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星月の蝶  作者: 碧猫
3章 呪いの聖女
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16話 精霊の森


 精霊の森。そこは、特殊空間の事を指している。


 かつて、名を馳せた三大種族。その中でも最も異質な精霊。その種の王が創った空間。その空間が精霊の森と後に呼ばれる事となった。精霊界と呼ぶ者もいる。


 ここには、ここでしか咲かない珍しい植物が多く存在する。それに、精霊王の特殊な結界により、王がいなくなった今でも守られている。


 精霊は、多種族に利用されがちの種だが、この森に住む精霊達は、自らの力だけで生きる事ができ、誰にも利用されずに済む。

 ここは、小さく弱い精霊達にとっては、まさに楽園なのだろう。


 精霊王が創った空間、世界では無いにも関わらず、ここには原初の樹が存在している。それは、この地が特別だからだ。


 ここは、精霊達の世界。ただの空間では無い。


 フォルとフィルは、精霊の森にある原初の樹の元へ向かっている。


 森の木々が騒めいている。フィルとフィルを歓迎しているのだろう。


「久々に来たけど、覚えているのかな?それとも、客人が珍しいから?」


「王を歓迎しているようにしか見えないが?客人とは思っていないと思う」


 だいぶ昔に来なくなった場所。王の事などもう忘れていてもおかしくは無い。当時の精霊王であったフォルの事を。


 だが、この森は、まるで精霊王の再臨を祝福しているかのようにも感じる。フィルは、そうとしか感じないようだ。


 フォルは、立ち止まり、瞼を閉じた。そして、ゆっくりと深呼吸をした。

 森の、独特で新鮮な空気は、吸い込むだけで、安らぎを与えてくれる。


「ふぅ、相変わらず、ここは落ち着く。僕がゆっくり休めるように色々と拘ったからね」


「良い空間だな。おれもここにいると落ち着く」


「それに、ここの植物って、調合に使えるんだ。特に回復系の薬。この前までエレに使っていた魔力安定薬も、ここの植物を使っているんだ。あれは、種を持っていたから、他の場所で育てたものだけど」


 ミディリシェルの魔力疾患は、今は落ち着いて、そこまで薬を必要としていない。だが、ここへ来た頃は、薬がなければならなかった。

 その頃に使っていた薬は、フォルが調合している。その調合の材料の中に、ここで咲く植物も含まれていた。


 その時は、ここで採った種を持っており、その種をエクリシェで植えて育てており、エクリシェ内ではかなり貴重な植物だった。だが、その植物は、ここでは、大量に咲いている。


 この環境だからこそ、ここまで繁殖できているのだろう。


「えっと、フィル、原初の樹ってこっちだっけ?迷いの森方式にしてあるから、道草食っていると、時々分かんなくなる」


「道を閉ざせないからと言うのは理解できるが、当の本人が迷うのは本末転倒だろ」


「迷ってないよ。エレじゃ在るないし。迷ったら、エレに笑われる」


 ミディリシェルは、自分はよく迷子になるというのに、人が迷子になると、憐れみの目を向ける。しかも、何故か迷子になった時側にいなかったとしても、察知するのか、知っている時がある。


 それを何度か経験しているゼノンとフォルは、迷子になると認めようとはしなくなった。迷子になるのはミディリシェルだけという謎認識ができていた。


「……」


「あっ、多分こっち行けば着く。行ってみよう」


「……ああ」


 ここは、最大限の警戒が必要となってくる迷いの森に更に危険度を増して創られた空間。無限湧きする、地上では中々見ないような強力な魔物がそこら中にいる。


 そんな中で、フォルは、無邪気に笑っている。フィルが、引いているのに気づいていながら、辞めようとしない。


 フォルにとってはこのくらいが楽しいのだ。


「フィル、向こうに面白い魔物いる」


「エレとゼロに見せてやりたくなる笑顔だな」


「あの二人とこんな場所行くと、守らないとだからって常に警戒している必要あるからね。フィルとだったら、そんな必要ないから。むしろ守ってもらう?」


「……」


「ねぇ、何黙って撮ってんの?」


 フィルが、黙って連絡魔法具を取り出し、フォルを撮影している。ぴこぴこという音で、画面を見ていないフォルは、それに気がついた。


「前に、エレから、フォルとらぶらぶできるゲーム欲しい作ってと頼まれていたから。その参考に」


「目の前にいる方で我慢しろって言っといて。ていうか、何頼んでんのあの子」


「「フォルらぶー。らぶらぶー。ずっと一緒なのー。フォルはエレの恋人なのー。フィルはエレのお嫁さん……間違えた。お婿さん一で、フォルは中々なってくれないのー。婚約者なのに。ぷぃ」って」


 フィルが、ミディリシェルの声真似をしながら、ミディリシェルが、そのゲーム作りを頼んだ時に言われた事をそのまま話した。


 今回の転生前、ミディリシェルが、フォルに会いたすぎて、何やら頼んでいた事は、フォルも知ってはいたのだが、その内容は今初めて知った。

 その時、ミディリシェルは、頬を赤らめて、もじもじと可愛らしく言っていたのだが、その内容が、こんな事だとは、想像もしていなかった。


 フォルは、フィルから目を逸らし、森の木々を見つめる。


「フィル、見て、木が綺麗」


「あの子がそう言いたくなるのも理解できるだろう。自分の婚約者が中々結婚の話をしてくれない。ずっと好きなのに。しかも、離れ離れ。再会後は忙しかったから、何もしてきていないが、覚悟しておいた方が良いんじゃない?」


「……あのさ、一度で良いから手を繋いでくれって言われて、やってあげたら、恋人だと言いふらされる人の気持ち分かる?」


「愛姫に好かれて良いな」


「君は、愛姫との婚約を普通に受け入れて良いからね。神獣としてのしがらみなんてないから」


 神獣として、黄金蝶として、フォルは、ミディリシェルとゼノンとの距離を考えなくてはならない。今はまだ。

 黄金蝶は、御巫以外とは結婚できない。その大前提がある以上、フォルは、二人が御巫として認められるまでの間は、その想いを受け入れる事はできない。


 自分が受け入れたいと思っていたとしても。


 だというのに、ミディリシェルとゼノンは、お構いなく迫ってくる。ありとあらゆる方法で、結婚すると言わせようとしてくる。


 それが、嬉しいのが余計に複雑な感情を覚える。


「あの頃のままだったら、受け入れられてたんだろうね」


「そうだろうな……フォル、見えてきた」


 巨大な樹が見える。緑の葉の中に、ぽつぽつと赤い花が咲いている。原初の樹が花を咲かせる事は、現在では珍しいのだが、ここの豊満な魔力が、原初の樹に年中花を咲かせていた。


「ほら、迷子じゃない」


「そこか」


「重要だよ。迷子じゃないっていうのが一番重要。むしろそれ以外重要じゃない」


『嗚呼、やはり美しいですわ。この長い月日は、忘れさせる事なく、むしろ、思い出は更に美しくなるばかり』


 原初の樹アウィティリメナ。彼女が、精霊の森を守る、原初の樹だ。

 声が、地の底から響く。

 花々が、フィルとフィルを囲む。


 これが、アウィティリメナの歓迎だ。


「そうだね。久しぶりだ。話は通っているかな?宝剣を取りに来たんだ」


『ええ、ええ。待っておりました。この日をずっと。幾千幾億の時が経とうと』


「万くらいしか経ってないけど?それで、どこにあるの?」


『今すぐにでもお渡しできます。ですが、タダで渡せはしません。アタクシめの花から創られし獣を掃討してください』


 原初の樹が創り出す獣だ。無限湧きする魔物とは比にならない強さだろう。


 巨大な花を頭に咲かせる緑色の獣。


「グォォォォ‼︎」


 その遠吠え一つで、周囲の花弁を散らす。


「これはちょっと苦戦しそうだね」


「そうだな」


 獣が茎のような触手を出し、周囲の植物を薙ぎ払う。フォルとフィルは、後方へ避けた。


 避けた先で、地面から触手が生える。その触手が、フォルの足に巻き付いた。その触手は、根本から枯れていく。


「自衛目的で魔法使うのも私用になるんだよなぁ」


 生命魔法を使い、触手を枯らせておきながら、呑気にそう言う。


「浄化系は効かない」


「フィル、頼める?僕、魔法使えない」


「さっきまで散々使ってよく言えるな」


「だって面倒……今思い出した」


 フォルは、触手を避けながら、笑顔でフィルに言った。魔法を使う気がない。というのが本音だ。


「……良い事思いついた」


「?」


 フィルが何を考えているのかと気になっているような顔で、フォルを見ている。


 フォルは、避ける事をやめ、自分から触手に巻きつかれに行った。


 触手に巻きつかれ、身動きが取れなくなったフォルは、瞳に涙を溜めて、フィルを見た。

 助けてと言わんばかりの顔で。


「……今自分で」


「タスケテー」


「自分で」


「タスケテー」


「そこまでして魔法使いたくない?」


「うん」


「グォォォォ」


 獣が、遠吠えの後、鋭い刃のような花粉をフォルに向けて吐いた。


「はぁ……仕方ない」


 こんな事で怪我をすれば、ミディリシェルとゼノンが悲しむ。大泣きする。

 たかが魔法を使いたくはない。面倒臭いという理由で、怪我をして泣かせるのは本意では無い。


 防御魔法で、花粉を防ぎ、生命魔法で触手を枯らせた。

 身動きが取れるようになると、収納魔法から剣を取り出し、獣の花を真っ二つに斬った。


「これで良い?はぁ、やりたくなかったのに」


「お疲れ様。相変わらず、エレとゼロ想いだな」


「婚約者泣かせたく無いなんて普通でしょ。それより、終わったんだから、宝剣返して」


 魔法を使いたくないのに使ったのに使った事で、フォルはかなり機嫌を悪くしていた。


『ええ』


 アウィティリメナから、宝剣を渡される。


「フィル、疲れたから一晩休む」


「……うん」


 疲れてないだろうとは突っ込まないようだ。フォルは、この程度の事で疲れないという事は、フィルも良く知っているだろうに。


「また気が向いたら来るよ。アウィティリメナ」


『ええ、ええ。お待ちしておりますわ』


 フォルとフィルは、精霊の森の入り口付近まで、歩き始めた。


 迷いの森というのは、行きと帰りでは道が違う。行きは行けたとしても、帰りも帰れるという保証はどこにもない。


 だが、フォルはここを創った主だ。この中も迷う事など無く、帰りも帰れるだろう。


 などという事はない。


 助けて貰えなかった仕返しにと、フォルは、魔物がいる方向へばかり行き、道を外れていた。そんな事ばかりするため、案の定、道に迷った。


      **********


 空は暗い。もう夜だ。だが、いまだに、迷いの森を彷徨っている。


「フォル、どうやって帰るんだ」


「迷子じゃない。帰れる」


「帰れてないから迷子なんだろう。また野宿確定だな」


「それは良いけど、ほんと、出口どこなの?……少し視るか」


 そう言ったフォルの瞳が、黄金へ変わる。その瞳には、魔力の道標が視える。


 その道を辿れば、どこにいたとしても、目的地へ辿り着く事ができる。その道標を辿り、出口まで向かった。


 フォルとフィルが、出口まで行く頃には、夜が明けていた。


 昨夜は野宿、今晩は徹夜と確定した夜だった。


 だが、フォルもフィルも数日間寝なくても余裕だ。この後、何事もなかったかのように、管理者の拠点へと向かった。

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