11話 嘘を見抜け
翌朝、ミディリシェルは、昨日着ていた服を、浄化魔法具の中に入れてから着た。
「ふみゅ。これで、フォルのお願いを叶えられるの」
記憶には無い。だが、フォルが、この服を着てきて欲しい。そう言っていた気がした。
服の上に、ケープを着る。
「ふみゅって感じなの」
「エレ、そろそろ恥というものを覚えて良いだろう」
「エルグにぃ、エレに何言っても無駄だ。あいつは、これをやめねぇから」
「寝坊した挙句、何の恥じらいもなく、俺達が見ている目の前で着替えをするとは。もはや感心するな」
「だよな」
ゼノン達が、ミディリシェルの着替えている姿を見ながら、会話していた。
ミディリシェルは、こんな日だというのにも関わらず、朝、起きられずに寝坊した。寝坊して、ルーツエングとイールグが部屋を訪れた後に、目を覚ました。
その後、ミディリシェルは、二人プラスゼノンがいる前で、大急ぎで身支度をした。
身支度をするミディリシェルを、三人とも、呆れた表情で見ている。
「お待たせ。終わったの」
「……分かった。それでは、転移魔法を使う」
ルーツエングが、そう言って、転移魔法を使った。
**********
転移先は、魔の森の入り口。目の前が、木々で覆い尽くされている。
ミディリシェル達は、魔の森の中を歩いた。
「ふみゅ。前もこんな感じだったの」
「そうだったな。それで……エレが迷子になった」
ゼノンが、間を開けて、そう言った。
「ゼロが迷子になったの。記憶の改竄なの」
前回、ここで、かなりの時間を要した。だが、今回は、そうではなくいけそうだ。
「……疲れた。エレ、帰る」
「帰るって、お前」
――ゼロ、フォルが、エレ達だけを呼んでいるみたいなの。でも、エレ嘘が苦手なの。だから、ゼロがどうにかして。
――……そういう事か。正直に話して良い気もするが、仕事と定義づけている場合がな……上手くいって、時間を稼いでおけば良いか?
――ふみゅ。お願いできるの?
――やってみる。二人相手に、嘘が通用するかは、分かねぇが。
ミディリシェルの目には、木々が光って、道標のように、一本の道を示している。それを共有でゼノンだけは視る事ができる。
だが、ルーツエングとイールグには、視る事ができない。
それは、ミディリシェルとゼノンを呼んでいるかのようだ。
「エルグにぃ、ルーにぃ」
「魂胆はお見通しだ。今後のために、その現場は見せない方が良いだろう。監視は潰す。だから、それに関しては気にせずに何とかしろ」
「……」
ミディリシェルとゼノンは、目配せをして、ルーツエングを見た。
「了解なの」
「了解。神獣じゃねぇが、主様のご期待に添えるよう、最善を尽くします」
「……さいぜいをちゅくちまちゅ?」
ミディリシェルとゼノンは、ルーツエングに、敬礼をした。
「エレ、ナティー……俺の友人を、できれば救ってやって欲しい。彼女に、従弟は保護してあると伝えてやって欲しい。そうすれば、ナティーは、あそこから抜け出せる」
「……複雑なのに、抜け出せるの?後で、何かされるとか……エレ、助けるなら、安全が良いの」
「大丈夫だ。彼女は、自分でなんとかする力を持っている。鈍臭いが、抜け目ない子なんだ。エレ達も驚く事を
するかもしれないな」
ミディリシェルとゼノンが、後の事を気にしないように、その場限りの嘘、という事ではなさそうだ。イールグの言葉に、嘘はない。
ミディリシェルは、フォルから貰っていた加護を、無意識に使って、それに気がついた。
「ふみゅ。分かったの。必ず伝えるの。ルーにぃが気に入っているなら、きっとすごい人なの。エレも、お友達になれるように頑張る」
「きっと喜んでなってくれる。それに、エレが敵対する人種でもない」
「ふみゅ。お仲間さんなの。それなら、もっと大歓迎なになるの」
ミディリシェルは、笑顔でそう言った。
「……エルグにぃ、ルーにぃ、エレ達頑張ってくるの」
「ああ。応援している」
「期待してるぞ」
「ふみゅ。ゼロ、そろそろ行こ。逃げないって決めたんでしょ?」
「手紙とかは本人以外見れないようになってたのに知ってんのか?」
「みゅ。だから行くの」
ミディリシェルは、そう言って、ゼノンの腕を引っ張った。
**********
ミディリシェルは、ゼノンと一緒に、木々の光の道を辿った。
「これ、本当に合ってんのか?」
「合ってるの。前の時よりはっきり見えるから大丈夫なの」
「俺には、薄ぼんやりとしか……共有使ってても、その辺の違いはあるんだな」
「ゼロが光に鈍感なだけだと思うの。種族的に、暗いところには強いけど」
「……それはあるかもしれねぇな」
「エレについてけば大丈夫なの」
ミディリシェルは、そう言って、どんどん歩みを進めた。
**********
三十分程歩いた先、ようやく辿り着いた。
前回と同じ、景色。だが、前回と違う事がある。それは、その場所にいるのは、ローシェジェラではなく、フォルだという事。
「……昨日ぶり。と言っても、覚えていないか」
フォルが、無表情で、そう言う。
「覚えてるよ。エレの事、助けてくれたの。ふにゅにゅな匂いをくれたの。ありがと」
「その時に匂いを与えた記憶はないけど……仕事の都合上、そうする必要があっただけだ」
「それでも、助けてくれたの。ついでに迷子も助けてくれたの」
ミディリシェルは、そう言って、ケープを顔に近づけた。
「迷子を助けはしていない。というか、目の前でそれは」
「気にしないの。エレの匂い付けてるだけだから、気にしなくて良いの。ねぇ、メッセージ受け取ったよ。目的、教えてくれる?」
「……僕の目的は、この仕事を完遂させる事。それ以外のない」
フォルが、淡々とそう言った。
――……記憶がねぇから、か?どうにかして、思い出させる事ができれば……
――記憶がなかったら、これの事も覚えてないと思うの。それに、時々会っていた時の事だって
――クロの時みたいに、事前に準備してたかもしれねぇだろ。もしくは、時差式でって感じで。クロも、婚約発表の後から、連絡がないみたいだから。それに、禁呪は、代償ありきの魔法なんだ。その代償から逃れる術なんて……
管理者達の言い方を借りるのならば、禁止指定の魔法。それは、それ相応の理由があって禁止されている。その理由の一つが、代償を伴うというもの。そして、その代償は、肩代わりはできるものの、回避は不可能とされている。
ミディリシェルとフォルが使う、生命魔法も同じ、禁止指定ではあるが、あれは他の禁止指定とは違う。だが、どちらにせよ、他の魔法以上の危険が潜んでいるのには変わりない。長期の使用は控えた方が良いような魔法だ。
そのどちらにも当てはまる共通点、それは、器に相反する力というもの。
――……エレの知識だと、これくらい。嘘って気づいても、それを証明するものがなければ、フォルには通用しない。何か……何かないのかな。フォルの嘘を証明するものが。
「そろそろ、始めようか。エンジェリルナレージェ・ミュニャ・エクシェフィー。君の処分命令が下っている。何か、言いたい事があるなら聞こう」
「エレはフォルとらぶらぶ生活するの。エレはフォルのお嫁さんなの」
「……僕、結婚なんてしてないけど?」
「結婚してるの」
ミディリシェルは、何も考えずに、堂々と、そう言った。
「エレ?なにその記憶?ま、まさか、記憶を改竄して」
「ゼロうるさい」
ミディリシェルは、そう言って、左足で、ゼノンの右足を踏んだ。
「……もし、それがほんとなら、責任を取ろう。全てを失った後、僕が、君を貰ってあげる。結婚はできないけど、一緒に暮らそう」
「……飼ってくれる?」
「君がそれを望むなら」
――……あともう少し……もう少しだけ、何かが……
――力を貸すよ。表に出なくとも、記憶と、想い、それに、方法なら教えられる。あとは、自分で頑張ってもらわないと、だけど。でも、君がやるとなれば、賭けだよ。それだけは理解して。私がやれれば良いけど、また、あの世界で長い時を過ごさせたくないから。
美しい女性の声が、聞こえた。ミディリシェルの中でだけ。共有を使っていても、これは、ゼノンには聞こえていないだろう。
――……ずっと、エレの中にいる……ふみゅ。それで奇跡のお返しができるなら。
――……私の場合は、見せる事ならできるよ。でも、想いなんて伝えらんないと思う。ギュリエンという場所。それと、少しだけ記憶も。それだけで、君は、メロディーズワールドを使う。共有であの子の協力を得る事はできない。あの子とは、共有を切って貰わないとだから。
――エレ一人だと、大掛かりな事はできないよ?
――歌を歌って。できるだけ、想いの詰まった歌を。それを、魔法の糧にする。想いと情景。その二つを混ぜ合わせて、世界を創造する。難しいのは分かってる。それに、その記憶を取り戻すために、一度、紋章に頼らないといけない。
――想いを……ふみゅ。エレなら、できる気がするの。きっと、覚えてなくても、残ってるから。
ミディリシェルは、ゼノンの手を握った。
「ゼロ、共有を切って」
「……ああ。信じてる」
「みゅ。エレも、あとで、エレにケーキ百ホール作るの。絶対、エレが全部独り占めするから」
「……」
「聖星の、祈りを捧げます。聖星と契約します。深き、深層に眠る、聖星に、捧げます」
ミディリシェルは、そう言って、祈りを捧げた。
これが、聖星の紋章を発動させるための方法。
ミディリシェルの左目に、聖星の紋章が浮かび上がる。
「……エレ」
「ゼロがエレのためにフルーツタルトをせっせこ作る光景が見えるの」
ミディリシェルは、ゼノンを見て、にやにやとしながら、そう言った。
「普段のエレだな」
「ふみゅ。普段にエレなの。普段のエレじゃないとできない、エレエレのお歌を奏でるの。フォル、ゼロもついでに、エレの下手なお歌を少しだけ聞いてね」
ミディリシェルは、そう言って、収納魔法から、魔法杖を取り出した。右手で魔法杖を握りしめて、左手を胸に当てる。
「朧げの場所。閉じ込められた世界で、ずっと一人で泣いていたの。
何年も何年も
伸ばした手、触れる事のない温もり。その温もりが、エレをそこへ導いたの。エレのたった一つの救いだった。
それが、あなただたんだ。
忘れないで、忘れないよ。この温もりを。この感情を。ずっとずっと、何千何億と転生しようと。絶対に、忘れなんてしない。何度だって絶対に、届ける。
ずっと一人。誰もいない。そんな中で家族ができたの。
初めての優しさ
不器用で、慣れてないところもあったけど、それが好きだったんだよ。それが、エレを笑顔にする魔法になってたんだ。
ずっとずっと
泣かないで、泣かないよ。だから、犠牲になんてならないで。勝手にいなくならないで。お願い、エレを一人にしないと誓って
暗い場所、なにもない。誰もいない。
そこに、一つの光が見えたんだ。黄金の夜明けが差したんだ。
忘れないで、忘れないよ。この温もりを。この感情を。ずっとずっと、何千何億と転生しようと。絶対に
泣かないで、泣かないよ。だから、犠牲になんてならないで。勝手にいなくならないで。お願い、エレを一人にしないと誓って」
高く澄んだ声。ミディリシェルの歌に、ゼノンとフォルが、その歌に釘付けになっていた。
「……メロディーズワールド。この歌を媒介にして」
ミディリシェルの魔法により、魔の森の景色が変わる。そこは、かつてのギュリエン。ミディリシェルの記憶の底に眠っていた景色。
自然豊かでありながらも、人が快適に暮らせるように、整備されている。
「……っ⁉︎」
「代償は嘘だったんだよね?思い出したの。ギュリエンの事。エレは、かけらだったけど、ちゃんと記憶は眠っていたの。フォルの計画は、お話してて分かった気がするけど、エレはフォルのお嫁さんの椅子を貰えなきゃやなのー!だから、エレを飼う目的は、忘れるのー!ぎゅぅしろなのー!」
ミディリシェルは、そう言って、フォルに近づいた。
「ふきゃん⁉︎」
柔らかい地面。それに気づく事なく、ミディリシェルは、そこへ足を置いた。
ミディリシェルは、落とし穴にはまり、中に落っこちた。
「……ふぇ……虫さん……やだやだー」
「エレー、大丈夫かー?」
穴の上から、ゼノンの声が聞こえた。共有は切ってある。穴の中の状況など、分からないだろう。
「……ふみゅ……ふみゅ……大丈夫だよ」
――ゼロだけはだめなの。エレ以上の虫嫌いだから、心配させちゃだめなの。我慢なの。
落とし穴の中にいた、大量の虫が、ミディリシェルの身体にくっ付く。くっ付いた虫が、強靭な歯で、ミディリシェルの皮膚を食い破った。