14話 フォルの想い
ずっと、泣いていた。何十年も、何百年も。大切な二人の事を想って。
僕だって、昔は、エレとゼロを御巫にする事に喜びを抱いていた。でも、知ってしまった。御巫というものを。移ろいゆく時代の中で、変える事のできない運命を持つ、僕の大切な二人の事を。
僕の願いは、今も昔も変わらない。三人で一緒にいる事。僕は、エレとゼロが好きだから。
でも、知っても、変える事はできるんだと思っていた。それを、諦めたきっかけは、あのギュリエンの地で起きた悲劇だろう。
あの日を境に、僕は、自分の在り方を、何度も問いた。みんなは見つかっていないのに、自分はのうのうと過ごしていて良いのかと、何度も、何度も、自分に問いた。
ある日、僕のした事が、本家に知られる事になった。にぃ様が隠し通せなかったんだろう。それは、なんとも思っていない。むしろ、今まで隠してくれて感謝している。
外界に出る事ができなくなっても、エレとゼロが心配だった。だから、クロに頼んだんだ。あの二人の側にいて支えて欲しいと。
魔力を通じて見た、僕がいない世界。
エレとゼロは、僕がいなくても、クロを頼って、楽しそうに暮らしている。これなら、僕がいなくても大丈夫なんだろう。そう思った。
でも、エレが気づいたんだ。クロの事。僕がいなくなった事。この頃は、記憶があったから。
『フォルはどこなの』
前々回の事。エレは、僕を探した。どこにもいるはずがないのに。そんな事、するだけ無駄なのに。でも、それが堪らなく嬉しかったんだ。
エレは、僕を探している最中に、聖星の力を狙う連中の罠に嵌った。エレは、魔法が得意で、呪いとかは、効かない体質。でも、元々不安定だからか、精神系統の魔法にはとても弱いんだ。ちょっとした洗脳魔法ですら、簡単にかかってしまう。
エレの意識の欠片だからというのは関係ない。エレ自体が、そういうのに耐性が全くと言って良いほど無い。
エレは、精神破壊魔法をかけられて、世界を崩壊させかけた。
そんなエレの前に立ち塞がったのは、ゼロだった。その時、思ったんだ。やっぱり、変えられないんだって。御巫となるのは、片方だけという運命からは、逃れられないんだって。
エレかゼロか。どちらかが、生き残るんだろう。そう思ってた。でも、違った。結果は相打ち。ゼロが、最後まで、命懸けでエレを守ったんだ。エレの、欠片の心を守ったんだ。
僕は、みんなに頼んで、二人に会わせてもらった。
酷い傷で、今の僕に治す事はできない。もう、助からない。
「……フォ、ル?やっと、みつ、けた。もう、どっか、行か、ないで」
ゼロが命懸けでした事は、最後の最後で叶った。エレを、元に戻せた。エレは、笑ってくれる。僕を見て。
僕は、何度も、ごめんって謝って、エレの前で泣いていた。
エレの方が、傷は浅い。でも、もう助からないのは、確かな事。二人に、せめて、痛みだけは感じさせないようにと、痛覚を麻痺させてあげた。
僕は、それしかできなかった。エレは、最後に笑ってくれたのに、笑顔を返す事なんてできなかった。泣く事しかできなかった。
「ずっと、一緒に、いて」
この回の、エレの最後の言葉。その言葉の後、エレは、目を閉じて、動かなくなった。
その後、ゼロが薄らと目を開いて、力のない手で、僕の手を握った。
「ずっと、一緒に、いる」
この回の、ゼロの最後の言葉。僕とエレに向けた、言葉。
その時、決めたんだ。エレとゼロと一緒にいるって。二人から、全てを奪ってでも、一緒に居続ける。それが、僕がこの子らにしてやれる事なんだろう。
僕は、そう決めた後、みんなに協力してもらって、あらゆる可能性の未来を視た。絶対に失敗しないように。これ以上、二人を苦しめなきために。
そのためにも、まずは、エレを取り戻す事から。それをするのに、一回使わなければいけない。でも、クロに頼んで、眠るように次へ行かせてあげれば良い。
何度も何度も、計画を練った。絶対に性能させる。そのために。奇跡の魔法を使った後は、あの子らのサポートに入ろう。そうすれば、主様とイールグが一緒にいられるようにできる。二人とも、自分達の御巫と、色んな場所を見られる。
それに、エレとゼロを、その日が来るまで支えてくれる。
きっと大丈夫。今度は誰も失わない。失わせない。
「これで良いよね。みんなに直接謝る事ができないのは、残念だけど」
この計画のためには、僕は、ギュゼルの仲間だったみんなと会うのを諦めなければいけない。元々、そんな勇気無かったから、これを言い訳に、逃げるのも良いのかな。
楽しかった日々、忘れようとしても忘れられない情景。何度も、何度も思い出してしまう。最後の時まで。
これを諦めれば、僕は、ずっとあそこから抜け出せないだろう。抜け出したいとは思わないだろう。でも、それで良いんだ。その方が、自分のしてしまった事を忘れずにいられて良いんだ。
**********
狂い始めたのは、別件で来ていた飲食店。それまでの何度かは、計画の狂いにはならなかった。
エレが、偶然巻き込まれた。それを見て、じっとしていられずに、あの子のとこへ行ってしまった。それをしなければ、あの子は、僕に気づかなかったのに。
あの子は、僕の選んだ服を気に入っていた。記憶が無いのに、変わらない。危なっかしいのも。放って置けないって、ついつい甘やかしちゃうのも。それが、想定外の事態であり、狂い始めたきっかけ。
エレとゼロが、導かれたのも想定外だった。エレの体力がない状態なら、簡単に終わらせられると想って、あそこを選んだのに。一日以上は彷徨ってもらう予定だった。
いつから会っていないのか思い出せない。僕の、双子の兄。あの子らの共有ほどじゃないけど、多少は伝わるんだ。
その想いを受け取ったんだろうね。フィルは、エレとゼロをあそこへ導いた。
――エレ、ゼロ。フォルを、おれの片割れを、頼んだ。
今ならはっきりと分かる。あの時、そう送っていた。フィルは、エレとゼロに、僕を救わせようとした。ここへ連れ戻そうとしていた。
エレが、ギュリエンの地を見せた時には、もう、あの子らを手にかける事なんてできなかった。
エレが落とし穴に落ちた時、ゼロのためだと言っていた。でも、ちゃんと、自分でどうにかしようとしていた。でも、できない事知ってたから、つい手を出しちゃった。
「逃げないで」
その言葉を選んだのは、記憶が戻って、理解したんだろう。
僕が聞いたギュリエンの結末の話。それで、少しだけ救われた。聞かなかった方が良いと思ったけど、でも、聞いてよかった。
それを聞いても、後悔しかないのには変わらない。この先もそれは変えられないだろう。でも、前に進む事ができそうだ。ちゃんと、向き合ってあげられそうだ。みんなの前で、謝れそうだ。
その勇気を、エレがくれた。だから、諦めないよ。逃げないよ。
許してくれなくて良い。何度だって、謝り続ける。そう思えたんだ。
ルーとにぃ様にも感謝かな。ルーが、今まで通り接してくれる事。にぃ様が、僕を弟として見てくれている事。全部、僕の救いだ。
ねぇ、君らは、こんな僕を見て、幻滅するかな?君らに見せていた、ギュゼルの統率としてではない、ただ一人の神獣としての僕を見て、どう思うのかな?受け入れてくれるのかな。
**********
エレと二人で帰った後、エレはとんでもないものをくれた。フィルはほんとに何考えてるんだか。あの子のこういうのを止めもしないって。あの子の面倒を見ているなら、そのくらいして欲しいものなのに。
でも、それを渡して自慢する姿も可愛い。
エレが眠くなるまで、ずっと相手をしてあげる。眠くなって、寝る時に、魔法をかけたんだけど、ゼロの睡眠妨害で寝てくれない。ゼロも、そんなにいやならとっとと寝れば良いのに。
「ありがと。僕の大好きなお姫様」
エレを起こさないように、優しく頭を撫でる。エレは、一度寝たら、中々起きない子だから、気にしなくて良いかもしれないけど。
「けーきしゃん……一万ホール」
どんだけケーキ好きなんだろうね。エレから、そんな寝言が聞こえた。これもきっと、全部フルーツタルトなんだろうと思うと、絶対あるでしょってツッコみたくなる。
そういえば、睡眠学習っていうのがあるよね。エレにもできるかな。
「……好きだよ。エレは、ずっと僕のだから。僕の言う事以外聞いちゃだめだよ」
寝てる時に、毎日こうして囁いとけば、そのうち洗の……教育できるかなって。そんな欲も、出しても良いよね。
「明日の朝になったら、ゼロ達を案内してあげて」
みんなに頼んでおく。流石に、可哀想になってきたから。これで明日帰ってこれるだろう。
そういえば、当番表とかもやっておかないとだ。後で、エレに頼めばいっか。
「エレのけーきしゃんは?」
夢の中でも、ケーキが貰えないエレらしい。
明日から、にぃ様とルーは気にしてないけど、やっぱ、気まずいな。でも、そんな事言ってられないか。これを決めたのは、僕だから。
「……」
にぃ様とルーからメッセージきた。あの森は、時間の流れが異なる場所だから、今は、昼くらいかな。こっちは夜だけど。夜中だけど。
『ゼロが泣いてる。どうにかしろ』
『貴様、連れて帰るなら、ゼロも連れて帰れ』
二人とも、ゼロがずっと騒いでうるさいのかな。
またきた。今度はなんだろう。って、フィルからだ。
『おかえり。やっと、また一緒に笑える日が来そうで、嬉しく思う。今度、そっちに行くから、その時、また話そう。土産にドググリのクッキーを持っていこう』
「……」
善意なのは分かってる。でも、わざわざ珍味選ぶのなんなんだろう。ドググリは、かなり有名な珍味。きらいじゃないから良いけど。
また。今度はゼロだ。こんな事せずに寝れば良いのに。
『やっと、約束を守れる。一緒にいるって約束。一緒に入れなかった分、エレと協力して、あの手この手で既成事実とか作って、もう離れらんないようにしてやるからな。それと、ごめん。あんな最後を見せて。ありがと。最後を側にいてくれて。エレは、その事を覚えてないだろうけど。あと、助けてください。虫いっぱい。ほんとにむり。助けてください』
お礼を言うのは、僕の方だ。思い出してくれてありがと。それに、あの時、最後に僕の手を握ってくれてありがと。
君らのために、前に進むよ。あそこから抜け出すよ。
あっ、グループ通話だ。今日は連絡が多い。
『先に言っておくが、ゼロとナティーは魔法で眠らせてある。だから、聞かれる心配はない』
『兄様達には報告しない。だから、代わりになるとは思えないが、俺達に聞かせて欲しい。届かない想いを。みんなに言うと思って。あそこにいた関係者として。その想いを、一緒に背負わせて欲しい』
『オレは、当事者だから、その言葉を聞く権利くらいあると思う。みんなと違うのは、場所だけ。あそこでは、兄貴に守られたから』
『長々とした理由なんて要らないだろう。聞きたいから聞く。それ以外ない』
『それはそうだが。人と共にいて、人のそういうところを学んだのではないか?』
みんなへの想い。僕一人でこの先もずっと背負っていくと思っていた。
どれだけ奪えば気が済むんだろう。僕だけが持っていなければならない。そんなふうに思っていた、罪も想いも。
「……ねぇ、僕はまた、二人と一緒にいても良いかな?今の二人といて良いかな?御巫の運命から解放してあげなくて良いかな?許して欲しいなんて言わないよ。許さなくて良い。僕はもう、あの時から逃げないから。結果的に、君らを見捨てた。その罪から逃げないから」
不思議だ。みんなには届かない。分かっているのに。誰かに聞いてもらうから、とは違う気がする。
……奇跡の魔法なんてもんを、使ったんだ。あの子をここに連れ戻すという奇跡を願って。あの子らが、絶対に、後悔してくれると信じて。あんな賭け事をしたんだ。
奇跡の魔法に必要なのは想い。あの状態だと、賭けだったんだ。記憶が無いのに想いがどこまで残るかの。
その賭けに勝った。奇跡は起きた。その代償を、信じて良いよね。
「でも、会いたいんだ。だから、探しても良いかな?どこにいても見つけるなんて言っても良いかな?もう一度、君らと一緒にいたい。おんなじ景色を見たい。そう思って良いかな?あの時に戻るんじゃない。あの時以上を望みたい」
奇跡の魔法。それは、その代償すらも奇跡のようなものだ。真の想いを、その相手に伝える。伝えたくなかったとしても。遠くにいて伝えなれないとしても。
それは、伝説。ほんとかどうかなんて知らない。でも、そんな奇跡を信じるよ。伝えるよ。もう、奇跡なんて起こらない。運命は変わる事がないなんて、思わないよ。
「リーミュナ、リーグ、ミュンティン、クリー、デューゼ。必ず見つけるから。もう、諦めなんてしないから」
そういえば、あの夢の世界で会ったよね。覚えてないだろうけど。それもきっと、繋がるよ。