15話 引き金を引く役は
黄金の瞳が、国王へ向けられる。
「処罰の前に、それに関する内容の最終確認だ。関与した相手に関しては、聞く必要がない。だが、国王夫婦の消息不明の原因に対しては別だ。その理由を、君の口から、聞かせてもらう」
「私が、この国の国王になり、裕福な王国にしてやろうと思ったんだ。その計画に、あの夫婦が邪魔で、その時に、あの方達が協力を打診してくださり、国王夫婦をこの国から追い出して、私が、国王になれたんだ」
国王が、自分からそう言うと、両手で自分の口を塞いだ。
「管理者の所有する書庫への立ち入りと窃盗に関しては?」
フォルが、そう問うと、国王が、自分から、口から手を外した。
「それは、金になると、あの令嬢から言われて……私は、あの令嬢に騙されたんだ」
あの令嬢と指さしたのは、ミディリシェルの婚約者の隣にいる女性。
「ヒロインには、お金が必要なのよ!こんな貧乏国に生まれて、アタシの知識で金を増やしてやったんだから、感謝して欲しいくらいよ!」
「あの子については?あの事件との関わりを含めて、話してもらおうか」
あの事件、ミディリシェルが、ここへ攫われる事となった事件。ある施設で起きた、爆発事故に見せかけた、故意的なもの。
その時に、ミディリシェルは、巻き込まれて、居場所を失った上で攫われた。
「金を稼いで、ついでに、ヒロインを引き立たせる悪役が必要よ。何も言えない、控えめな、ブスで丁度良いと思ってたのに、なんで、こんな見方がいるのよ!」
女性は、悪びれもなく、そう言った。
「そうか。確認は済んだ。これより、主様の命により、ギュゼルの執行を開始する」
フォルは、淡々と、そう言った。会場の空気が凍りつく。比喩などでは無く、物理的に。
空気が凍り、眠っているミディリシェルは当然、フォルとゼノンを除く、会場内の人々が、苦しみ出す。
「まずは、管理者の……神獣の書庫に立ち入った件についてだ。その金で、贅沢をしてきたんだ。その財は、全て没収する。この国は、財政破綻するだろうが、そんなの、僕には関係ないから、それを言い訳に止めろと言っても無駄だ」
フォルは、そう言うと同時に、幻覚魔法を使った。両手を、金に変わって見えるように。金は、宙に浮かず、地面にぼとぼとと落ちているように見えているだろう。
「ルアンとリゼ……国王夫婦の件は、国王以外は関わっていないようだ。国王には、魔の森の一つである、インビルの森へ輸送しよう。あそこは、国王夫婦に縁のある場所だ。そこで、あの方達の助けを待つと良い。ああ、もし、国王夫婦に謝罪をすれば、助けてくれるかもしれない……そこにいれば、だが」
魔の森。それは、一般人立ち入り禁止の場所。他とは違い、強力な魔物が徘徊する、危険な地帯。そこへ一歩でも立ち入れば、命の保障などない。
その処遇を聞いた国王が青ざめる。
「次は、禁止魔法の使用の件についてだ。この子に押し付けていた代償を全て払ってもらう。それと、禁止魔法を使えないように処置をする」
ミディリシェルの魔力疾患。それでは説明の付かない事があった。それは、ミディリシェルが吐き出したもの。それ自体は、ミディリシェルが、魔力吸収が多すぎて、拒絶反応が出た。それで説明がつく。
だが、その中に含まれていた血液は別だ。それが、ミディリシェルが押し付けられていた代償の影響だろう。
「アタシはヒロインよ!そんな事して許されると思ってるの!」
「それはこっちのセリフだ。代償を押し付けるなど、許される行為ではない」
フォルは、そう言って、幻覚魔法を使った。
今度は、一番見たくないものを見せる幻覚。
「後は、ミディの誘拐だ。それについては、この国の全権を、エクランダ帝国の皇帝、エクルーカムに譲渡する。もし、皇帝が気に入れば、元に戻して、補助までしてくれるかもしれない。あの皇帝は、優秀な人材が好きだからな。それに、ご令嬢達は、気に入られて、エクランダの貴族や皇帝の伴侶になれば、今よりも良い生活になるだろう。精々、気に入られるように努めると良い」
フォルは、淡々と、そう言った。置き土産として、氷魔法で、足と口を凍らせておく。
「さぁ、帰ろうか。僕のお姫様達」
「……後始末」
「ん?なんの事かな?一応、調整はしている。命を奪えとまでは命じられてないから。それに、この処遇だと、生きていてもらわないと困る。主様が、後始末をするのを遅くすれば、保証は出来ないけど」
フォルは、笑顔でそう言った。
「……帰る」
ゼノンが、ミディリシェルを返す。フォルは、受け取ると、転移魔法を使った。
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ミディリシェルを部屋に置いた後、フォルは、 のいる場所へ向かった。
「もう会わないつもりだったんだけど……まぁ、これも、僕の役目だからな」
「主様に会いに行くの?」
「うん。報告まではしておく」
「君は、温情なんてかけてそうにないね」
「エレの事もあるから、かけるわけないだろ。期待させておいて、その期待を裏切られる。その時が楽しみだ」
「君って二重人格とか言われない?」
「そうではないんだけどね。どちらも、ほんとの僕である事には変わりない。多少、王としての意識はあるけど。それも、僕の一部だ」
「……」
「じゃあ、行ってくる」
フォルは、そう言って、ルーツエングの部屋へ向かった。
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「報告、良いかな?」
「ああ。どうだった?」
「エレの件以外にも色々とあった。とりあえず、把握してる限りはやっておいた。後始末よろしく」
フォルは、笑顔で頼む。
「後始末?」
「うん。面倒だから、ほってきた。今頃、凍傷でもしてるだろうね」
「……こういうのは、ギュー兄様が適任だろう。頼んでおく」
ルーツエングが、そう言って、連絡魔法具を取り出した。
「……その、済まない。リブス王国との関わりを黙っていて。仕事に支障をきたすかもしれない事は言わないように言われていたからな」
「……」
「後悔しているか?」
ルーツエングの問いに、フォルは、ふるふると首を横に振った。
「ううん。感謝してる。他でもない、僕にあの国の最後。その引き金を引かせてくれた事。かつて、ルアンを気に入り、あの子の願いもあり救った地。道を違えたその地に終焉をもたらすのは、救った僕の役目だろう。彼の友人としても」
フォルは、「ほんとに感謝してる」と言い、左手を胸に当て、腰を下げた。
「……これで、あの時の借りも返せたかな」
「あの時?」
「奇跡の魔法で少しね。あの子の保護を手伝ってもらった」
「……彼が、いつか、あの国に帰れると良いな」
「うん。そろそろ、あの子が起きるから行かないと」
「あの子は部屋に?」
フォルは、ドアの取手に手をかけて振り向いた。
「ううん。下層の僕が使ってる部屋。あの子は、ここにいてくれるって言うから、少しでも広い部屋で歓迎しようと思ってね。下層より下は改装中だから」
フォルは、そう言って、部屋を出た。
扉を開けてすぐに、イールグが待っていた。
「聞いてたの?」
「聞いてはいない。貴様を待っていただけだ」
「ゼノンが拗ねるから、部屋に行きがてらで良い?」
扉を閉めて、フォルは、イールグと一緒に、ミディリシェル達の待つ、下層の部屋へと歩き出した。
「今日は……俺の知っているフォルだな」
「なにその二重人格のような言い方」
「似たようなものだろう。ミディとゼノンの様子はどうだ?ゼノンは、あれを見て、悲しんでないか?」
イールグが、心配そうにそう言った。
「君って、ほんとに、良い兄って感じだよね。ゼノンは、甘えモード発動中。落ち込んでるとかはないから、安心して」
「貴様は、どうなんだ?」
「僕?僕はいつも通りだけど……ねぇ、イールグ。君は、もし、自分と一緒にいれば、選んだ御巫が悲しむとしたらどうする?」
「それでも、御巫は一緒にいたいと願うのだろう。なら、共にいるだけだ。共に、その悲しみを背負うだけだ」
フォルの問いに、イールグは、堂々と答えた。
「……イールグ、今度、主様と一緒に部屋に来てくれる?話がしたいんだ。今日は……あの子の事が心配だから」
転移魔法装置。フォルとイールグは、そこまで来ていた。転移魔法装置を、下層の、自室がある階へ設定する。
「相変わらず、早いな」
「仕事柄扱う事が多いから。それに、あの二人と一緒にいると、実験とか行って使わされて。君も、あの子の記憶が戻れば、エレのエレエレ可愛い生き物が魔法具と魔法機械を教えるの講座でも受けてみる?」
「そうだな。俺は、魔法具や魔法機械の扱いは得意ではない。考えておこう」
「高いけどね。なでとぎゅぅだって。設定完了。転移するよ」
フォルは、転移魔法装置を使った。
「エレとはどうなんだ?」
「相変わらず可愛いよ。あの子以上に可愛い子なんていないって思うくらい。何もやらせたくないって思うようなとこも、可愛い」
フォルは、自室まで歩きながら、長々と、ミディリシェルの可愛さを話した。
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「もう直ぐ部屋だ。まだ、話し足りないのに」
「本人にそれ言えば良いだろう」
「言ったら調子乗る。それも可愛いけど、なんか違う。それに、こんな話してたら、独占欲が……別に良いんだけど、エレとゼロが調子に乗るのは負けた気がする」
「御巫を愛し愛されるのが黄金蝶だと言うのに。こんなところまで、黄金蝶らしからぬ考え方とは。その、らしくないが、貴様の在り方と強さを作っているのだとすれば、少し、羨ましくはあるが」
部屋の前で立ち止まり、イールグが、フォルを見ずに、そう言った。
「僕は、君が羨ましいけどね。君のように、そうやって、真っ直ぐ在れるのが、羨ましい。でも、そういう相手だったから、こんな関係が築けたのだろう。信頼できる、裏切らないと思える関係。それはそれで良かったのかな」
「フッ、そうだな。だが、本当に神獣らしからぬ言葉だ。友情ごっこなど必要ない。ただ、役割に忠実であれ。そこまで気にするのもいないが、友になろうと、疑うのが基本だ。それを、否定する言葉。そんな貴様が相手だったからこそ、あの子は前を向く強さを得ようとするようになったのだな」
「僕が?それはないと思うけど。ゼロや君のような相手がいたからこそなんじゃない?今だって……あの子の支えにすらなれてない」
フォルは、視線を落として、そう言った。
「それはあの子を見れば分かるだろう。あの、一人が当然で、絶対に警戒心を解かなかった子が、たった一人のために御巫になりたいと言い出したんだ。貴様は、それなのに、あの子の前でまで、そんな事をほざく気か?あの子達を想う一人として。御巫を想う黄金蝶として。あの子達にすべき事は分かっているだろう」
「……御巫になるものには、敬意を、か」
「それもあるが、貴様の想いを無視するな。それこそ、黄金蝶として、御巫と向き合うという事だと思っている」
「……ごめん。それには、応えられない。でも……僕は……あの子らに会うと時に、嘘偽りの無い笑顔で会いたい。そのくらいは、思ってる」
「そうか。だが、それは嘘では無いんだろう」
「うん」
「なら、それで良い。その答えだけで」
「ありがと……ルー」
フォルは、笑顔を作って、そう言った。