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星月の蝶  作者: 碧猫
1章 星の選ぶ始まりの未来
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1話 星の居場所


 静かな部屋の中。かしかしと、ペンが心地良い音を奏でている。


 ここはリブイン王国。人間の国。その王宮にある一つの部屋。

 部屋は、王宮の中とは思えない程狭い。家具は、机と椅子、それからソファ。それ以外に置いてあるものといえば、ペンと大量の本。


 ここは、人が寝泊まりする部屋とは思えないが、少女は一人でこの部屋で暮らしている。


「みゅっみゅっみゅ」


 謎の言語を使うこの少女は、五歳の時、この国の国王に拾われて以降、ここで暮らしている。


 少女は、机の奥にある本を読みながら、手前の白紙の本に文字を綴る。


 少女はここで、五歳の時からずっと、本の復元の作業をしている。


「みゅぅ。終わったの」


 少女は、ペンを置き、「むぅー」と言いながら、身体を伸ばした。


 作業が終わり、本を閉じる。


「みゅ。明日もがんばるの」


 少女は、一人でそう意気込み、ソファに向かい、寝転んだ。


 瞼を閉じて眠る。


 これが、少女の日常。


 少女は、ありきたりな願いを持っている。

 

 この国の国王や婚約者に愛されたい。そんな願いのために、少女は自ら望んでこの日常を送っている。


 顔を知らない国王と婚約者だが、復元を頑張ればいつかはきっとと信じ続けている。


 何度も疑いそうになりながらも、今日も一日を終えた。


      **********


 少女の変わりない暗い日常の中でも、少しだけ彩りがある。それが、三日に一度、外へ出る事が許されている。


 人に会う事はできない。決められた場所以外は行く事ができない。それでも、少女の日常の楽しみだ。


「ふにゅにゅ。お散歩いってきます」

 

 少女は、扉を開け、部屋を出た。


 長く静かな廊下。そこには人がいない。


 少女は、静かな廊下を抜け、外へ出た。


      **********


 少女専用の散歩道。そこには、道の脇の花壇がある。そこに咲く花々は、いつきても華麗に咲き誇っている。


 誰も手入れなどしてはいないというのに。


 人の手がなければ枯れてしまう花も、この花壇には咲いている。だが、その花すら枯れてはいない。


 自然の神秘にも見えるが、これは、少女が無意識に引き起こしている現象だ。


「ふにゅ。今日も元気なの。元気なのが一番なの」


 少女は、枯れずに咲いている花々を見て、いつも頑張ろうと思う事ができる。少女は、咲いている花々を見るだけで元気付けられ、幸せを感じる事ができる。


「みゅにゃ?」


 突然、身体に違和感を覚えた。


 少女は、ここに拾われた時、魔力疾患と診断されている。


 魔力疾患は、特効薬はなく、治る事のない病と言われている。まだ、そのほとんどが知られていない未知の病だ。


 だが、幸いな事に、症状を抑える薬だけは存在している。日常的に服用する薬と、発作が出た時にだけ服用する薬。その二種類が存在している。


「くすくす」


 少女は、発作の前兆を感じ取り、発作の時に飲む薬の入った瓶を取り出した。


「……にゃい」


 瓶を逆さまにして、薬を出そうとするが、一錠も出てこない。

 瓶は、中が見えずらい不透明。しかも、特殊な素材で、音が鳴りにくい。中に薬が入っている時に振っても、かしゃかしゃと音はならない。


 気づかないうちに飲み終えていたようだ。


「みゅぅ」


 薬は全て、国王が定期的に支給してくれている。予備は一錠も持っていない。


 まだ、発作は酷くはない。酷くなる前に、薬を貰う事ができるかもしれない。


 そう考えたが、そんな時間など存在しなかった。


「ふにゃ」


 突然、身体の力が抜け、少女はその場で座り込んだ。


 魔力疾患の発作は、いつ起こるかも、いつ悪化するかも予測できない。発作は不規則に起こる。その原因は、この国では解明されていない。


 少女は、足に力を入れようとするが、全く入らない。


「やっと見つけた」


 突然、花萌葱色のケープを着て、黒い特殊なベールで顔を隠した少年が現れた。


 少女は実際に目にするのは初めてだが、本の復元作業の際、偶然それを見つけ、知識だけは持っている。

 突然現れた顔を隠した少年は、転移魔法を使ったのだろう。


 だが、それはあり得ない事だ。


 ここは、中からは外に出る事ができず、外からは誰も立ち入れないようになっている。

 勿論、魔法を使っても。


 目の前にいる彼は、発作が見せている幻覚かもしれない。一度はそう思った。だが、幻覚ではないと、本能で気づいた。


「だ……れ」


 ここへ突然現れた事といい、その格好といい、明らかに怪しい人物。だが、少女自身も理解できないが、不思議と彼を怪しいとは思えない。それどころか、懐かしさしら覚える。


 これは、少女が失くした転生前の記憶が関係あるのか。それは、少女には分からない事だった。分かるとすれば、その記憶を取り戻した時だろう。


「けほっ、けほっ」


 少女は、咳き込み、右手で口を押さえた。その右手と服に、真っ赤な液体がべったりと付いている。その液体からは、ほんのりと甘い匂いが漂っていた。


 赤いが、この液体は血ではないようだ。


「大丈夫?」


 意識が朦朧とする少女に、顔を隠した少年は、心配そうに寄る。


「落ち着いて」


 意識が消える前、少女が聞いた声。その声は、懐かしく、安心する。それに、愛おしく、ずっと聞いていたくなる。そんな声だった。


      **********


 顔を隠した少年は、意識を失い倒れそうになる少女を両手で支えた。


 少女をお姫様抱っこすると、突然、真っ白いクマの縫いぐるみが現れた。


「この子に何をするつもりじゃ」


「……ヴィーか。久しぶりだ。エレ……ミディには今は何もしないよ。この子は、僕の大切な人だから」


 そう言って、顔を隠した少年は、ベール越しに、愛おしいものを見る目で少女を見る。


「前回した事を忘れたのか!そんな言葉、信じられるわけないじゃろう!」


「この子が、ミディリシェルが記憶を取り戻さない限り、僕はこの子を守る」


 顔を隠した少年は、ベール越しに、少女の額に口付けをした。


「この子の状態が酷いから、今はこの子を守れるだけの加護を与える事はできない。だから、気休め程度にはなるけど、加護を与えておいた。僕にはこのくらいの事しかできないけど、信じて欲しい。僕は、この子を……」


 そこまで言って言葉を切った。顔を隠した少年は、切なげな眼差しを少女に向けているが、ベールで隠れて、真っ白いクマの縫いぐるみには分からないだろう。


「前回のあれがなければ信じていた」


「あれは仕事だ。僕ら神獣は命令に逆らう事ができないんだ」


「逆らえない?ぬしなら、命令なんてあってないようなものだろう。普段からも」


「今回は逆らう事ができないんだ。内容も全て機密事項。僕が言えるのはそれくらいだ」


「……分かった。預けるのは良い。じゃが、信用はせん」


 そう言って、真っ白いクマの縫いぐるみは姿を消した。


「ありがと。それで良いよ。この子のためにも信用しないで。でも、僕はエレのために……」


 その声は、誰にも届かぬまま、空へと消えていった。


      **********


 どの世界にも属さず、どの世界とも繋がる、特殊建造物エクリシェ。天の箱庭とも呼ばれている場所に、顔を隠した少年は、少女を連れて転移魔法で転移した。


 そのエクリシェの住居スペースの一室。そこは、今は誰も使用していない。


 顔を隠した少年は、その部屋のベッドの上に少女を寝かせた。


 少女は、転生前の記憶と本名を忘れ、リブイン王国に転生した。現在はミディリシェルと呼ばれている、星の御巫候補。


 この部屋は、使われていなかったが、埃一つないほど綺麗に掃除されている。


「フォル、帰ったなら一言……なんで人間の国の姫なんかが」


 青黒髪の少年が、部屋を訪れた。


 青黒髪の少年が、ミディリシェルを睨む。彼も、記憶がなく、ミディリシェルを、人間の姫だと思っているのだろう。


「人間の子じゃないんだけど……君は人間の女の子がきらいだったんだよね。でも、この子は特別なんだ。大事にしてあげて欲しい」


「フォルが大事にしてれば良いだろ。面倒もフォルが見れば」


「僕は仕事で忙しい時があるから、その時は君が見て欲しいんだ」


「……フォルの頼みなら」


 青黒髪の少年が、心底嫌そうな顔で、渋々と了承した。


「それと、今から薬を取って来たいからよろしく」


「ああ」


 青黒髪の少年は、渋々ではあったが、引き受けた以上はしっかり面倒を見るだろう。顔を隠した少年は、薬を取りに向かった。


      **********


 部屋に残された青黒髪の少年は、ミディリシェルをじっと見つめた。正確には、ミディリシェルに付いている真っ赤な液体をじっと見つめた。


 その液体のほんのりと甘い香り。それを嗅ぐだけで、それが欲しくなる。


 我慢できず、青黒髪の少年は、少女の右手を持ち上げ、ぺろりと舐めた。


「……」

 

 香りだけでなく、味までほんのり甘い。

 青黒髪の少年は、その味を気に入り、もう一舐めしようと顔を近づけた。


「……ふにゅ?」


 タイミング悪く、ミディリシェルが目を覚まして目が合った。


 青黒髪の少年は、手を離して、何事もなかったかのようにする。


「だぁれ?」


「お前のようなお姫様には縁のない人種だ」


 少年は、不安そうな少女に対して、素っ気なくそう答えた。


「私を攫う人はみんな縁ないよ」


「だろうな。こんな世間知らずのお姫様を攫うのは金目当てだ。お姫様には縁無いだろう」


「そうだよ。あなたもそうじゃ無いの?お金はなんでも手に入るから。愛だって、お金で買う事ができるんだから」


「そんなわけねぇだろ!世間知らずで、贅沢三昧。誰からも愛される姫はそう思うんだろうが、そんなもん、買えるわけねぇだろ!」


 青黒髪の少年は、憤って声を荒げた。


「そんな事ない。お金があれば、お金さえ稼げば、愛してくれる」


「そんなもん、金に目が眩んだ偽の愛だ!何もせずとも愛される姫には、その区別すらもつかねぇだろうが」


「ゼノン、仲良くなれとまでは言わないよ。けど、この子を怖がらせる事はしないでくれないかな?この子、怖がってる」


 薬を取りに行っていた少年が、着替えて戻ってきたら。ベールが取れ、青緑色の前髪の隙間から翠色の瞳を覗かせる。


「……さっきとは違う人?」


「なんの話?それより、魔力疾患に効く薬。特効薬ではないけど、今よりは良くなると思う」


 薬を渡す青緑髪の少年は、にこやかにそう言った。


「……何を要求するの」


「何もしない。だから、警戒しないで」


 ミディリシェルは、恐る恐る、瓶を受け取った。瓶の中身は、見るからに不味そうな真緑の液体が入っている。


「……」


 ミディリシェルは、瓶を受け取ったが、飲まずに、顰めっ面で、瓶と睨めっこしている。


「ごめん。名乗りもしない相手の渡すものなんて信用できないよね。僕はフォル。こっちはゼノン。これは、君が少しでも良くなるようにと思って持ってきたんだ。飲んで欲しい」


「……」


 青緑髪の少年、フォルが友好的に接しているが、ミディリシェルは、瓶を傾けて飲むそぶりを見せてはやめるを繰り返している。


 ゼノンは、それを見て既視感を抱いた。


「見るからに似たそうだから飲まねぇんじゃねぇのか?俺も、これは飲みたくない。絶対苦いって、見ただけで分かる」


「苦い?そんなに苦くないって言っていたけど……苦くても少ししか入っていないからって言っても、飲みたくないかな。ここに置いて飲みたくなったら飲んで」


 ミディリシェルは、すぐに瓶を机に置いた。やはり、飲みたくなかったのだろう。少し、ほっとしているようだ。


「もう少し話してたいけど、今日は疲れているだろうから、また明日話すよ」


「……みゅ」


「それと、何かあったら遠慮なく言ってね。僕とゼノンは、両隣りの部屋だから。もし来れなくても、そこに置いてある緊急用連絡魔法具を使えば良いから」


 机に置いてある魔法具。魔法を動力として動く道具だ。現在の魔法具のほとんどは、魔法石の魔力を動力とし、魔力無しで使う事のできる優れもの。


 この緊急用連絡魔法具も、魔力無しで使用できる。


 ミディリシェルがたとえ魔力を使えなかったとしても、心配はないだろう。


「今日は俺の方に繋げておく。お姫様が気にいるおもてなしなんてできねぇが、何かあれば夜中だろうと呼んでくれて良い」


 フォルは、今晩は仕事がある。気乗りはしないが、フォルに頼まれている事だ。ゼノンは、緊急用連絡魔法具の緊急連絡先に、自分の連絡用魔法具の連絡先を設定した。


「ふにゅ。あ、りがと」


「うん。じゃあ、おやすみ。ゆっくり休んでね」


「おやすみ」


 ゼノンとフォルは、そう言って、各自、自室へ戻った。


 この部屋にミディリシェルを一人で置いておくとどうなるのかなど知らずに。

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