5話 選択が起こす偶然
ミディリシェルは、最後に、フォルが選んだ服を着た。ついでに採点も。
第一印象、二十点。これなの。
「……これ、すごく良いの。着やすいの。それに、ミディの好みもちょっと考えてくれている」
着心地、二十点。とっても良いの。お肌に優しい。
着やすさ、十点。着やすくて、ミディも簡単に着れちゃった。
好み度、十点。ミディの好みも考えてくれる。フォルらぶーなの。
欲しい度、二十点。これなの。
大好き度、百点。大好き、らぶらぶ、とっても大好き。お洋服もだけど、フォルが大好きなの。
合計百八十点。これは、ダントツで優勝なの。
「ふっふっふ」
ミディリシェルは、待っていたゼノンに、優勝服を見せるために、試着室のカーテンを開けた。そして、上機嫌に、ゼノンを見る。
「ミディ、さっき服渡して触れただろ?そん時に、採点気になって共有したんだが」
「みゅ?」
「俺、あの採点でマイナスから勝てたのか?フォルだからつぅのはあるんだろうが、他にも」
「ルーにぃとか、マイナスなの」
「……なんで?」
「ふみゅ。共有で実際に見るのが早いの。ついでに採点も教えるの。ミディの相談も乗れなの」
ミディリシェルは、服屋に来てからの記憶を、共有でゼノンに伝えた。ミディリシェルが、考えて、密かにメモしていた、採点表の事まで。
共有でゼノンに伝えると、ゼノンが、右手で口を押さえて、笑いを必死に堪えている。
「これ、伝えても良いと思う?」
ミディリシェルの問いに、ゼノンが、ふるふると、首を横に振った。そして、短く
「やめてやれ」
と、今にも笑いそうに、答えた。
「ふみゅ。これは、ミディとゼノンの秘密にするの。秘密なの」
「ちなみに、全部見てた、おねぇさん的には、誰が、どの順位?」
「そっちも気づいていたとはねぇ。アタシ的には、フォル殿、姫……ゼノン殿、ピュオ嬢、リミュ嬢、ノヴェ殿、アゼグ殿……アタシも、淫魔だけれども、主様の部下である身。他三名については、ノーコメントで、お願いできるかねぇ」
「ふみゅ。とりあえず、不服だけど、ゼノン優勝で、最下位は黙っておけば良いの」
服選び常備が終わり、ミディリシェルは、全員集めた。そして、優勝者だけを発表した。チームについても、優勝者だけを発表した。両方、点数は、黙って。
最下位を知りたい。その声は、多かったが、ミディリシェルは、ゼノンの背に隠れて、やり過ごした。
「採点基準って?」
「ふみゅ。それは話して良いの。見た目ときやすさと着心地と好み度と欲しい度とおまけ」
「そのおまけで負けたって事は?」
「それはないの。アゼグにぃとノヴェにぃだけは順位が変わるけど、優勝は変わらないの」
と、全員に聞こえる声で言った後に、
「というか、むしろ、あのおまけのおかげで、ちょっぴり点数良くなって人多いの」
と、小声で言った。
それが聞こえていたのは、近くにいたゼノンだけだった。ゼノンが、「笑わすな」と、小声で言って、ミディリシェルの手を握った。
「ちょうど良い時間だし、みんなで、昼食にでもしない?」
「そうだね。何にする?」
「ミディ、ゼノン、ケーキは無しだからな?ちゃんと、甘いもの以外にしろ」
「ルーにぃのけちー」
「けち」
ミディリシェルとゼノンは、イールグに向かって、ぷぅっと頬を膨らませた。
「アハハ、本当に、甘いものが好きなんだね」
「……」
「ルー、ここにも、不服そうなのがいる」
「アゼグ、貴様もか」
「ロストは、甘いもの大好き国家なんだよ!」
アゼグが、そう言うと、ゼノンが、こくこくと頷いていた。
「みゅ、どこか行きたい場所あるの?」
ミディリシェルは、ローシェジェラに、そう問いた。
ローシェジェラが、ふるふると首を横に振る。
「どこでも。好きなところを選んで良いよ」
ローシェジェラが、そう答える。
――昼飯の間は指示がねぇのか?
――ミディに聞かれても分かんないの。でも、甘いものはだめそうなのー。でもでも、どこでも良いって事は、そうなんじゃないの?
――……ここが最後つってたから、何かありそうな気がするんだが。
ミディリシェルとゼノンは、誰にも聞かれないよう、共有を使って、声に出さずに会話をする。
「歩きながら考えない?わたしもだけど、リミュやアゼグ達もここに来るのって初めてなんでしょ?少しはみて回ったけど、昼食の事考えてなかったから。それに、空いているところに行っても良いかなって」
「それ賛成」
「……先に外出てて。僕は、少し仕事の話があるから」
「みゅ?」
リーミュナ達が、服屋から出るが、ミディリシェルとゼノンは、残った。
「ゼノンもみんなのところへ行っていて良いよ。ミディは、少しだけ話があるから、残って欲しいかな」
「……」
「ゼノン、行って良いの」
「……ああ」
ゼノンが、服屋から出た。
「金額、これで足りてる?」
「ええ。姫様、その服を着て行きますか?」
「ふにゅ。気に入ったの」
「ミディ、こっち来て」
「みゅ?」
ミディリシェルは、ローシェジェラについて行く。ついて行った先は、服屋の裏口だった。
「じゃあ、検討を祈るよ」
「ふぇ?」
ミディリシェルは、ローシェジェラに、裏口から、外へ出された。中に入ろうとするが、扉を閉めて、鍵をかけられる。
「……ふぇ?これって、どういう事なの?……みゅぅ……じゃあこっち行くの」
偶然だろうか。ミディリシェルは、この後起こり得る未来を視た。
この後、ミディリシェルは、道に迷い、ゼノン達と合流できず、人攫いに攫われる。
それが、ローシェジェラの、フォルの、計画なのだろう。だが、ミディリシェルは、人攫いなどには会いたくない。それを避けるように、表通りへ出た。
「みゅ……迷子……変わんないの。変えられない運命なの」
迷子になったミディリシェルは、適当に街を歩く。すると、ミディリシェルは、声をかけられた。
「お嬢さん、お昼はお済みですか?」
「まだなの」
「でしたら、わたくしの店などは如何でしょう?」
「……ふみゅ」
ゼノン達とは、いつ合流できるのか分からない。先に、昼食を食べているかもしれない。ミディリシェルは、先に昼食を済ませてから、ゼノン達の捜索を再開する事にした。
**********
広く、豪華な内装。見るからに高そうな店だ。
「高そうなの。ミディ、あんまりお金持ってないよ?」
「大丈夫ですよ。お金は貰いませんから」
「……ふみゅ?」
人通りの多い場所に店はあり、時間的にも、混んでいてもおかしくはない。だが、店の中には、ミディリシェルと、もう一人、フードをかぶっている客だけだ。
「最近始めたばかりで、まだお客様がいないんですよ。なので、こうして、近くにいる人に声をかけて、無料で提供しているんです。将来的に、その人達がお客様になっていただけるかもしれないので」
「そうなの?」
「はい。空いている席に座って、お待ちください」
「ふみゅ」
ミディリシェルは、空いている席に適当に座った。
――なんだか、不思議な人なの。
「こちら、当店の特製水でございます。当店は、水の一つにも、拘っております。ぜひ、一口飲んでみてください」
「とってもきれいなお水なの」
「ありがとうございます。メニューは、そちらにありますので、お決まりになりましたら、お呼びください」
「ふみゅ。ありがとなの」
ミディリシェルは、早速、メニューを開いた。どれも、高そうな品だが、値段は書かれていない。
――お金いらないって言ってたけど、メニューにお金書いてないのは不思議なの。表記ミスなのかな。ふみゅ。良く分かんないの。おかしなのって事にしておくの。
ミディリシェルは、メニューを見ながら、何にするのか、じっくりと悩んでいる。
――……お水、特製って言ってたの。飲んで欲しいって。悩みだから、一息するために飲んでみようかな。
ミディリシェルは、コップを手に取り、中に入っている水を一口飲んだ。
「ふみゅ。美味しい」
特製というだけあると言ったところだろう。普通の水とは、一味違う。普通の水とは違い、深い甘みがある。
「……ふぁぁ」
服選びで疲れていたのだろうか。眠気が出てきた。
「……ふぁぁぁ」
その眠気は、どんどん膨らみ、数秒のうちに、抗えない程まで達した。
――なんだか、おかしいの。もしかして、このお水って……未来視が偶然で、回避……した……はず……なのに。
気づいた時にはもう遅い。美味しいと極々飲んでいた水に、睡眠薬が入っていたのだから。
「……なんで、ここに」
「……フォ、ル?」
その理由は、ミディリシェル本人ですら、理解できない。ただ、意識が落ちる直前、ミディリシェルの元に来た客。顔は見えなかったが、その客が、そう見えた。
**********
偶然、というべきなのだろうか。それとも、彼女がそれを望んだから、奇跡というものが引き起こされたのだろうか。
目の前にいる彼女、ミディリシェルは、彼の、大切な相手。そして、今回の仕事で、全てを奪う相手。
「……こんなのに騙されるなんて」
彼は左手で、ぐっすりと眠っているミディリシェルの頬に、そっと触れる。
「……」
「おや?お客様、もしかして、眠ってしまいましたか?」
「……」
「そちらのお客様は、眠くはありませんか?何故か、こうして眠ってしまうお客様が多くて」
彼は、黄金の瞳を、店主に向けた。
「……っ⁉︎その瞳は⁉︎」
「……嘘を吐くなら、もっと上手くつきな。じゃないと、こんなふうに、ギュゼルに処される」
黄金の瞳には、何の感情もない。彼は、ただ、自らの役割を遂行する。そこに、感情など必要がない。
血濡れた床を、浄化魔法で綺麗にする。後始末までが、彼に課せられた役割だ。
仕事を終えて、彼は、眠っているミディリシェルを抱き上げた。
「……なんで、気づくの……気づかれないと思ったのに」
「……けーきしゃん……ふぇぇぇん」
「ケーキの夢。こんな状況で、良く見れるよ……ていうか、もしかして、まぁた、ケーキに襲われてるの?」
彼は、眠っているミディリシェルに、そう問いた。だが、返事は返ってこない。
「ふしゃー」
碧色の小龍。ミディリシェルの頭上に乗り、彼を威嚇する。
「この子よりは、威嚇っぽいかな」
「エレしゃまの……覚えてるんでしゅか?」
「……なんの事?」
「今更誤魔化しても無駄でしゅ」
「……覚えてたらなんなの?僕のやるべき事は変わらない……りゅりゅは、どうにか繋ぎ止めるから」
「フォルしゃまは……今を、捨てるんでしゅか?」
「……だとしたら、止めるの?」
「そう聞くという事は、相当迷っているんでしゅね」
「……」
「フォルしゃまは、エレしゃまに会えば割り切れると思っているようでしゅが、より一層迷いを産んでるでしゅ。今回の想定外の出来事による迷いは、きっとエレしゃまの望む未来へと導くものでしゅ」
「……りゅりゅ、もうすぐ、人が来るから出る。そこにいると危ないから移動」
「やっぱり、フォルしゃまは、昔と変わらずお優しいでしゅ」