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星月の蝶  作者: 碧猫
3章 呪いの聖女
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18話 ありがとう


「……ぷしゅ」


 知らなかったのだ。ミディリシェルだけは。リューヴロ王国の宴が何たるかを。知らずに、楽しみにしていた。気楽にいた。


 それを、朝になって後悔している。


「……なんでこうなるの」


 そう思うのも無理は無いだろう。ミディリシェルは、食事をして、わいわいと楽しんで、そして、満足して帰って眠る。それが宴だと思っていたのだから。


 だが、実際に体験してみたのは、それとは違う。


 わいわいと楽しむのも、食事をするのも、想像通りだ。だが、その先、それは想像もしていなかった。


 目覚め最悪と言ったところだろう。


「……」


 ミディリシェルは、黙って、連絡魔法具を手に取った。そして、フォルに連絡をする。


『どうしたの?』


「ふぇぇぇぇぇん!」


 通話を開始するなり、ミディリシェルは、大泣きした。


 昨夜の宴は、それ程までに衝撃的だった。


『何かあった?そっち行こうか?』


「野宿やだーって言ってたのー」


『うん?』


「宴って楽しく騒いでお部屋で寝ると思ってたのー。こんなのエレの考えてた宴じゃ無いー」


 通話越しで、フォルが苦笑いをしている。

 ミディリシェルは、お構いなく、続けた。


「こんなの違うのー。エレは高級ベッドを堪能する予定だったのー。疲れた身体で高級ベッド、ふみゅぅ。ってなる予定だったのー」


 そう。ミディリシェルが想像していなかった事とは、外で宴をした後、そこで全員寝るという事だ。


 それだけならまだ良い。自分だけ帰るという選択肢があるのだから。だが、それすらも奪われていた。


 夜はまだこれからだと、寝落ちするまで、ずっと騒ぎっぱなし。帰してくれない。


 ミディリシェルは、夜更かしをする方では無い。当然、全員が寝た後になどという事はできない。そこまで起きていられない。


 その場で寝落ちしてしまい、朝になったら、まだ周りはグースカと寝ている。


「ふぇぇぇぇん!」


『エレ、こっち来ない?今管理者の箱庭の外にいるんだけど。みんな放ってこっち来なよ。寝てあげるから』


 昨日会ったというのに、寂しいのだろう。


「行く。予備のお花、ゼムに持たせてあるから行く。ゼムが代わりに話ておけば良いの。エレを放って、楽しんでいたから、グス」


 ミディリシェルは、呑気に寝ているゼムレーグの方を見て、「べー」と舌を出した。


「エレはもう知らないのです。遅くまで起きてるんだから、誰かがエレを抱っこして高級ベッドへ連れて行ってくれても良かったのです」


『そうだね。そもそも、そんな時間まで外で夜遊びなんて、僕だったら絶対させないよ』


「みゅぅ?エレ、魔物討伐のお手伝いした功労者なの。だから、ふぇ」


 通話越しに、フォルが笑顔で怒っている。ミディリシェルは、言い訳しようとしたが、途中で断念した。


「今すぐ行くので許してください」


『君に怒ってないよ。君には。保護者として同行させた二人と、愛姫様に忠誠を誓っている二人に関しては何も言わないけど』


「……みゅ。そこは放っておいて良いの。そういえば、どうして外いるの?あそこって、滅んだ後の世界で、箱庭を造って拠点にしていたんじゃ」


 管理者の拠点。そこは、かつて滅んだ世界。その世界の再利用と、監視を目的に、管理者のための箱庭が造られた。


 その監視というのに関しては、ミディリシェルは詳しく知らない。知っているのは、呪いによって滅んだという話だけだ。

 

 外にも一度も出た事は無い。管理者の拠点に行く事はあるが、外に出る事は禁じられている。そうでなくとも、通常は転移魔法で行く事ができない上に、巨大な扉で閉ざされて行く事などできない。


 その目で確かめた事など、今まで一度たりともできていないのだ。


『来てみれば分かる。転移魔法で来れるようにするよ。安心して使って。そこ以外にはいけないようにしてあげるから』


「みゅ?来れるようにと、そこ以外いけないようには違う気がするの」


『気にしない気にしない』


「みゅ、じゃあ、やってみる」


 ミディリシェルは、気にする必要がありそうな部分に気がついてはいたが、フォルに気にしないと言われ、考えるのを辞めた。


 そして、転移魔法を使う。そこへ行けるかどうかは、フォルなら大丈夫という、謎の信頼で。


      **********


 転移魔法を使うと、そこへ行く事ができた。しかも、フォルとフィルを探す必要の無い、二人の目の前転移。


 ミディリシェルは、フォルとフィルを見るや否や、二人に向かって飛びついた。


「ふんみゅぅ。会いたかったのー。もう、宴やなのー」


「うん。僕も会いたかった」


「おにぃちゃんも?エレにー、会いたいって思ってた?」


「思ってた」


「みゅぅ」


 ミディリシェルは、再会の喜び以上に、会いたいと思われていた喜びで、ぴょんぴょんと跳ねて、はしゃいでいた。


「フィル、この可愛い生き物にこれって見せて良いと思う?」


「ここにいる以上は目にするしか無さそう。見せたく無いけど」


「みゅ?」


 ミディリシェルは、フォルとフィル以外見えていなかった。少し、辺りを見回してみる。


 真っ黒い、人のような魔物のような、謎の生物が、大量に見える。

 人のように二足歩行だが、二メートル以上はある。それに、関節が無く、手足が細長い。その手をぬるぬると動いている。

 胴体は細長く、湾曲している。

 頭は大きく、どうバランスを取っているのかは不明だ。

 目や口、鼻などの顔のパーツに関しては、渦巻く闇のように見える。


 ミディリシェル達は、その生物からそこまで離れているわけでは無いが、襲ってこない。見えていないのか、単に興味が無いのかは不明だ。


 ただ、言える事は一つ。これは、明らかに自然に生まれたものでは無い。これこそが、この地を滅ぼしたとされる呪いなのだろう。


 ミディリシェルは、その生物を認識した後、地面や地形を見た。


 跳ねた時、地面はぐにゃんと沈み、まるでバネのようだった。だが、こうして見てみると、ただの乾いた土だ。


 地形は、住居のような痕跡がある。かつて、ここは、人が住んでいたのだろう。今では、想像もつかないが。


「……あの生物って」


「うん。元は人だ。今は、ただ、人を襲うだけの存在だけど」


「ふぇ?襲ってこないよ」


「気づいていないだけだ。定期的に、一掃しておかないと、箱庭が狙われる」


「定期的に?どういう事なの?」


 まるで無限湧きでもするかのような言い方に、ミディリシェルは、きょとんと首を傾げた。


 ミディリシェルが気になって尋ねると、無限湧き。その方がマシだと思うような、答えが、フォルから返ってくる。


「永遠に生きているんだ。あの生物に死という概念は無い。どこでかはまだ把握していないけど、ある場所で、永遠と復活し続ける」


「ふぇ、じゃあ、この人達はずっと」


 それ以上は言葉が出てこなかった。


 この姿になって、痛みはあるのか。感情はあるのか。そもそも、自我があるのか。何も知らない。だが、もし、どこかに、その呪われた人物の魂があるのだとしたら。


 そう考えるだけで、ぽろぽろと瞳から涙が溢れ落ちた。


 泣いているミディリシェルに、フォルが、優しく頭を撫でる。


「大丈夫。それだけは、安心して良いよ。僕らは神獣だ。ああいう異形に成り果ててしまった人の子の魂を救い、新たな生を与える事ができるのは前に教えたよね。呪いの解呪不可能と判断されてすぐに、それが行われている。だから、そこの心配だけはしなくても大丈夫」


 フォルが、いつも以上に優しい声音で、ミディリシェルを安心させるように、そう言った。


 神獣が、転生に多少関わっている。その内容の全てはミディリシェルが知る事では無いが、その話は知っている。


 だが、魂はここには無い。だから安心して良い。そんなふうには思えない。


 フォルが、それ以外の部分では何も言わないのも、それが理由だろう。


 人は転生する。その時、転生前の記憶を消して新たな生を与える事は、可能だろう。フォルが、ミディリシェルとゼノンを、それと似た事で御巫の運命から解放しようとしていたのだから。


 だが、記憶というのは不思議なもの。記憶を封じられていたミディリシェルが、手助けはあったが、一部の記憶を取り戻したり、まるで、記憶があるかのように振る舞ったり。覚えていないはずなのに、懐かしむ事もあった。


 何かの拍子で、その記憶を取り戻す可能性は十分にあり得るのだ。もし、その記憶を取り戻したら、転生前に、自分は異形の姿へ変えられ、人を襲っていたと思い出したら。その時の事を考えると、安易に安心などできない。


 ここにまだ魂があり、幾度となく復活を繰り返し、その度に、痛みを感じているかもしれない。それよりはまだマシなのだろうか。いっその事、そっちの方が良かったのだろうか。


 呪いにかかった当事者では無いミディリシェルには、いくら考えても、答えの出ない事だ。だが、それを考えてしまう。


「……フィル、やっぱ、この話しない方が良いかな?これだけでも、こんなに悲しむのに、これを聞けば余計に」


「それでも話さないといけない。ごめん、エレを悲しませる話を、フォルにだけ任せて。おれから話す。この呪いは、転生にも悪影響をもたらしている。ずっと繋がりが切れていない。転生したとしても、廃人か、狂人になっている可能性が高いというのが、神獣達の見解らしい」


「……どうにか、できないの?エレにできる事、何かない?エレ、がんばるから。みんなが笑えるために、がんばるから」


 考えるだけで涙が止まらない。涙は止まっていない。だが、ここで泣いているだけでは無い。泣いているだけで、何もできずに後悔なんてしたく無い。


 ミディリシェルは、凛とした瞳で、フォルとフィルを見て、そう言った。


「やっぱ、君は僕らの愛姫だ。今も昔も、ずっと僕の憧れだよ」


「同感」


「ふぇ?ふぇにゃ?にゃぁ?ふんみゃぁぁぁぁぁ⁉︎」


 理解するのに時間がかかった。突然のフォルとフィルからの両頬への口付けに。


 理解すると、顔を真っ赤に染めて叫んだ。


 それを、フォルとフィルが微笑ましく見ている。


「反則反則、反則負けなのー!」


「何が?君にとって、すりすりの方が上なんでしょ?このくらいは」


「反則負けなのー!」


「何が反則負け?」


「フィル、それは可愛いからスルーしないと」


 ミディリシェルは、フォルとフィルから離れて、「しゃぁー!」と威嚇する。だが、全く効果がない。二人ともにこにこしているだけだ。


「フィルずるいー!普段、婚約者でもあるけど、おにぃちゃんポジじゃん!そういう事せずに、見守る係だったじゃん!急なそれは反則なのです!」


「エレ、可愛いけど、ずっと見ていたけど、話先進めて良い?」


「みゅ」


 フォルに言われ、ミディリシェルは、返事をして、話を聞くため、大人しくなった。


「この生物から、繋がりを切る事はできないかな?僕らも手伝うから。エレの願いの魔法で」


「みゅ。できるの。きっと、繋がっている人達も、離れたいと望んでいると思うから」


「うん」


 ミディリシェルは、収納魔法から宝剣を取り出した。


「宝剣は、一番の魔法媒体なのです」


 願いの魔法を使う時、一部の願いを聞く事ができる。


 ――やめてくれ。もう、襲わないでくれ。


 ――誰か、あれを破壊して。


 ――どうして、こんなに人を襲わないとなのよ。


 ――もう、こんな事をしたくは無いんだ。誰か、助けて。


 ――お願い。解放してください。


 ――ありがとう。いつも、誰かを傷つける前に破壊してくれて。


 強い願い程、聞こえやすい。


 その願いが、ミディリシェルにある事を気づかせる。


 それは、この生物が、多少近づいた程度では人を襲わない理由。


 この繋がりが、この願いが、その行動を止めていた。


「今、解放してあげる」


 ミディリシェルは、願いの魔法で、その願いを叶えた。繋がりを解き、この生物から、転生後の被害者を解放した。


 それでどうなったかは、ミディリシェルには知る事ができない。それで救われて欲しいと願うばかりだ。


 だが、目の前にいる相手の事なら、聞く事ができた。


「ありがと。解放してくれて。何度も何度も、あの悲鳴が、繋がっている人の悲鳴にしか聞こえなくて、ほんとにこれで良いのかって何度も考えてた」


「御巫候補として、黄金蝶のお手伝いをするのは役目なの。愛姫として、王達の悩みに親身になるのも役目なの。だから、エレは当然の事しただけなの。それとね、フォルにありがとうって」


「えっ?」


「フィルのおかげで、誰も傷つけずにいられたからありがとうって。フォルはもっと、自分の行動が誰かを救っているって知った方が良いと思うの。どんな事でも、救われる人はいるんだから」


「うん。そうだね。拠点に戻って寝よっか」


「みゅ。さんせー」

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