8話 前回の記憶 可能性へ
翌朝、ミディリシェルとゼノンは、フォルがいる可能性がある、魔の森へと向かった。
「……いない」
「ああ。一体もいない」
「ふみゅ。おかしいの」
魔の森では、普通の森よりも、魔物が強力で、多い。それが、普通だ。だが、この魔の森には、魔物が一匹も見当たらない。それは、偶然、見ないだけかもしれないが、異質な状態だろう。
ミディリシェルとゼノンは、手を繋いで、魔の森を歩いた。
「……ねぇ、さっきから気のせいなの?迷子になっているって気がするの」
「……気のせいじゃねぇ、かもしれねぇな」
ミディリシェルは、いつも迷子になるからと、今回は、ゼノンについていく事になっている。ミディリシェルは、きょろきょろと辺りを見た後
「ゼロも迷子になるんだ。エレじゃないのに」
ミディリシェルの中では、ゼノンが迷子は珍しい。
「……何かの魔法の影響でも受けているんだろう。俺が迷子なわけじゃねぇからな」
ゼノンが、そう言い訳をした。
「……迷子の人はみんなそう言うの」
ミディリシェルは、そう言って、ゼノンに、憐れみの目を向けた。
「お前がそれを言うか?……いや、お前の場合、これが実体験で……なら納得だな」
「実体験違うの!実体験なんかじゃないの!」
「実体験だろ」
ミディリシェルは、ぷぅっと頬を膨らませて、ゼノンの腕をつねった。
「……」
ミディリシェルは、魔の森から、何かを感じ取った。
「エレ?」
「……ふみゅ。こっちかもしれないの。もう、ゼロには任せられないの。任せたら迷子になって、迷子じゃないって言い訳するから」
ミディリシェルは、感じ取ったものを、頼りに、魔の森を歩いた。
**********
「……」
魔の森の中は、あまりにも危険すぎる事から、中は勿論、近くにすら、村が存在しない。人目が付かないからと言って、見られたくないものを隠すような建物すら、存在しない。
そもそも、開拓していなければ、魔の森には、建物を造るだけの、開けた場所はない。
だが、この魔の森には、開けた場所があった。それだけでも、他の魔の森からしてみれば異常な事だが、それ以上にもっと異常な事がある。それは、その開けたの中心に、ポツンと、洋館が一軒建っている。
その洋館の前に、フォルが立っていた。否、フォルの姿をした、ローシェジェラだ。
「良くきたね。少ない情報で、ここへ辿り着いた事。それは、素直に褒めてあげるよ」
優しく、穏やかだが、時より、どこか黒いところを見せる。それが、ミディリシェルが知っていたフォルだ。
だが、今は違う。
目の前にいる人物が、笑っている。いつもと変わらない表情。だが、その奥は違う。なんの感情も見られない。
「フォル、やっと見つけたの。エレの、魔法具の設計図、できたの。だから……だから……」
ミディリシェルは、俯いて、言葉を詰まらせた。
「それは、気づいていたんじゃない?二人が部屋に篭るようにするための口実だって事を。その理由も教えてあげるよ。それを頼む少し前に、命令が下った。君らを、処分しろとの」
「……」
「今まで、長い間ご苦労様。僕の、あんな嘘を、全て信じてくれて、ありがとう。助かったよ」
ローシェジェラが、淡々と、そう言った。
ミディリシェルは、その言葉を聞いて、ぽたぽたと涙がこぼれ落ちた。
信じていた相手の裏切られた。その、衝撃は、薄々気づいていたとしても、かなり大きいだろう。
「好きって言ってくれたのも、全部、全部、嘘だったの?エレ達の事は、初めから、全部、全部、ただのお仕事っとだけだったの?」
「俺らの事、初めから、なんとも思ってなかったのか?心配しているそぶりも全て、嘘、だったのか?」
「そうだよ。全て嘘だよ。全部、君らに御巫としての役割を果たさせるため。そのために言っていた嘘だよ。残念だったね。それを、馬鹿みたいに信じて、裏切られて」
ローシェジェラが、笑いながら、そう言った。
「でも、良かったんじゃない?君らにとっては。なんせ言ったって、大好きな人の手で、最後を迎えさせてもらえるんだから。嬉しくないの?君らは、僕の事を、本気で大好きとか言っていたんだから」
「……そんな事、ないの……大好きも……エレは、こんなのじゃなくて……一緒に……いたかっただけ、なの。それだけ、だったの。いてくれるって、言ってたの」
「まだ、そんな事を言っているのかい?良い加減理解したらどうなの?それは、全部嘘だったと言っているじゃん。それとも、今の僕も、この発言も、偽物だと思っているのかい?君の記憶と、相違ないというのに」
ミディリシェルは、ローシェジェラの、その言葉を聞き、膝から崩れ落ちた。
ミディリシェルの周囲の植物が枯れる。触れた手が、植物を、根本から枯らしていく。こぼれ落ちる涙が、植物を、根本から枯らしていく。これが、ミディリシェルの、制御できなくなった時の魔法。
「……そんな、異常な性質の魔法を使うような子を、人が、本気で好意を寄せてくれるなんて思っているの?そんなわけないんじゃない?こんな、化け物のような力を持っていて、好意を持つ人なんているわけないよ」
「……」
「ゼロも、そうなんじゃないの?こんな事に巻き込まれて。こんな力を持っているのを見せられて。それでも、本気でこの子に好意を寄せていると言える?これを見て、まだ好きだって言う事ができる?」
「……」
「これが答えだ。君はずっと、彼にも騙されていたんだ。これでもまだ、こんな世界で……求めているものなんて、誰一人くれない世界で、生きたいと思うのかい?」
ミディリシェルは、泣きながら、ふるふると首を横に振った。
「まぁ、これで、処分完了。仕事完了。ってできない、こっちの事情があるんだけど。けど、そう思ってくれるんだったら、全ての準備が終わった後、大人しく、ここへ来てくれる?それで、処分を受けてくれるよね?」
「……」
ミディリシェルは、黙って、こくりと頷いた。ミディリシェルには、もう、逆らう気力など無い。
「懸命な判断に感謝するよ。なら、今からは、処分完了までの流れを説明する。君らは、御巫や神獣の、処分の仕方というものを知っているかい?」
ミディリシェルは、ふるふると首を横に振った。
「転生するのに、少し、邪魔をするという言い方が、分かりやすいかな。今まで持っていたものを、全て奪う。種族の特性、記憶、魔力、知識。今までのその人を裏付ける全てを奪う。そして、神獣の監視がつく。かなり不自由な生活にはなるだろうね。監視がついていても、そこで、ある程度、自由に暮らせるから、そこは安心して良いよ」
「……」
「けど、これをするのには、準備にかなり時間を要するんだ。それまでの時間は、監視もない自由を与えてあげるよ。もっとも、転生して、記憶が無く、何も分からず利用されるだけ、だけどね」
「……」
「そうだね……準備完了までの時間を考えて、期限は……君がこの記憶を戻すまでの間にしようかな。記憶が戻らなければ、自分からここに来れないだろうし。この記憶が戻ったら、ここへ来るんだ。それで、全てを終わらせる。君は、前に僕に恩返しをしたいと言っていたね。これこそが、最高の恩返しだよ。僕らにとって、仕事は絶対。それに、今回の仕事、この仕事を完遂する事ができれば、今よりも、ものすごく対応が良くなるんだ」
ミディリシェルは、こくりと頷いた。
「聞き分けの良い子だね。ご褒美をあげよう。望む言葉を、一つだけ言ってあげるよ。なんでも良いよ。好きでも、愛してるでも、結婚してあげるでも。言葉だけならなんだって良い。言葉だけなら、だけどね。守ってあげるとか、僕の側にいてとかも、君らが喜びそうな言葉かな。そういうのでも良い。どうする?一つだけだけど。選んで良いよ」
「……」
ミディリシェルは、黙ったまま、ただ、泣いていた。何もいう事はできない。そんな選択を迫られたとしても。
「答えない、ね。ゼロ、君はどうなんだい?君は、エレに、巻き込まれているんだ。君の場合は、今回のエレの最後が欲しいでも良いよ。今回に限っては、誰が終わらせるというのは、関係ないからね。二人で一つは可哀想だから、一人で一つという事にするから。エレの今回の最後を欲しいというのなら、先にエレの頼みを聞いてからになるけどね。それでも良いなら、やっても良いよ」
「……」
ミディリシェルの隣で、ゼノンも、黙って泣いている。
「はぁ……詰まらないね。せっかく、僕が、君らの望む言葉を言ってあげると言っているというのに。ただ泣いているだけ、なんて。もしかして、何もないの?あれだけ、好きだって言っていたというのに」
「……」
「それとも、心がこもっていないただの言葉なんていやなのかな?心がこもっていない言葉は言葉ではないみたいな?それなら、何も出なくても仕方がないね。僕は、君らの事を、何とも想っていないのだから。それは、できないならね」
ローシェジェラが、泣いている、ミディリシェルとゼノンに、三歩近づいた。
「触れて欲しいっていうのも良いよ?今なら、好きなところに触れてあげる。キスして欲しいというなら、好きなところへしてあげる。一度だけというのは、変わらないけどね」
「……」
「……手に……手に触れたい。手を、重ねたい」
ゼノンが、そう言った。ローシェジェラが、ゼノンに更に近づく。
手を伸ばせば、互いの手が、重なり合う事ができる。ローシェジェラが、その位置まで近づいてから、立ち止まった。
「これで良いかい?」
「……ああ」
ゼノンとローシェジェラの両手が、重なり合う。
「……あれを見たというのに。感心するよ。本当に君は、エレの事が好きなんだね。大事なんだね。あの子のためにと、こんな事をするなんて」
ローシェジェラの両手が凍る。これが、ゼノンの答えなのだろう。
「エレは、俺が守ってやらないとだめなんだ。絶対に、俺が、守って、やらないと」
「……このまま全身を凍らせる、ね。けど、残念だったね。これで、凍らせる事なんてできないよ。それは、知っているんじゃないの?」
「……」
「知っていても、あの子のために、少しでもできる事をってところかな。望みは聞いた。それと、せめてもの情けとして、痛みを感じさせはしない。ただ、眠るだけだよ」
ローシェジェラが、そう言うと、ゼノンが、ローシェジェラの腕の中で、動かなくなった。
ローシェジェラが、ゼノンを、地面に寝かせた。そして、残っている、ミディリシェルの方を見る。
「残りは君だよ。どうする?何を望む?」
「……」
「ゼロは答えたんだよ。君も、そろそろ答えて欲しいんだけど?」
「……」
「……僕は、この後予定が入っているんだ。あんまり時間をかけたくない。だから、言うなら早くしてくれない?」
「……」
ミディリシェルは、俯いて、泣いたまま、何も答えない。
「もう一度だけ聞く。これ以上は待たない。君は、何を望む?」
「……」
ミディリシェルは、隣にいる、ゼノンの手を握った。
「……ゼロ、何があっても、エレが、一緒にいるから。ありがと。好きって言ってくれて。嬉しかったんだよ?それにね、あの時、恥ずかしくて言えなかったの。エレは、ゼロのおかげで、ほんの少しだけ、鎖が消えたの。楽になったの。ゼロが、エレをずっと支えてくれていたから。笑ってくれたから。エレは、そんな優しくて温かい、ゼロを、好きになったの。きっと、昔からずっとそうなんだよね。また、エレを好きになってね。エレのカケラでも、好きになってね。エレは、ゼロを好きになるね。一人にしないでね。エレのわがままだけど、エレと、運命を共にして」
ミディリシェルは、そう言って、収納魔法から、短剣を取り出した。
「この子の仇を取るとか、そういうのはやめた方がいい。できるわけがないんだからね」
「……エレの、全部をあげるの。ゼロの事もあげるよ。エレは、ゼロのためなら、なにもいらないから。だから、視せて。エレは、ずっと、眠ったままで良いから。ゼロが笑っていられる未来を」
「……それは」
「……まさか、こんな事をするなんて。もう、戻れなくなったら、どうするつもりなんだろう」
ミディリシェルの雰囲気が変わる。まるで、別人のように。
「……あの子、どこまで危険な事を」
「きみはそう思っているのかもしれないけど、彼は、これも計画に入れていたよ。あの子の意識の欠片とあの子を、引き合わせる事。そのために、今の状態では戻れないところまで堕とす。それが目的。きみは知らなかったんだろうけど」
「……」
「こんな危険な事までして、失敗を考えていないのは、本当に彼らしいよ。ううん。違うよね。失敗しないって事を知っているから、だよね。それでも、失敗の可能性はあるはずだけど。その賭けをしてでも、エレとゼロを助けたい。二人と一緒にいたいと想っている」
「……」
は、にっこりと笑って、続けた。
「私の望みは、これを聞いてもらう事にしておくよ。それと、私、痛いのは嫌いだから、できれば、痛くない方法が良いの。だから、最後はゼロと同じ方法が良いかな」
「……その短剣を出した理由を聞いても良いかい?」
「これは、私を出すための方法だよ。それ以外の用途はないから」
「……そう。分かったよ。教えてくれた礼に、最後の言葉を聞くよ」
ローシェジェラが、そう言って、右手で の頬に触れた。
「きみが、心から笑える世界を願ってる。納得できる未来を迎えられる事を願ってる。エンジェリアもきっと同じ。だから、覚えておいて?あの子の言葉として」
「……覚えておこう」
は、最後まで、笑顔を崩さなかった。笑顔のまま、ローシェジェラの腕の中で、深い眠りについた。