23話 呪いの聖女になる前
かつて、ノーズとヴィジェを呪いの聖女から引き離したのは、ミディリシェルとゼノンだ。そして、その二人から、彼女への伝言を聞いているのも。
ノーズとヴィジェが残した最後の言葉。その内容は、ミディリシェルとゼノンへの謝罪と彼女への伝言。
「やっと見つけた。ノーズとヴィジェを奪った、二人。絶対に許さない」
真っ黒い闇魔法の弾丸が、ミディリシェル達へと降り注ぐ。
ミディリシェルが防御魔法を使うが、普段の強度よりだいぶ劣っている。これでは、全て防ぐ事はできない。
「みゅ」
「落ち着いて、エレ」
フォルが防御魔法を上乗せする。その上乗せで、ミディリシェルの普段の防御魔法の強度以上の強度となった。
「神獣が、なんで邪魔する!」
「ゼロ、氷魔法で落ち着かせるの」
「やってるけど効かねぇんだよ」
「許せない……」
闇の炎が周囲を燃やす。闇の雲が、天井を覆い、闇の雪が降る。
闇の雪に触れた部分の防御魔法が、腐ったように破られた。
「ふぇ」
「エレ、浄化魔法」
「ふみゅ」
ミディリシェルは、フォルに言われるがまま、浄化魔法を広範囲に使った。闇魔法の影響を受けなくなるが、それ以外の効果は見られない。
「浄化魔法じゃだめか……あとは、あれとか」
「ふみゅ?ふにゅ」
ミディリシェルは、フォルの考えに気づいた。
呪いの聖女は、本人も呪われている。その認識で良いだろう。
呪いの聖女を救うとなれば、その呪いを解かなければならない。だが、浄化魔法は効かない。
それ以外にミディリシェルが思いつく方法は一つだけだ。
生命魔法でも、できはするのだろう。だが、その呪いを解くだけの生命魔法をミディリシェルは使えない。
だが、その代わり、ミディリシェルとゼノンには、ある切り札がある。ジェルドの兵器としての切り札が。
「フォル、防御魔法」
「任せて」
ミディリシェルは、防御魔法を止め、ゼノンと顔を見合わせる。こくりと頷き、二人で向き合った。
両手を繋ぎ、額を重ねる。
「星の音よ」
「月の華よ」
「清らかな音色を奏でろ」
「清らかな華を舞い散らせ」
ミディリシェルとゼノンは、同時に演唱する。
浄化の音色と華が、呪いの聖女を包み込む。その呪いを、浄化する。
星の音と月の華。ミディリシェルとゼノンだけが使う、特殊な呪言。
それが、ミディリシェルとゼノンの切り札だ。
「わ、たしは」
「……みゅ」
「エレ」
呪いの聖女を救う。それを達成したが、ミディリシェルの表情に喜びはない。
「エレ、ゼロ、ノーズとヴィジェは」
「ふぇ、ごめんなさい」
「……エレ、俺から全部話す」
「でも……ふみゅ」
**********
ゼノンは、ノーズとヴィジェに何があったのか。リミェラがいない時に起きた事を全て話した。包み隠さず、嘘偽り無く。
「それで、リミェラに、御巫としていられなくてごめんって」
「ごめん。そんな事があったなんて。わたしからも、謝らせておくれ」
そう言って、元呪いの聖女リミェラが、深々と頭を下げた。
「呪いの事も、全部、リミェラねぇのせいじゃないの。ノーズねぇとヴィジェにぃのせいじゃないの」
「……」
「ふにゃ、ふぇぇぇぇぇん!」
ミディリシェルが突然泣き出すと、ゼノンが、ミディリシェルを抱きしめた。
フォルが、側に来て、ミディリシェルの頭を撫でる。
「翻訳機、僕が慰めるから、仕事して」
「誰が翻訳機だ。お前も分かるだろ。リミェラねぇ、まだ、色々と受け入れられてねぇだろうが、過去に何があったか、覚えているなら教えて欲しい」
「それを言おうとするだけで、言えずに泣くってほんと可愛いよね。色々と溜め込んでいたのもあるんだろうけど」
「……ごめん、何も覚えてない」
「ふぇぇぇぇん!」
「エレが、過去を視れるから、視ても良いか?」
「かなり昔だけど、大丈夫?」
「魔法具用意してあるから大丈夫だ」
「なら、わたしの方から頼みたい。エレ、頼めるかい?」
ミディリシェルは、泣きながら、こくこくと頷いた。
「……」
「エレ?どうかしたのか?」
ミディリシェルは、泣きながら、ゼノンを見つめた。
その手には、フィルから貰った魔法具が握られている。
「使い方分かんないんじゃない?」
「ぴぇ」
「……エレ、これ、持っていれば使えるよ?持つだけで使うのは使えないの?」
「……ぴぇ……できるの」
ミディリシェルは、リミェラの側へ向かい、ぎゅぅっと抱きついた。
そして、過去視を使った。
**********
自然のどかな、田舎の村。この世界のどこかにかつて存在した村なのだろう。
そこで、リミェラは、ノーズと会っていた。
「ごめん、待った?」
「キミを待つ時間は楽しいから、気にしなくて良いよ」
リミェラは、遅れてきたノーズに、笑顔でそう言った。
その後、雑談を数分し、本題へと入った。
「それで、あの三人の様子はどお?」
「最近は落ち着いてっと。ここ最近は発作を起こして無いっと」
「それなら安心だ。ちゃんと薬は飲んでる?忘れてない?特にエレは、苦いから嫌だとか言ってない?」
リミェラは、ミディリシェル達の事を、一緒にいる時間が短くとも、良く見ていた。
ミディリシェルが、甘いものが好きで、苦いのは嫌いだからと、苦いものは全て拒み、遠ざける事。
ゼノンが、それに乗っかり、ミディリシェルに隠れて、遠ざける事。
フォルが、ミディリシェルとゼノン以外の同年代相手に、仲良くなろうとしない事。
ノーズとヴィジェに会いに、家へ来た時は、必ず、ミディリシェル達に相手をし、これ以外にも、趣味や苦手な事なども、知っている。
だからこそ、ミディリシェルがやりそうな事も想像がついた。
「言っとったけん、フォルが毎度、無理やり飲ませてるっけん」
「そうなんだ。それは、良かったと言って良いかな。エレ本人には悪いけど」
リミェラは、苦笑いをしながら、そう言った。それに、ノーズが、くすりと笑い
「エレちゃんが聞いたら、しゃぁーしゃぁー、言いそう」
と、笑顔で返した。
「そうだね。ノーズ、本当にありがとう。弟達を面倒見てくれて」
「感謝すんのはこっちけん。あの子達は、毎日、手伝ってくれっと、助かってるけん」
「そうなんだ。また時間があれば、そっちに行くよ。今日はこれから仕事あるから、また」
「うん」
仕事の合間に来ていたリミェラは、話だけして帰った。
**********
それから、ノーズとヴィジェに会う機会が無く、ようやく暇になり、二人の家へ向かった。だが、そこに二人の姿はない。それどころか、ミディリシェル達もいない。
もぬけの殻の家の中、机には書き置きがある。
【世界様が大変な事になっているから、行ってくる】
どこへ行ったかなど書いていない。手がかりとなるものはない。
リミェラは、どこへ行ったか分からないノーズとヴィジェを探しに、家を飛び出した。
**********
何日も探したが、見つからない。二人がどこに行ったか知っている者に会う事もない。
それだけではない。世界が、変わってしまった。以前のような優しい世界ではない。以前は、魔物などほとんど見かけない平和な世界だったが、今は、魔物がウロウロと徘徊している。
「御巫候補であり、現在最も御巫へ近いとされる、外面だけは良い御巫候補」
どこからか、女性の声が聞こえる。
「御子候補への、そう言った言動は処罰対象だ」
「良くそんな事が言える。聖星の御巫候補には好き放題言っているくせに、他の御巫候補への発言は考えろ?そんな事が普通となっているなんて、狂ってるね」
「そんな事は……わたしは止めて」
「止めたつもりになって良い気になっていただけだ。本当に止めていたのは、あの子に親身になっていたのは、フォルと先代当主。それに、あの分家の次男坊だけだ」
声の主は怒っているのだろう。その怒りは、神獣であるのであれば、理解できる。
「ああ。この世界の邪を受け止める器に選ばれてしまったか。増えすぎた魔力が、変異した先の邪の魔力。同じ神獣のよしみだ。それが膨れない事を願っているよ」
世界の異変というのはこれの事だ。増えすぎた魔力は、変異の道を辿った。
その魔力は邪となり、依代を探していた。その依代に偶然、リミェラが選ばれた。
邪の魔力は、世界と繋がっている。この世界は、ミディリシェルを排除しようとしている。その悪意のような意思は、リミェラに、ある嘘を教えた。
その嘘は、ミディリシェルとゼノンが、ノーズとヴィジェを隠した。
その嘘が、リミェラを呪いの聖女へと変動させた。ノーズとヴィジェを探し、ミディリシェルとゼノンへ復讐する事だけが目的の、世界の道具となった。
「……エレ、君は、どうする?どうか、後悔ない道を選べる事を祈るよ」
**********
リミェラの過去。そこに隠されていたのは、呪いの聖女となった理由だけでなかった。
声の主。ミディリシェルは、一人だけ心当たりがある。その心当たりで間違いないだろう。
「……フォル、いつもみたいに視て。フォルは、視ないとだと思うから」
「うん」
ミディリシェルは、フォルの方へ向かい、額を重ねる。
過去視で視た内容を、フォルに視せた。
「……これって」
「間違いないと思う。どうして、こんなところにいたのかなんて分かんないけど」
「君は、何をしていたと思う?」
「何かの目的のためにいた。でも、リミェラねぇの事は、助けようとしていたと思うの。あの言葉は、エレ達への怨みを減らすためだったと思うの」
「……うん。きっとそうだよね……ロジェ」
フォルは、遠いどこかを見つめて、その愛称を呼んだ。
リミェラに声をかけた主は、ローシェジェラ。目的は不明だが、間違いはない。