10話 不可能を可能にした魔法具技師
「匂いは別だが、その話なら、エレがいれば、なんとかできるかもしれねぇな。エレをどう使うかの作戦を考えるで」
「そうだね。エレだけじゃなく、ゼロも鍵になっているだろうから。エレとゼロ、両方をで考えよう」
ミディリシェルは、「ふみゅふみゅ」と言って、ケープを着た。
「おっきぃのが、ふみゅふみゅって感じなの。それに、この匂いを間近で……ふみゅ。ゼロ、エルグにぃ達に、あの森への行き方を聞くの」
「ゼロ、エレは覚えていないだろうけど、昔、あの子に助けてもらった事がある。それに、フォルは僕の存在をこの場所へ繋いでくれている。だから……」
「ああ。分かってる。俺にとっても、二人は大切な存在なんだ。絶対に取り戻す。エレも、絶対に失わない。もう、絶対に……だから、クロはここで待っててくれ。ここで、俺らが帰ってくるまで、当番の肩代わりして?迷うといつになるか分かんねぇから」
ゼノンが、笑顔でそう言った。
「……うん」
「……エレのお当番もついでに」
「お前は入ってねぇだろ」
「……エレの技術を甘く見るななの」
ミディリシェルは、机に置いてあった、ゼノンの連絡魔法具を手に取った。
それを勝手に使い、エクリシェの当番表を、勝手に開く。編集画面にして、ゼノンの名前を消して、ミディリシェルの名前を入れる。
そして、それを、ゼノンでは編集できないようにしておいた。
「ふっふっふ、これで、エレとおにぃちゃん以外は、編集不可能なの」
ミディリシェルは、連絡魔法具の画面を見て、満足しながら、そう言った。
「今すぐ戻せ」
「やなの……ぷぃ」
「……俺の当番の時で良いなら、手伝わせてやるから」
「……エレはお料理できるの。お掃除できるの」
「でき……エレは、お料理できます。お掃除できます」
「みゅ」
ミディリシェルは、当番表を元に戻した。
「クロ、エルグにぃとルーにぃってもう帰ってる?」
「多分。部屋の場所は、ゼロが知ってると思う」
「ふみゅ。ゼロ、いこいこ」
「引っ張んな」
ミディリシェルは、ゼノンの腕を引っ張って、部屋から出た。
部屋を出る寸前、ミディリシェルが、振り向くと、ローシェジェラが、笑顔で手を振っていた。
「ありがとう。それと、ごめん。二人がどれだけ気にしてくれていようとも……僕は……」
**********
ミディリシェルとゼノンは、ルーツエングの部屋を訪れた。部屋の中では、ルーツエングが、買い物から帰り、本を片手に、書類の整理をしていた。
「どうした?先に帰ったと聞いたが、大丈夫なのか?」
「ふみゅ。聞きたい事があったんだけど」
「忙しそうだな」
「これは暇の分類だ」
ルーツエングが、手を止めずに、そう言った。ミディリシェルは、それを聞いて、驚きのポーズを取った。
「ふにゃ⁉︎これって暇なの⁉︎エレの目には、とっても忙しいご様子にしか見えません。ゼロさん?ゼロさんは、どう思われますか?」
「俺もそうにしか見えねぇよ」
話があって、ルーツエングの部屋を訪れたミディリシェルとゼノンだが、扉の前で、立ち尽くしている。
「ソファにでも座れ。気が散る」
「ふにゅ。ゼロ」
「ああ」
ミディリシェルとゼノンは、ベッドの上に座った。
「ふかふかぁ」
「相変わらず、そこが好きか。本当に昔から、変わりがない」
「ふみゅ?」
本で隠れていて、ルーツエングの表情は見えない。
――なんだか、普段と違うの。なんだろう……どことなく、悲しそうな雰囲気なの。
――ああ。何かあったのか、聞ければ良いが、聞きにくいよな。
――ふみゅ。聞きにくいの。
ミディリシェルとゼノンは、共有を使って、会話をした。
「……」
「エルグにぃ、あれ……えっと、エレ、致命的なミス発覚。地名を知らない。エレは知ってるか?」
「ふにゅ。知らないの。地名だけに致命なの」
「そういうつもりで言ってねぇよ。分かってる事は魔の森ってくらいか」
何も調べずにここに来ている弊害が生まれていた。だが、今更、それを調べる時間がない。ミディリシェルとゼノンは、どうにかして、伝える方法を考える。
「ふみゅ。分かんないの。知ってる事、魔の森以外に、結界魔法と隠蔽魔法で隠されているって事くらいなの」
「……エルグにぃ、そこってどこか知らねぇか?できれば行き方も」
「……知ってる。だが、それを知って、どうするつもりなんだ?理由によっては、教える事はできない」
「フォルを迎えにいくの。というか、むりやりでも連れ帰るって想いで行くの。それで、いっぱいいっぱい恩をたんまり押し付けてー、エレはフォルとぎゅむぎゅむらぶらぶ生活を送るの」
ルーツエングの問いに、ミディリシェルは、着ているケープに、顔を近づけて、そう答えた。
「……ここへ帰ってきたら、これを見つけた」
ルーツエングが、そう言って、ミディリシェルとゼノンに、手紙を見せた。
【主様、僕が閲覧できなかった資料について。きっとずっと、見れないでしょう。
最後まで、優柔不断でごめんなさい。主様の弟になりきれなくてごめんなさい。責任は取ります。許されなくて構いません。
あの二人だけは、笑っていてほしいです】
それは、ミディリシェルとゼノンには理解できない内容。もっと、転生前の記憶があれば、その理由も理解できたのだろう。
「みゅ?」
「二人は……記憶がないんだったな。ギュリエン。かつて、俺達の拠点であった地。その地の最後の資料だ。あれは、後悔しかない結末だった」
「……本で読んだの。ギュリエンは、内部崩壊っていうのをしたんだって書いてあった。でも、違ったんだね」
「ああ。ギュリエンに所属しない、神獣達が攻めてきた。俺達は、それに応戦したんだが……逃げれば良かったのかもしれないな。そうすれば、あんな悲劇を生む事はなかった。神獣が攻めてきた証拠すら残らない。死の大地となる事なんてなかっただろうな。何も残らない、後悔の場所には、ならなかったんだろうな」
ルーツエングが、今にも泣きそうな表情で、そう言った。
ミディリシェルは、死の大地という言葉を聞いて、青ざめた。震える両手を、胸の前で握る。
「……それって……生命……魔法」
「……そうだ。生命魔法には、危険な一面もある。それは、身を持って実感している事だろう」
「……うん」
ミディリシェルは、こくりと頷いた。
「生命魔法を使えるのは、現在確認されている中では二人だけ。エレとフォルだけだ」
「……」
「……この話は終わりにしよう。あの森への行き方を知りたいんだったな。それなら、近くまで、転移魔法で送ろう。一緒に行くが、転移魔法はそれ以上使えないんだ。それに、森の中は、ある程度は知っているが、俺でも辿り着く事ができるか分からない」
ルーツエングが、そう言って、本を机に置いた。
「……」
「……エレ」
「フォルは、あの時の事が知られて、外界から閉ざされた。それでも、二人を守りたかったんだろう。外に出る事ができないまま、二人の事を守って。自分からは、外に出ようとしなかった。ずっと、二人を待っていた。それが、何故自分から外へ出ようとしたのか。考えてみて欲しい」
「ふぇ?……分かんないの」
「気づいたんだろう。なんの相談もなしに、一人で勝手に」
イールグが、ルーツエングの部屋を訪れた。
「ルー」
「主様、俺も、同行させて頂く。あの、優しい愚か者に、文句の一つや二つ、その場で言ってやります」
「良いだろう。というか、お前がいないと、もし、戦闘になれば確実に全滅だ」
「安心しろ。俺がいても変わらない」
イールグが、そう言って、ミディリシェルの頭を撫でた。
ミディリシェルは、頭を撫でられて「ふみゅふみゅ」と、両手を顎に当てて、笑顔で言っていた。
「フォルがその気になれば、間違いなく、全滅する。そうならないようにどうにかしないとだろう。何か策はあるのか?」
ミディリシェルは、ふるふると首を横に振った。
「ないの。でも、なんとなく、そうはならないって思うの」
「未来視か?それとも、直感か?」
「ふみゅみゅ。エレの嗅覚。エレ、フォルが大好きすぎて、匂いが分かっちゃうの。いくら、おんなじ匂いに近づけようとも、違うって」
ミディリシェルは、そう言って、ケープの匂いを嗅いだ。
「これなの。初めて会った時……ふぇ⁉︎今回のだよ。リブイン王国で会った時、エレが、頑張って挑戦していた時、婚約発表の時、それに……ふみゅ。エレが、偶然選んだ道で、ふにゅにゅな感じだったの。このお洋服も、フォルが選んでくれた。エルグにぃ達よ、ふみゅ⁉︎」
ゼノンが、右手で、ミディリシェルの口を塞いだ。
「エレ、あれは内緒だろ」
ミディリシェルは、こくこくと頷く。
「俺達よりなんだ?」
「……知らない」
「知っている反応だろう」
「……そんな事より、エレ、その時は、クロじゃなかったって事だろ?」
ミディリシェルは、こくりと頷いた。そして、早く離せという目で、ゼノンを見る。
「……」
ゼノンが、ミディリシェルの口を開放する。
「ふみゅ。エレはいっぱい知っているの。だから、そんな事はないって思うの」
「そうか。なら、それを信じよう」
「ふみゅ。エルグにぃ、魔の森に行くのって、今すぐ行くの?」
「明日にしてくれ。色々と準備があるからな」
「ふみゅ。ゼロ、今日は、中層のエレのお部屋でねむねむしよ。あそこなら、魔法具とかもいっぱいだから」
「中層は改装中じゃ」
エクリシェの中層から上は改装中。以前、ゼノンが言っていた事だ。
「さっき、連絡魔法具をぬす……借りた時に見たけど、もう終わってたの」
「そういえば、そうだったな。フォルとの戦闘にならないとしても、明日は何があるか分からない。しっかりと休息を取れ」
「ふみゅ。おやすみなの」
「ああ。おやすみ。明日はよろしく」
ミディリシェルとゼノンは、立ち上がり、部屋を出た。
**********
エクリシェ中層、ミディリシェルの部屋。
その部屋の中には、今まで溜めてきた魔法具が、棚に並べられている。これは全て、ミディリシェルが、共同で作った魔法具だ。
「エレ、お前連絡魔法具って持ってねぇのか?ここに、前回使っていたのがあるとか」
「……壊したの」
ミディリシェルは、ゼノンから、顔を逸らして、そう言った。
「前回の記憶、まだ戻ってないのが」
「ゼロがいない時に、落としたら壊れちゃったの」
「……ねぇと不便だろ。さっきも、俺の魔法具を盗んでただろ」
「ふみゅ。壊れたショックで」
ミディリシェルは、泣き真似をしながら、棚にあった、一つの魔法具を手に取った。
「代わりの連絡魔法具を作ったの。しかも、今ゼロが使ってる、この時代の、最新性能をも超えるのを、おにぃちゃんと一緒に」
「壊れたら、最新の魔法具を買うとかは聞いた事があるが……それは、どんな機能なんだ?」
ミディリシェルの記憶にあるゼノンは、ミディリシェルが魔法具の自慢をすると、めんどくさそうに聞く。だが、今回は、自分から興味を示したようだ。
「従来の機能に加えて、ノヴェにぃ設計の世界管理システム以上の処理機能。盗聴不可。常に最新の地図などなど」
ミディリシェルは、顔を逸らして、そう答えた。
世界管理システム。それは、現在にまで超える事ができないと多くの人々が言う、最高峰の魔法機械。その役割は、その名の通り、世界を管理して守る事だ。
連絡魔法具は、魔法具の中でも、小型で携帯が便利な部類。世界管理システムは、一般庶民の建物一軒分以上はあろうかという巨大な魔法機械。巨大だからこそ成せる処理能力を、その小型な連絡魔法具で超える。そのような事は、その当時は勿論、現在ですら不可能の領域とされている。
「なぁ、お前って魔法具と魔法機械の違いを知ってるか?」
「ふみゅ。蓄積量と処理能力が主な違いなの。構造が違うのも」
「ああ。お前さ、少しは常識を考えろ」
「常識を簡単に捨てるとか思わないで。エレだって苦労したの。おっこちらだけで壊れる魔法具なんて、脆すぎるからって頑丈にしようと思って。ちょっと性能もって考えたら、時間かかったんだよ。百倍以上」
約三年半。ミディリシェルが、この魔法具を完成させるまでに費やした年月だ。
一般的に、一つの魔法具を設計から開発するまでにかかる時間は、早くとも三年。遅ければ、十年以上かかるものもある。
「一般平均より十分早いだろ」
「エレ的平気は三日なの。三年半は十分長いの」
「……俺、風呂入ってくるー」
「エレも一緒に入るの」
「その魔法具おいてけ」
普通の連絡魔法具は、落ちただけで壊れたのだ。当然、水に沈めば壊れる。だが、ミディリシェル特製の魔法具は
「熱々のお湯も冷や冷やのお水も大丈夫なの。どこで活動していても使えるが売りなの」
壊すと想定した要因は全て排除してある。ミディリシェルは、「売れないけど」と付け加えて、胸を張ってそう言った。
「その理解があるだけまだマシか。けど、お前、泳げねぇんだし、水濡れ対策なんて必要ねぇだろ」
「フォルへのお貢ぎ品なの。これは、初期型で、フォルの方は、更に倍の時間をかけたの」
「倍つぅことは、七年か。それは長いな。ルシアに見放されたのか?」
「違うの。処理能力あげて、どんな文字でも翻訳可能な機能をつけて、絶対に誰にも見られない予定表機能とメモ機能つけて、魔法妨害を防ぐ機能つけてとかやってたら」
ミディリシェルは、ケープを脱いで、ベッドの上に置きながら、そう言った。
「……どうやって、その小型魔法具の中に詰め込んだんだ?」
「頑張ったの。明日のために、疲れがないないする入浴剤にするの」
ミディリシェルは、そう言って、入浴剤を選んだ。
ミディリシェルとゼノンは、明日のために、でき得る限りの準備をして、朝を迎えた。