7話 エレエレ洞窟こぉりゃく
洞窟の中とは思えない景色が広がっている。
植物が生い茂り、地上から漏れ出ているのだろう。植物達を照らしている。
「ルーにぃ、ゼム、着いた?」
『着いた。通信状況は、安定してる』
『こちらもだ』
ミディリシェル達は、耳につける小型の通信魔法具を使用する。互いの状況を確認し合いながら、この洞窟の攻略を挑む。
『ここが、根の元……洞窟には見えない』
「うん。死の森に似ている。リプセグ、みんなも、元気に過ごしているのかな」
『エリクルフィアの大陸の一つか。フォルから少し話を聞いていたが、素晴らしい場所なのだろう』
「うん。今度ルーにぃも、一緒に行こ。とっても素敵な場所だから。ここは、植物さんいっぱいの場所だけど、二人の方はどうなの?」
『ここも同じ感じ。綺麗で、住み心地良さそうな場所』
『そうだな。こっちも同じだ。危険な場所とは思えんな』
「ふみゅ。ちょっと進んでみるの」
ミディリシェルは、そう言って、洞窟の中を進んだ。
だが、早速問題が。どれだけ進もうと、同じ所を回っているだけだ。
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ミディリシェルは、十分程歩き続けて、その事に気づいた。
「むみゅぅ?不思議な事が起こっているの。歩いても歩いても疲れるだけで、何もないの」
『迷子?』
「違うの。迷子になんてなってないの」
『何か仕掛けがあるのかもしれないな』
「仕掛け……」
ミディリシェルは、植物や壁を隅々まで、念入りに探った。
だが、それらしきものは見当たらない。
「ないの……ふにゃ?通信状況もないの」
通信状況が悪くなったのだろう。ゼムレーグとイールグとの通信ができなくなった。
ミディリシェルは、一人だけで、仕掛けがどこかに無いか探る。
「ふみゅ」
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どこにも無い仕掛け。そもそも、本当に仕掛けなど存在しているのか。それすら怪しくなってくる。
だが、同じ場所をぐるぐると回っているのは変わらない。
ゼムレーグとイールグに相談したいが、通信が回復する事はない。
ミディリシェルは、一人でどうにかするしかない。
「……みゅぅぅ」
ミディリシェルは、仕掛けが分からず、貰ったふわふわ飴を舐めて、休憩する事にした。
「あまあまー……あまあまさんあげれば……エレのゼロに渡すために作った予備のエレ特性栄養ドリンクを渡せば……」
ミディリシェルは、ものは試しと思い、収納魔法から、特性栄養ドリンクを取り出した。
特性栄養ドリンクを、ドバドバと、植物達に与えた。すると、植物が成長して、洞窟の天井を突き破った。
「ふみゅぅ。なんか分かんないけど、これで通れるのー」
天井を突き破ったのが原因だろう。ミディリシェルを閉じ込めていた魔法が消えて、先へ進めるようになった。
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「ふみゅふみゅ。お次はなになぁ」
先へ進むと、槍が絶えず降り注ぐ場所へ来た。この中を何の対策も無しに通るのは無謀だろう。
これが、危険度中という事かもしれない。いくつかの槍には、魔法を消し去る魔法がかけられている。
「ふみゅ。これは、見極めが大事なの。魔法の見極めはエレの得意分野。りゅりゅ、暇だから、頭の上乗って良いの。お話相手なって」
「はいでちゅ」
りゅりゅが現れて、ミディリシェルの頭に乗る。
「このくらいなら、エレの防御魔法でどうにかなるけど、見極めながら行かないとなの。一つでも間違えると、突き刺し……やなの!」
「りゅりゅもやなのでちゅ」
ミディリシェルは、自分とりゅりゅを包むように、防御魔法を使った。
一歩目を踏み出す前に、どこの槍が危険なのか、しっかりと見て覚えておく。
安全なルートを知ると、ミディリシェルは、槍降り注ぐ地へ一歩踏み出した。
「ふみゅ、ここをこうして」
「行けたでちゅ」
危険な槍に当たる事はなく、ミディリシェルは、無事槍降り注ぐ地を通り抜けた。
「ふみゅ」
「こんな事をしてまで、イェリウィヴァしゃまは何をみたいでしょうかね」
「知らないよ。中だからなのかな。もう終点みたい」
槍降り注ぐ地を抜けた先で、根の子が待っていた。ミディリシェルは、根の子を見て、目を見開いた。
「……嘘。根の子って」
「イェリウィヴァしゃま」
「先ほどぶりです。兵器ミディリシェルの使い魔様は、お久しぶりです」
妖艶な笑みを浮かべる、白髪の美しい女性。たとえ、数回しか会った事が無かろうと、見間違うはずが無い。
原初の樹イェリウィヴァの人型の精神体。
「説明が必要ですか?聡明姫」
「いらない。エレクジーレスの命でしょ?」
「そうです。姫君、教えては頂けないでしょうか?わたくし共は、今しか知らない。ですが、今では無い知識があるのです。エレクジーレス様は、貴方方に聞けと仰っております」
今では無い時。それは、過去ではあるが、今という時間以外の時間という意味では無い。
今の世界の始まりの前。全てが消える前。一つ前の全世界とでもいうものだろう。
転生を繰り返す人々。記憶が受け継がれる人々。だが、その記憶に、一つ前の全世界は存在していない。
本来であれば。
「……教えてって言われても、エレは、詳しく無いの。それより、自分で思い出す方が早いの。思い出すお手伝いならできるけど」
ミディリシェルは、その世界を知っている。相手が原初の樹であれば、その過去を視せる事ができる。
原初の樹であれば、ミディリシェルが時間の制御をする必要が無いから。
「その前に、エレクジーレス様の命が先ですね。聖星に伝わる祝詞を、一語一句間違えずに言ってください」
イェリウィヴァがそう言うと、ミディリシェルは、驚きのポーズをとって、慌てふためいた。
「……エレしゃま、まさかとは思いましゅが」
「し、知ってるよ。多分、きっと、そのうち」
「御巫がそれを知らないのは大問題でしゅよ?」
聖星の祝詞は、聖星の御巫が儀式を行う際に必ず必要となる。一部の祭りで、御巫が聖星の祝詞を唱える事もある。
聖星の御巫と聖星の祝詞は、切っても切れない関係だ。
それを、御巫候補のミディリシェルが知らないのは、りゅりゅの言う通り、大問題。それを理由に、御巫になる資格を取りあげられはしないが、人々に御巫と認めては貰えなくなるだろう。
「……イェリウィヴァ、先に記憶を思い出すお手伝いする。自分の過去を視てきて」
ミディリシェルは、そう言って、イェリウィヴァに、失くした記憶を視せた。
その間に、この場をどう切り抜けるか考える。
「……りゅりゅ、どうしよう。分かんない」
「だと思いましたでしゅ。りゅりゅは協力しましぇんからね」
りゅりゅがミディリシェルの頭から離れる。ふよふよと浮いて楽しんでいる。一切協力をしない気だろう。
「むにゅぅ。分かんないの。そもそも、一度も見た事ない気がするの」
イェリウィヴァが、過去を視終わる前に思い出そうとするが、見た記憶すら思い出せない。
『ずっと昔、我が口ずさんでいた言葉』
ふと、声が聞こえた。エレクジーレスの声だ。
ここは、原初の樹の在る場所。他の原初の樹が、声を伝える事もできる。そうでなくとも、ミディリシェルは、繋がりが強い時に、声を聞けるのだが。
「ふみゃ⁉︎……何か言ってた?」
ミディリシェルがエレクジーレスと過ごした時間。その記憶を辿るが、それらしきものが思い出せない。
『……星の誕生の日』
エレクジーレスが、ミディリシェルに、答えに近い大ヒントを与えてくれる。そのヒントで、ミディリシェルは、思い出す事ができた。
我が子と言い、大事にするだけはあるのだろう。エレクジーレスは、かなりミディリシェルに甘い。
自分でこの試練を考えておきながら、悩むミディリシェルに、自分から大ヒントを与えてしまう程に。
「分かったの。ありがと、エレクジーレス。でも、どうして、宝剣を手にするための試練でこれなの?」
ミディリシェルは、疑問に思っていた。これは、宝剣を手にする事とは全く関係ない。そんな事を、エレクジーレスがなぜ頼んだのかを。
『我らは、我が子と共にあり。我らは、神獣の王の眷属であり』
その問いかけに返ってきた答え。その意味を理解する事を、今のミディリシェルにならできる。
「ふみゅ。分かったの」
ミディリシェルが思い出した頃、イェリウィヴァも、丁度良く過去から帰ってきた。
「ありがとうございます。姫君」
思い出したのだろう。一つ前の全世界での記憶を。
「ふみゅ。祝詞覚えてるから言うの」
「思い出させていただいた恩です。そういう事にしておきましょう」
眷属とは良く言ったものだ。神獣の王が生み出した樹。その妖艶の笑みに、ミディリシェルは、神獣の王がミディリシェルに時より見せた、笑みと同じ何かを感じ取った。
「聖の星、祈りの星、愛の星。お心願う、時と雨。浄化願う、魔の破片。聖の星に願い捧げん。破壊の日の訪れを願わん。永遠の救。時に逆らわん。我が聖の星に、全を捧げ」
ミディリシェルは、スラスラと、かつて聞いた、祝詞を奏でた。
「素晴らしいです。まるで、歌っているようでした」
「ふみゅ。これで、宝剣を返してもらえるの?」
「はい。最深部へお越しください。そこで、宝剣を返しましょう」
「ふみゅ。ありがと。そういえば、ゼムとルーにぃって、何させられてるの?エレはこれで良いになったけど、二人は違うんでしょ?」
「それはそうでしょう。姫君は、御巫としての自覚を。兄殿下には、聖月の術を。あの黄金蝶様には、語らいを」
「ふみゅ?良く分かんないいっぱいだけど、とりあえず、エレは宝剣があれば良いの。神獣の対宝がどう使われようと、誰に渡されようと、エレは、何も言わないの」
神獣の王は、原初の樹にそれを託したのだろう。なら、ミディリシェルは、その決定に口出しする事はない。
「何も言うつもりはないけど、エレは、それが、始まりの種に再び渡る事、嬉しく思うの」
「りゅりゅもでしゅ。これも、きっと運命の奇跡なのでしょう」
「ふみゅ。ところで、ずっと気になっていたけど、最深部って、あの穴から行くの?ふしゅーんって落っこちて行くの?」
「姫君、ジェルドの星には、三つの翼があると聞き及んでおりますが?一つ失った程度で、飛べなくなるとは言いませんよね?」
「……りゅりゅ、りゅりゅが翼になって。エレ高いのや」
「はいでしゅ。エレしゃまが絶叫する姿を楽しく視させてもらうでしゅ」
「いじわるー。もういいもん。自分でぴょんっと行くもん。それで、着地失敗したら、ふぇぇぇんって泣くもん」
ミディリシェルは、拗ねながらも、最深部へと続く穴の手前に立った。
「……ぴょんっと行けば大丈夫なの」
「大丈夫でしゅよ。フォルしゃまの加護で守られているんでしゅから」
「うぅ、やだけど、やだけど、フォルのためなのー!」
ミディリシェルは、意を決して、ぎゅっと目を瞑った。そして、穴の中へ、ぴょんっと飛び降りた。
「ふにゃぁぁぁぁ‼︎‼︎‼︎」
見えなくとも、落ちている感覚はある。見えな事が、恐怖心を増させている。
ミディリシェルの悲鳴が、穴の中で響き渡った。
いつ地面に着くか分からない状態で、喉が枯れてもずっと、ミディリシェルは、叫び続けていた。
「ふきゃん⁉︎」
ミディリシェルは、地面に着く事はない。
「びっくりした。急に叫び声聞こえたから」
恐る恐る、目を開けると、ゼムレーグが、ミディリシェルを受け止めてくれていた。
「ふみゅ……」
「声、ガサガサ。大丈夫?」
心配するゼムレーグに、ミディリシェルは抱きついた。
「高いところが苦手だから、怖かったのだろう。良く、落ちる決心をつけた」
「うん。もう地面あるから、大丈夫」
落ちてきたミディリシェルに、ゼムレーグとイールグが、優しく慰めてくれた。
そして、ミディリシェルが落ち着くと、宝剣の在処へ、イェリウィヴァが案内した。