7話 二人っきりで相談
フォルが来ると、エンジェリア達は、一休みしてから、上へ上がる方法を探しに向かった。
「エレは疲れたの。だから、フォルが抱っこしてくれるの」
「そんな事一言も言ってないんだけど。可愛いから良いけど」
「あんまエレを甘やかすな」
「……べぇー。抱っこー」
エンジェリアは、フォルに抱っこしてもらった。
「お悩みなら聞くの。ゼロが聞くの」
「気づかれてたか」
「当然なの。エレはフォルのものなんだから当然なの」
エンジェリア達に気づかれないように普段通り振る舞っていたのだろう。だが、エンジェリアは、長年研ぎ澄ましてきた感覚で、フォルが悩んでいるという事に気づいていた。
「……エレ、ずっと側にいてくれる?」
「ふにゅ。側でふにゅふにゅにゃむにゃむするの!フォルらぶするの」
「うん。それが聞けただけで良いよ。ありがと。ずっと一緒にいてくれて」
「みゅ?お悩み相談違う気がする。にゃむって気がする……みゅぅ?」
「エレ、ここから上に行けそう」
ゼーシェリオンが、上へ登れそうな崖を見つけた。
ここからしか登れそうにない。
「登りたくないの」
「けど、上が見えるのはここだけだぞ。他行き止まりだったし」
「ふにゅ……がんばるの」
「エレは危ないからこのままだよ。君に落っこちて、怪我なんてして欲しくないから」
フォルがエンジェリアを抱っこしたまま、崖を登った。エンジェリアは、安全だが、あまりに暇すぎて、崖を登り切る前に眠った。
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崖を登り切ってどれだけ経っただろうか。エンジェリアが起きると、ローシェジェラとピュオと合流していた。
エンジェリアは、寝ぼけていて、状況が理解できない。
「にゃぅ?」
「おはよ。良く寝てた?」
「ふにゅ。フォル、二人で少しだけ行きたい場所あるの。だめ?」
「良いよ。ゼロ、みんなと先に帰ってて」
「ああ」
ゼーシェリオンが、転移魔法を使い、エクリシェへ帰った。残ったエンジェリアとフォルは、ある場所へ向かった。
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マグマ溜まりのある山。そこから見える景色に僅かだが、住居跡らしきものがある。
「何を隠しているの?」
「なんの事?」
「さっきの相談なの。誤魔化してたの。愛姫命令で聞かせてもらうの」
ゼーシェリオン達には聞かれたくないかもしれない。エンジェリアは、気を使って、フォルと二人っきりになった。共有も切っておいた。
「……僕らは、記憶が無くても知っているんだ。だから、崩壊の書に書いてある事も知っているんだ。知ろうとしていないだけで。それが、僕とフィルの役目の一つだから」
「……エレは、みんなに世界を崩壊させるように頼んだの?」
「そんな事していないよ。君は、何もしていない。僕らは、君に頼まれてなんていない。崩壊の書に書いてある通りだよ。でも、一つだけ付け加えるなら、君の存在が、崩壊を阻止するために必要だっただけ」
エンジェリアに、世界の崩壊を止めるだけの力はない。そもそも、愛姫と呼ばれていても、何もできない。
フォルの話は、理解できなかった。
「分からないよね。それで良いよ」
「分かんないの。でも、誰にも言えずに、自分で信じたくもない事を知っているのは、寂しいの」
「……うん。そうだね。寂しいかも。どうしてこんな事を知らないといけないんだって、何度も言っていた。フィルがいてくれるから、受け入れられたふりはできていたけど、こんなの受け入れたく無くて」
エンジェリアは、フォルを抱きしめた。
「誰もいないよ?エレは、気にしなくて良いよ?誰にも見られないように、聞かれないように、結果魔法使ってあるから、大丈夫だよ?」
エンジェリアがそう言うと、フォルの瞳から、ぽたぽたと涙が溢れ落ちた。
エンジェリアは、黙って、フォルの頭を撫でる。
「こんなの、必要なかったのに……どうして、選ばれないといけなかったんだよ……どうして」
「……」
「全部投げ出せたら良かったのに……辞められれば良かったのに」
「……」
「ごめん。エレだって、自分からなりたくてなってるわけじゃないのに、こんな事言って」
「うん。でも、そのおかげで、エレは王子様達に会えたんだから、それはそれで良かったって思うの。それとね、エレは良いと思うよ?全部投げ出しちゃっても。そうした未来は、今よりほんの少しエレには過ごし辛い未来。でも、それを知っているからって、フォルがいやいや今のようにいなくて良いの。エレは、何があっても一緒にいられるだけで良いから」
未来視で、可能性の未来としてそれも視えている。その未来は、エンジェリアとゼーシェリオンが報われる事のない未来。だが、エンジェリアだけで無く、ゼーシェリオンも、同じ事を言うだろう。
フォルのためなら、報われる事なんてなくて良い。一緒にいられるだけで良いんだと。
エンジェリアとゼーシェリオンにとって、フォルと一緒に笑っている事が大事だから。
「エレは止めないの。でも、それでも、フュリねぇ達の事は、探して欲しいかも。それだけは、諦めないで欲しい」
「御巫になるって話も叶えられなくなるんだよ」
「なら、エレ達みんなでどっかに隠れちゃえば良いの。誰にも見つからない場所で、誰にも知られずに結婚すれば」
「そんな嘘まで吐いて、優しくしないで。僕のこれは、封じていても使えるのを知っているでしょ」
エンジェリアが寝ている間に、封じたのだろう。今のフォルの瞳は翠色。これでは、使える能力に限りがあるが、嘘を見抜く程度であれば、この状態でもできる。
本心ではそう思っていないというより、どこかで、御巫になるという事は諦めたくはないと思っているのが、嘘と認識されたのだろう。
――やっぱり、エレには何もできないのかな。エレも、同じになれれば、少しは何かできるのかな……
「ごめん。困らせて」
「ううん。エレが言えって言ったの。だから、困ってなんていない……困って良いの」
「……」
「エレ、自分の役目の重さに、逃げ出した事、何度もあって、その度に後悔しているの。でも、エレは、みんなと一緒だけは後悔してなくて、だから、エレはもっとみんなの事を受け入れたくて。みんなと一緒にいるためなら、自分のこの役目も受け入れようと思って」
勝手に言葉が出てきた。
それを言ったのは自分ではないと思う驚きがあった。
「……ふぇ?エレなんて言ったの?」
それどころか、自分が言った言葉を認識すらできていなかった。
「みんなと一緒にいるため……僕もおんなじだよ。ありがと。受け入れられるか分かんないけど、もう少し、このままやってみるよ」
「ふぇ?そうなの?フォルが決めたならそれで良いの。エレは、フォルについていくの。らぶなの。大好きなの」
エンジェリアは、フォルの胸で頬擦りをした。
「すきすき。らぶらぶ。ずっと一緒なの。エレはずっとフォルと一緒なの。みんなと一緒なの。だからね、大丈夫だよ。エレが止めてあげるから。もう、逃げないから」
「逃げて良いよ。君の方こそ。この立場がいやなら、苦しければ、逃げて良いんだ。でも、一緒にいても良いかな?僕が側にいて良いかな?役目とかじゃなくて、その……こ……恋人とかで」
「……ふぇ?」
「だ、だから、恋人」
エンジェリアは、目を擦り、自分の頬を思いっきりつねった。
「いひゃい」
「うん。なにやってんの?」
エンジェリアの真っ赤に腫れた頬に、フォルが、呆れた表情で触れる。
「夢でも幻聴でもないよ」
「……幻かも」
「違うって。ていうか、答え聞かせてよ」
「良いの。エレは良いの。それでも良いの。フォルらぶなの」
「うん」
「でも、それ言ってると、ゼロに抜け駆け禁止だーって言われるの。だから言わない」
エンジェリアは、ゼーシェリオンにバレた後の事を考え、フォルと距離を取った。
だが、距離を取りたくなく、瞳に涙を溜めている。
「やなの」
「黙ってればバレないよ。ここには僕ら以外いないんだから」
「それはそうなの。じゃあ、今日は、お姫様ごっこ。エレをたっぷり甘やかすの。フォルがやりたい放題して良いの」
「君の中でお姫様ってなんなの?」
エンジェリアは、フォルに抱きついた。一晩、エンジェリアは、フォルの好きなようにやらしていた。
エンジェリア達がエクリシェへ帰ったのは翌朝。ゼーシェリオンに、昼までずっと、何か抜け駆けと思わしく事をしていないかと問い詰められた。