プロローグ 目的のために
エレは、彼女を救ったようだ。
僕も、彼女が救われる事には、良かったと思う。
あれは、いつだったか。もう思い出す事もできない。僕の忌まわしい記憶だ。
僕は、本家の当主だった。勝手にそう選ばれた。それに逆らう事なんてできなかった。
当主として、神獣のためにと動いていた。それで良いと思っていた。それで、少しでも、神獣達が生きやすくなるのなら、僕は喜んで、当主としての役割を果たそう。
その頃の僕は、そう思っていた。神獣としての生き方に満足していた。
それが変わったのは、いつだったか。騒がしい夜だという事は覚えている。
「外が騒がしい」
何かあったかもしれないと、心配で外へ出た。そこで、僕は、神獣の本当の姿を目にした。
僕を当主と慕う神獣達。それは全てまやかしだ。
全て嘘で埋め尽くされていた。この場所も、全て。
絶望した。悲しかった。苦しかった。
それでも、逃げるしか無いと、必死で逃げた。
僕を狙う神獣達から。
どれだけ逃げたんだろう。どれだけ経ったんだろう。何も分からない。自分が狙われた理由すら。
僕は、自分で言うのもあれだけど、しっかりみんなを纏めていた。当主として、神獣達を纏める主として、役目を果たしていた。恨まれる事なんてしていない。
何もかも分からないまま、時間だけは過ぎていく。
何年も経って、ようやく落ち着いた。僕ら神獣からしてみれば、短い時間。だけど、今の僕には、途方もなく長い時間だった。
自分が狙われる理由は、自分で確かめたい。だから、僕は、神獣達の場所へ戻った。顔が見えないようにして。
幸い、神獣は、顔を見せない事は普通で、不自然な事では無い。
「どうだった?」
「見つかりません」
「我々の情報を持っているんだ!見つかりませんで済むと思っているのか!」
「申し訳ありません。それにしても、本当に哀れですね。利用されるだけ利用されて捨てられるとは」
「黄金鳥としての役目を果たせなかった自業自得だ。全ての種の頂点に立つという自覚が全く持ってなっとらんかった」
ただそれだけで。
他にも色々と調べて知った。神獣のシステムというものを。
神獣に稀に生まれる黄金鳥は、時期王となる人物。全ての王は、神獣のためを第一とする。全ての種の頂点に立つ者としての独裁。自分達のためだけの世界を作る。
その理念に相応しく無いと判断すれば即裏切り者と処する。
他にも色々と。今の神獣は狂っているんだ。歪んでいるんだ。
「いたぞ!」
「追え!」
見つかった。逃げきれない。
背後から飛んできた矢が、足に刺さる。ご丁寧に回復魔法を阻害してある。
僕が足を止めると、魔法と矢が、大量に襲った。
あんなにも、想って、良くしようとしていたのに、こんな仕打ちだ。どれだけ時が経とうと、絶対に復讐する。そう誓った。
僕と同じく、裏切り者とされた神獣達のためにも。
この時、この光景で、僕は神獣達への想いを捨てた。
「大丈夫?」
無数の矢と魔法を前に、僕の前に現れたのは、黄金蝶。黄金鳥だというのは、後で気づいた。
全員が敵だと思っていた中で、その黄金鳥は、当然のように僕を守った。
しかも、癒し魔法。これは、神獣の中でも、ほとんど使えない貴重魔法。
「誰だ貴様は!」
「……君らと話す事なんてない。走れる?」
「う、うん」
僕を助けてくれた黄金鳥は、僕の手を握って走った。
**********
どこまで走っただろうか。追っては来ていない。
「大丈夫?ここなら神獣は来ないから安心して」
その黄金鳥は、黄金鳥とは思えないほど優しかった。神獣とは思えないほど優しかった。
見ず知らずの僕を助けて、家に招き入れてくれた。
「はじめまちておねぇちゃん、エレは、エレでちゅ……エンジェリアでちゅ。言えたの!」
「はじめまちておねぇちゃん。ゼロは、ゼロでちゅ……ゼーシェリオンでちゅ。言えたの!」
子供だ。神獣ではなさそう。年は、三歳くらいかな。
「僕はフォル。よろしくね」
「う、うん。僕は、ローシェジェラ」
「フォル、魔法具できた」
「フィル、らぶなのー」
「らぶなのー」
また黄金鳥だ。
「客人?」
「うん。神獣に襲われてたとこを助けてきた」
「……おれはフィル。その、あまり喋るのが得意じゃなくて」
「フィルは無愛想だけど良い人だよ。それと、エレとゼロは、魔法の失敗で子供化してるだけだから。ほんとは十六歳」
魔法で精神まで幼児化する事があるとは。
この時、僕は、数年ぶりに、心の余裕ができたと思う。自分の境遇の事以外に考えられた。
「落ち着くまで、ここにいて良いよ」
僕は、その言葉に甘えて、ここで暮らす事になった。
その暮らしは、前よりは不自由だった。けど、楽しかった。
僕は、初めて、僕として生きられたと思う。
そんなある日の事。
「神獣達から逃れる方法はあるよ」
フォルから、その話を切り出された。僕は、その方法を聞いた。
それは、眷属契約。
利用してくださいと言っているようなもの。やるメリットよりデメリットの方が大きい。
けど、僕はその話に乗った。フォルなら、大丈夫だと思って。
フォルは、直ぐに眷属契約をしてくれた。新しい名前をくれた。クロって名前。単直で、もっと良い名前があったのではと思ったけど、フォルは気に入っている。フォルだけじゃない。エレ達も。
僕は、クロとして、この日から生きる事になった。
頼まれ事はある。けど、僕を尊重してくれる。
普段は、自由にさせてくれる。不自由は感じさせない。
「エレ、お野菜取ったの」
エレとゼロは、まだ子供化している。しかも、エレは、緑色の食べ物を全て野菜と勘違いしている。
それを見て微笑ましく思う。
僕は、神獣から解放されたんだ。
けど、そんな中でも消えなかった。僕の中にある復讐心は。
**********
数えきれない時が経った今、僕は、ようやく目的を果たす事ができる。
フォルの頼み事が終わり、契約は終了。僕が頼んで、そうしてもらった。
フォルは、頼み事をやる前に契約を切ると言っていたけど、ある提案をして待ってもらった。
「ゲームをしようよ。僕を探し出すゲームを」
僕は迷っている。オルベアの頼みも引き受けて、縁を作ったのも、僕の迷いからだ。
この復讐心のまま、目的を果たして良いのか。本当にそれで満たされるのか。
僕は迷っていた。分からなかった。今も、まだ迷ってる。
それでも、僕はやらないとなんだ。他の裏切り者とされた神獣達のためにも。そう言い聞かせる。
エレとゼロ、あの二人が笑っているとこへ混ざりたい。
フォルとフィルと悪巧みをしたい。フィルの魔法具にもっと触れたい。
フォルの笑顔を間近で見たい。
迷いは膨らむ。膨らんで、僕を止めようとする。僕をあそこへ帰らせようとする。
それでも、足を前に出す。もう戻る事のできないその場所へ、足を踏み入れる。その覚悟をする。
それは奇跡。一つの魔法が起こした奇跡。
僕の迷いが膨らむ奇跡。
エレからの頼み。
世界が壊れるのは望んでいない。だから、それを阻止できるのであれば、喜んで力を貸す。
久々でもないのに、エレの声が懐かしく感じる。戻りたいと強く思う。
ごめんと謝る。心の中で何度も何度も。
ここは特殊な空間。誰にも見つけられない。
ここで、万全の状態となるまで準備する。必ず成功させるように。
失敗など許されないから。
この空間からでは、神獣達の世界へはいけない。いくつか世界を経由しなければならない。その時に見つからないように、最適な世界を厳選する。できるだけ少ない世界の経由で済ませるように、いくつか案を考えて比べる。
最短で、ここからだと、世界を十個経由しなければならない。これなら、見つかる可能性はかなり低いだろう。
その世界は全て、神獣達が少ない世界だから、
僕は、転移魔法を使って、最初の世界へと転移した。
最初の世界は、水の多い世界。陸が非常に少なく、国は水の中にある。
この世界で通行証を手に入れないといけない。それは、特殊な道具。僕はそれを探した。