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星月の蝶  作者: 碧猫
2章 奇跡の魔法
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プロローグ 聖女の仕事


 ミディリシェルは、中層の部屋に戻った。


「ゼム、どこまで覚えてるの?」


「えっと、ある程度は。自分が、ジェルドだという事とか。ゼロが、オレのいた施設の、実験体であった事とか」


「ふみゅ。兵器じゃなくて唯一、守るために作られた聖月。それも覚えてる?」


 ミディリシェルの問いに、ゼムレーグが、こくりと頷いた。


「エレがケーキ百ホールお土産って言ったのも覚えてる?」


「えっ?そんな事言ってた?」


「言って、ふみゃ⁉︎」


 ミディリシェルが、ゼムレーグに、あるはずのない記憶を植え付けようとしていると、背後から、頭上への拳骨が贈られた。


 ミディリシェルは、その拳骨の相手を見ようと振り向くと、ゼノンだった。


「……ふみゃ⁉︎気づかなかった」


「お前らが話してる最中だったからな」


「邪魔しちゃうと悪いから、黙って待っていようかなって思ってたんだけど」


「フォルは良いの。ゼロは意地悪なの。エレと違って成功作だからって意地悪なの」


「成功作関係ねぇだろ今の。それに、たとえ失敗作でも、エレは俺のエレだ」


 ゼノンがそう言うと、ミディリシェルは、ゼノンに抱きついた。


「ふみゅ。そうなの。ゼロのエレだから、共有が使えるの……ふみゅみゅ。なんだか、楽しいの。いつもの日常だって感じで」


「そうだな。みんなといた時はこんな感じだった」


「突然の連絡もいつもの事だろ?神官長から、エレに神殿の手伝いをして欲しいと」


 フィルが、そう言って、連絡魔法具に届いたメッセージを見せた。


「いつもすぎるの。エレの知る日常なの」


「ほんと、慌ただしいよ。でも、ここが居場所なんだって思える」


「……ギュリエンの事、フィルから聞いた。その、みんな、ここにいる事を望んでいると思う」


「そうかな?……きっと、そうだよね。あの子らなら、そう言ってくれる。あの時の事だって、僕が、他の場所を助けに行かなかった方が、怒られてたかも。こうしていつまでも囚われていた事に怒ったかも」


 フォルが遠い場所を見て、そう言った。


 ミディリシェルとゼノンは、両手を繋いで、互いに頬擦りをした。


「フォルが前に向いてくれると」


「エレとゼロが嬉しい」


「嬉しいのー」


 ミディリシェルとゼノンが、一緒になって喜んでいる。だが、ミディリシェルは、魔法具作りを思い出して、ゼノンから離れた。


「エレの邪魔してくるのー……ふにゃ⁉︎神殿のお手伝いあるから魔法具作れない……神殿?……どこだっけ?おにぃちゃん、転移魔法でよろしくなの」


「ゼム、転移魔法使ってみな。魔法教えて欲しいなら、そういうとこから始めないと」


「神殿で良いならゲートあるから……ゲート使うなとか」


 ゼムレーグが問うと、フォルが、何も言わずに笑顔を見せていた。


「……」


「ゼム、俺も手伝うから頑張れ」


「……頑張る」


 ゼノンの手伝いにより、ゼムレーグが、転移魔法を使った。


      **********


 真っ白い建物に、整備されている真っ白い道。道の端には、真っ白い花々が咲いている。どれも、貴重な花々だ。


 ここは、ジェディオラ神殿。ミディリシェル達にとって、縁ある場所だ。


「ふみゅぅ。いつ見てもここはきれいなの。エレ、ここの景色だけは好きなの」


 ここには、ミディリシェルの事を知るものしかいない。わざわざ、ミディと言っている必要がなく、慣れているエレの方を使っている。


 ミディリシェルは、道の端を見て、そう言った。


「白と緑しかないのも、統一されてて良いと思うの。神官さんのお洋服も、白と緑なの。てってぃしてるの」


「フィル、神官長から手伝って欲しいって言われたのってなんなの?」


「聖女の代わり。いつものあれ」


「ふみゃぁ……エレは逃げ出した」


「ふみゃぁ……ゼロも逃げ出した」


「ふみゃぁ……フォルも逃げ出した」


 聖女の代わりのいつもの作業。それは、ハンカチの製作。神殿では、定期的に聖女の浄化魔法がかけられたハンカチを配っている。それの準備だ。

 ハンカチを作るのではなく、刺繍をして、浄化魔法をかけるだけの作業。十、二十程度であれば、ミディリシェル達も、何も言わずにやっていただろう。


 製作数、千から五千。ミディリシェル達だけで、 作らなければならない。


「お久しぶりです。姫様。それに、ゼロ様とフォル様も。って、ゼム様まで……ぼくの事、覚えてますか?」


「うん。久しぶり、チェリド」


「ふみゅ⁉︎え、エレの秘密を暴露されるかもなの⁉︎しゃ、しゃぁー」


 現在は、神官として神殿で奉仕している少年。かつては、ある領地の開拓をしていた。一国の王子でもある。

 彼の名はチェリルド。ある回での、ミディリシェルの婚約者であった。婚約破棄以降も、交流はあるが、前回、前々回と会っていないため、かなり久しぶりの再会だ。


 ミディリシェルは、フォルの背に隠れて、チェリルドに威嚇をする。


「えっと、そんな話知りませんよ?それより、今回来てもらった事なんですが、期限は、三日という事らしいです。ぼくも手伝うので、頑張りましょう」


「……数は?」


「……六千です」


 それを聞いたミディリシェルとゼノンは、驚きのポーズをとった。


「過去最高数なの……やなの」


「一人千を三日間……一日ノルマ最低でも三百三十くらいは……三十五で見といた方が良いか……」


「計算要らないの。多い、いじょぉなの」


「……まぁ、ギュゼルの無茶振り仕事考えれば……」


「……みゅぅ、無駄口叩いてないで頑張るの」


「では、案内します」


 ミディリシェル達は、チェリルドの案内で、作業部屋へ向かった。


      **********


 それからの三日間。エクリシェには帰っていない。毎日、徹夜で刺繍をやり続けた。


「ふみゃ⁉︎また刺さったのー」


 二日目の夜には、疲れたミディリシェル達が、間違えて、針を指に刺していた。その度に、痛みで一時的に目を覚ますが、すぐにまた眠くなるを繰り返す。


「あっ、針どっかいった」


「ふみゃ⁉︎なんか、ちゅめたいの、しぇなかにしゅーって」


「それ俺の針」


「むぅ、ゼロ寝てくるの」


 ミディリシェルとゼノンは、隣に座って、一緒にやっていた。二日目の夜時点ですでに千二百枚。だが、七割が初日に完成させたものだ。


 ゼムレーグが、七百五十枚。チェリルドは、苦手なのだろうか、三百枚。フォルとフィルは、九百九十枚。あともう一息というところまで来ている。


「昔聖女と呼ばれていた人もこれをやってたんでしょうか?」


「昔?……今の呪いの聖女か。その時代だとやってなかったんじゃない?」


「いつから始まったんでしょうね……また失敗」


「龍の刺繍って難しいよね。もっと簡単なのにしてくれれば一日で終わるのに」


「そうだな。花の刺繍とかなら早く終わりそうだ」


「うん……また糸なくなった」


「ゼム、魔力の扱い下手すぎ。僕とフィルなんて、一度も糸なくなってないよ」


 ハンカチの刺繍のための糸。その糸に浄化魔法がかけられている。特殊な魔物の糸で、魔力に反応して出てくる。ゼムレーグは、二日間で、十回以上、糸が途切れていた。


「みんなねむねむ違うの」


「僕は、三日間程度日常茶飯事だから」


「おれも、魔法具作ってる時はいつもだから」


「ぼくは、神殿に所属していて身につきました」


「オレは仮眠とってるから」


 ミディリシェルとゼノン以外は眠そうにしていない。眠気で作業効率が落ちているが、今寝れば、確実に期限を寝過ごす。


「がんばりゅのー」


 ミディリシェルは、重い瞼を必死に開けて、二日目を終えた。


      **********


 そして三日目。フォルとフィルは、チェリルドの分を手伝っている。ミディリシェルとゼノンは、まだ千三百枚。このペースでは、二人で二千枚は終わらないだろう。


「オレも終了。エレとゼロを手伝うよ」


「みゅ」


「みゅ」


 ゼムレーグが、自分のノルマを終わらせた。ミディリシェルとゼノンの方を手伝いに来る。


「チェリドの終わった。エレ、代わるから、少し休んでな」


「みゅ」


 ミディリシェルは、隣に来たフォルの太腿に、頭を乗せた。


「ゼロも代わるから休め」


「みゅ」


 ゼノンが、隣に来たフィルの太腿に、頭を乗せた。


「早く終わらせるか」


「当然」


「ゼムとチェリドは休んで。後はやっておくから」


 二人でやる方が早いのだろう。最後の八百枚は、全て、フォルとフィルで終わらせた。


      **********


「協力、感謝いたします」


 ハンカチの刺繍作業が終わり、神官長が、感謝を述べに訪れた。

 

「ふみゅ。今回のほぉしゅぅは、チェリドで良いの。未来の御巫として、側仕えの神官を指名するの」


 御巫は神獣の番。神殿は、数少ない神獣を神と崇めている場所。その番である御巫に神殿は側仕えとして、神官を一人送る。


 ミディリシェルは、その一人にチェリルドを指名した。

 

「かしこまりました。では、チェリルドの身支度を済ませるまで、お待ちください」


「神官長様、持っていくのは連絡魔法具だけで良いです。姫様がお疲れなので、一刻も早くあそこへ帰してあげたいので」

 

「ふみゅ。エクリシェで全部用意するから良いの。それより、エレをあのふかぁベッドで寝せろなの」


「では、こちらだけお受け取りください。リラックス効果のある茶葉でございます。今回の礼に用意させていただきました」


「ありがとなの。おやしゅみなの」


 ミディリシェルは、神官長から、茶缶を貰うと、その場で寝ようとした。


「エレ、まだ寝ないで」


「ゼム、早く転移魔法」


「えっと、転移先はちょっとエクリシェで……」


「俺がやる。エレ早く寝せたい」


 ゼノンがそう言って、転移魔法を使った。


      **********


 ゼノンは、ミディリシェルをベッドで寝かせると、フォルの隣に座った。


「どうしたの?」


「聖女の役割ってなんなんだ?昔、エレは安らぎの聖女と言われていたけど、良く分からなくて」


 ゼノンは、実際にそれを見た事がない。聖女の仕事と言われても、理解していななった。


「色々だよ。あの子の場合は、解放。今という呪縛からの。可能性の未来と願いが混ざった世界の中に、意識だけを移動させる。それが、安らぎの聖女。ティアはそれとは違う。魔を浄化する聖女。浄化の聖女とでも言えば良いのかな。人々の中から魔を取り除くために浄化する事。それが役割。他にもあるけど、主には」


「なら、呪いの聖女は?呪いを消す事か?それとも」


「君の考えている事は両方はずれだ。そもそも、呪いの聖女というのは、役割からきているんじゃない。聖女と呼ばれた身であるにも関わらず、呪いを撒き散らす存在となった。その聖女を、神殿では、呪いの聖女と呼んでいる」


「神殿では?管理者……神獣は違うのか?呪いなんて、そんな事していたら、目をつけられてるだろ?」


「神殿のように、たいそうな呼び名なんてない。処分対象。僕ら神獣にとっては、それ以外の呼び名は必要ないんだ。それは、記憶が戻った君も、理解しているだろ?」


 ゼノンは、こくりと頷いた。神獣にとって、聖女など必要ない。そんな称号を与える人物などいない。そういう種族だという事は、記憶の中にある。


「僕らは、呪いの聖女と呼んではいるけどね。流石に、処分対象なんて呼べないよ。でも、呼び名にこだわろうと、処分対象であるという事実に変わりはないんだけど」


「処分対象つぅことは、正体とかも知ってんのか?」


 ゼノンが問うと、フォルが、ふるふると首を横に振った。


「分かってない。知ってる事も少ないんだ。突然、どこかの世界で現れては、呪いを撒き散らして姿を消す。その姿を見たという証言は、未だ数件。どれも、決まって、恐ろしい女性とか、外見に触れるものはない。あの二人なら何か知っているだろうけど、思い出したくもない事に触れるのは、あまりしたくないかな。いくら仕事と言えど」


 あの二人というのは、ピュオとノーヴェイズだろう。二人が、御巫に選ばれた場所。そこも、呪いの聖女の被害地だ。そしてその記憶は、二人にとって、忘れたい記憶だろう。


「一部地域では、呪いの聖女は自然災害だから防ぎようがないとか言ってる場所もある。それだけ、被害が大きい。二人に聞くなら、解決するって言ってあげたいけど、今はそれができないから。思い出させるだけ思い出させて、何もしてあげないなんて、したくない」


「フォルは、俺とエレを頼るんだ。フォルが分かんなくても、エレだったら何か分かるかもしれない。それに、してあげるじゃなくて、一緒にする。前に失ったからって、今度は危険から遠ざけようとか、そんなの、俺らも、ピュオねぇ達も、納得しねぇよ」


「……そうかもしれないね」


「そうなんだ。それに、何よりエレが納得しない。俺も似たような、つぅか、もっと酷い事やらかしたから、身を持って体験してる。エレは、一人でなんとかしようとすると、口聞かなくなる」


「それはやだなぁ……最悪、にぃ様に全部押し付けるか。うん。今度聞いてみよう。機密情報漏らすのは全部にぃ様に押し付けるから」


 フォルが、笑顔でそう言った。


「そっちが本音だろ。機密情報を漏らしてまで何もできなかった時の事」


「うん。でも、二人に悪いというのもほんとだよ。機密情報漏らして、そっち方面での危険を冒して、その上何もできないままで、いやな記憶を話させるのは。一つでも、なければ、悪いと思いながらも、こんな事言わずに話してたけど」


「勘違いするような言い方すんなよ」


「だから、全部ほんとだって。僕、チェリドの様子見てくるから、エレよろしく」


「逃げんな!エレの世話しろ!」


 ミディリシェルが起きる前に、フォルが部屋を出た。寝起きのミディリシェルの世話を全てゼノンに押し付けて。

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