9話 神獣の聖地
見渡す限り緑一色。自然豊かな場所。奥には、机と椅子が置いてある。更に奥には、屋敷が建っている。
エンジェリアとゼーシェリオンは、お淑やかな佇まいを心がけて、フォルについていく。
「これはこれは、お久しゅぅございます。黄金鳥様」
「ああ、久しぶりだ。君とゆっくり話をしたいんだけど、良いかな?」
「では、あちらの席でお待ちください。お茶の準備をして参ります」
顔を隠した男が、屋敷の方へ向かっていく。
エンジェリア達は、目の前にある椅子に座った。
「エレ、紅茶きらい」
「エレ、お姫様らしく。砂糖大量に入れて良いから」
「ふにゅ」
「フォル、ドレス重い」
「エレもなんだから我慢するの」
「そうだよ。エレも重いのを我慢しているんだから、我慢して。じゃないと、エレまで重いのやとか言いだすから。それと言動にも気をつけて」
エンジェリアは、座る姿勢だけは、お淑やかで品があると見える姿勢で、フォルも言う事がないのだろう。だが、言動はいつもと同じ。お姫様らしくしてという事を守っていない。
エンジェリアとゼーシェリオンからすれば、誰もいない時なら良いと思うのだが、フォルはそうではないようだ。
ここでは、いつどこで誰が見ているのか分からないと思っているのだろう。実際、ここへ来てから、視線や監視用の魔法具があるのを確認している。
「お待たせしました」
「ありがと。ここは昔と変わらないね。表では綺麗で過ごしやすい場所だ」
「そうですね。その通りでございます。して、話というのはなんでしょうか?」
「ここで裏切り者が出たという資料が見たいんだ。もし、そこに不正があれば、実行犯には、それ相応の罰を受けてもらう」
「他でもない、貴方様の頼みです。用意して参ります」
そう言って、顔を隠した男は、また、屋敷の方へ向かっていった。
「意外と早いの」
「考えたね。お姫様らしくするのがいやだから、前世界の言語で話すとは」
「それが一番だと思ったの」
エンジェリアは、現在の世界では使われていない、前世界の忘れられた言語を使う。これなら、何を言っているかは、ゼーシェリオンとフォル以外分からないため、言動まで気を使う必要がない。
「でも、なんでこんなに簡単に持ってきてくれるの?いくらフォルの事を知っているとは言っても、不思議なの」
「関わってないからだよ。ここは基本的に、外の方は無干渉。ただ、この場所を守るため。それが、ここの人達だ。でも、その資料を持ち出す事は禁止だから、ここで調べるために、何日も滞在しないとなんだ。それに、僕の場合、たまには、参加しないといけないだろうから」
「ここで行われてる集まりの事か?俺らはその間、資料を調べていれば良いか?」
ここでは、定期的に集会が開かれる。その内容まではエンジェリアとゼーシェリオンは知らないが、フォルは、その参加権を持っているという事だけは知っている。
「何言ってんの?君らも参加するに決まってんじゃん。こんなとこで離れるつもりはないよ。いくら無干渉とは言っても、何が起こるかなんて分かんないんだ」
「エレは、人いっぱいは苦手なの。人いっぱい怖いの。ぴぇーなの」
「大丈夫だよ。僕がずっと側にいてあげるから」
「……ふにゅ」
「俺、この格好でそんな人が多い場所いたくない」
「……そういえば、この前偶然超高級人工血液を手に入れたんだけど、ゼムにあげようかな?」
「行きます。行かせてください」
ゼーシェリオンは、毎日一缶人工血液を飲まなければ貧血になる。だが、普段買っている人工血液は、非常に不味いらしく、自分から飲もうとしない。
それは、安いものを買っているからだ。値段が高くなれば、味も変わる。超高級人工血液ともなれば、至高のエンジェリア程ではないにしろ、美味なのは間違い無いだろう。
――……ゼロ、いつもエレの血と魔力食べてるんだから、超高級以上のものなのに、それで良いのかな?もしかして、その事理解してない?
ゼーシェリオンの喜びっぷりに、エンジェリアは、疑問を抱いた。最近のゼーシェリオンは、エンジェリアの血を飲んでいる。エンジェリアが、暇があると必ずあげている。
だから、人工血液で喜ぶとは思えなかった。
「……いつも、最高級品顔負けのもの飲んでんのにね」
「ふにゅ。不思議なの」
「そうだね。ほんとに不思議」
エンジェリア達が、紅茶を飲みながら雑談していると、顔を隠した男が戻ってきた。手には、大量の資料を持っている。
「こちらが、全神獣の資料です」
「ありがと。助かるよ」
「こちらは、持ち出し禁止資料となっておりますので、読み終わるまでの間、こちらで滞在なさりますか?」
「ああ。室の用意を頼める?」
「もう出来ております。以前のまま、いつお帰りになられてもよろしいよう、残しておきました」
「助かるよ。エレ、ゼロ、部屋に行こっか」
「はい」
エンジェリアは、ゆったりと、優雅さを意識して立ち上がった。上手く立ち上がれた。そう褒めて欲しい気持ちを抑え、柔らかく微笑んでいる。
「ところで、へい……黄金鳥様、明日の集会は参加なさりますか?」
「ああ、久々に参加しよう。この子らを一緒にいさせたいんだけど、問題ない?」
「問題ございません」
「そうか。なら、明日、いつもの場所に行こう。エレ、この先は暗いから、ゼロと手を繋いで行こうか。転ばないように」
「にゅ」
エンジェリアは、ゼーシェリオンと手を繋ぎ、用意されている部屋まで向かった。
**********
部屋に着くと、早速、資料を読む。
「ふぇ、全然読めないの。名前とか書いてある気がするけど分かんない」
「ゼロに読んでもらって。それか、翻訳魔法使えば良いよ」
「その手があったの」
エンジェリアは、翻訳魔法を使い、資料を読んだ。
資料には、神獣の記録が書かれている。
「これってどうやって不正を見つけるの?」
「この記述は全て真実。だから、もし不当な理由で追放されていれば分かるんだ」
「みゅ。それが、お外では、不正なの。エレもできるの」
エンジェリアは、不当な理由での追放と書かれている神獣の名前を、収納魔法からノートとペンを出し、メモを取った。
「こうやって見ていると、結構いるんだね」
エンジェリアが見ている資料にも、まだ半分も終わっていないが、既に何人も書かれていた。それだけ、現在の神獣界は歪んでいたのだろう。
「……ロジェの名前もあるの。ちゃんと、役目を果たしていたのに、急に裏切られるなんて、酷すぎるの」
「うん。そうだね。裏切り者として処理したと書かれているのもある。みんな、何も悪気なんてないのに……」
「……あいつ、こんな事を隠してたなんて」
「みゅ?」
エンジェリアが、ゼーシェリオンの見ている資料を覗くと、そこにはルーヴェレナの名前が書かれている。
【ルーヴェレナ・リウェンゼ・
家の 女
家の 男と婚約後、その能力を見込まれ、幾度と戦地へ駆り出された。
戦場での経験が、暴走壁を産んだ。
婚約者に婚約破棄をされ、処分される直前、暴走し、国を半壊。
放浪している中、氷の王子に拾われ、ロストの王族となった】
エンジェリア達は、ルーヴェレナから、多少は聞いていたが、国としか聞いていない。神獣だというのは初耳だ。
ゼーシェリオンは、ルーヴェレナの秘密を知り、拳を握りしめている。
「……ごめん」
「やっぱり、知ってたんだね」
「うん。散歩道、あれも初めから知っていてあそこに行かせたんだ。僕じゃ、どうにも出来なかったから。もしかしたら、君らならどうにかできるかもしれないって思って」
「……」
「黙っててごめん。言えば、気にすると思って」
「……ありがとな。出会わせてくれて」
ゼーシェリオンは、他に何か言いたそうだが、全てを飲み込んで、その言葉を出したのだろう。
「……」
エンジェリアは、連絡魔法具を取り出し、ルーヴェレナにメッセージを送った。
「ずっと黙っていた事、ルナと会えるように仕組んでいた事、怒らないの?」
「怒るわけねぇだろ」
「……」
「二人ともこれを見るの」
エンジェリアは、ルーヴェレナからの返信をゼーシェリオンとフォルに見せた。
そこには、楽しそうに女子会をしているルーヴェレナ達の姿が写っている。
「秘密にしてたのは、きっと事情があると思う。言いたくなかったんだと思う。でも、これが全てだと思うの。今、こうして笑っていられるのが全てだと思うの。だから、そんな情報なんてどうだって良いじゃん。そんな情報一つで、けーあく?な空気になっていたら、それこそ怒ってたの」
写真の下には
【隠してたのは、神獣として見られたくなかったからだけですわ。今、こうして、何者でもないわたくしと笑い合ってくれている人達がいますの。それで満足ですわ。それで、わたくしの可愛いエレを困らせないでくださる?】
と、ルーヴェレナからメッセージが書かれていた。
「それも、そうだな」
「うん。夕飯前までに、今やってる一冊分くらいは終われるように、続き、やろうか」
「ああ」
エンジェリアは、連絡魔法具をしまい、資料の確認に戻った。
「いっぱいなの。腕疲れた」
「がんばれ。もう少しだから」
「俺も腕疲れてきた」
「ドレス重い」
「分かる。ドレス重い」
エンジェリアとゼーシェリオンが一休みしているうちんk、フォルが、自分の見ている一冊分確認し終えた。
エンジェリアは、フォルに手伝ってもらいながら、夕食までに終わらせた。