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星月の蝶  作者: 碧猫
1章 星の選ぶ始まりの未来
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12話 望みの答え


 婚約発表前日。

 ミディリシェルは、朝から一人でベッドの上に座って、震える手で、ルーツエングから貰った縫いぐるみを、ぎゅっと抱きしめていた。


 今日はまだ、ゼノンとフォルは来ていない。


「……やっぱり……不安だよ……怖いよ……でも、ちゃんと見ないと……ゼノンとフォルにあんな事言ったんだから……ミディが、ちゃんと、見せないと。大丈夫だって、姿を見せないと」


 ミディリシェルの瞳から、ぽたぽたと、涙が零れ落ちる。


 短い間だったが、ここでの生活は、リブイン王国での生活を忘れさせていた。その、忘れられていた記憶が脳裏に浮かぶ。


 何とも思わない。少し前のミディリシェルであれば、そう言っていただろう。だが、今はそうは思えなくなった。思い出すだけで、胸が苦しくなる。


「……もうすぐ、二人が来るの。だから……笑わないと」


 ガタンっと、扉が開いた。


 ゼノンとフォルが、部屋を訪れた。


「……明日、だね。やっと、全部終わるの」


 ミディリシェルは、そう言って、笑顔を作った。


「隠さなくて良いよ。それに、正直に言うと、君が不安そうにしていて、少し、安心した」


「むぅ……ミディだって、不安になるの。そういう生き物なの。婚約発表が目の前に迫っているって思うと、もし、失敗したら、またあそこで……とか、色々と考えちゃうの。今まで、こんな日常なんて知らなくて、それを知って、戻りたくないって思って……そういう生き物になったの」


 ミディリシェルは、フォルを見て、縫いぐるみをぎゅっと抱きしめて、そう言った。


「そうなんだね……失敗したら……そうやって不安になるのは……みんな、おんなじだよね……」


 フォルが、俯いて、そう言った。


「でも、失敗したらとか考えても、ミディは、やめるって思わないの。だって、これは、ミディの大事な事だと思うから。ミディの願いに、きっと、繋がっているの。だから、ミディは、ここにいるために。願いを叶えるために。明日、未練を捨ててくるの。ミディが、笑っていられない居場所を捨ててくるの。全部、捨ててくるの。明日、ミディは、ミディのために、一つの国を終わらせるの」


 ミディリシェルは、覚悟の宿った瞳を、フォルに向けた。


 明日、ミディリシェルは、自分のために、何をするのか、それを理解している。それをする、覚悟は持っている。


「……自分の、ため……」


「うん。自分のためなの。だって、それで得をするのは、ミディなんだから」


「一番の被害者が報われるってだけでしょ」


 フォルが、そう言うと、ミディリシェルは、ふるふると首を横に振った。


「そんな事ないよ。一番とかそうじゃないとか、そういうのは違うの。巻き込まれる人達だっていっぱいいるの。悪い人に巻き込まれる人達も被害者で、それに大小なんて無いと思う。そのみんなは、何も知らずにそのままでいる方が幸せだと思うの。ミディは、自分勝手な想いで、その幸せを壊すの。それは、きっとその人達にとって悲しい事」


 ミディリシェルは、右手で涙を拭って、そう言った。


「そうじゃないとしたら?みんな、分かっててやっているとしたら?」


「……それでも、変わんないよ。悲しいって事は変わんないよ。だから、ミディは、この先に進む以上、その悲しみを背負わないといけないと思うの。ミディがやる事は、そういう事だって自覚していないといけないと思うの」


 ミディリシェルは、真剣に、そう言った。


「……自覚……」


「……だって、自分が選んだ事だから。その結果までちゃんと見る必要があると思うよ?あなたはどう思っているの?自分が、その願いを叶えれば、あとはどうだって良い?全部、知らないで通すの?その結果が、誰かが……身近な人が悲しむ結果になっても?」


 そう言ったミディリシェルの左目に、あの紋章が浮かび上がっている。


「……」


「悩んで、他の結果を考えて。それでも、これが良い。自分はこれで納得できる。これが、一番後悔なく進める未来なんだって、そう思うまで、ずっと悩み続けても、まだ悩んで、不安になって。でも、これで良いんだって思う。悩みも不安も無いのが一番だけど……そういうものじゃないのかな?」


「……そんなの……分からないよ」


「みゅ……本当に後悔しないか。自分で気づいていると思うよ。そうじゃなきゃ、そんなに悩まないよ。これは、自分の望むものでは無いなんて」


「……だとしても、一度進めば、もう……」


「……考えすぎだと思うよ。私はずっと見てきたけど。あなたのそれは、自分の意思で止めれるんだよ?だから、考えてみて?……私は、それしか望まないから。本当のあなたは、何がしたい?隠さないで」


 ミディリシェルは、フォルを見て、そう問いた。フォルが、自分からその問いに答えるまで、黙って見ている。


「……ここにいたい。ずっと、全部忘れて……」


「……それだけ?」


 フォルが、ふるふると、首を横に振る。


「ううん。僕の大切な人と一緒にいられるようになりたい。初めて、手を差し伸べてくれた彼と他愛のない話をしたい」


「うん。他には?」


「主様やオルベア様達に兄弟と言ってもらいたい。できない事って分かってるけど」


「できるよ。あの兄弟は、そういう細かい事気にしないから。それは、一緒にいる時間が長い、あなたも気づいてるんじゃないかな?」


「……」


「想いが聞けて良かった。ありがと。あなたが、救われる未来を祈るよ。そのために、力を貸す」


 ミディリシェルは、笑みを浮かべて、そう言った。

 その言葉の後、ミディリシェルの紋章が消えた。


「……むにゅ……むにゅ……むにゅにゅぷにゅ?……」


 紋章が浮かび上がっている間の記憶がぼんやりとしか無い。ミディリシェルは、自分が何を話していたか分からず、縫いぐるみと目を合わせて、きょとんと首を傾げている。


「……聖星の紋章……ミディ、婚約発表前日で、不安なのは分かるから、卑怯だとは思うけど……その、キス……しても良い?」


「ふぇ⁉︎」


「頬に……だから」


「だめなの⁉︎ちゅはだめなの⁉︎感情の大きな変化が、魔力の吸収とかに影響するって見たの」


「大丈夫だよ。少しだけだから。それに……君は、僕にはそうならないよ」


「……みゅ?……ふにゅ。フォルがそこまでお願いするなら。一度だけなの」


 ミディリシェルは、フォルが近づいてくる中、ゼノンが視界に入った。


 ゼノンが、ミディリシェルとフォルを、まじまじ見ている。


「……ゼノン、じぃってしてないで、あっち向いてるの」


 ミディリシェルは、ゼノンの背後を指差して、そう言った。だが、ゼノンが、見るのをやめない。


「俺ノ事ハオ気ニナサラズ」


 ゼノンが、機械音声のように、そう言った。


「ちなみに、どっちに嫉妬してるの?」


「してない。今後の参考のため」


「……フォル、フォルのお部屋でキスするの。その方が落ち着いてできると思うの」


 ゼノンに見られたまま、ミディリシェルは、落ち着いていない。そこで、この提案をしたが、フォルからは期待外れの言葉を言われた。


「えっと、それは無理。部屋片付いてないから。仕事道具とか色々散らかってて。機密情報とかもあるから、入れられないよ」


 フォルが、笑顔で、そう言った。ミディリシェルは、ぷぅっと頬を膨らませて、不貞腐れる。

 視界に入ったゼノンが、ミディリシェルが断られたのを聞いていて、勝ち誇った表情をしていた。


「むぬにゅ……なんかそれ、むかつくの」


「俺は、俺がだめっと言われてるのに、お前が良いって言われるの聞いていたら、むかついてた」


 ミディリシェルとゼノンは、互いに睨み合っている。


「許可出すとしたら、どちらか片方だけ、なんて事しないから安心して」


 フォルが、そう言うと、睨み合いは止まった。


「……なんか、怪しいの!入っちゃだめなんて、お仕事の理由だけじゃ無い気がするの!きっと、綺麗でうふふなおねぇさんのお写真が載った薄い本とかを隠し持っているの!だから、お部屋入れないっと言うの」


 ミディリシェルは、そう言って、ジト目で、フォルを見つめた。ゼノンも、それを真似する。


「……怪しい」


「怪しいの」


「ほんとに仲良いね。けど、そういうの……は持ってないよ」


 フォルが、妙な間を開けて否定する。その間が、ミディリシェルとゼノンの疑いを、より濃いものとした。


「白状するの。今なら、言えば何も言わないの」


「するの」


「……だから、何も隠してないって。疑うなら勝手に疑ってて。君らも隠し持ってるかもって探しといてあげるから」


「ミディ何も言ってないの」


「ゼノン何も言ってないの」


 ミディリシェルとゼノンは、同時にそう言って、フォルから目を逸らした。


「……ぷにゅぅ。なんでか、とってもすっきりしてるの。さっきまで不安だったのに……誰かが、ミディの不安……むにゅ……きっと、ゼノンが変な事ばかり言うからなの」


 ミディリシェルは、ゼノンを見て、そう言った。縫いぐるみの目線も、ゼノンの方へ向ける。


「変な事なんて言ってねぇだろ。さっきのだって、始めたのはお前だ。俺は、それに乗っかっただけだ」


「ミディ知らない。それに乗ったゼノンが変なの。おかしな人なの。ぷにゅふにゅなの」


 ミディリシェルは、ゼノンから、ぷぃっと顔を逸らした。


「……なんだろう。なんか、良く分かんなくて、ふわぁってしてるけど、ミディが、お悩み相談みたいな事やってた気がするの……ふにゅ……思い出せない」


 紋章が出ていた時の記憶をはっきりと思い出そうとするが、靄がかかったように、はっきりとは思い出せない。ミディリシェルは、縫いぐるみと見つめ合って、「うーん」と、悩んだ。


「それって、さっき言ってた事も思い出せない?キスしたいって言ってたの」


「それは覚えてるの。フォルが、ミディとちゅってした後、ミディの事をいっぱいなでなでするの。それで、ミディがお疲れになった後に、ぎゅぅってして、ねむねむするの。ついでに、お風呂も一緒に入るの……って言ってた気がする」


 ミディリシェルは、曇り無い瞳で、そう答えた。

 

 フォルのキス発言。あの時には既に、紋章が消えている。ミディリシェルは、その言葉は、はっきりと覚える。


「そこまで言ってなかっただろ。キスだけだった」


「願望が入ってるみたい。良くこんな嘘を、こんなに、真っ直ぐで曇りない目で言えるよ。記憶改竄でもしてるんじゃないって思う」


「多分そうだろ。願望と言っていた事が混ざり合ってるんだ……可哀想に」


 ゼノンが、涙は全く出ていないが、泣いている仕草を取る。


「覚えてるの!フォルは、そう言ってたの。声に出さずに、きっと言ってたの。だから、言ってたで合ってる」


 ミディリシェルは、胸を張って、そう言った。


「謎理論」


「つぅか、もう大丈夫なのか?かなり不安そうだったが」


「……みゅ。そうなの。ミディ、ここで優しくされているから、ここが好きって思うんじゃないかなとか不安なの」


「さっきと言ってる事違わねぇか?」


「今はそれが不安なの。移り変わり……不安だから、ミディに聞いてみるの。きっと、答えを持っているから」


 ミディリシェルは、そう言って、瞼を閉じた。両手を胸に当てて、自分に問いかける。


「ここにいたいって思うのは、みんなが温かいからなだけなの?本当はどこでも良いの?向こうで、こういう生活にしてくれるって言われたら、そっちの方が嬉しい?……ミディは、婚約者さんは知らないの。フォルの事も、ほんの少ししか知らないの。優しくしてくれたから、あそこから、連れ出してくれたから好きなの?本当は、誰でも良かったの?エルグにぃだったら、エルグにぃを好きになってた?」


 もし、その可能性を想像する。あの時、フォルではなく、ルーツエングやイールグだったら。好きになっていたか、そうでないか。


 ここではなく、別の場所で、同じように暮らせるようにされていたら。そっちの方が良かったのか。


 想像して、その後、ミディリシェルは、何も考えず、素の自分の答えを出した。


「ふにゅ。ミディは、ここが良いの。フォルが良いの。それを望んでいるの」


 そう、ミディリシェルは、答えを出した。

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