11話 エレ姫降臨
原初の樹イェリウィヴィの洞窟の最深部。
ミディリシェルは、宝剣をその手に取った。
「ふみゅ。やっと戻ってきたの。また、よろしくね」
「……ルー、これ、貰っていいのかな」
「ご丁寧に名前まで書いて持っていけと書いてあるんだ。持っていっていいのだろう」
ゼムレーグには、月のネックレス。イールグには、蝶のブレスレット。
原初の樹達が用意していたのだろう。
「りゅりゅ、やっと、帰れるでしゅ」
「うん。今まで、帰らせてあげられなくてごめんね。今度からは、宝剣も一緒だから」
りゅりゅが、宝剣の柄に巻き付いた。すると、ふわりと、その姿を消した。宝剣の中で眠ったのだろう。
ミディリシェルは、宝剣を収納魔法にしまった。
「ふみゅ。次は、アスティディアに行くの。エレは、いっぱい甘いものを買いたいの」
「却下する」
「みゅぅ。ゼム、頑張るの。エレが応援してるから。転移魔法頑張るの」
「えっ、オレ、アスティディアに数回しか行った事ない」
「大丈夫。きっとなんとかなるから。エレがやるよりかは確率高いから。大丈夫。もっと、自分に自信を持って」
「……分かった。やってみる」
「みゅ?」
ゼムレーグは、いつもならば、かなり消極的で、嫌々ミディリシェルに無理矢理やらされていた。だが、その嫌々の部分が消えている。
ミディリシェルとイールグは、顔を見合わせた。
「何かあったのかな?」
「さあな。だが、これは良い成長だ」
「みゅ。それはそうなの」
「……場所ずれても、文句言わないでよ!」
ゼムレーグが、転移魔法を使った。その時、ゼムレーグの表情に曇りが一切無かった。
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アスティディア。かつて呪いの聖女が呪いを蔓延させた場所。ノーヴェイズが、ただ一人の女のためだけに築いた王国。ノーヴェイズの最高傑作である魔法機械、世界管理システムの本体がある王国。
ゼムレーグは、見事、アスティディアへの転移を成功させた。
ミディリシェルは、早速、観光を始めた。
「ふんみゅん。かんこぉしていれば、きっと、アディとイヴィに会えるの。エレ、探すじゃなくて、アディとイヴィが、エレを見つけるの」
――だってそうでしょ? の姫を見つけてくれる。それが、 なんでしょ?
魔法機械仕掛けの王国。建物への移動は基本、魔法機械。
空は赤く染まっている。洞窟内で過ごした時間は、想像以上に長かったのだろう。
空が赤く染まっていようとも、建物や魔法具の灯りで、アスティディアは、明るく照らされている。
観光も捜索敢行も、今日できる分は限られているだろう。
ミディリシェルは、今日寝るための宿も、観光ついでに探す。
ここは、観光とは縁の無い場所。地元民で賑わってはいるが、外部からの観光客は来ない。そのためか、宿というものは、ここでは、貴重だ。
ミディリシェルは、その貴重の宿を見逃さないように、きょろきょろと、多方を見回して、探していた。
「愛ひめ」
「愛姫様」
堅いの良い男に眼鏡をかけた頭脳派にような見た目の男。
ミディリシェル達が探していた目的の人物アディとイヴィだ。
「みゅ、久しぶりなの」
「愛姫様、氷の弟殿下はご一緒では無いのですか?」
「ゼムだけ?珍しすぎる」
「うん。オレとゼロは今日は別行動。エレは、共有も使ってないみたい」
「ゼム、愛ひめに傷一つつけてねぇだろぉなぁ?」
「付けてないよ。精神面も安定している。あっ、護衛変わるとか、無し、で願える?オレ、エレをちゃんと守ってあげたいから」
アディとイヴィが、目を見開き、顔を見合わせる。
控えめで消極的なゼムレーグが、こんな事を言うとは思ってもいなかっただろう。
だが、二人はすぐにゼムレーグに笑顔を見せた。
「ようやく、自覚が出てきたよぉだなぁ、ゼム」
「ずっと待ってましたよ。ゼムが、我々と共にいる強さを身につける事を」
「……じぃー」
アディとイヴィが、ゼムレーグの成長を讃えている。そこに、水を差すようにミディリシェルが、じっと見つめている。
「ゼムはゼムって言う。エレは、愛姫って言う。なんだか、ふんみゅぅって感じなの。このふんみゅぅを、アディとイヴィは、どうしてくれるんだろう?ふんみゅぅのまんまにされるのかな?ふんみゅぅを無くしてくれるのかな?にゃむにゃむ……とエレは言っています」
「愛姫様、ご自分の立場とか理解なさってます?」
「なさってないから言ってんじゃ」
「アディ、イヴィ。エレの事を知られるのはまずいから、って事にして、呼んであげて。オレ、猫パンチやだから」
「……エレ……様」
「ふみゅ。それで良いの。ちょっとふんみゅって感じはあるけど。それなら良いの」
ミディリシェルは、腰に手を置いて、胸を張ってそう言う。その行動で呆れられようとも、何も気にしない。ただ、自分のわがままを押し通すだけだ。
そんなミディリシェルを見て、アディとイヴィが、苦笑いを見せた。
「ルーにぃ、アディとイヴィに会った事数回あるよね?」
「ああ」
「……アスティディアから、そう離れていないところに、ジェルドの遺跡がある。その遺跡から、遺産を回収してきて欲しい。フォルからの頼み事。そこで、少しだけ、エレ達の事教える。それが、エレにお願いされた頼みなの。自分で、全てを伝えるのは、この関係が変わるのは、怖いんだと思う」
フォルからの頼み事。ゼノンは、誰にも言わずに。ミディリシェルは、イールグに、全てではないが、一部だけでも、ミディリシェルから話して欲しい。そう頼まれていた。
ある程度記憶が戻っている今、ミディリシェルとゼノンは、フォルの隠し事の一部を知っている。その隠し事が言えない理由も。
ぽたぽたと、水滴が空から落ちてくる。
世界管理システムがランダムに気候を調整している。だが、この時間帯は、雨が降らないはずだ。
その証拠に、ミディリシェル達だけではない、ここに住む国民達も、この雨に慌てている。
「……何かが干渉してる……天界も、少しだけ乱れがあった。アディ、イヴィ、二人が泊まってる場所ってどこ?」
「別荘でございます。部屋が余っているので、使ってください」
「うん。ありがと。使わせてもらうね。ルーにぃ、ノヴェにぃから、管理システムについて何か聞いているなら教えて。できるだけ細かく。エレも、あのレベルの魔法機械を何の道具も情報も無しに一人でやるのは、難しいから」
「ああ」
「先に別荘へ急ぎましょう。本降りになる前に」
ミディリシェルが、こくりと頷くと、イヴィが、「これが早いです」と転移魔法を使った。
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建物自体は、かなり古いが、埃一つない。綺麗に掃除されている。丈夫で、防音結界まで張られている。
万が一にも、外部へ情報が漏れないようにするためだろう。
別荘の中に、映像視聴魔法具が置かれている。イヴィが、起動させた。映し出されたのは、イールグの過去。
「イールグ・ギュリン・ジェリンド。神獣としての能力は高く、本家でさえ、一目置いている」
「彼との出会いは、訓練生時代。自分よりも優秀で、なんでも簡単に熟すその姿の裏に隠されたものを目にした事が、現在の関係のきっかけでございます」
「前世界においての情報は無し……にしても、良い男だ。曲がりない、強い枝を持っている。教えても問題ない。俺様の意見だ。イヴィは」
「そうですね。私も、問題がないと思います。ゼム、今は貴方が代理として」
「分かってる。オレも、問題ないと思う。この映像だけじゃない。オレが見てきたものも含めて」
そう言った三人が、ミディリシェルを見る。ミディリシェルの判断に任せるという事だ。
話すに値する人物なのか。それを判断するための儀。あらゆる情報を見て、判断する。
その最終判断を持って、決定する。
ミディリシェルは、イールグを見て、笑顔を浮かべた。
「エレも……私も、そう判断します。本来であれば、他のジェルドの王達とも話し合って決定しますが、現在は同席していません。なので、三名の王の、そして、かのお方の意見を考慮して、そう判断しました」
その言葉ではなく、今までと違う雰囲気を見せているからだろう。イールグが、ミディリシェルを見つめたまま、硬直している。
「驚いたかぁ?蝶のあんちゃん。愛ひめの姿を見る機会なんてそぉそぉねぇだろぉからなぁ」
「アディ、私をなんだと思っているのですか?不敬罪として、ケーキ一ホール奢らせます」
「不敬罪っていうのは、反論してぇが、フルーツタルトでいぃかぁ?愛ひめ」
「当然です。あれ以上に好きなケーキがあると思っているんですか。イヴィ、映像を変えてください」
「はい」
普段とは違い、落ち着いた雰囲気。それに、頼むのではなく、命令する姿。全てが、イールグには見慣れない事だろう。
二重人格で、今は、別の人格なのかと疑いそうになるだろうが、そうではない。これもまた、ミディリシェルの一部なのだ。
映像が切り替わり、魔の森が映し出される。
「以前にジェルドという言葉は、教えましたね。私達は、ジェルド。ジェルドはエリクルフィアと似ているところがあります。名付きというわけではなく、その種族という意味ですが。そして、各種に王一族がいます。アディは炎の、イヴィは雷の王一族です」
「では、ゼムとゼロが、氷の王一族といったところか」
イールグがそう言うと、ミディリシェルは、緩やかな動きで、こくりと頷いた。
「理解が早くて助かります。ええ、ゼムとゼロは、氷の王一族です。その王一族が、神獣と共に世界の均衡を守っているのです。いるだけで、意味がありますから、普段は特に何もしてはいませんが」
「エレは……聖星の能力からしてみて、破壊か?それとも、エレの特徴を考えて癒しか?生命という可能性もあるな」
「どれも違います、とだけ」
「では、なぜ、エレが、その王一族に命じられる立場かは聞いても良いか?」
「その質問には、お答えしましょう。それは、私がジェルドの王の庇護下にあるからです」
ミディリシェルは、そう言って、微笑んだ。
「他の事も聞きたいが、先に、明日のジェルドの遺産というものを知りたい」
「教えますよ。ジェルドの遺産とは、ジェルドが用いていた魔法具などです。詳細の方は、実際に見てみない事には分かりません。私達は、遺産については詳しくありませんので、説明不足になってしまい、申し訳ありません」
「いや、その説明で十分だ。つまりは、見た事のない形状のものを探せば良いのだな」
「ジェルドの遺跡にあるものでしたら、正解ですよ」
「分かった。今日は疲れているだろう。これ以上は聞かない」
イールグの気遣いに、ゼムレーグ達が、「判断は正しかったな」と笑っていた。
ミディリシェルは、三人の反応を、微笑ましく見て、イールグを見た。
「では、お言葉に甘えて。そうさせて頂きます。アディ、部屋まで案内してちょうだい」
「仰せのままに」
ミディリシェルは、アディと共に、寝室へ向かった。
「ふみゅぅ。エレは、お風呂に入ってくるの」
ミディリシェルは、そう言って、部屋の中へ入った。
雨に濡れた皮膚の色が変わっていた事に、気づいたのは、入浴する時だった。