10話 集会
夕食後、エンジェリア達は入浴を済ませた。
フォルが用意したネグリジェを着て、エンジェリアは、ベッドの上に座る。
「ふにゅぅ。明日もドレスと思うと気が重いの」
「そうだな。俺も気が重い。ついでにドレスも重い」
ゼーシェリオンが、エンジェリアの隣に座り、エンジェリアに同意する。
フォルは、何も言わずに、苦笑いをしている。
「それにしても、これ恥ずかしいの。恥ずかしいの」
「似合ってるよ?とっても可愛い。僕のお姫様」
「……ふにゅ。エレは、このまま過ごすの。このままフォルと一緒にいる」
エンジェリアは、頬を赤く染めて、そう言った。
「部屋にいる時だけだよ。外でそんな格好しちゃだめだから」
「みゅ。フォルが言うなら、エレは、言う事聞くの」
エンジェリアは、フォルをベッドに招き入れ、抱き枕にして寝転んだ。
「エレ、僕、もう少しだけ調べておきたいから」
「やなの」
「やなのじゃなくて、早めに終わらせておかないと」
「ふぇ」
「……寝るから。寝るから泣かないでよ」
「……フォル、後ろ、変なのいる」
エンジェリアは、目の前にいる半透明の生物を見ながら、震える声でそう言った。
「ゼロ……ふぇぇん。裏切ったの。エレ見捨てたの」
「……」
ゼーシェリオンの方を見ると、寝たふりをしている。エンジェリアは、フォルに抱きついて、泣き出した。
「……ほんとだ。大丈夫だよ。怖くないから」
「嘘なの!怖くない嘘なの!あれは絶対怖いものなの!」
「エレ、ここは、魂の浄化場と近いんだ。当然、こういうものも見える場合がある」
「やっぱ、怖いのなの!」
「あれは、魔物になる前の段階のものだよ。あれをほっとくと、魔物になって、人々に害をもたらす。だから、浄化魔法で消してあげるのが一番なんだけど、この段階だと効かないんだよね」
「……みゅ?にゅ?ふにゅ?」
フォルが説明してくれているが、エンジェリアは理解できない。
「……ほっとけば良いよ。怖いものではないから。ほら、もう寝な。明日も忙しいから」
「でも」
「僕も寝るよ」
「みゅ」
エンジェリアは、目の前にいる半透明の生物を怖がりながらも、フォルに抱きついて、瞼を閉じた。
**********
翌日、朝から資料を調べる。
エンジェリアは、昨日同様、裏切りと記述されているのは多い。その殆どに裏がある。
「言い逃れできないようにちゃんと調べないとなの」
「それに関してはそんなに意味ないよ。そもそも、認めたとしても、自分達に逆らう人なんていないって思っているんだから、言ったとこで何も変わらない」
「じゃあ、ここまで調べる必要あるの?」
「あるよ。事実確認。それに、言い逃れとかじゃなくて、どれだけの被害者が出ているのか。相応の処罰を下すためにもそれは必要なんだ。その後の事もあるんだけどね。被害者達への支援。知らないと、探す事もできないから」
「ふにゅ。がんばるの」
「と言っても、今日はそろそろ集会の準備をしないとだね」
そう言って、フォルは、資料を閉じた。エンジェリアを抱き上げ、ベッドの上に座らせる。
エンジェリアは、何をされるのかと不思議に思いながらも、大人しく、フォルに従う。
フォルは、エンジェリアの服を脱がし、ドレスを用意した。そのドレスをエンジェリアに着せる。
その近くでゼーシェリオンが、一人でドレスに着替えていた。
「フォル、髪も綺麗にするの?」
「うん。綺麗にするから、大人しくしているんだよ」
「みゅ」
フォルに髪を結ってもらっている間に、ゼーシェリオンが、カツラを被っていた。遠くから見ると、エンジェリアよりも可愛いのではないかと思う仕上がりだ。
エンジェリアは、顔を動かさず、ゼーシェリオンに枕を投げた。
「急に何するんだよ」
「ゼロがエレより可愛いって思われる方なの」
「エレ、大人しく」
「みゅ。そういえば、今日の集会ってなんなの?エレ、何もお話聞いてないから知らない」
エンジェリアは、集会へ行かないといけないという話だけは聞いていたが、それ以上は聞いていない。行く前に、ある程度は聞いた方が良いかもしれないと思い、エンジェリアは、顔を動かさずに聞いた。
「定期的に集まるだけだよ。エレにとっては、美味しいものをもらえる場所ってくらいに思っていれば良いんじゃないのかな」
「みゅ」
「できたよ。もうそろそろ呼ばれると思うから、これもつけるね」
フォルが、エンジェリアにベールをかけた。ここの神獣達は、常日頃顔を隠している。昨日も、一度も顔を見ていない。
「ゼロもつけてるの」
「うん。僕も準備するから少し待ってて」
「ゼロ、これって意外と見えるの」
外からは見えないが、中からは外が良く見える。ベールによる視界の変化はない。
「そうだな」
「このドレス、とっても可愛いと思うの。空色はエレに似合うから。ってゼロ言ってた」
今回、フォルが用意したドレスは空色のドレス。
エンジェリアは、ゼーシェリオンのドレスと見比べて、ふしゅっと勝ち誇った。
「御三方、集会へご案内いたします」
「もう?早くない?」
部屋に、迎えの神獣が訪れた。
「今晩は祭りと重なりますので早くから開催されます。まだ、準備ができておりませんか?」
「ううん。エレ、ゼロ、ゆっくり歩いて良いからね」
「みゅ」
エンジェリア達は、迎えの神獣の案内で集会所まで向かった。
**********
集会所に着くと、フォルの付き合いで、一通り挨拶をした。
挨拶が終わり、ようやくゆっくりできると、エンジェリアは、料理を取りに向かった。
「エレ、これも」
「うん」
エンジェリアとゼーシェリオンは、二人で一緒に何を食べるか決めている。そこに、少女と見間違える少年が二人に声をかけた。
「愛姫様、それに、氷の弟殿下まで」
「お久しぶりです。ヨージェアナ」
少年の名はヨージェアナ。エンジェリア達と同じ、ジェルドの一人。
エンジェリアは、再会の喜びを抑え、落ち着いた口調でそう言った。
「相変わらず、愛姫様をしている時は、美しいです」
「それは、普段は違うとでもおっしゃりたいのですか?」
「普段は、可愛いが勝りますので。それより、どうしてこんなところにいらっしゃるのですか?」
「……ゼロ」
エンジェリアは、理由を説明しづらく、ゼーシェリオンに押しつけた。だが、ゼーシェリオンは、エンジェリアの隣で黙っている。
「……ゼロ」
「……」
「……フォルの付き合いで?」
「そうでしたか。彼にも後ほど挨拶をしなければなりませんね」
「ヨージェアナこそ、どうしてここにいるのでしょうか?」
ここは神獣達の聖地。そんな場所にジェルドが来るのには、何か理由があるとしか思えない。
エンジェリアが問うと、ヨージェアナは黙った。
暫く沈黙が続くと、口を開いた。
「バイトでしょうか?」
「バイト?お仕事って事?こんな場所で何のお仕事をしているのですか?」
「光を提供しています。現在、光が消えてしまったようで、偶然近くを訪れていたところ、困っていたので力を貸しております」
「そうなんですね。何かあるとしか思えませんが、大丈夫でしょうか」
何ともないとは思えない話だ。
エンジェリアは、話は多少聞いた事がある程度だが、神獣の聖地は、過去数千万年、光が消えるという事はなかったと言われている。
それが突然消えるというのは、異常事態以外の何になるのだろうか。
「分かりません。用心するに越した事はないでしょう。では、自分はこれから光を提供しなければなりませんので、この辺で。また後で会いましょう」
「何があるか分かりません。お気をつけて」
「愛姫様方も」
ヨージェアナが奥の方へ向かっていった。
エンジェリアとゼーシェリオンは、近くにあったベンチに座り、食事をする。
「……ゼロ、どう思う?さっきのお話」
「分からない。だが、外部からの何かがあったとしか考えられねぇな」
「そうだよね……後でフォルと相談してみよ。というか、フォルはどこいるの?」
フォルは、エンジェリアとゼーシェリオンに好きにしていてと言って、別行動をとった。今はどこにいるのか探しても見当たらない。
「話でもしてんだろ。俺らと違ってフォルは神獣なんだ」
「……うん。そう、だね」
エンジェリアは、俯いてそう言った。
「難しく考えなくて良いだろ」
「ふぇ」
「神獣に選ばれたから、フォルは、選ばれない限りは手に入らなかったものを手に入れたんだ。御巫の事もそうだが、ルーにぃやエルグにぃ達、フュリねぇ達。ジェルドだけでは手に入らなかった繋がりを、神獣に選ばれたおかげで手に入れられたんだ。そう考えれば、その言葉が呪いのような言葉じゃねぇだろ?」
恐らくフォルもだろう。エンジェリアは、神獣に選ばれた事の意味。悪い事以外は考えていなかった。神獣に選ばれたから得たものなど何も考えていなかった。
エンジェリアもフォルも、他のジェルドと違う役目を持っている。それが与える後悔は数知れない。だが、それと同時に、得たものは多い。
エンジェリアは、フォルとフィルとの婚約。他のジェルド達との繋がり。それによる加護。
フォルは、神獣の友人や家族。新しい居場所。
「うん。それのおかげでいっぱい貰っているの。でも、ゼロはちょっとむにゅってされるべきだと思う。エレにむにゅってされろなの」
「なんでそうなるんだよ」
「でも、普通にもう少しエレ達といて欲しいって思っちゃう」
「それは同意。食べてから探し行くか」
「賛成」