エピローグ 御巫になるには
目を覚ますと、ゼノンとフォルがいる。それを見て、ミディリシェルは、二度寝しようとした。
「これは、夢か幻覚なの。ゼロがいるはずないの。ゼロは帰ってきていないの。おやしゅみなしゃーい」
ミディリシェルは、目の前にいるゼノンを見て、そう言った。
「待て待て、夢でも幻覚でもねぇよ。つぅかお前、昨日俺が散々救援信号を共有で出してたの無視しただろ!虫いっぱいで、助けてーって何度も送ってたのに」
「……夢でも、幻覚でもないかもなの。そうじゃない気がするの。エレの夢でも幻覚でも、ゼロは優しいの。でも、このゼロは優しい違う」
「悪かったな、優しくなくて」
ゼノンがそう言うと、ミディリシェルは、むくっと起き上がった。
「うん。優しくないの。でも、それがエレのゼロなの。おかえり、ゼロ。この前とは逆なの」
ミディリシェルは、そう言って、笑顔を見せた。
「そうだな。ただいま、エレ。エレが俺の声を聞いてくれていれば、もっと早く帰って来れたんだろうけど」
「それはないの。エレは知らないの」
ミディリシェルは、そう言って、ぷぃっとゼノンから顔を逸らした。
「……ゼロ、エレの言いたい事分かるの」
「ああ。そうだったな。そう決めていたから。エレ」
「みゅ。エレから言ったの」
ミディリシェルとゼノンは、互いの顔を見合わせた後、フォルに向き合った。
「フォル、エレ達の元へおかえりなさい。エレ、今までずっと満足にできなかったから、これからは、毎日、フォルとらぶらぶするの。らぶらぶ生活、なの」
「フォル、ゼロ達……ゼロ達の元へおかえりなさい……これ恥ずかしい。けど、エレに合わせないと……ゼロ達、いっぱい、いっぱい、フォルが逃げられないように頑張るからね。外堀埋めて、既成事実作って、エレに色仕掛けさせて、頑張るからね」
ミディリシェルとゼノンは、笑顔で、そう言った。ゼノンは、頬をほんのり赤らめている。
「……ゼロ、いやならやらなくて良いよ。わざわざ、あの子に合わせなくても。それと、エレは可愛いだけで良いんだけど、ゼロは、エレの真似して可愛いふうに言っているだけで、内容は全然可愛くないんだよ」
「可愛い生き物のエレは可愛くできるけど、可愛い生き物じゃないゼロには、この可愛さは出せないの。ゼロは、可愛い生き物じゃありませんから」
「……エレばかりずるい。可愛い生き物ずるい」
「エレは可愛い生き物でしゅから」
ミディリシェルは、胸を張って、そう言った。ゼノンは、拗ねている。
「そうやって拗ねてる姿は可愛いよ。ありがと、エレ、ゼロ。そうやって、いつものように笑ってくれる。その姿が嬉しいよ」
フォルがそう言うと、ミディリシェルは、立ち上がって、ゼノンの隣へ向かった。ミディリシェルは、ゼノンの隣に着くと、ゼノンの方を向く。ゼノンが、その後、ミディリシェルの方を向いた。
「……」
「……」
「……ふみゅ?」
「……ふにゅ?」
「ぷみゅぅ」
「ぷにゅぅ」
ミディリシェルとゼノンは、両手を繋いで、笑顔で、ぴょんぴょんと跳ねた。
「聞いた聞いた?」
「聞いた聞いた?」
「聞いた聞いた」
「聞いた聞いた」
「エレとゼロの笑ってるところが好きなんだって」
「エレとゼロの事が好きなんだって」
「これって」
「これって」
「プロポーズなのー」
「プロポーズなのー」
ミディリシェルとゼノンは、そう言って、じっとフォルを見つめた。
「君らの耳ってどうなってんの?ていうか、こっちの方が恥ずかしいでしょ。恥ずかしそうにしてないけど」
「いつものフォルなの」
「いつものフォルなの」
「……エレ、そんな事言ってる暇あるなら、着替えしたら?ルーが、今日くらいリビングに来いってお怒りだよ?」
「みゅぅ。こういうところも好きなの」
「はいはい。分かったから、服着替えましょうねー。僕が着替え手伝ってあげますからー」
「……エレの扱い慣れも変わってない……俺もエレの世話するんだー」
ミディリシェルは、ゼノンとフォルに手伝ってもらいながら、着替えをした。
**********
ミディリシェル達は、朝食の後、リーミュナ達への事情説明をした。ギュリエンの事、ミディリシェルとゼノンの本名に関する事などは伏せて。
「……そう、だったんだね。その、ローシェジェラちゃん?は、今ここにいないの?」
「うん。多分もういない。クロ……ロシェは僕との契約でここへいただけだから。もう、あの子は自分の目的のために動いているだろう」
「目的ってなんなんだ?」
「分からない。そこまで話してない。僕もあの子も、互いの目的を知らないまま協力してたから」
「ふみゅぅ。そんな事は今は良いのー。気になるけど良いのー。今は、それより、御巫になる方法なの。それ大事なの。フォルなら知ってるんでしょ?」
ミディリシェルは、着替えている最中、フォルから、御巫になる方法を教えると言われていた。どうすれば御巫として認めてもらえるのか。ミディリシェルは、その話を楽しみに、リビングへ来ていた。
ミディリシェルは、立ち上がり、フォルをじっと見つめた。
「話すから。話すから、帰らないで。君一人で帰ると、迷子になりそう」
「ふみゅ。それならかえ……みゅ?なんかむにゅぅって言うべきかもしれない」
「気にしなくて良いよ」
「みゅ」
ミディリシェルが、椅子に座り直すと、フォルが、御巫になる方法について、話始めた。
「まず、御巫についてからだ。それを知っていないとだから。御巫は、聖星と聖月から選ばれる。黄金蝶、一人につき、聖星と聖月から一人ずつ。黄金蝶の番として。黄金蝶は、御巫以外は娶れないから」
「そこに、純血かどうかは関係ない。現在存在しているほとんどの種族が、聖星か聖月に連なる種族。だが、血の濃さは重要だ。それを見分けるのに必要なのが、素質の有無だ。星は月との親密度と世界との親和性と破壊の魔力。月は星との親密度と聖月の証と魔力との親和性」
「聖月の証?」
「ロストの秘術と言えば二人にも分かるだろう。確か……十だったか?」
イールグが、フォルを見て、そう言った。フォルが、こくりと頷いて、続きを話す。
「そう。十以上。その素質だけで言えば、ゼムが、高いと言えるかな。あの子、全部使える素質だけはあったから。ゼムは、聖月としては、天才だったからね」
ロストの秘術。聖月の、それも、ロストの血縁者だけが使う事のできる魔法。ロストの王族だけが今もなお受け継いでいる五十の氷系統魔法。
ロスト王国では五十だが、それは表の話。裏の、聖月が知る、五十。計百の魔法。
「聖月から生まれた種でも、氷魔法を使えるのは、ロストだけ。僕ら神獣は、全ての魔法を扱えるから別だけど、聖星にも、扱う事ができない。アゼグとノヴェは、今はいくつ使える?」
フォルが、アゼグとノーヴェイズに問う。ミディリシェルは、隣にいたゼノンの手を握った。
「十五くらい?前に試した時は。今は分からない」
「オレも前に試した時だけど、二十八くらいだった。今は……なんとなくもっと扱える気がしている」
「アゼグはロストの血が濃いからそのくらいは使えるのか。ノヴェは、ロストに多少の縁がある程度でそこまで使えれば大したものだよ」
「ゼノンくんってどれくらい使えるの?ロスト出身らしいから、かなり使える?」
リーミュナは、純粋に気になって聞いているのだろう。
リーミュナの問いに、ミディリシェルが代わりに答えた。
「ゼノンはなにも使えないよ」
「ああ。一つの使えない」
「えっ⁉︎でも、ゼノンって氷魔法得意なんじゃ」
「嘘じゃないよ。本来ならゼムが選ばれるとこを、当人達の希望とかあって、こうなったんだ。嘘だと思うなら、にぃ様とルーにも聞いてみると良い」
「そこまで、疑ってないよ。ごめんね。ゼノン」
「気にしてない。俺が、できない事は、ずっと変わらねぇんだ」
ゼノンが、ミディリシェルの手を握って、そう言った。
「まぁ、問題はそこなんだけどね。ミディとゼノンに、御巫の素質がない事。それさえあれば、二人ともここまで妨害されてないんだよね」
「みゅぅ。ミディ達が難しくしているのかもしれないの。でも、ミディ達は」
「妨害はされるけど、それが難しくしてるわけじゃない。ゼノンは、本人の努力で本来持つ素質を引き出したんだ。ミディはそもそも隠しているだけ。今は、二人とも素質があるんだ。それでも、やらせたくはないけど……」
フォルが言葉を詰まらせて、俯いた。
「……知らないといけない気がするの……聖星の祈りを捧げます。聖星と契約します。深き深淵に眠る、聖星に捧げます」
ミディリシェルは、聖星の紋章を使う祈語を唱えた。
「ゼノン、まだ不安定だから、共有でなんとかして。エレをここに繋ぎ止めて。今のゼノンなら、それができるでしょ?」
「ああ。任せろ」
ミディリシェルの瞳に、聖星の紋章が浮かぶ。それは、以前使ったものとは少し違う。ミディリシェルの中にいる彼女を呼ぶための手段。
「……こんな事のために、危険を冒すなんて」
「安心しろ。エレは俺が守ってる。記憶が戻って、使い方を思い出したんだ。あいつをまた長い事寝かせなんてしねぇよ。欠片だけの状態にもな」
「……この身体に……そういう事。ありがとう。これなら、あの子が眠る事はなさそう。御巫の話だよね。唯一、本物と認められているエクシェフィーの御巫。御巫には秘密がある。それは、聖月が存在しない事。御巫は、二人でなる事ができない。必ず、選ばれるのは一人だけ。離れた御巫は、二度と交わらない。会う事ができない。認識できない。思い出せない」
「……でも、可能性ならあるよ。僕らだけじゃどうにもできないけど。ミディとゼノンが、それを証明した。前々回も、その分岐点があった。そのおかげで、御巫の分岐点についても、予測を立てられた」
――……ゼロ、多分だけど、エレも分かったの。分岐点は、どちらか選ぶのは、あそこ。エレとゼロ……御巫同士の、殺し合い。それが、分岐点。なにかの事情で、そうなって、エクシェフィーの御巫は、聖星が残った。
ミディリシェルは、共有でゼノンの中から、この話を聞いている。この声は、ゼノンにだけしか伝わらない。
「分岐点ってどこなの?」
「……御巫をどちらか決める儀式。そんなものは聞いた事がない」
「……殺し合い」
ゼノンが、そう言うと、フォルが、こくりと頷いた。
「そうなの?あの子から聞いたの?」
「ああ。つぅか、お前も気づいてねぇのか?あいつ、なんでそんな事に」
「それは君も分かっているだろう。あの子は、あれでも聡明姫と言われる子だ。前々回の記憶と、僕らの発言からそれを察したんだろう。だからこそ、この場所と御巫の事情を知るみんな。それが必要なんだ。分岐点を作るのには、洗脳や精神破壊といった方法が用いられるだろうから」
御巫の絆は強力だ。それが大前提。自らの意思で、その分岐点に立つ事はない。ミディリシェルとフォルの見解は、同じだろう。
「そろそろ返すよ。ゼノン」
「ああ」
ミディリシェルの瞳から、聖星の紋章が消えた。
「みゅ。みんなで頑張るの。エレも頑張るの。付け入る隙のないくらい、フォルをいっぱいらぶらぶするの」
「うん」
みんなで一緒に分岐点を乗り越える。そう決まったところで
「ずるい、あたし達も一緒に頑張るー」
「ティア、神殿の仕事も両立させて」
「これでも、ゼノンは弟のような子ですわ。わたくしも協力してさしあげましょう」
「ミディのためにだとか言ってなかった?」
「あたぃも協力する。今回は来れなかった王様達も、協力するって言うでしょう」
ミディリシェルとゼノンは、前回会っている。御巫の関係者であり、ここの住人達だ。
「おにぃちゃん、エレいっぱい魔法具の設計図思いつくから作るのー」
「……ルノ、ルシア」
「話のは昨日ぶりか。元気そうで良かった。改めて、これからよろしく」
「土産だ。約束していただろ」
「……ほんとに持ってきてる……後で一緒に食べよ。ルノも」
「いやがらせ?」
「それ僕にいうなら、ルシアに言いなよ」
ミディリシェルの兄代わりであり、フォルの兄、フィル。現在は、ミーティルシアという名を使っている。それに、フォルの従兄のルノ。
フォルは、フィルとルノに、笑顔を見せた。
「ゼノン、また弟って言ってなかった?オレの事」
「……言ってねぇよ」
「……気のせい?そんな気がしたんだけど」
――流石はゼムなの。才能の持ち腐れなの。
――お前、その言葉いつ覚えた?
――むにゅ?
「……あれを……ゼム、君のその才能、少しは使えるようにしたら?」
「使い方知ってれば使ってるよ。いつも厳しくするだけで……まただ。また、あるはずのない記憶」
ゼノンの兄、ゼムレーグ。ゼムレーグの言う、あるはずのない記憶は、奇跡の魔法の中での事だろう。
「……それも、使いこなすためにやってた事なんだけど?」
「……」
「ゼム、フォルとおにぃちゃんには聞いちゃだめなの。二人とも、分からない人の気持ち知らないから。ミディが教えてあげる。ついでに、ミディの絶対敵味方作る」
「えっと、ありがとう」
「じゃあ、早速教えるのー。おにぃちゃん、ゼムと三人で魔法具作るの」
「ゼムも一緒か。それは良い」
ミディリシェルは、ゼムレーグの腕を引っ張って、リビングを出た。