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星月の蝶  作者: 碧猫
3章 呪いの聖女
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8話 ゼムとルーの洞窟攻略


 三手に分かれたゼムレーグは、洞窟の中をキョロキョロと見回しながら歩いた。


 洞窟とは思えないその景色を、その目に焼き付ける。


「エレ?イールグ?……エレー、聞こえるー?」


 突然、ミディリシェルとイールグとの通信が途絶えた。


 ゼムレーグは、通信機の故障を確認するが、故障はしていない。


 ――大丈夫かな?心配になる。オレは、戦うのは嫌だけど、戦えるだけの力はある。けど、エレは……


 ゼムレーグにとって、ミディリシェルは保護対象。共に戦うのではなく、守るべき相手。

 それは、ミディリシェルの事を良く理解しているからこその感情なのだろう。


 ――もし、一人の時に……


 危険度下は、何も危険性はない。だが、違和感があった。


 ――これ、迷路みたいになってる?迷路は得意だから、迷う事ないけど。


「……エレ、大丈夫かな」


 ゼムレーグは、迷う事なく、迷路を進んだ。


      **********


 最深部の手前。ゼムレーグは、楽々辿り着いた。


「よぉ、初めましてではねぇよなぁ?聖月の兄殿下」


「えっと、その声とその性格は……トヴレンゼオ?その姿だと初めてで、その、らしいというか、かっこよくて憧れるというか……」


「あいっからわず、その性格は変わってないなぁ!臆病で優柔不断、強さを持っていながら、その強さを使おうともしない。そんなんで、あの弟と姫殿下を守る事ができるとでも思ってんのか!」


「……思ってない。でも、オレは……」


 ゼムレーグは、俯いた。


 ミディリシェルとゼノンと一緒にいたい。二人を守りたい。兄として、ゼノンの前に立ちたい。

 それでも、その力を使いたくない。その才能は、使いたくない。戦いたくない。


 そんな想いが、複雑に入り乱れる。その中に囚われたまま、今もずっと変われずにいる。


 それが、ゼムレーグという男の心情だ。


「くだらん。己が弟は何を見せた?その才能を妬んでいたか?あの姫殿下も弟も、傷つく事を知っていてもなお、立ち向かっていたんじゃないのか?その才能は、何のためにある?今一度、それを考えろ!」


 トヴレンゼオは、苛立ちを隠していない。隠す気もないだろう。


 ゼムレーグの知る、トヴレンゼオという原初の樹は、臆病者を嫌う。前に進めぬ者を嫌う。どれだけ弱くとも、前を見る物を好く。


 トヴレンゼオは、ゼムレーグが気に入らないのだろう。


「成長を期待したが、期待はずれだ。そんな奴に渡す物も、試すものもない!さっさと帰れ!」


 いつかの記憶。忘れられない記憶。

 咲き乱れる花々と破壊し尽くされた場所。愉快の笑う、彼女の表情。


『ふふふふ、あはははは。全て壊れるの!全部全部消えてなくなるの!全部、空っぽになれば良いの!ふふふふ、あははははは!』


 堕ちた先の彼女。それは全て、己の責任。

 ゼムレーグを守ろうとしたから。ゼムレーグが戦おうとしなかったから。だから、彼女は堕ちた。自らの闇の中に。聖星の、兵器の中に。


 あの時の後悔は決して忘れてはならない。

 決して、繰り返してはならない。


 己が愚かで、臆病で、小心者で、前に進もうとしない。それは、自覚している。それは仕方がない。そう思う彼でさえ、譲れないものがある。


 それが、その記憶だ!


「……帰ったら、あの子に合わせる顔が無くなるよ。戦いたくなくても、この力を使いたくなくても。オレは、あの子といたい。ゼロといたい。そのために、この力を使えと言われれば、嫌だけど、迷わずに使う。もう、絶対に、あの子に守らせるだけでいない」


 ゼムレーグは、覚悟の灯った瞳を、トヴレンゼオに向けた。


 その答えを求めていたのだろう。トヴレンゼオが、ニヤリと笑った。


「なら、オレさまの試練を受けろ!なんでも良い。その証を、聖月の力を見せてみろ」


「……ロストじゃなくて聖月だから、裏でも良い?」


「とぉぜんだ!裏も表も関係ねぇ!さぁ、魅せろ!」


 ゼムレーグは、両手を前に出した。


 聖月の秘術は全て、氷の調整が必要となる。その調整を、手の感触だけでやる。


 ――……冷たい。懐かしい感覚。もっと、もっと、冷たく。空気を冷やして


 長年使っていなかった。それでも、感覚は覚えている。


 感覚を研ぎ澄まして、その温度へと達するのを待つ。


「……」


 ――……きた!


 凍るような温度。実際に、ゼムレーグの周りの空気は凍っている。


 その氷を操るのが、聖月の秘術に必要な事だ。


 氷の粒子をできるだけ細かくする。細かく、目には見えないように。


 ――うん。これは……成功だ。


 氷の粒子が、空気に乗って舞う。


「その覚悟、しかと受け取った。成長したなぁ!兄殿下」


 トヴレンゼオの合格を貰うと、ゼムレーグは、ほっと、息を吐いて、氷の粒子を消した。


「うん。エレも、こんな感じ?」


「姫殿下は、イェリウィヴァに祝詞を言わされている。あの姫殿下が、それを覚えているとは思えんがな」


「……戦うわけじゃない?危険な事はない?」


「どうだろうなぁ。姫殿下が、見極めをできれば、危険はないだろうが」


「……エレなら、そのくらいは大丈夫。ありがとう。二人が待っているかもしれないから、最深部へ向かうよ」


「なら、そこの穴だ」


 トヴレンゼオの背後にある、深い穴。ゼムレーグは、穴に近づき、中を覗くが、下が見えない。


「じゃあ、また話そう?」


「今度は貴様が来いよ。オレ様はいつでも待っていてやるからなぁ!」


「うん。必ず行く」


 ゼムレーグは、そう言って、トヴレンゼオに笑顔を見せた。そして、目の前にある穴の中に飛び降りた。


      **********


 三手に分かれて、通信が切れたイールグは、構わず、前へ進んだ。


 明らかに何か仕掛けのありそうな罠が目の前に見える。仕掛けを探して解けば良いのだろう。だが、イールグは、そんなまどろっこしい事はしない。


 持ち前の運動神経だけを頼りに、軽々と罠の地帯を駆け抜けた。


 ――上でこの程度か。なら、エレとゼムの心配の必要はないな。


 イールグは、待ち受ける罠を次々と力尽くで突破していく。全て、魔法さえ使う事なく。


 そして、最深部の手前へと辿り着いた。


      **********


 そこに待ち受けていたのは、原初の樹アウィティリメナ。清楚で、端正な顔立ちの女性の姿をしている。


「ようこそおいでくださいました。蝶殿が最深部へ相応しいか、このアタクシめが、芯定させて頂きます」


「芯定?聞いた事のない言葉だ。意味を伺おう」


「蝶殿の芯を見定める。それが、芯定でございます」


「そうか。何をすれば良い?」


 イールグの問いに、アウィティリメナが、ゆったりと微笑んだ。


「語らいを。蝶殿の憧れと、語らいをして頂きます」


 アウィティリメナの周囲から、紫の霧が湧き広がる。


 霧が、周囲を包み込んだ。


「へぇ、君は僕の事を一番憧れているんだ」


 イールグの視界に、穏やかに微笑むフォルが現れた。


「でも、それは表面上。神獣は獣。僕のほんとの姿を知っても、そう思える?僕を知って、君は、僕に恐怖心を抱かないと言い切れる?」


「俺の記憶からの幻覚か?それにしては、俺の記憶とは違いすぎる」


 イールグの知るフォルは、こんなふうには笑わない。自嘲するような笑みを浮かべる事なんてない。

 イールグが、フォルに対して恐怖心など抱かない。それを知っているかのように振る舞う。


 イールグの問いに、アウィティリメナは、ゆったりと口を開いた。


「違います。これは、蝶殿の幻覚ではありません。蝶殿が、かのお方を憧れていると知っての方法です。蝶殿の記憶からではなく、アタクシめの知る、かのお方の一部分だけを見せているだけに過ぎません。ですが、それで良いのです。アタクシめは、目の前にいるかのお方の問いにさえ答えて頂ければ」


 そう言ったアウィティリメナは、どこか遠くにいるかのような懐かしい目を、幻覚のフォルに向けている。


「問いに答えよう。言い切れる。俺は、貴様の正体がなんであれ、恐怖心など抱かない」


「なんで?そう言い切れるの?だって僕は    なんだよ?ああ、今の言葉では、違うんだったか。まあ良いや。知らない方が良い事だから」


「やはり貴様は幻覚だな。たとえ一部であろうと、本物は、そんな事に理由を聞かない」


「君は僕を何も知らないのに、そう言い切れる理由がある?」


「そうだな。何も知らない」


「だったら、なん」


「貴様の正体に関してなど何も知らない。だが、俺は、たとえ醜い化け物であろうと受け入れる。それが、貴様が教えてくれたことだ。それを俺は、忘れない。実行するだけだ」


 イールグが、目の前のフォルの言葉を遮って、そう答えた。


「もう良いでしょう。蝶殿の答えは分かりました」


 霧が消えて、幻覚が消える。


「蝶殿は、かのお方に相応しいようですね。狂わしい。ですが、この感情すら、かのお方は、愛せと申すのでしょう」


「一つ問いたい。原初の樹にとって、フォルはなんだ?」


「誰にも変えがたい方です。今は、そうとしか言う事ができません。おゆきなさい。今、あの答えを仰った蝶殿を見ていると、狂わしい嫉妬がでます」


「そうか。貴様に出会えてよかった。俺はそう思っている。貴様がどうであれな」


 イールグは、そう言って、最深部へ続く穴に入った。


      **********


 三人が最深部へと入った後。原初の樹の三樹は、集まっていた。


「どうでしたか?あのお二方は」


「成長を見せてもらったぜぇ。流石はこのオレ様が見込んだだけの事はある。これなら、かのお方も、納得するだろう」


「狂わしい。狂わしい感情をアタクシめに芽生えさせて行きました。本当に、素晴らしい。かのお方は、本当に良い相手を友人に選んだものです」


「そうですか」


「そっちはどうなんだ?姫殿下は、どう成長していた?美しさが増していたか?」


「いいえ。前の美しさは完全に消えています。あの儚い美しさは、消え、愛らしさが増しておりました。かのお方への愛情は、言うまでもないでしょう」


「そうですか。ああ、狂わしい。美しい。あの姫を、我が手で宝石へと変えたい」


「アウィティリメナ、また、本性が出ておりますよ」


「仕方がないでしょう。あの姫が、あれだけ磨かれているとなれば。ああ、姫を、かのお方の隣に立たせたい」


「では、立たせましょうか。姫君は、覚えております。かのお方の事を。全てではないかもしれませんが、それでも、姫君は、かのお方の隣で共に歩む事はできましょう」


「そうだな。なら、そのためにも次へ行くか。全ては、かのお方の後悔のため」


「ええ」


 三樹は、そう言って、どこかへと消えていった。

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