13話 ローシャリナ王国
ジェルドの遺産を手に入れ、ゼノンは、原初の樹ピンドリーンのある場所へ戻った。
「あら、もう帰ってきたのですか。もう少し、お茶会を楽しみたかったのですが」
「別に好きなだけ楽しんでて良いけど?俺は、エルグにぃと一緒にローシャリナ行ってくるから。好きなだけどうぞ」
「しませんわよ。わたくしもご一緒します。ピンドリーン様、また、ご招待くださいませ」
「ええ。また、機会がありましたら」
「ローシャリナなら、ゲートなしで行く方が早いな」
ゼノンは、そう言って、転移魔法を使った。
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魔族のための王国、ローシャリナ王国。
自然の光はなく、日中でも薄暗い。だが、その薄暗さを掻き消すような賑わいを見せている。
ゼノンとルーヴェレナは、ローシャリナ王国に着くと、深くフードを被った。
「ここだと、俺らはこうしておいた方が良いからな」
「そうですわね。月鬼がこの国の王ですから。人が集まると面倒ですわ」
「ロストの直系は特に似ているからな。弟と妹とでも思われるんだろうな」
この国の王は、ロストの王族の血縁者。ゼノンとルーヴェレナとは、雰囲気が似ているだろう。
それを隠すため、ゼノンとルーヴェレナは、顔を隠すため、フードを被った。
「あの人、王宮にいるんだろうか」
「……いないでしょうね。全然感じませんわ。この辺を歩きながら情報収集をしますか」
「その前に、宿探そうぜ。もう夜だから」
「それなら、すでに予約済みだ」
「エルグにぃ早い。ありがと」
「本当に仕事が早いですわ」
日中も暗く、現在の時間は分かりずらいが、現在は、夜になりたてくらいの時間だ。
ゼノン達は、今日は、もう宿で休もうと、ルーツエングが予約した宿へ向かった。
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宿で一晩過ごし、翌朝。
――ゼロ、聞こえてなくても聞いてね。願いの魔法。一緒に願って?エレの願いを叶えて。
ミディリシェルの声。今は共有を使っていない。聞こえたのは、偶然だろうか。それとも、何かの魔法の影響だろうか。
何を願ってほしいとかは、何も分からない。何も理解していない。
「……ったく、願いくらい言えよ」
ミディリシェルと長年いた。その経験が、ミディリシェルの願いを想像する事ができた。
ミディリシェルなら、何を頼むか。何を願うのか。それは、きっと……
――あいつなら、魔法の維持でも頼むんだろうな。魔法自体なら、フォル達がどうにかしてくれる。願いの魔法を使って、それを維持するのが、あいつが考えそうな事だ。
ゼノンは、魔法の維持を願った。
それが正解だったようだ。
――ありがと。エレの王子様。
また、聞こえてきた。これは、奇跡なのだろうか。
「エレからか?」
「ああ。あいつ、今度は何しでかしたんだろうな」
「世界管理システムが壊れた。あの子の仕業だろう」
世界を監視する立場である神獣だからだろう。ルーツエングは、その情報をすでに入手している。
ルーヴェレナは別部屋だが、ルーツエングとは、同室だ。それを教えてくれたのは、ゼノンが、ミディリシェルの頼みを聞いているのに気づいたからだろう。
ゼノンも知っておいた方が良い。それが、ルーツエングの判断なのだろう。
「だとしたら、きっと、そうしねぇといけなかったんだろうな。それ以外の方法が無かったんだろう」
「結界が同時に張られている。世界の守護はそれが賄うだろう。で、何を頼まれたんだ」
「共有使ってねぇし、聞き取れたのは、願ってほしいってだけ。正解かは知らねぇが、多分、魔法の維持だ」
『君の判断で、ジェルドの話をして良いよ。ただし、外部に漏らさないように。愛姫からのご命令だ』
昨晩、フォルからそうメッセージが届いた。ルーツエングは、立場上、聞けば話さなければいけなくなるかもしれない。
愛姫がなぜ、フォルを通してそれを頼んだかは、ゼノンには理解できないが、これは、漏らさなければ話せという事だろう。
「エルグにぃ、俺らの話。誰にも言わない?俺らの姫から、外部に漏らさなければ話して良いと言われた」
「今は、仕事でいるわけじゃない」
「じゃあ、防音魔法頼んだ。俺、あまり得意じゃなくて」
ゼノンが頼むと、ルーツエングが、防音魔法を使った。
これで、外部に漏れる心配はないだろう。
「終焉の種ジェルド。神獣の伝承にあったと思うが」
「ある。だが、閲覧禁止内容にあたる」
本家の当主であろうと閲覧禁止内容。ジェルドに関して、多くの神獣が何も知らないのは、それが理由だろう。
「炎ジェルド種とか水ジェルド種とか。ジェルドと言っても、多くの種に分かれているんだ」
「エリクフィアみたいだな」
「ああ。その種に王一族がいる。全ての種が、同期間で次期王を産むんだ。俺とゼムは、氷ジェルドの王一族。エレと同期の」
「前に、少しだけ聞いたが、兵器というのは」
「俺らは、聖星と聖月の兵器としての因子があるんだ。生まれたすぐにそれを埋め込まれるから、その辺に関してよく分かってない。って言うのが、姫から許可出た範囲だ」
「姫というのは、誰なのか聞いて良いか?」
「愛姫。愛ジェルドの姫。あいつが、それなんだ。俺と一緒にいて、俺らが本気で逆らう事なんてできねぇ相手。エルグにぃなら、それだけ言えば分かるだろ」
「……エレか?」
ゼノンが本気で逆らえない相手。それで姫といえば、ミディリシェル以外は思いつかないだろう。普段から、口喧嘩とかはしているが、ミディリシェルの命令。それをゼノンは、逆らわない。
ミディリシェルが命令をする事など、かなり貴重で、普段は、頼み事以外はしないのだが。
それに、ゼノンもフォルも、ミディリシェルの願いを聞き入れる。フォルは、ギュシェルの主であるルーツエングの命令を何十回も無視しているというのに。
「さて、月鬼に会いに行くか」
「そうだな」
「他にも聞きたい事はあるだろうが、愛姫が話してくれるだろ。エルグにぃは、びっくりするだろうな。あいつの愛姫モード。普段の素の状態とはだいぶ違うからな」
ゼノンは、その時のルーツエングを想像して、笑いながらそう言った。
部屋から出て、ルーヴェレナと合流して、ゼノン達は宿を出た。
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昨晩は、王宮にはいないようだったが、今日は、王宮の中にいた。
ルーツエングとルーヴェレナは、応接室で、この国の王妃、スヴィリナと話をしている。ゼノンは、一人、執務室で、国王の月鬼と話していた。
「平和な国になってるな」
「ああ」
「外がどうなっているのか知っているか?」
「魔物化の報告を受けている」
「ああ。それで、頼みたい事があるんだ。この花で、魔物化を治してほしい。魔物討伐のついでで良いから」
「……十日間分の仕事は終わらせてる。その間で、協力しよう」
ゼノンは、月鬼に、解呪の花を渡した。
「それと、原初の樹に会いに行きたい。宝剣を取りに行きたいんだ」
「天族との約束はどうなる?」
天族との約束。それは、ゼノンが、天族とした約束事。
宝剣が使われるその日まで、魔族を守るための。
その約束を交わした魔族の国が、現ローシャリナ王国。国民を守るため、月鬼は宝剣が使われた後が気がかりなのだろう。
「心配する事ねぇよ。もう、大丈夫だと思うから。今は、昔とだいぶ違っているからな。エレも、普通に天界へ行き来できるんだ」
「そうか。なら、一つだけ頼まれてくれ。魔法機械壊れたから直して欲しい」
「……モウシワケゴザイマセン。可愛イ以来ハ、廃業イタシマシタ」
「……」
「冗談はいいとして、俺ができる範囲であれば良いが、直せるか分からねぇからな」
ミディリシェルを連れてきていれば、その頼みも簡単に了承できただろう。
ルーツエングは、魔法機械を扱えはするが、修理となるとできない。
ルーヴェレナは、更に壊す可能性が高い。
ゼノンは、簡単な修理なら、ミディリシェルとフォルに付き合ってできるようになったが、何も知らない状態で、できるとは断言できない。
ちなみに、ミディリシェルとフィルは、できはするが、性能が倍増して帰ってくる場合があるから注意が必要だ。
「その魔法機械がこれだ。小型だから、直せなければ預かって、後日でもいい」
「……これなら、直せるかもしれないが……とりあえず、やってみる。エレにやらせると、知らない魔法機械出来上がるから。管理システムレベルのものが出来上がっても良いなら、喜んで頼んでやるよ」
「それも冗談か?」
「冗談だったら良かったな。以前、落として壊れただけで、管理システム以上の処理能力を持った連絡魔法具を作り出してるから、あいつなら本気でやる」
「……直せなければ、新品を買う」
「それが良いと思う」
ゼノンは、魔法機械を直す事ができるか確認する。
ミディリシェルが作る魔法機械を見ていると、構造に無駄が多い。
――直せなくはねぇが、これ、性能的にどうなんだろうな。
「新品買えば?エレとフィルに頼んでやるよ」
「……いくらだ?」
「魔法石十個」
「頼んでくれ」
「ああ。あっ、そういえば今度、氷のお裾分けを持っていくと。それと、ヴィマ達へロストの郷土料理を届けさせると」
「分かった」
「じゃあ、俺は、原初の樹に会いにいくから。ここは確か……トヴレンゼオか。ついでに、ここを守るように結界も頼んどいてやる。今は、月鬼がここの王なんだ。後の事は、自分でどうにかしてみろ」
ゼノンは、そう言い残し、振り返る事なく、応接室へと向かった。
「相変わらず手厳しい」
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応接室へ着くと、またルーヴェレナ達が茶会を開いていた。
「本当に好きだよな」
「仲間になりますか?ゼロ様」
「いや、今日は遠慮しておく。また、暇があれば。ルナ、原初の樹のところ行くぞ。エルグにぃ、リナ王妃、ルナの世話、ありがと」
ゼノンが、そう言って、スヴィリナに頭を下げた。
「礼をいうのはこちらです。私が知らない外の話を沢山していただきました。ルーヴェレナ様、また、お話を聞かせてください」
「ええ。こちらも、魔族の国の後にできたこの王国の話を聞けて、有意義でしたわ。感謝しておりますわ」
「その情報を何に使うのかは、個人的に気になりますが、また、機械がありましたら、教えます」
「ええ、楽しみにしておりますわ。ゼロ、行きましょう」
「ああ」
ゼノンは、転移魔法を使って、原初の樹トヴレンゼオのある場所へ向かった。
――本当に変わったな。
転移魔法を使いながら、ゼノンは、スヴィリナを見た。
スヴィリナが、ここへ初めてきた時から、王妃へとなるまでの間、ミディリシェルとフォルと共に、その様子を見てきた。その頃は、国王を支える事ができるか、多少の不安はあったが、今は、それが感じられない。
淑やかさの中に強かさを持つようになっている。その成長を見て、微笑んだ。