7話 前回の記憶 消えたもの
解析の結果。ミディリシェルが見つけたその場所とは、魔の森の一つだと判明した。そこは、結界魔法と隠蔽魔法で覆われている。
「これは……怪しさ満点なの」
「そうだな。ここに行ってみるか?」
「……ふみゅ。でも、いっぱい、歩くよ?エレ、階段で頑張ったから、もう、お疲れ、だよ?」
ミディリシェルは、これ以上歩かすのという顔で、ゼノンを、じっと見つめる。
「……休みたいんだな?」
「ふみゅ」
「なら、今日は休んで、明日行くか」
「そうするの。そうじゃなきゃやなの」
まだ昼にすらなっていないが、長い階段で、ミディリシェルは、歩き疲れている。
これ以上歩く気にはなれなかった。
「エレ様、言い忘れとったけど、フォル様が、いなくなる前にここで……何をしてたんだ?」
「エレ様と同じように、世界を見ていたのよ。そのくらい見て分かりなさい」
「有力なじょぉほぉ、ありがとなの。とても役に立ったの。絶対見つけ出して、エレの魔法具自慢話、一日コースをお見舞いするの。たっぷりみっちり聞かせてやるの」
「今までエレの世話を全部俺に押し付けてんだ。そのくらいしてやれば良い。俺は止めない」
ミディリシェルは、「了解なの」と言って、手を挙げた。
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エクリシェに帰ってくると、ミディリシェルは、中層の、ゼノンの部屋のベッドで寛いだ。
「ゼロ、まだ、夜じゃないから、フォルのお部屋の捜索でもしてみない?なにか、分かるかもしれないの。それに、フォルって、普段お部屋に入れてくれないから、きっと、ゼロの隠れ家にあるような本があると思うの。その証拠を押さえないと」
「お前が周りから、純粋無垢だとか言われてるのが、信じらんねぇわ」
休みたいとは言ったが、まだ寝る時間までは時間がある。ミディリシェルは、ゼノンに、提案すると、ゼノンから、そう返ってきた。
「ふみゅ。周りの評価なんて、エレは知らないの。気にするだけ、時間の無駄なの」
「お前の事、初めて尊敬したわ」
「初めてっていうのが、不服なの。不服申し立てる」
ミディリシェルは、ベッドから降りる。ゼノンと一緒に、この部屋の隣の隣にある、フォルの部屋へ向かった。
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部屋に向かう廊下。ミディリシェルは、歩くのが嫌になっていた。
「ねぇ、お隣のお隣さんだよね?なんでこんなに、エレが疲れないといけないの?おかしいの」
「そうだな。俺、一人部屋だからか、最下層の部屋でも、広いと思うんだ」
「ふみゅ。それは分かるの。あんまり広いと、お掃除も大変なの。魔法具に頼る部分もあるけど、自分達でやる部分もあるから」
「月鬼とリナ姫は、いつもいねぇが、ゼムと月夜とルナが、丁度ロストへ帰省中で、エルとティアとルシアは、神殿で仕事中。リミアとルノも、どこか知らねぇが、帰省するつって、今はいねぇからな」
「そうなの。エレとゼロしかいないの。お掃除大変すぎるの。そして、やっと、着いたのー」
フォルの部屋に着いた。ミディリシェルとゼノンは、一緒に扉を開ける。
扉を開けて、中をみ見ると、ミディリシェルとゼノンは、目を見開いた。
「ふぇ」
「……」
「なんで……なんで、なにも置いてないの?空っぽ、なの」
ここには誰も住んでいない。部屋の中は、そう思わせるような場所だ。
家具が一つも置かれていない。ただ広いだけの空間。
「下層と、最下層も、見てこようよ。きっと、そっちに色々と置いていて、こっちには、何も置いていなかったんだよ」
「そう、だな。そうだよな。そっちに行ってみようぜ」
ミディリシェルとゼノンは、走って、他の階層にある、フォルの部屋へと向かった。
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フォルの部屋を見て回り、ミディリシェルとゼノンは、中層の、ミディリシェルの部屋に入った。
最上層、上層、中層、下層、最下層と、全ての階層を見て回った。だが、どれも同じ。家具一つ置かれていない部屋だった。最下層に至っては、入る事すらできなかった。
「ふぇ……なんで……フォル……エレ達の事が、きらいになったの?もしかして、始めから、きらい……だったのかな?……好き、だったのって……エレ達、だけ……だったのかな」
「……」
ミディリシェルが、フォルを見かけなくなる前の事。ミディリシェルは、フォルから、魔法具の製作を頼まれていた。設計だけでなく、制作まで一人で難なくこなす事ができるが、フォルから頼まれたのは、今まで作った事が無い類の魔法具だった。
まずは、その魔法具の仕組みを理解するところから。ミディリシェルは、魔法具製作のために、何日も、部屋に篭りきりになっていた。
そして、ようやく設計図が完成して、見せようとした時、フォルがいなくなっている事に気づいた。
「……俺、フォルに、調べ物を頼まれていたんだ。それが、少し面倒な内容で、調べるのに時間がかかっていたんだ。それが、昨日の晩、やっと終わって」
ゼノンが、涙を堪えた表情で、そう言った。
ミディリシェルもゼノンも、フォルがいなくなる直前に、頼まれ毎で立ち会えていない。まるで、二人に黙って、ここを出て行くための口実に、頼んでいたようだ。
そして、もう二度と帰ってこない。そのために、全ての痕跡を消したかのようだった。
「エレ、フォルがいてくれないと……記憶、あれば……」
ミディリシェルとゼノンは、転生する前の記憶を何一つ持っていない。
もしかいたら、記憶の中に、フォルがここを去る理由があったのかもしれない。だが、それを確かめる術は無い。
ここには、ミディリシェルとゼノンの記憶を埋めるものは、何も無いのだから。
「……初めて、会った時、安心したの。やっと、エレは解放されるんだって、そう思って。ゼロには、一度も話した事がなかったよね。エレが、ここに来る前のお話。エレは、安らぎの聖女って呼ばれていたんだ。それでね、いっぱい、いっぱい、みんなから、大事なものを奪って……いっぱい、消えない罪を重ねてきたの。償う事なんて、できないくらい、いっぱい」
安らぎの聖女。その名は、少し前までは有名だった。人々に、安らぎという救済を与える聖女。その聖女は、現世に留まるため、鎖を付けている。
ミディリシェルは、瞳から、ぽたぽたと涙がこぼれ落ちた。だが、話のはやめない。
「理由なんて、関係ないの。あるのは、その事実だけなんだから。その事実は、エレの中でずっと残り続けるの。エレは、ずっと、救われたかった。安らぎの聖女から、解放されたかった。赤いアンシェナを、見たくなかった。今も、ずっと消える事がない、この鎖の跡も、聖女としての一部だから、全部、消えて欲しい。でも、いくら身体の跡が消えたとしても、エレの中で消える事はないの」
――それを、ほんの少しだけだけど、軽くしてくれたのは、フォルじゃなくて……ゼロ、なんだけど……恥ずかしくて、言えないの。
ミディリシェルは、言葉に出せはせずとも、想いだけは伝えたく、ゼノンの手を握った。
「真っ赤なお花に、動かなくなった人達。全部……エレの消えない鎖なの」
「……けど、一時的だったんだろ?」
「一時的だったとしても、エレは、その人達の時間を奪ったの。その事実は、変わらない」
「……ずっと、噂で聞いていた相手が、お前だったんだな。あの当時、エレは知らないだろうが、各地から、安らぎの聖女の暗殺依頼がきていたんだ。これなら、受けていけば良かったな。そうしたら、安らぎの聖女としてのお前を、もっと早くに解放できていたんだ……今からでも、遅くねぇか。俺が、お前の中から、その安らぎの聖女を消してやる」
「ふぇ⁉︎ふむ⁉︎」
十秒くらいだろう。ミディリシェルとゼノンの唇が重なったのは。それは、この回初めてのキス。転生前の記憶が無い、今のミディリシェルにとっては、ファーストキスと言っても良いだろう。
「ふぇ⁉︎みゃに⁉︎ふぇ⁉︎きゅぅに⁉︎ふぇ⁉︎」
唇が離れると、ミディリシェルは、顔を真っ赤にした。頭での理解が追いつかず、戸惑っている。
「ついでにこっちも奪ってやろうかと」
「……むぅ」
「……安らぎの聖女は、奇跡を与えた。願いを、あり得ない未来を与えてくれた。依頼者達の手紙が送られてきて、そう書かれていた。お前は、時間を奪ったと言っているが、当事者達以外からすれば、そう思われているのかもしれないが、その時間で、救われた人がいっぱいいるんだ。救われたから、あの聖女様に恩返しをしたい。手紙には、みんな、最後にそう書かれていた」
ミディリシェルは、知り得ない真実。それを、今は一番身近な存在であるゼノンが知ってくれていた。それだけでも、十分過ぎる救いだった。
「あと、それで聖女の事を調べていて知ったんだが、安らぎの聖女は、人とこういう事をすれば、力を失うって、デタラメな噂が流れていたんだ。だから、これで、エレは、安らぎの聖女から解放されたって事だろ?」
ゼノンが、そう言って、笑顔を見せた。
「……ほんときらい。悩んでいた事、全部、ないないってして……きらい……きらい……好き、なの」
「どっちだよ。つぅか、それはお互い様だ。初めは、面倒でしかなかったエレの世話。中々懐いてはくれず、どうすれば懐くか悩まされて。懐いてくれて、俺に、あんな可愛い笑顔を見せてくれて。それが、救いだったんだ。過去も今も、救われた。あんな暗闇しかねぇ世界で生きてきても、誰かを愛する心はあるんだって。誰かに与える事だってできるんだって。当たり前で、当たり前じゃねぇ事に、気づかせてくれた」
「ぴゅみみゃぁーーーーーー‼︎」
ミディリシェルは、謎の奇声をあげて、走って、部屋を出た。
「エレー、ここお前の部屋だぞー」
ゼノンが、声をかけるが、ミディリシェルは、聞いていない。
ミディリシェルが、向かったのは、隣のゼノンの部屋。
ミディリシェルは、ゼノンの部屋に入り、ベッドの上に乗り、布団に潜った。
「……なぁ、流石にそれはねぇよな?」
「……ぷにゅぷにゅ」
「……何がしたいんだ?」
「……」
「……」
追いかけてきたゼノンが、ミディリシェルの隣に座った。
「……お前とこうしていられる事も、全部、そのきっかけは、フォルが俺らをあそこから解放してくれたから、なんだよな。フォルがいなかったら、こんな想いも、救いも無く、ずっと、あのままだったんだろうな」
「……そうなの。フォルがずっと、エレのお世話をしてくれていたの。苦手だった、魔力の制御の仕方も教えてくれたの。覚えるまで何度も。それがなかったら、こんなの、知らない感情なの……というか、妹に対して不純だと思うの」
ミディリシェルは、ゼノンが、自分に抱いている想いを、全てでは無いが知っている。それは、兄妹愛では無い。恋愛感情。
「良くそんな言葉知ってんな。それと、何度も言うようだが、俺らは、本当の兄妹ではねぇんだ。この感情も、抱いていけねぇなんて事はねぇだろ。もし、本当の兄妹だとしても、抱くだけなら、セーフ」
ゼノンが、そう言うと、ミディリシェルは、「へりくちゅなの」と言いながら、左手だけ布団から出して、ゼノンに、猫パンチを繰り出した。
「……とにかく、エレは、フォルがいないとやなの。フォルにいっぱい、救われて、その恩返しもしたいの……好きに、なって欲しいの」
「エレの世話もして欲しいからな」
「……きょうだい?……ルノに聞けば、なにか分かるかもなの。エレの前の記憶を聞いたら、分かんないって言ってたけど、フォルの事なら知ってるかも」
「連絡してみるか」
ゼノンが、そう言って、連絡魔法具を取り出した。通話をしようとするが、繋がらない。
「……出ない」
「……すぅ……すぅ」
「……エレ?……なぁ……寝た?」
ミディリシェルは、布団の中に潜っている。ゼノンからは、寝たか寝ていないか、分からないだろう。
「すぅん。エレは、寝ました。ハート」
ミディリシェルは、そう答えた。
「寝てねぇだろ。つぅか、そろそろ出ろ」
「やなの」
「夕食作り行くぞ」
「それは一緒に行くの」
「一人だと暇だからな」
ミディリシェルは、布団から出た。そして、ゼノンと一緒に、厨房へ向かった。
**********
ミディリシェルとゼノンは、厨房に向かって、廊下を歩いた。
「やっぱ遠いの……ふみゅ?ゼロ、なんか変なのがあるの」
「変なの?」
「ふみゅ。ほら、変なの」
なんの変哲のない壁。だが、ミディリシェルの目には、その壁に、淡い光が見えていた。
「触れてみるの」
「なんかの罠じゃねぇのか?」
「エクリシェは安全って言ってた気がするの」
ミディリシェルは、そう言って、淡い光に触れた。
『可能性を見つけて。僕が、その可能性を作る道に導くから 』
「みゅ?何もないの」
ミディリシェルは、その文字を、見る事ができなかった。その当時では。これは、ミディリシェルが、この方法で、記憶を取り戻した時のメッセージとして残していたのだろう。
ミディリシェルが、触れると、淡い光は、ふんわりと消えた。
「なんだか、ぽかぽかするの。気のせい、なのかな?」
「なんかの魔法が、偶然残ったんじゃねぇのか?」
「そんな事あるの?エレ、そんなお話知らないの」
「……可能性としては、無くはねぇだろ?」
ゼノンが、そう言うと、ミディリシェルは、「うーん」と、拳を顎に当てて、悩んだ。
「……でも、偶然こんなふうになるものなのかな?そもそも、これって魔法なのかな?なんだろう。生まれて、この世界を初めて見た。そんな光みたいな……エレ、そんな記憶ないけど」
「最後の一言は余計だろ」
「ふみゅ……生命魔法……伝説の、魔法……そんなわけ、ないよね。だって、そんな魔法、使える人なんているわけないよね」
その疑問は、この回のミディリシェルでは、解消できる事が無い。最後まで、その疑問は、残ったままだった。