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星月の蝶  作者: 碧猫
2章 奇跡の魔法
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15話 記憶の断片


「エレ……また寝てんのか?じゃなくて、まだ寝てんのかか」


「……にゅ……ふみゅ……ゼロ、おはよ」


 常人では凍える寒さ。ここは、ロスト王国。ゼノンにとっては、思い入れの深い場所だろう。


 ロスト王国の王宮の一室。ミディリシェルは、ベッドの上で座って、「ふぁぁ」と、欠伸をしながら、目を擦った。


「……王様がこんな朝早くから、どぉしたの?とぉとぉ、エレを生贄に」


「するわけねぇだろ。そんなそぶりすら見せた事ねぇだろ。お前は俺がここで育てるって決めたんだ。あの時から、ずっと世話してんのは変わんねぇが」


「……みゅぅ。お世話いらないの。もう育ってるの。エレは、育てなくて良いの。ほっとけば良いの。エレは、ゼロになんにもしてあげられないんだから。あの時の傷だって、まだ、残ったままなの。エレのせいで」


 ゼノンの胸にある、剣で斬られた傷痕。ミディリシェルは、泣きそうな表情を浮かべて、ゼノンのその傷痕に触れた。


「……ごめんなさい。エレが、ご主人様だったのに、守ってあげられなくて」


「そんなの気にしなくて良い。こっちこそ悪かった。ご主人様を守ってやれなくて」


「ううん。エレは、ずっと、ゼロに守られていたの。ずっと、ゼロに守られてばかりだったの」


「そんな事ねぇよ。あの時、エレが俺を守ってくれようとしてたの、知ってる。意識が薄れる中、見えていたんだ。聞こえていたんだ。エレが、必死に俺を守る声が」


 ゼノンが、そう言って、ミディリシェルを、優しく抱きしめた。


 ミディリシェルは、抱きしめられて、震える両手で、ぎゅっとゼノンの服を掴んで、泣いていた。


 今のゼノンは、ロストの国王。ゼノンは、国王としての務めがある。


「……ゼロ、謁見の時間。大丈夫?」


「……悪い。そろそろ行かねぇとだ。エレ、ここで、俺が戻ってくるのを、待っていてくれるか?待ってくれる人がいるって、頑張れるんだ」


 ミディリシェルは、こくりと頷いた。


「待ってるね」


 ミディリシェルは、そう言って、右手で涙を拭った。


「いってらっしゃい」


 ミディリシェルは、そう言って、ゼノンを見送った。


「……あれから、十年にもなるんだ。ゼロは、もう、前を見ているのに。エレは、ずっと……」


 目を閉じると、あの日の光景が、鮮明に浮かぶ。雪降る日。辺境の、小さな王国。そこで起きた、虐殺の現場。


 真っ赤な雪に、鳴り止まない悲鳴。同盟国の裏切りにより見る事となったその光景を。


 当時のミディリシェルは、まだ六歳。十年の月日は、その記憶を薄れさす事が無かった。今もずっと、鮮明に思い出すそれに、十年経った今も、ずっと囚われ続けている。


「……やだ」


「また泣いてる」


「……またきたの」


 フォルの姿をしたローシェジェラ。この回のミディリシェルは、それがフォルでない事に気づいている。


「泣いている君をほって置けなくて」


 ローシェジェラが、ミディリシェルの頭を撫でる。ミディリシェルは、ローシェジェラが頭を撫でる手を振り払った。


「……いらない」


「そう。なら、側にいるから泣いて良いよ」


「……エレの記憶のフォルは、そんな事言わないの」


 ミディリシェルは、ローシェジェラを、フォルの偽物と警戒している。


「それは言ったはずだけど?」


「……もっと可愛いの。見た目とかに可愛さがあるの」


「見た目は、僕の方が可愛いと思うけど」


「……見せて。それは、エレが判断するの」


 ローシェジェラが、変化魔法を解いた。


 ミディリシェルは、ローシェジェラの胸元に視線を置いて、自分の胸元に両手を置いた。


「……敵」


「自前なんだ。仕方ないって思って」


「やだ。エレの前でそれを見せるのは全員敵なの」


「君の場合、ゼロとフォル以外は全員敵なんじゃない?僕は、ゼロやフォルのように甘やかさない。あの国は、弱かっただけだ。君という守りを得たと勘違いして、戦う事を捨てた。身を守る術を捨てて、暮らした。それに巻き込まれて、ゼロが怪我をしたのは、年齢も年齢だ。ゼロに、君に守る力がなかっただけとは言わない」


 ローシェジェラが、ミディリシェルを見て、そう言った。


「そんなのなかったから仕方ないなんて、そんなわけないでしょ!あんなの見て、仕方ないなんて言えるわけないでしょ!みんな、慣れてないのに必死に戦ったんだよ!自分達の掟を守るために、戦ったんだよ!みんな生きようとしてたんだよ!なのに、あの人達は……」


「当然の報いとは思わないかい?君のその目には、あの国の人達が、良い人にでも見えていたのかい?ただの善意で、君に接していたとでも思っていたのかい?むしろ、君はあれに救われたとは思わないのかい?あれのおかげで、君はここへ来れたんだ。あそこから抜け出す事ができたんだ」


「そんな事……」


 ミディリシェルが、それを知る事となったきっかけは、ある一つの記事だった。ロスト王国へ来た時、ミディリシェルが目にした記事。そこには、こう書かれていた。


【我らロスト王国の大事な姫、エンジェリルナレージェ姫が誘拐された。反抗場所には、何も残されていない。捜索隊が設立されて、早三年。姫は、歩けるようになっただろうか。心配する声が多数。毎日のように、我が家でも話題になっている。

 捜索隊が、ようやく、進展を発表した。犯行は国家ぐるみとの事。⚪︎⚪︎王国の可能性。目的は、姫の持つお力だろう。あの国は、とある組織と親密な関係。その組織が、教えたというのが我々の見解だ。


 我々は、姫が帰ってきてくれる事を、今日も願う】


 その記事に書かれていた王国、それが、ミディリシェルがいた、ミディリシェルとゼノン以外の全国民という規模の、大量虐殺のあった王国。


「エンジェリルナレージェ姫。君は、あの国の事を知っているというのに、まだ、あの国を弁護するような事を言うのかい?」


「……そうだとしても、こんなの許されて良いはずないよ。それで良かったなんて思えるはずがないよ」


「普通なら、そうなんだろう。神獣は、僕らは、それが日常で、その事を考える暇なんてない。けど、きっと、その通りだろう。許されて良いはずはない。それは同意する。けど、それと今の君は違う。それを何年も気にして、時間を無駄にして、それで良いのかい?」


 ローシェジェラがそう言うと、ミディリシェルは、布団に潜った。


「……帰って、一人にして……少しだけで良いから。一人にして」


「分かった。また来るよ」


「……うん。ありがと。それと、ごめんなさい」


「謝る必要はない。エレ、君は、僕にとっても大切な子なんだ。だから、いつになったとしても、この回だけで前を向けるように、いつまでも祈ってる」


 ローシェジェラが、そう言って部屋を出た。


 ミディリシェルは、ローシェジェラが部屋から出た後も、布団に潜ったままでいた。


「……エレは……分かってるもん。本当は、ちゃんと知ってるもん。でも、エレは……」


「そんなに悩むなら、全部忘れて、魔法具作らない?また、エレの設計図でやりたくなった」


「お、にぃちゃん⁉︎どうして、ここにいるの?」


 ミディリシェルの兄代わり、ミーティルシア。現在は、そう名乗っている。


 ミーティルシアが、部屋を訪れた。その手には、魔法具を持っている。


「ゼロに頼まれた。エレが悩んでいるから、力になって欲しいと。おれより、自分でやった方が良い気がするけど」


「……」


「……十年になるのか。人の子としては、長い年月なのだろう。おれ達からすれば、短い時間だが。エレも、そうか」


「……うん。短いよ。だから、十年だけで、納得なんてできないよ。忘れる事も、前を向く事もできない。だって、あんな光景……そっか。だから、エレは、あの光景を、忘れられないんだ。納得できないんだ。記憶なんて無かったら……なんて、思っちゃう」


 ミディリシェルは、毛布から出て、瞳に涙を溜めて、そう言った。


「……ギュリエンの事か?」


 ミディリシェルは、こくりと頷いた。


「うん。エレ、ずっと忘れられてない。どれだけ時間が経ったのか分からないのに。忘れられてない。あの時、エレは、なにもしてあげられなかった。なにもできなかった。どうすれば良かったのかな?どうすれば、フォルは……」


「おれは、あの時はあそこへいなかった。それでも、話は聞いている。何度も後悔した。離れるべきではなかったと。ルーもそうだっただろう。エルグだって、あの時は、あそこへいる事ができなかったらしいから」


 ギュリエンの崩壊。その時、ルーツエングは、戦闘区域からは離れていた。イールグは、そもそも、ギュリエンで暮らしていない。時々来る程度。その時は、忙しくて、来れなかったのだろう。

 

「けど、それがなかったとしても、どうする事もできなかった。止める事なんてできなかっただろう。だったら、おれ達にできる事は、誰よりも後悔している弟を支える事だろう。後悔している暇があるなら、弟が乗り越えられるようにする事」


「……エレは?」


「笑ってやれ。帰ってきたら。もう離さないと言って、側に居続けてやれ。エレの事を好きなんだから、ゼロの事を好きなんだから、二人のためという理由を与えられる」


 ミーティルシアが、そう言って、ミディリシェルの隣に座った。


「あの後、他の本家の兄弟達に会った。後悔していた。なにもしてやれなかったと。ルノにも会った。かなり沈んでいた。兄の事もあるんだろうが、弟のように接していた従弟があれだけ取り乱す姿を見て、今も引きずっている。それでも、気丈に振る舞ってる」


「……」


「ルーにも会った。ルーは、怒っていた。なにもできなかった自分に。あの場にいられなかった事に。ゼロは、ルノよりも間近で、エレと一緒に、あの時のフォルを見ていたけど、立ち直りが早かった。エレを支えてやらないとという想いが強かったんだろう……それだけじゃないか。フォルの、その姿を見たからこそだろう」


 ミーティルシアが、そう言って、ミディリシェルの頭を撫でた。


「ゼロは、エレとフォルのために……エレが、ずっと泣いていたら、ゼロが悲しいの。でも、それを隠すの。だって、ゼロまで悲しんだら、エレはもっと悲しんじゃうから。笑顔を作るの。いつも、エレが知らない場所で泣いてるの。エレが、ゼロのために前を向かないと。ゼロがしてくれた事、少しでも返すの」


 ミディリシェルは、溢れる涙を、拭いながら、そう言った。


「本人の前で言ってやれ」


「でも、ゼロはお仕事中なの。真面目なの」


「もう終わってる。さっき、ゼロに魔法具を渡しに行ったら、「エレは俺が聞いても、俺の事を気にするのか、なにも話してくれねぇんだ。だから、ルシアが代わりに聞いてくれないか?」と頼まれた」


 ミーティルシアがそう言うと、扉が勢い良く開いた。それと同時に


「それ言うなつっただろ!」


 と、ゼノンの叫び声が、響いた。


「……その、さっき終わって」


 ゼノンが、言い訳をする。ミディリシェルは、ジト目でゼノンを見つめた。


「嘘をつくな。随分と前に終わっていたのを知ってる」


「……エレに嘘つくという事は、ゼロはエレの事がきらいなの。きらいだから嘘ついて側にいてくれないの」


「そんなんじゃねぇよ」


 ゼノンが、そう言うと、ミディリシェルは、とびっきりの笑顔を見せた。


「ゼロがいつも意地悪するから、仕返しなのー。エレ、ゼロが好きなの知ってるのー。ゼロとフォルとエレとですきすきらぶらぶなのー」


「意地悪してねぇだろ」


「してるの。ゼロが意地悪ばかりだから、エレは、ゼロの隣で笑うように頑張るの。今までずっと、エレの事を支えてくれて、守ってくれてありがと。エレ、これから、ゼロの隣で頑張るの。お仕事のお手伝いもするの」


「それはやめろ。仕事増えるだけだろ。エレはなにもしてなくても良い。お前がいるだけで頑張れるんだ。エレがいてくれるから、こんな面倒毎も頑張れるんだ。エレ(を養う金)の事を考えると、不思議と頑張れるんだ」


 ゼノンが、笑顔でそう言うと、ミディリシェルは、両手で頬に触れた。


「……エレのため……ふにゃ」


「ああ、エレ(を養う金)のため」


「嬉しい。でも、それだけで頑張れるの?」


「ああ。エレとフォル(とのんびり暮らすための金稼ぎ)と考えると、不思議と頑張れるんだ」


「エレとフォルのため……ゼロは、すてきなの。エレ、エレとフォルのために頑張るゼロのために頑張るの。笑顔を見せるの」


「無理はすんなよ。けど、ありがとな。そう言ってくれるだけで嬉しい。俺が一番見たい姿は、二人が笑っている姿だからな」


 ほんわりとした空気が、二人を包み込む。その隣で、ミーティルシアが、呆れた表情で、ミディリシェルとゼノンを見ていた。


「全然エレとフォルのためなんかじゃない」


「なに言ってんだ?エレとフォルのために決まってんだろ」


「……というか、稼がなくとも、そのくらいの金はあるんじゃないのか?」


「持ってはいるが、いくらあっても良いからな。エレとフォルのためなら」


「ふぇ⁉︎」


 ミディリシェルは、驚きのポーズをとった後、「すたすた」と声を出して、ゼノンから離れた。


「エレにためじゃなくて、お金のためだったんだ。エレはきっと、ゼロにお金で買われるんだ」


 ミディリシェルは、そう言って、泣き真似をした。


「……そうは言ってねぇだろ。つぅか、楽しそうだな」


「うん。楽しい」


 ミディリシェルは、笑顔でそう言った。


「エレ、あいつが帰った時も、こうして笑顔で迎えてやろう。もうどこにも行かせない。絶対に離れさせない。あの手この手で、既成事実作って、外堀も埋めて、前の時以上に逃げらんなくしてやろうぜ」


 ゼノンがそう言って、悪戯な笑みを浮かべた。


「……ちょっと悪い気もするけど、それくらいがちょうど良いのかも。エレも、その方法をいっぱいお勉強する。それで、いろじかけしてやるの」


「お前にそんな事できるとは思えねぇし、そんな色気がそもそもねぇだろとも思うが、まあ、頑張れ。応援してる」


「一言余計だと言うべきだろうが、よく言った」


「ふぇ⁉︎おにぃちゃんが意地悪なの。ついでにゼロも意地悪なの」


 ミディリシェルは、ぷぅっと頬を膨らませた。


 ミディリシェルの表情から、悲しみは完全に消えている。どこか、楽しそうにしていた。

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