5話 崩壊の書
翌日、エンジェリア達は、親分の場所へ向かった。
親分は、普段は隠れるため身体を縮めている。遠くにいると見つける事はできないだろう。
エンジェリア達は、マグドリが親分のいるあたりと言った場所を入念に探す。
だが、親分など見つからない。
「本当にいるの?」
「……」
「イマス。キット隠レテイマス」
「エレ、こっち探そう」
「私も行きます」
「俺も」
「ロジェ、ピュオの事よろしく」
「うん。気をつけて」
エンジェリア達は、ピュオとローシェジェラを残して、奥の方へ向かった。
**********
奥まで行っても、何もいない。
エンジェリア達が探していると、突然、魔法の縄がエンジェリア達を捕らえた。
「罠?親分は?」
「いないんじゃない?ずっと嘘をついていたから。魔物相手だとこっちの状態じゃないと分かりづらいから、そのままにしておいて良かったよ」
「大丈夫なの?ずっと使っていて」
フォルは普段、黄金の瞳を隠している。それは、黄金の瞳が持つ能力を抑えるためでもある。
それを一晩以上ずっと使っているとなれば、身体に負担がきているかもしれない。
エンジェリアは、フォルを心配して、抱きついた。
「使っていても、調整はしているから。それでも、魔力が視えて、少し見ずらいけど」
「ふにゅ。それでも心配なの」
「ありがと」
「俺も心配ー。だから抱きつく」
ゼーシェリオンが、フォルに抱きついた。
縄で捕らわれているが、普段通りだ。このくらいで慌てる事などない。
「あついー」
「エレもあちゅいー」
「なら、離れれば?」
フォルが、離れるよう言ってはいるが、離そうとしていない。暑かったとしても、離れるのは嫌だ。それは、エンジェリアとゼーシェリオンだけでなく、フォルも同じのようだ。
エンジェリアとゼーシェリオンは、離そうとしないフォルに、喜んで頬擦りをする。
「それにしても、何が目的なんだろうね。愛姫とか言っていたし」
「ふにゅ。そうなの。きっと目的はエレなの。だから、ゼロとフォルは、エレを守れば良いの。エレは、ふにゅふにゅしてるの」
「エレを守る必要があるかは分からないけど……じゃなくて、ふにゅふにゅしているなら少しは協力しろとは思うけど、何があっても守るよ」
「ふにゅ。本音がもれもれなの」
エンジェリア達が、状況を考えず、わいわいと話していると、巨大な黒鳥が頭上で止まった。
黒鳥の影で、エンジェリア達のいる場所は、暗くなる。エンジェリアは、フォルに抱きついたまま、上を見た。
「ふぇ。おっきぃの」
「……巨大な黒鳥ってどっかで」
「前世界で見た事があります。確か、兵器が用いられていた時と同時期に、多々目撃情報があった、凶悪な魔物と聞いた事があります」
「それがどうしてエレを狙うの?それに親分って本当にいたって事なの?」
マグドリに言っていた親分というのが、この巨大な黒鳥であるという事は、十分に考えられる。エンジェリアは、巨大な黒鳥の影の中で、頭を悩ませた。
「多分、いないと思う。親分もマグドリも」
「ふにゅ?」
そういう事か聞こうとしたが、その前に、巨大な黒鳥が、地上へ降りた。
「ふぇぇ、とってもおっきぃの。友好的そうなの」
エンジェリアは、巨大な黒鳥へ近づこうとするが、縄が邪魔して近づけない。
「愛姫で間違いないんだ?」
「みゅ?お話通じるの?誰なの?」
「覚えておらんか。まあ良い。ここで消える定めの姫の記憶に残っても意味はない」
「ふぇ?ふきゃん⁉︎」
突然、地面が割れる。縄の中にいたエンジェリア達は、割れた地面の中に落ちた。
**********
真っ赤な世界。まるで、炎の世界。
エンジェリア達が落ちたのは、地下深く。
「ぷにゅぅ。足捻ったの」
「エレ、流石にその嘘は」
エンジェリアは、落下した時、フォルに抱っこされ、今は地面に足をつけていない。足を捻る要素などどこにもないのだが、フォルに心配されたくなったエンジェリアは、見え透いた嘘をついていた。
「……フォル、俺も足捻った」
「それがほんとなら笑ってあげるよ」
「俺にばかり辛辣……」
「ゼロ、泣かないの」
エンジェリアは、ゼーシェリオンを慰めながら、辺りを見回した。
真っ赤な壁に真っ赤な地面。まるで崩壊後の世界のような場所だ。
その景色を見ていて、エンジェリアは、ある事を思い出した。
「ふにゅ⁉︎古文書が見たいの。崩壊の書が見たいの」
「それなら持ってるよ。ていうか、エレも持ってるんじゃないの?」
「整理してなかったら分かんなくなったの」
フォルが、エンジェリアを降ろし、収納魔法から崩壊の書を取り出した。
エンジェリアは、崩壊の書を借り、ある記述を探す。
「ふにゅ⁉︎見つけたの」
エンジェリアは、ゼーシェリオン達に、その記述を見せた。
【 ジェルド⚪︎章⚪︎節燃える世界
人々は炎という便利道具を使う事にありがたみを抱かなくなった。炎というものを自分達で扱えるようになった。人々は強大な炎を持つ に恐れを抱いた。
は、人々に、豊かな生活を与えたが、人々は恐れるあまり、 を裏切った。 の暗殺に失敗した人々は、 の怒りを受けた。
始まりは巨大な黒鳥。黒鳥が羽ばたくと、炎の雨が降り注いだ。その炎が溜まり、マグマができた。
人々は、巨大な黒鳥から逃れようと、影に隠れて暮らした。
次に訪れたのは、熱。世界の気温が上がり、水が蒸発した。
人々は、祈りを捧げた。贄を用意した。それが、 の怒りを引き立てた。
最後に訪れたのは、燃える世界。世界が丸ごと燃え、人が住めない世界となった。
その後、人々がどこへ行ったのかは、誰も知らない】
「これなの。似ていると思うの」
巨大な黒鳥に灼熱の世界。エンジェリア達のいる場所は、まるで、崩壊の書のこの記述に書かれている場所のようだ。
だが、崩壊の書に書かれている世界は既に無い世界だけだ。現在もこうして存在しているとは考えられない。
「ふにゅぅ……お悩みなの」
「黒鳥は確実にこの書に書かれていたもので間違いないかと」
「ふにゅ。色々不思議さんで分かんないの。でも、目の前のこれをどうにかしないとだと思うの」
エンジェリア達の姿をしたマグマの生物。明らかに敵意を持っている。
「転送開始」
「エレ、いざという時は」
「ふにゅ。分かってるの」
「愛姫様、私の力も」
「俺もー。俺が一番じゃないとなんだ」
「ふにゅ」
エンジェリア達は、転移魔法で、それぞれ別の場所に転移させられた。
**********
エンジェリアの転移先は、色とりどりの花々が咲く花畑。ピンク色の蝶が舞い、夜空に星々が照らしている。
「ここは……」
「愛姫の最後の居場所」
マグマのエンジェリアは、左手を前に出す。
「おいで、りゅりゅ」
「ふぇ⁉︎りゅりゅまで再現なの」
マグマのりゅりゅが、マグマのエンジェリアの左手に巻き付く。マグマのりゅりゅが、エンジェリアが持つ宝剣ミディリシェルに良く似た剣へと姿を変えた。
マグマのエンジェリアは、剣を両手で持ち、地面を蹴った。
エンジェリアに向かい、剣を振り下ろす。
エンジェリアは、防御魔法を使い、剣を受け止めた。
だが、マグマのエンジェリアは、剣を振り下ろすと同時に、氷魔法で作った巨大な氷柱でエンジェリアの防御魔法を破る。
「ふぇにゃー」
エンジェリアは、左太腿につけていたスティックを取り、結界魔法を使って防いだ。
マグマのエンジェリアの攻撃は、これで止まる事なく、破壊魔法で結界魔法を破壊し、氷魔法の氷柱を大量に作り、エンジェリアに向けて放つ。
――気のせいじゃなければ、エレよりも性能良いの。エレよりも使えるの……むにゅ。
目の前に、マグマだが全く同じ見た目をした相手が、自分よりも優れていると気づき、エンジェリアは、気を落とした。
防御魔法で防ぎつつ、後方へ退き、氷柱を避ける。
マグマのエンジェリアは、エンジェリアが避けた先に、水魔法で水溜まりを作っていた。そこに、雷魔法を使う。
「みゅ」
エンジェリアの持つ未来視と直感力。その二つが、水溜まりで感電させようとしている事に気づかせ、エンジェリアは、空へと避けた。
龍の羽根。転移前は使えなかったが、ここでは使えるようだ。
「予想通りの行動」
「みゅにゃ⁉︎」
マグマのエンジェリアは、光魔法で作った矢を大量にエンジェリアに放つ。
その矢は防御魔法も結界魔法も通用しない。エンジェリアは、避けていたが、二本の矢が、左足と右肩に刺さる。
「ぷにゅっ。怒ったのー」
エンジェリアは、スティックに魔力を与える。スティックは、魔法杖へ代わる。
魔法杖を左手に、エンジェリアは、氷魔法を使った。
ゼーシェリオンが使う、聖月の秘術の一つ。氷の粒子を体内に入れ、動けなくする魔法だ。
それに加え、束縛の花を使う。その魔法で、マグマのエンジェリアの動きを封じた。
「ふにゅ」
「止めをさしなさい」
「エレは何も知らないから教えてもらわないとなの。知っているんでしょ?黒鳥の事とか、この世界の事とか、崩壊の書との関係とか」
「……運命は変わらない。必ず繰り返す。あなた達は必ず世界を壊す。そして創造する。それが、あなた達」
「どういう事なの?エレ達は前回だって」
「記憶がないだけでしょう。愛姫、あなたは、一番罪深い。自ら手を下さず、誰かに任せるのだから」
「そんな事ない!エレは、一度だって、誰かに頼んで世界を崩壊させた事なんて」
「それは知らないからでしょう。さようなら。愛姫」
そう言って、マグマのエンジェリアは消えた。
エンジェリアの疑問には答えないまま。