13話 巨大魔物
エンジェリアが目を覚ますと、ゼーシェリオンとフィルが戻ってきていた。ヨージェアナも部屋にいる。
「……みゃぁ?夢かも」
フォルと二人っきりで起きた事。それは、エンジェリアには、刺激が強すぎた。エンジェリアは、夢ではないと気づく要素しかなかったのだが、それを見ずに、夢という事で終わらせようとした。
だが、いくら見ようとしなくとも、見えてしまう。感じてしまう。それは、自分の体内にあるのだから。
「……みゅぅ」
エンジェリアは、フォルが与えた魔力を感じて、顔を真っ赤に染めた。
「何してんだ?」
「何もしてないの。エレは、何もしてないの」
「エレ、お前さ、ああいう事するなら共有切れよ」
「ふぇ⁉︎」
エンジェリアは、ゼーシェリオンと共有を切っていなかった。そのせいで、ゼーシェリオンに全て筒抜けになっていた。
「抜け駆け禁止」
「違うの。フォルが先にやってきたの。エレは、フォルに言われたから」
エンジェリアが、慌てて言い訳をすると、ゼーシェリオンが、エンジェリアを抱き寄せた。
「全部筒抜けだったんだ。あっちの件も知ってる」
「ふぇ?」
「何かあればこれで身を守れ。お前は、俺にずっと付き合ってきていたんだ。このくらい扱えるだろ」
ゼーシェリオンが、エンジェリアと唇を重ねて、魔力を与える。
「ふにゅ。ありがと。ゼロは特別相性が良いから使いやすいの。でも、ちゅってやる必要あった?」
「ない。あれは……嫉妬」
魔力の譲渡だけであれば、唇を重ねる必要などない。
だが、ゼーシェリオンは、フォルがやっていたので嫉妬してやったようだ。
エンジェリアは、素直なゼーシェリオンの可愛さに、思わず笑ってしまった。
「ふにゅ」
「何笑ってんだよ。ぎゅぅぎゅぅの刑にするぞ」
「ゼロが可愛いの」
「愛姫様、あの、自分の力も使ってください」
エンジェリアは、ヨージェアナと手を繋ぎ、魔力を貰った。
「愛姫は、他のジェルド達に力を貸してもらわないと何もできないの。だからね、いつもいつも、いっぱいお礼なの。感謝いっぱいなの」
エンジェリアは、そう言って、ヨージェアナに笑いかけた。
「おれも貸したいけど、フォルが貸しているなら、必要ない?」
「必要なの。フィルが近くにいるって感じるためにも必要なの」
「……近くに……なら、これとかどう?おれが作った魔法具。いつでも、近くにいるように感じられると思う」
「ふにゅ。これで良いにしてあげようなの。あんまり借りすぎていると、今度は逆に使いづらくなっちゃうから」
エンジェリアは、フィルから、ペンダント型の魔法具を受け取った。
「エレ、少し付き合え」
「ふぇ⁉︎どこ行くの?」
「行ってからのお楽しみだ」
「ふにゅ。フィル、ヨージェアナ、フィルの事お願い」
エンジェリアは、そう言って、ゼーシェリオンに連れられて部屋を出た。
**********
ゼーシェリオンが連れてきた場所は、崖の上。下を見ると、海が広がっている。
「どうしてこんなところに連れてきたの?」
「説明するより見る方が早いだろ。これに着替えろ」
ゼーシェリオンがそう言って渡したのは、水着だ。エンジェリアは、ゼーシェリオンの行動に理解できないまま、水着に着替えた。
「でも、水着着替える意味なんてないと思うんだけど。お水の中に入るわけでもないんだから」
「そういうわけなんだよ。お前にしか見えねぇだろうから、連れてきた」
「ふぇ?ふきゃぁぁぁ⁉︎」
ゼーシェリオンが、エンジェリアを抱え、崖から飛び降りた。
海に落ちるまで、エンジェリアの悲鳴が響いた。
**********
上から見れば、ただの綺麗な海だった。だが、中からは違う。真っ黒く、辺りが見えない程汚れている。
ゼーシェリオンが見せたかったのはこれだろう。
――真っ黒なの。
――ああ。フィル達に言っても見えないって言われたんだ。お前ならもしかしたら見えるかもしれないって思って。
――でも、どうしてこんなに悲しい色しているんだろう。なんだか、やな予感するの。
――ああ。だから、早めに対処しておいた方が良さそうなんだが、やり方が分からないんだ。
――ふにゅ?どうにもできないってフォルが言っていた気がするの……ふにゅぅ……ふにゅぅ……ゼロ、どうにかして。
――お前こそどうにかしろよ。浄化魔法とか得意だろ。
――ゼロがなんとかするの。エレは連れてこられただけなんだから。
エンジェリアは、ゼーシェリオンに猫パンチを繰り出した。だが、水中という事もあり、威力はいつも以上に下がっている。
――……とりあえず、息もがねぇし上がるか。
――ふにゅ。あれ持ってきてれば良かったの。
エンジェリアは、ゼーシェリオンに水上まで連れて行ってもらった。
「ぷにゃっ」
「エレ、あれ俺らだけでどうにかできると思うか?」
「やるしかないの。フォルに頼れないし、おにぃちゃん……フィルは、フォルの監視しておかないと。ヨージェアナは、もう少しだけそっとしておいた方が良さそうなの。だから、エレとゼロだけでどうにかするの」
エンジェリアは、収納魔法から魔原書リプセグを取り出した。
「リプセグ、魔物になる前の真っ黒さんってどうすれば良いの?……出てこない……というか、反応しない」
「リプセグ頼れねぇと、誰に聞くんだ?」
エンジェリアとゼーシェリオンが現在頼れる中で、最も物知りな相手がリプセグだ。リプセグなら、対処法も何か知っているかもしれないと思い聞いたのだが、魔原書が機能していない。
エンジェリアは、他に頼れそうな相手を連絡魔法具を使って探すが、連絡できてかつ頼れそうな相手は見つからない。
「フォルとフィルに聞いたら知ってそうだけど、エレ達に任せるなんてしそうにないの。だから、二人はなしとして、アディとイヴィも手伝うとか言いそうだからなしとして……いないの」
「みんな俺らにだけ任せるなんてさせねぇかだな」
「エレ達、毎回後ろで守られてるだけだったから、みんなエレ達を心配して、手伝うって言うの。そろそろエレ達だけでも大丈夫ってところを見せるべきだと思う」
エンジェリアとゼーシェリオンは、互いに顔を見合わせた。
「ふにゅ。ゼロと一緒なら大丈夫な気がするの」
「俺も、エレと一緒だから大丈夫な気がする。二人で協力して、被害が出る前にどうにかしよう」
「ふにゅ……ゼロ、海から不思議なものが生まれているの。というか、なんか聞こえるの。これで証拠隠滅とか。意味不明な言葉が聞こえるの」
エンジェリアは、音魔法を無意識に使い、水中の音を拾った。水の音に紛れて、男の声が聞こえてきていた。
水の音に邪魔されて詳しくは聞き取れなかったが、証拠隠滅という言葉が聞こえた。
「証拠隠滅って、今回のあれの事じゃねぇのか?どっち側かは……多分、裏切りの真実が表に出る前に証拠隠滅するために用意してるのかもしてねぇな」
「ふにゅ。なら、急いでどうにかするしかないの……なんか、巨大な魔物出てきた。ゼロ、氷魔法で海凍らせて。動けなくして」
「ああ」
水上に出てきたイカのような形の巨大な魔物。ゼーシェリオンが、動きを止めるために、氷魔法で海を凍らせた。
だが、海を凍らせる直前、魔物が飛んだ。
凍った海の上に巨大な魔物が降りた。
「浄化魔法やるの。じょぉか、じょぉか」
エンジェリアは、浄化魔法を使った。だが、魔物に浄化魔法は効かなかい。
魔物は、更に巨大化した。
「ふぇ⁉︎これどうするの?エレ達で……ふにゃぁ……食べられちゃうのかも」
エンジェリアは、瞳に涙を溜めて、震えた手で、ゼーシェリオンの手を握った。
「借りた魔法だと威力が低くなるからな。エレ、いつものあれわ試すか?」
「……ふにゅ」
エンジェリアとゼーシェリオンは、互いに向き合い、両手を繋いだ。
「星の音よ、全てを清める浄化の音色を奏でろ!」
「月の華よ、全てを清める浄化の華を舞い散らせ!」
エンジェリアとゼーシェリオンの切り札。星の呪言と月の呪言。
その切り札を持ってしても、魔物を浄化する事はできなかった。それどころか、更に巨大化する。
「ふぇ」
「これもだめか。エレ、どうにかする方法あるか?」
「ゼロがどうにかするの」
「……っ⁉︎」
「ふきゃ⁉︎」
ゼーシェリオンが、突然エンジェリアを抱えた。地面が遠くなる。ゼーシェリオンが、エンジェリアを抱えたまま、飛んだようだ。
先程までいた地面が抉れている。魔物が足で、地面を抉ったのだろう。
「エレ、怪我ねぇか?」
「みゅ。ないの。弱点でも分かれば良いのに」
「そうだな。何か弱点でもあれば良いんだが」
ゼーシェリオンが氷魔法で地面を作り、そこにエンジェリアを降ろした。
「相変わらず便利なの」
エンジェリアは、氷が崩されないように防御魔法を氷の地面にかけた。
「エレ、ゼロ!」
「二人とも大丈夫ですか!」
エンジェリアは、声にした方を見た。
声にした方を見ると、フォル達が走ってきていた。
「ゼロ、とりあえず、みんなのところ行こ」
「ああ」
エンジェリアは、ゼーシェリオンの頼み、地面に連れて行ってもらった。