8話 お姫様エレ
エクリシェへ帰り、みんなで女子会を開く予定だったが、エンジェリアだけは、参加しなかった。
エンジェリアは、ゼーシェリオンと一緒に、フォルの部屋を訪れていた。
「一緒にいたいの。だめ?」
「女子会は?楽しみにしていたでしょ?」
「うん。でも、エレはフォルと一緒にいたかったから。それに、お話もあったの。ロジェの言っていた事。フォル、機密文書を確かめに行くんでしょ?エレ達も行きたい。邪魔はしないから」
行くとすれば今日。女子会の裏で、男子陣も集まって何かしている。行ったとしても誰も気づかないだろう。
エンジェリアとゼーシェリオンは、二人で話し合い、その予想を立て、急いでフォルの部屋を訪れた。
「……一緒に行く事はできない」
「一緒にいたいの」
「ごめん。君を守るためにも、一緒にはいけないんだ。って言っても納得できないよね。絶対に側から離れないで。何があっても、僕を信じて。その二つを守ってくれるなら連れていく」
エンジェリアとゼーシェリオンが引かないと知っているからだろう。フォルは、条件付きで許可した。
エンジェリアとゼーシェリオンは、手を繋いで、喜びを分かち合った。
「それと、これに着替えて。こっそりじゃなくて、堂々と行くから。ちゃんとお姫様らしくして」
「ふぇ……良いけど、一人で着れないの」
「手伝うよ。ゼロは、自分で着れるでしょ?」
「なぁ、俺男」
フォルが渡した服は二着ともドレス。ゼーシェリオンは、フォルから渡されたドレスをじっと見つめている。
エンジェリアが見ると、これを着るのかと言いたげな表情をしていた。
「俺、男」
「うん。知ってるよ?でも、ゼロって女の子として認識されているんだ。だから、これが正装」
「なわけねぇだろ」
「ゼロ、わがまま言わないの。エレが着せてあげるから」
「……自分で着る」
エンジェリアには着せてもらいたくなかったのだろう。エンジェリアが、真面目に言ったら、ゼーシェリオンは、嫌々ではあるが、自分でドレスに着替え始めた。
エンジェリアは、自分で着る事ができず、フォルに手伝ってもらって着替える。
「エレ、可愛い」
「ふにゅ。髪のやってくれるの?今日はどんな感じにしてくれるの?」
「上げようかなって。いつもよりも大人っぽい印象を」
「持っていた方が良い?」
「持ったエレを見たい。ちなみに、このドレスも、こうなる事を見越して用意はしていたけど、それ以上に、僕が見たかったから」
エンジェリアは、開いているクローゼットを見る。その中には、女性物も服。
サイズは、エンジェリアにぴったりなサイズのようだ。
この中の服は全て、エンジェリアに着せるために用意しているのだろう。
――ふにゅ?
フォルに着替えをしてもらいながら、エンジェリアは、そこまで考えて、ある疑問を抱いた。
フォルがここへ帰ってきてから、かなり経っている。だが、一度もその服を着た事がない。なぜ、用意しているのに、一度も着させていないのか。
「ふにゅぅ?」
「どうしたの?」
「あのお洋服はなぁに?どうして、エレのサイズなのに、ここに置いてあるの?しかも、エレは見覚えないの」
エンジェリアは、クローゼットを見て、その疑問をフォルに投げかけた。
「だって、普通に着せていたら、みんなに見られるじゃん」
当然のようにフォルは、そう答えた。
「ふにゅ?」
「僕と二人っきりの場所とか、二人でデートするとか、二人で部屋で寛ぐとか。そういう時間に着てもらわないと」
そう言われても、エンジェリアには理解できない。エンジェリアは、ゼーシェリオンなら理解できるかもしれないと、ゼーシェリオンを見た。だが、ゼーシェリオンは、エンジェリアから目を逸らした。
エンジェリアは、ゼーシェリオンに、近くにあった枕を投げる。
ゼーシェリオンは、氷魔法で壁を作り、枕を防いでいた。
「……むぅ」
「エレ、今度、一人でここに来て。ここにある服を着せてあげる」
フォルの趣味。エンジェリアの好みとはかけ離れている。だが、フォルが着て欲しいのであれば、断るという選択肢はない。
エンジェリアは、こくりと頷いた。
「エレ、終わったよ。あとは髪だけだから」
「ふにゅ」
ドレスを着て、残りは髪を結うだけ。エンジェリアは、横目で、ゼーシェリオンがどうなっているのか見てみた。
エンジェリアが見ると、ゼーシェリオンは、もう着替えを終えている。
――むにゅぅ。
自分よりも似合っているのではと思い、エンジェリアは、ゼーシェリオンを見て、ぷぅっと頰を膨らませた。
「エレ、大人しくして」
「ぴぇ」
「可愛くしたいから。大人しくしていて」
「ぷにゅ」
エンジェリアは、髪を結うまで、できるだけ動かずに、大人しくしていた。
**********
エンジェリアとゼーシェリオンの準備が終わった。
「あとはこれもつけておいて」
「お揃いのブローチなの」
「魔法具だよ。前に作っておいたんだ。万が一逸れた時のために。これには特殊な魔法を詰めているから、どこにいるか分かるんだ」
エンジェリアとゼーシェリオンは、フォルの話を聞かず、二人で向き合って、両手を繋いで喜んでいる。
「ふにゅふにゅ」
「聞いた聞いた?」
「聞いたの。聞いたの。お揃いなの」
「お揃い嬉しい」
「お揃いらぶらぶ」
お揃いという言葉に喜びながら、ぴょんぴょんと跳ねる。
「ねぇ、話聞いて」
「ふにゅふにゅ」
「話……」
「ぷにゅぷにゅ」
エンジェリアとゼーシェリオンは、二人だけの世界で、フォルの話は耳に入ってこない。
「……エレ、ゼロ。話聞けって言ってるの聞こえてないの?」
「ぷ、ぷにゅぅ⁉︎き、聞いてるの」
「お、俺も聞いてる」
喜んでいると、突然、悪寒を感じた。フォルの方を見ると、そこからどう見ても怒っている。
エンジェリアとゼーシェリオンは、焦って、フォルの話を真剣に聞いていると分かるような体制をとる。
「それなら良いんだ」
フォルは、そう言って、笑顔を見せた。
「ぴぇ」
「これは、特殊な魔法で、二人がどこにいるか分かるんだ。君らも、分かるように教えたいけど、時間がないから。エレだったら、自分で覚えてくれそうなんだけど」
エンジェリアは、魔力に敏感で、この魔法具に込められている特殊な魔法も、覚えさえすれば、すぐに見分ける事ができる。
エンジェリアは、試しに、どんな魔法か視てみた。
「ふにゅ。ぴにゃでぷにゅでふにゃなの。覚えたの」
「うん。まぁ、覚えたとこで君の場合、見つける事ができないから、どちらにせよ、僕が探さないとだけど」
「ふにゅ。その通りなの」
「逸れない事が一番だけどね。ゼロ、地図覚えられる?」
フォルは、ゼーシェリオンに、地図を渡した。エンジェリアは、何か頼まれないのかと、うるうるとした瞳でフォルを見つめる。
「……エレは、とりあえず、お辞儀をちゃんとできるようになろうか。それと、一通り、最低限の社交マナーも学んで」
「ふぇ?機密文書見に行くだけなのに?」
「堂々とって言ったでしょ。何日か滞在すると思うから。その時に、お姫様求められてもすぐにできるようにして。それと、普通に社交マナーくらい学んで」
「社交マナーを学ぶのはお断りだけど、お辞儀くらいは頑張るの」
「……もう、それで良いよ。それだけでも、ちゃんとしてれば。君にこういうのを学ばそうとしても、やらないのはいつもの事だから」
エンジェリアが嫌いな勉強は、社交マナーもだ。
「やらせろよ。愛姫がこんなのだって、みんな驚いてんだから」
「ふにゅ。みんな驚いておけば良いの。エレは、エレのままなの。愛姫はそういうもの」
エンジェリアは、胸を張って、自慢げにそう言った。ゼーシェリオンは、呆れているが、何も言わない。
「エレ、お辞儀してみて」
「そのくらいは……ふにゅ?これ引っ掛けなのー!ふぇ?でも、必要なのかも?ふぇ?でも、でも……分かんないのー」
エンジェリアは、「ぷにゅぷにゅ」と言いながら、挙動不審になっている。
「愛姫と同等かそれ以上の身分なんて、女装ゼロと神獣の王くらいしかいないよ。だから、エレが頭を下げる必要性なんてどこにもないんだ。気づいたと思って褒めようとしたのに」
現在、定められている種族身分表では、神獣とジェルドが同等。その中でも、愛姫は特別だ。
ジェルドを束ねる存在として、愛姫だけは、特別身分が高い。それに並ぶのは、ある代の神獣の王と、ゼーシェリオン(女装)だけだ。
「ぷにゅ」
「何を言われても堂々と。気軽に頭を下げない。常に自分が高身分だという事を意識しておいて」
「できるか心配なの」
「大丈夫。僕が一緒にいてあげるから」
「ふにゅ。フォルを見てがんばるの。それに、ゼロも見てがんばるの」
「そうだな。なぜかこれだと俺まで、エレ達に並ぶ身分だからな」
「ふにゅ。二人を見ながら頑張るから、エレをちゃんと見ておくの。失敗した時に即サポートできるように」
「失敗しないようにしなよ。これで準備はできたから行くよ」
フォルは、転移魔法を使った。行き先は、神獣達が拠点とする場所。その中でも、ある程度の身分が無ければ入る事ができない場所だ。