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星月の蝶  作者: 碧猫
3章 呪いの聖女
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14話 大好きな人


 原初の樹トヴレンゼオ。それがある場所は、闇の地帯。


 明かりが無く、周囲が見れない。記憶と感覚だけがものを言う場所だ。


 ゼノンは、記憶だけで、トヴレンゼオのある場所へ向かう。


「闇の風だ。ルナ、お前は特に気をつけろよ」


「分かってますわ」


 ぴゅぅっと風が吹く。

 ここの風は、闇の風とゼノン達は呼んでいる。闇魔法が僅かながらに運ばれている風。


 耐性が無ければ、その風の影響を受けて、表には出していない心の闇に飲み込まれるなどといった、何かしらの悪影響をもたらす。


 今日は、何かあったのだろうか。特に風が強い。吹き荒れる風に、防御魔法を使いながら歩く。


「これは……良い事でもあったんだな」


「機嫌が悪いのでは無くて?」


「悪かったら、もっと荒れてる。なんて言うか……予想外の嬉しい出来事、ってところだな」


 吹き荒れる風が、ゼノンにそれを教えてくれている。その、予想外の嬉しい出来事というものも、何か予想はついている。


 トヴレンゼオがゼムレーグの事を大層気にかけている。そんなトヴレンゼオが喜ぶ事といえば、ゼムレーグが何かしら、トヴレンゼオの喜ぶ何かを見せたのだろう。


 ――あいつが、前を向いたなんてな。おかえり、俺の兄さん。


「嬉しそうですわね」


「当然だろ。あいつが、ようやく戻ってきてくれたんだ。昔の、俺が良く知っている、強くて、かっこよくて、優しい。俺の自慢の兄さんが」


「ゼム以外に実兄っていましたの?」


「ゼムだ。あいつ、ようやく見せたんだ。今までずっと、躊躇っていたのに、前に向いてくれたんだ」


 ゼノンは、何も見えない暗闇の中、前を向いて、晴れやかな表情で、そう答えた。


 ゼノンは、ゼムレーグの弟として、その才能を使わなくなった理由を知っている。それ以前のゼムレーグに関しても。


 ――俺を守ってくれていた。あの頃のように……いや、今度は、肩を並べて、一緒にいられるんだな。


『よぉ、兄殿下の次は弟殿下か。兄殿下から連絡きていたか?あの成長っぷり、いや、戻りっぷり、本当に惚れ惚れするぜぇ!』


「連絡は着てねぇが、この機嫌の良さで大体は察している。俺の兄さんが帰ってきたんだろ?ずっと待っていた、俺の大好きな兄さん」


 ゼムレーグが、その才能を使わなくなったのは、ゼノンがまだ、聖月の秘術を使えなかった頃の事。ようやく、聖月の秘術を使えるようになり、ゼノンがゼムレーグに守られているばかりでなく、共に肩を並べて戦う事だってできるようになった頃にはもう、ゼムレーグは、その才能を使う事が無くなっていた。


 それを仕方がない。今度は自分が守る番だと言い訳を並べて、本当の想いを誤魔化していたが、本当は、寂しかった。また、自分の知るゼムレーグに戻って欲しかった。


 その想いを誤魔化し続けて、幾千幾億、数えられぬ程の年月が流れた今、その願いが叶った。


 それが、どれだけ喜ばしい事か。

 

「ゼムが……って、それも重要だが、そうじゃなくて、宝剣!トヴレンゼオなら宝剣がどこにあるか知ってんだろ?」


『姫殿下を笑えない物忘れの良さだ。宝剣ゼノンならここにある。あの日からずっと、ここで守ってきた。だか、タダで渡すわけにはいかない。俺様が根の洞窟へ赴き、自分で取ってこい』


 闇の風が、トヴレンゼオの感情を教えている。それは、極上の喜び。楽しみ。


「どっから行くんだ?」


『この転移ゲートからだ』


「……さっさと行くか」


『そこの二人もいけよぉ』


「分かりましたわ」


「分かった」


 ゼノン達は、転移ゲートの中に入った。


      **********


 転移ゲートを抜けた洞窟の中は、昼のように明るい。それに、ルーツエングとルーヴェレナとは分かれたようだ。


「……」


「おい、大丈夫か?」


「お前が、転移ゲート使えつったんだろ」


 ゼノンは、転移ゲートに酔って、気分を悪くしている。そこに、人型のトヴレンゼオが現れた。


「試練とか言うなら、一時間くらい待ってくれ。そうしたら治る」


「……試練というか、ただの語らいをというか……そんなんで、何かやらせる程、非常な樹じゃねぇんだよぉ‼︎」


「……うん。知ってる。頼むから騒がないでくれ。頭に響く」


「そういえば、弟殿下は、魔力に敏感すぎるんだったな。あの姫殿下以上に」


「今思い出したみたいな顔すんな。知ってんなら、転移ゲートやめろ。ほんと、気持ち悪い。頭痛い。エレ欲しい」


「そういえば、姫殿下とかのお方だけが、治せるんだったか」


 ゼノンは、目線だけ、トヴレンゼオに向ける。


 魔力に敏感な体質。それだけならまだ良いが、ゼノンは、転移ゲートのような、干渉系の魔法を使うと魔力酔いをすぐに起こす。

 そして、それは、長い時では一日かかっても治らない。


 ――ふみゅ⁉︎ゼロ、ゼロー、ゼロー……ふぇぇぇぇん。


「やばい。幻聴聞こえる。エレの可愛い声聞こえる」


「ふぇぇぇぇぇん」


「幻覚まで見える」


「幻覚じゃないよ。原初の樹の根は、繋がってるから」


「エレとフォルの幻覚と幻聴が」


 目の前にいる、大泣きするミディリシェルに呆れた表情のフォル。いるはずがないと、ゼノンは、目の前にいる二人が本物だとは信じない。


 今頃、ミディリシェルとフォルは、別の場所にいる。ここにはいない。目の前にいる二人が本物のはずがない。


 魔力酔いが酷く、何も考えたくない。頭が回らない。ゼノンは、目の前の二人を本物と見抜くだけの頭を使う事ができていない。


「ふぇぇぇん。ゼロだいっきらいー!だいっきらいなのー!もう知らないのー!」


「ゼロ、エレ泣かせないでよ。僕のエレ、僕がぎゅぅってしてあげるから泣かないで」


「ふみゅ。エレはフォルと暮らすの。ずぅっと、フォルと暮らすの」


 目の前で繰り広げられる愛情劇。ミディリシェルは、大泣きしながら、ゼノンに猫パンチを繰り出す。


「ゼロだいっきらい」


「疑って悪かったから、猫パンチやめろ」


「みゅ、じゃあ、こっちするの。ぎゅぅ」


 ミディリシェルに抱きしめられていると、魔力酔いが治ってくる。

 視線を、トヴレンゼオの方へ向けると、フォルと二人で、にやにやと笑っていた。そして、二人で何やら、企んでいる。


「後ろは気にしなくて良いの。気にしちゃだめなの。気にするなら、エレが怒っちゃう」


「気になるだろ!お前も後ろ見ろよ」


「みゅ?なにもないよ?後ろ気にせず、エレの事を見てれば良いの。すりすり」


「なぁ、もう治ったから、そこまでしなくても」


「やなの!」


「相変わらずのわがままっぷりだな」


 わがままな上に気まぐれ。まるで猫のようなミディリシェルは、突然飽きたかのようにゼノンから離れた。フォルの方へ向かい、抱きついている。


「みゅぅ、ゼロは何するの?」


「聖月に伝わる祝詞を言ってもらう」


「願いの月。叶え叶えと、祈るよに。我を通し者、加護与えん。夢の月へと導けん。世界の祝日に汝あり。月に願えば、夢の世に、月に叶えと祈り唄……だったか?これ、唄にして覚えてたからすらすら言える」


「……ぷしゅぷしゅ」


 ゼノンは、一度も迷う事なく、すらすらと答えた。これで宝剣を取り戻せる。喜ばしい事のはずだが、ミディリシェルは、ぷぅっと頬を膨らませて、ゼノンに猫パンチを繰り出す。


「弟殿下、悩む真似事くらいしてやれ」


「エレだって聞いてきただろ?なら、すぐに答えられたんじゃねぇのか?」


 ゼノンは、何の悪意もなく、ただ純粋にそう思い、ミディリシェルに問いかけた。だが、それがミディリシェルのただでさえ悪い機嫌をより一層悪くする。


 猫パンチだけでなく、べぇーと、舌まで出した。


「フォル、なんでエレこんなに機嫌悪いんだ?」


「君が祝詞をすらすら言えたからじゃないの?空気読みなよ。エレがすらすら言えると思ってんの?」


「お前まで機嫌悪くねぇか?」


「どっかの誰かさんちと違って野宿だったからね」


「……ぷにゅぅ?ふみゃ⁉︎こ、ここ水浴びできるの」


「うん。一緒にしようか」


「みゅ」


 ミディリシェルの機嫌が良くなる。ついでに、フォルの機嫌も良くなっている。


 ゼノンの機嫌は、悪くなっている。


「俺も」


「……にみゃぁ。ゼロも一緒なの。ににゃぁ。ゼロも一緒で良いの。ににゃぁ」


 隠しきれていない、何かを企んでいるミディリシェル。というより、隠す気がないのだろう。


 ミディリシェルは、ゼノンを見て「ににゃぁ」と、笑ってから、フォルを見て「にみゃぁ」と笑っている。


「一人が寂しかったんだね」


「ああ、あいつがエレと一緒に寝るのはまだやりそうだが、風呂なんて度胸ねぇだろうからな」


「そうなの。だから、だから、早く会いたいの。一緒が良いの。でも、まだかかると思うから、今日は、水浴びで我慢するの。ふぇ」


 ミディリシェルが、瞳に涙を溜めて、そう言った。


「弟殿下、あまり、姫殿下を泣かせないようにしてやれ!昔から、どれだけ気丈に振る舞おうと、弱く脆い少女だ」


「ああ。分かってる。昔からずっと見てきたんだ」


「みゅ⁉︎」


「わぁ」


 氷の結晶が洞窟内を舞う。洞窟を照らす光が反射し、光る氷の結晶が見れる。


 ミディリシェルは、綺麗な景色が好きだ。それを毎度付き合っていたフォルも、今では、こういう景色を見る事に楽しさを抱くようになっている。


 そんな二人へ、会えない時間を補うプレゼントとして、ゼノンは、魔法を使った。


 その魔法が見せる景色には、トヴレンゼオまでが、見入っている。


「ゼロ大好きなの。エレのゼロなの」


「これで、少しは我慢できそうか?」


「みゅ。我慢するって言ってるの。でも、ふみゅ。これを見たから、これをまた見るために頑張るの。ありがと、エレのゼロ」


 ミディリシェルの笑顔を見て安心する。そして、自分も、頑張ろうと思える。


 ――これが、愛姫の魅力ってやつなのかもしれねぇな。

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