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星月の蝶  作者: 碧猫
3章 呪いの聖女
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10話 卵


 エクランダ帝国へ転移したフォルとフィル。


 エクランダ帝国の帝都。昼は市場で賑わい、夜は夜の店で賑わう。昼夜問わず、人が多い場所だ。フォルとフィルは、逸れないよう、二人で手を繋いで、帝都の中を歩いた。


「相変わらずすごい賑わい。フィル、何か買ってく?お金なら持っているけど」


「あそこの珍味特産を見たい」


「珍味の特産ってなんなんだろうね。良いよ。行こうか」


 フォルとフィルは、普通の観光客かのように、帝都を楽しんでいる。

 

「フォル、あそこに甘辛クッキーがある」


「それは僕も買おうかな。新皇帝への土産はどうしようか?」


「エクーの話だと、新皇帝は魔法石が好きらしい。一応、手持ちがあるから、それが良いと思う」


「なら、欲しいものだけ買って、宮殿へ向かうか」


「うん。そうだね……フィル、あれ、ゼロが喜びそう」


「……いやがらせか?」


「……こっち」


 フィルはフォルが、香水瓶のことを言っていたと思ったのだろう。ゼノンは、匂いがきついものが苦手だ。香水瓶など渡せば、単なる嫌がらせにしかならないだろう。


 フォルが言っていたのは、香水瓶の隣にあった、紅茶の茶葉だ。ゼノンは、甘いものが好きで、苦いものが苦手だが、紅茶やハーブティーが好物だ。それらの匂いは、平気らしい。


「買って行こう」


「うん。そうだね」


 フォルとフィルは、その後も満足するまで、買い物を続けた。情報収集も兼ねて。


      **********


 買い物が終わり、宮殿へと赴いた。


「は?」


「えっと……」


 玉座の間で、フォルは、笑顔で、フィルは、呆けた表情で固まっていた。


 それもそのはずだ。来て早々、新皇帝が「皇帝なんて無理」と叫んでいたのだから。そして、皇帝になりたくないといった内容の事を、ずっと言い続けていた。


「……フォル」


「僕に聞かれても……えっと、クルカムだったか?そんなに皇帝がいや?」


「だってそうでしょう!あの淵帝の後釜なんて!あの天才魔法師の後釜!どれだけ期待されていると思ってんですか!その期待を裏切ると思うと、嫌になるのもとうぜんでしょう!」


 現在は、皇帝を引退して管理者として働く、元淵帝、エクルーカム。魔法師として、多くの実績を残し、この帝国をここまで発展させた人物だ。


 帝国民からの支持も厚く、淵帝を讃える歌などがいくつも世に出ている。

 今では、一部が事実になったが、淵帝は、管理者の統率なのではと、帝国民の間で噂になっていた。


 それだけの人物の後釜。それは、かなりの期待を背をわなければならないのだろう。


「期待なんて、別に気にしなければ良いのに……」


「あなた達に何が分かるんですか!ふさわしい才能があって、認められて。全てを持っているあなた達に自分の悩みが分かるわけないでしょう!分かるわけないのに。そんな偉そうに言わないでください!」


「そうだな。分かるわけない。僕らは君ら人の子とは違うんだ。人の子の悩みなど分かるわけないだろう」


「なら偉そうに言わないでください!分からないなら、ほっといてください!そもそも、元はと言えば、あなたが淵帝を管理者に迎え入れたから」


 エクルーカムの魔法師としての実力、皇帝としての手腕。そして、エクルーカムの出自に関する事。


 それらの事から、フォルは、エクルーカムを管理者として迎え入れた。そこには、本人たっての希望という事も、理由に入っている。


「……フィル、時間の無駄だ。他をあたる」


「……そうだな。って言うのは無責任すぎるか?」


「僕らが付き合う必要なんてない。僕は、こんな悩みに付き合うほど優しくなんてない。淵帝と新皇帝の問題にこれ以上首を突っ込むつもりなんてない。この帝国をどうするかを含めて。僕がこれ以上何かを言う必要なんてない」


 フォルは、処分相手に向けるような目を、クルカムへ向けた。


「管理者というものは、非情ですね」


「当然だ。それが、神獣だ。まぁ、でも、これも縁だ。もし、望むのであれば、教育くらいならしてやれる。それを受ければ、期待とか考えられなくなるだろうが、淵帝ほどではないにしろ、その期待を十分に背負えるだけの成長は保証しよう」


 そう言って、悪魔の誘いをするかのような笑みを浮かべる。


「……それをすれば、期待に応えられるんですか?」


「終わった後、そう言っていられるなら。期待に応えられないと嘆くだけで、淵帝の願いすら守る事のできない愛弟子でいたくないなら、この手を取るべきだ。だが、強制はしない。そのままでいるのも、自らが決めた道だ。それに口出しはしない。僕はただ、可能性を求める、導き手に選択肢を与えてやるだけだ」


「自分は……皇帝になるのは不安です。期待に応えられるか不安です。この重積に、今にも押しつぶされそうで。ですが、この帝国は好きです」


「そうか。淵帝もそう言っていたな。この帝国が好きと。だからこそ、息子のように育てた子に、後を継がせるとも。どうする?この手を取る?」


「はい。よろしくお願いします。それと、先ほどの発言、すいませんでした」


「なら、こんなとこで座ってないで、魔の森にでも行こうか」


「……はい?」


 クルカムが、目を見開き、硬直する。隣で呆れているフィルを無視して、フォルは、再度その言葉を言った。


「魔の森に行こうか」


 はっきりと。聞き取りやすいように、ゆっくりと。笑顔で言った。


「……あの」


「ああ、やっぱ、それだけじゃ物足りないよね。武器は全部没収。自分の魔力は封印魔法具で封じる。僕らは、用があるから、その用が終わるまで生き残る事かな。安心して良いよ。致命傷になり得る怪我を負わないように加護だけはつけておいてあげるから」


「おれは、必要な本だけは与えるか」


 クルカムは、目の前でそう言って微笑む二人に、そろそろ理解できただろう。この手を取る事。教育を受けるという事。それはまさに悪魔の誘いだという事に。


 クルカムが、泣きそうな表情で、二人を見ている。だが、二人とも、少しも甘やかそうとはしない。


「その後は、調合も学ぼうか。ちゃんと歴史や、政の勉強も。そこは、主様にでも任せるか。君は、良い巡りに会えた。本来は受ける事などできない、神獣の教育と同等レベルの教育を受けられるのだから」


 クルカムが、そんな教育はいらない。と言いたげな表情をしている。


 世には知られていない。だが、知っている者なら知っている言葉がある。


『神獣の手を取れば、必ず後悔する。何故なら、地獄を見るからだ』


 神獣のフォルからしてみれば、これほどまでに的を得た言葉はない。短く、そしてこれ以上とない例えの仕方。

 神獣の常識は、他種族とは遥かにかけ離れている。


 その自覚は、殆どの神獣にある。当然、フォルも自覚をしている。だが、それで合わせるかどうかは別の話だ。特に神獣の中でも、貴重種である黄金蝶は、殆どが合わせようとはしない。


「かつての淵帝もその教育を受けている。同じ土台に立つというとこの提供をまずはしよう。その後は、成長度合いで」


「……よろしくお願いします」


「ああ。じゃあ、行ってらっしゃい」


 フォルは、現在確認されている中で、危険度トップスリーに入る魔の森へとクルカムを送った。


「さて、どうするだろうか」


「なんで嘘ついたんだ?エクルーカムは、ここまではやっていない」


「同じ土台なんて用意してやる性格だと思ってんの?僕は……俺は    なんだ」


「そうだな……花」


「精霊の森にでも寄る。そこで、適当に頼んでおけばいいんじゃない?ああ、でも、その前に少し見に行こう。手は貸さないけど」


「……黄金蝶らしくない黄金蝶か。これほどまでに黄金蝶らしい黄金蝶はいないというのに」


 無邪気に笑うフォルを見て、フィルは、そう呟いた。


      **********


 猛吹雪で視界が悪い。ここは魔の森の危険性だけでなく、環境的にも危険性がある場所だ。

 そんな中で、クルカムがどう過ごすのか。それを、遠くから楽しそうに眺めている。


「昔の僕ら見てるみたいだね。僕らの場合、魔法禁止、一歩歩けば魔物がいる。何の説明もなし。ここより酷い環境でほっぽり出されたからね」


「そうだったな。あの時は逃げるのに必死だった。木の枝を使って、どうにかしようとしたら失敗とかな」


「うん。あの時は楽しかったよ……あの時は……何も知らなくて良かったから。どうして僕らが選ばれたのかも、何もかも知らずに、ただ、普通の双子として、やっていられたから」


 遠い昔。もう置き去りにしようと決めた過去。ミディリシェルとゼノンにすら話してはいない、フォルの秘密。


 それを、懐かしみながらクルカムの様子を見つめた。


「呪いの聖女は黄金蝶。間違い無いだろう。フィル、オルベア達の出方次第では、    として、ピュオ達の望みを叶える。それで良い?」


「当然だ。おれはいつまでも、   として運命を共にする。それがおれの役割だ」


「うん。ありがと。ふふ、叫びながら逃げてるよ。叫んだら魔物が余計に追ってくるのに」


「フォル、そろそろ」


「うん。そうだね。行こうか。頑張れ、卵。僕らが帰ってくる頃には、雛になれるように」


「堕ちた神獣が弟子に取ったのは、新たな神獣の卵か。これはまた、奇怪な巡り合わせだ」


 エクルーカムは、元神獣。現在は、神獣の記憶を失くし、人の国の皇帝として帝国を治めていた。


 その皇帝が弟子に相応しいと迎えたのが、クルカム。新たな神獣へと選ばれた卵。


 その卵は、まだ孵化していない。エクルーカムは、厳しくはしていたのだが、孵化するにはまだ優しすぎたのだろう。

 フォルが言った嘘は、嘘ではなく、ある言葉を意図的に隠していた。


「見せてみなよ。神獣として、淵帝と同じ土台に立つために、その卵を割るとこを」


 黄金蝶らしい、意味深な笑みを浮かべる。


「精霊の森に行く?エリクルフィアに行く?」


「エリクルフィアから行く」


「了解。面倒な事にならなければ良いけど」


 そう言ってフォルは、転移魔法を使った。


 エリクルフィア、神の地と呼ばれる、その場所へ。

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