なら、俺も一緒にぎゅぅする!」
ゼーシェリオンが、エンジェリアとフォルの方へ来て、抱きついた。
「ゼロ、暑苦しいから離れて」
「やだ」
「離れて」
「エレくれるなら離れる」
「それは……やだ」
「子供ですか」
「子供だろう。おれ達も」
「……ええ、そうですね。自分も愛姫様と遊びたいです。愛姫様をこっちに引き渡してください」
「エレはおれと魔法具作る約束をしている。フォル、エレをこっちに」
「……や……しゃぁー!エレは渡さない!エレは僕と一緒にいてくれるって言ってた!」
「フォルがしゃぁーしてる。可愛い」
フォルがエンジェリアを離そうとしない。エンジェリアも、フォルから離れようとしない。
ゼーシェリオン達は、エンジェリアをフォルから引き離そうとしている。
「くすっ、みんな面白いの。それに、フォルが可愛い。ゼロも可愛い。みんな可愛い。でも、でも、残念ながら、エレはフォルのなの」
「愛姫様独占禁止法でも作りましょう」
「エレ、おれも一応婚約者」
「エレは俺のなんだー!」
「何言ってんの?エレが僕のって言ってるのに」
――みんな子供。みんな、エレに合わせて子供になってくれるの。
誰一人として言葉にはしていないが、ゼーシェリオン達は、エンジェリアを気遣ってこんな事をしている。それをエンジェリアは、気づいていた。
愛姫であるという事は、良い事ではない。幼い頃から一部の感情を出してはならず、純粋無垢である事を強いられていた。それが一番その感情が出る事がないからと。
「ありがと。大好き」
――かのお方。それを聞いて、エレ、悪い感情出そうになった。それを、みんながこうして忘れさせてくれるの。しっかりしている、おにぃちゃん達まで、子供のような行動をとって。
これは、エレの特権。いっぱい、いっぱい堪能して、それを忘れよう。
「……エレ、僕が昔の場所へ戻ると言ったら、君は側にいてくれる?」
「それって……当たり前なの。エレは、いつだって、どこだって、フォルと一緒なの」
「そうか。ありがと。フィル、神獣の王の座を取り返すよ」
エンジェリアからは、その表情が見えてはいないが、それが本当はやりたくないと思っているのは、声だけで分かった。
エンジェリアは、他に方法がないかと考えるが、思いつかない。
「……エレ、オルにぃに聞いたら良いって」
「何が?というか、何してたの?」
「お前、フォルから少し離れろ。オルにぃに、もし、神獣の王の代わりを立てるとしたらやってくれるかって聞いたんだ。そうしたら、教えてさえくれればやるって。ついでに、俺らの事もちゃんと説明しろって言われた」
エンジェリアが、他に方法がないかと考えていた間に、ゼーシェリオンが、連絡魔法具でオルベアにメッセージを送っていたようだ。
「それだけで、代わりをやってくれるって本気なの」
「オルにぃは、こういうのが向いているからな。それに、面白そうだから引き受けるって」
「さすがオルにぃなの。エレじゃ理解できない考え方をしているの」
「そうだな。けど、これで、後の事もどうにかなる。問題は、どうやって奪い返すかだよな。その辺については何か考えているのか?」
「……僕、熱あるから寝てる。エレ、一緒に寝よ」
何も考えていなかったのだろう。フォルが、エンジェリアを抱き枕に、寝たふりをした。
「……ふにゅ。王の権威対決なの!こっちも王を立てて、真髄?信仰?分かんないけど、とにかくすれば良いの!それで、こっちの勢力をどんどん大きくしていって……ふにゃ⁉︎ってなるの!」
「ですが、それだと、立てる王が」
「僕らがやるよ」
「そうだな。おれとフォルが、最後の神獣の王としてやるべきだろう」
エンジェリアの思いつきに、全員賛同した。
エンジェリアは、まさか自分の案が通るとは思わず、目をぱちくりしている。
「とりあえず、役職決めようか。僕とフィルが王なら、エレとゼロは婚約者。側近は誰にする?ゼム?ゼム?ゼム?どれ?」
フォルが、楽しそうにしている。しかも、選択肢がゼムレーグしかない。
エンジェリアは、ゼーシェリオンが小声で「俺は何も知らない」と言っているのを聞いた。
「ゼムを生贄にすれば良いと思う」
「ふにゅ⁉︎今、何も知らないって、関わらないみたいな感じ出してたの⁉︎」
「真っ先に生贄を決めたね」
「自分は、料理が得意なので、料理人希望です。一度やってみたかったので」
「では、では、ヨージェアナを料理長としよう」
「謹んでお受けいたします」
――これ、帰ったら、面白そうなの。