12話 世界管理システム
翌朝、ミディリシェル達は、ジェルドの遺産を探しに向かった。
映像に映されていた、魔の森の一つギンドの森。その中に、ジェルドの遺跡が隠されている。
ギンドの森は、魔物は魔の森の中からすれば少ない方だが、気候がかなり荒れている。
「エレ、雨に濡れた場所、今はどうなっている」
ミディリシェルは、昨晩、雨に濡れた皮膚が、赤く変色していた。それ以外には何もなく、翌日になれば治っていると思い、放っておいた。
だが、翌朝になって見ても、それは治ってはいない。
イールグ達も、変色していたようだが、ミディリシェル同様、他の異常はないようだ。
「まだ、赤くなってる。普通の雨じゃないと思う。何か、呪い……魔法みたいなのがあると思うの。少し浴びただけだから、これ以上の影響はないけど」
「オレの意見で良い?」
「みゅ?遠慮なく言えば良いの」
「これ、世界管理システムが影響していると思う」
「うん。エレも。イヴィ、ゼム、手伝って。ルーにぃ、アディと一緒にジェルドの遺産を探していて。被害出る前に、エレ達は、管理システムを直してくるの」
「ああ。分かった」
ミディリシェル達は、世界管理システムを調べるため、転移魔法を使った。
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世界管理システムのある施設。そこは、空中に浮いた建物。外から見る事のできる窓は無いが、中から外を覗ける窓はある。
その中央には、巨大な魔法機会。周囲には、メインの魔法機械を正常に作動させるための中型の魔法機械が置かれている。
ミディリシェルは、メインの巨大な魔法機械の方へ向かい、誤作動が起こっていないか確かめた。
「……ゼム、呪いの聖女さん以上に面倒な事が起こっているの。面倒なの。すごい面倒なの。めちゃくちゃ面倒なの」
ミディリシェルは、心底面倒くさそうにそう言った。
それもそのはずだろう。この世界管理システムが、雨を降らしているのは、誤作動では無いのだから。
ノーヴェイズが作った最高傑作。それに外部から干渉し、雨を降らせている。そんな事ができるのは、ノーヴェイズ以上の魔法具の天才。
「……ノヴェにぃは、現代における最高峰の魔法具設計師であり魔法具技師。それを超えるなんて」
「前世界の技術、でしょう。どうなさいますか?愛姫様」
「……エレ達の知識があれば、どうにかできると思う。だから、手伝って」
「うん。オレがエレの力になれるなら、いくらでもなる」
「私もです。愛姫様、いえ、エレ様の力に、喜んでなりましょう」
「ありがと。いっぱい、いっぱい、頼りにしてる……これ」
世界管理システムの画面に映し出された文字。そこには、ミディリシェル達にとっては懐かしい文字が並んでいた。
【聖星の兵器ミディリシェル。聖月の兵器ゼノン。
最後の時。怒りの日。
流れる時の流れに、人は逆らう事はできない。
世界の終わりを迎える時、雨を降らせよう。
世界の終わりは、既に始まっている。
そして、それを止めて見せよう。我らが担ぎし、御巫の手によって。
御巫は、救世主となろう。世界を救った救世主へと】
「……これ、神獣達の計画。ゼム、これどうしたら良いと思う?今は放っておくべき?」
ミディリシェルとゼノンを御巫と認めない神獣達。その神獣達の計画の一部と、神獣の一部に伝わる伝承。
今までは、その神獣達の本当の計画が見えていなかったが、ここにきて、その計画の一部を残した。それが意味するのは、良い事ではないだろう。
それだけではない。相手は、魔法機械の事を知り尽くしている。干渉して、変えたシステムは、あまりに完璧すぎる。付けいる隙がなく、元に戻すのは困難だ。
ミディリシェルは、なんとか元に戻そうとするが、少しでも触るとエラーが出てしまう。
「……ゼム、イヴィ、悪い知らせと悪い知らせってどっちから聞きたい?」
「悪い知らせしかなくない?」
「うん。だって、良い知らせなんてないから」
ミディリシェルは、世界管理システムから目を離し、ゼムレーグとイヴィに向き返った。そして、事の深刻さが理解できる表情で、それを告げた。
「エレにはどうにもできません。あちらさんの方が何枚も上手なの。おにぃちゃん……フィルとノヴェにぃがいれば、もっと、機材が充実していれば、管理システムの細かい構造とかが分かれば、どうにかできる可能性はあるけど、今のままじゃ、どうにもできないの」
一部の魔法機械は、製作者の権限というものがある。この世界管理システムもそうだ。設計者でもあり製作者でもあるノーヴェイズがいるのであれば、製作者の権限を持って、この神獣達が変えたシステムへの干渉が可能だろう。
世界管理システム以上の処理能力を持つ、現在では不可能の領域の魔法機械があれば、ミディリシェルは、そこから、エラーを出さずに干渉をする事が可能だ。
世界管理システムの構造を熟知していれば、そこから、システムを元に戻す以外の方法を思いつく事もできたかもしれない。
だが、その全てが、今のミディリシェルにはない。
そして、今これをどうにかしなければ
「アスティディア全土を見捨てる。それ以外の方法は思いつかない」
結界で、アスティディアから、この雨を出さないようにする事は可能だ。だが、その代わり、アスティディアに住む人々を、その土地を見捨てる事となる。
「……他の方法を考える。でも、期待はしないで。これを止める方法なんて、今のエレにはできないから」
「今のって言うけど、今じゃなければできる?その全てがなかったとしても?」
「……過去視。それと奇跡の魔法を組み合わせる。可能性は低いけど、そこから、正常だった頃の管理システムにする。やった事ないから、奇跡の魔法にそんな事ができるかすら分からない」
使えたとしても、成功率が極めて低い。しかも、失敗した時に起こるかもしれない事は、最悪世界を崩壊させてしまう。
そもそも、今のミディリシェルに、そんな事はできない。過去視を使う代償を考えれば。
――一度やれば、暫くは使えなくなるかもしれない。使いどころを間違えられないから。それに、奇跡の魔法も、使用方法は知っているけど、できるかどうかなんて分からない。他に、何か方法がないのかな……エレの王子様。
「……エレ、管理システムを壊すのは?」
「考えたよ。でも、危険すぎる……フュリねぇくらい、結界魔法に優れた人がいれば……それでも、五人は必要」
世界管理システム破壊後、世界を守るための対策をとっておかなければならない。ミディリシェルは、両手をぎゅっと握りしめて、唇を噛んだ。
『信じてください!私達は、ずっと、ヴァリジェーシル様に、双子姫様にお仕えする、神獣です』
『ノーズとヴィジェは好きさ。でも、わたし、エレとゼロも好き。だから、いつでも力になるよ。頼って?』
『僕は、君らに助けられた。だから、できる事があれば、力になる。その時は、遠慮なく頼って良い』
――なんで、今こんな事……ゼロは、これ系の結界魔法は得意じゃない。フォルとおにぃちゃんなら、頼れる。繋げられる。魔物化していないと思われる中で、それができるのは、フュリねぇと……ねぇ、信じて良いよね?エレは、別の事をやらないとだから。
「エレ?」
「これ以上、迷ってる暇なんてないから。奇跡の魔法を使う。想いを繋げる。その代償を使って、賭けをする。失敗するかもしれない。でも、信じて良いって信じてるから」
「うん。何をするかだけ、聞かせて」
「ゼムが、管理システムの内部から故障させる。それと同時に、結界魔法を使う。フォルとおにぃちゃん、フュリねぇにクロ、それに呪いの聖女さん」
「呪いの聖女が協力するわけ。それに、三人とも、どうやって連絡を」
「してくれるよ。そのための奇跡の魔法なの。一度だけになるけど、協力してくれると思う。連絡は、クロは連絡先知ってる。でも、連絡するよりもこっちの方が早いから奇跡の魔法に頼る。イヴィは、必要な機能だけは移しておいて」
「分かりました」
「うん。じゃあ、始めるね」
ミディリシェルは、収納魔法から、宝剣を取り出した。
両手でぎゅっと握りしめ、瞼を閉じる。
「よろしくね。りゅりゅ」
奇跡の魔法。それで叶えるのは、繋がり。代償と掛け合わせて、結界魔法を使う全員と繋がりを作る。
――エレ?
――フォル、早いの。やっぱ、フォルはエレといつも繋がって……ふみゅぅ。
奇跡の魔法の繋がりに気づくのは、親和性が高ければ高い程早いのだろう。フォルが、真っ先に気づいた。
――エレ、説明。
――これは、奇跡の魔法かい?実際に使われたのを見る日が来るなんて。
――僕、使ってたの見たよね?
――エレ様?
――エレ、久しぶりだね。なんだか、ずっと、遠いところにいたような気がするよ。
奇跡の魔法は成功したようだ。全員と繋がる事ができた。だが、それで気を抜けば、繋がりは切れるだろう。ミディリシェルでは、奇跡の魔法を扱うだけの技量がないのだから。
今も、りゅりゅの力と、持ち前の集中力だけで、その技量を補っている。
――みんな、言いたい事あるかもだけど、今はエレのお願い聞いて。今から、世界管理システムを壊す。その時に、世界を守る結界魔法を使いたいの。維持方法に関しては、エレの願いの魔法でどうにかできるから、結界魔法をお願いしても良い?
――うん。任せて。
――了解。
――良いよ。それくらいは。
――はい。その大役、やらせていただきます。
――オッケー。エレのためなら、いくらでもやるよ。
――うん。ありがと。
ミディリシェルは、奇跡の魔法を解いた。それが、開始の合図。
ゼムレーグが、氷の粒子を、世界管理システムの中へ入れる。その粒子で、世界管理システムの内部を凍らせた。
イヴィの機能に移しも、もう完了している。
フォル達の結界魔法が、世界を包み込む。ミディリシェルは、それと同時に、願いの魔法を使った。
「ゼロ、聞こえてなくても聞いてね。願いの魔法。一緒に願って?エレの願いを叶えて」
共有も、奇跡の魔法もない。連絡魔法具すら使わない。それでも、ゼノンであれば、ミディリシェルのその願いを聞き入れてくれる。ミディリシェルの声に気づいてくれる。
ミディリシェルのゼノンに寄せる信頼は、他とは違う。それをゼノンは、可能にしてくれてきた。今までもずっと。
だから、今回も、ゼノンは、気づいてくれるだろう。
「……成功。ありがと、エレの王子様」
「エレ、雨に濡れた人達はどうする?」
「そこは、エレの可愛さにお任せなのー」
ミディリシェルは、ゼムレーグに、そう言って笑いかけた。
「むんにゅんみゅぅー」
宝剣を宙へと掲げ、癒し魔法を使った。アスティディア全土に。
「ふみゅ」
癒し魔法が効いているのか、ミディリシェルは自分の皮膚を見て、それを確認した。すると、赤みは完全に消えて、治っている。
「ふみゅ、成功なの。みんな、ありがと。イヴィ、別荘に戻ろ」
「はい」
ミディリシェル達は、用を終えて、別荘へ戻った。先に帰っているであろう、イールグ達と合流するために。