11話 報告
ミディリシェルは、ゼノンを見た後、フォルに抱きついた。
「君って、ほんとの不思議だよ。記憶が無いはずなのに……あってはならないのに……時々、ほんとは記憶があるんじゃないかと思わせる」
「みゅ?」
ミディリシェルは、フォルが言っている事が理解できず、きょとんと首を傾げる。
「……ミディ、君は、神獣達の間で、なんて呼ばれているか、知ってる?」
フォルの問いに、ミディリシェルは、ふるふると首を横に振った。
「……聡明姫。昔もそうだったけど……普段の君からは、想像もできないような、呼び名だよ」
ミディリシェルは、少し間を置いた後に、返した。
「ミディ、そんなに、お偉く無いよ?ゼノンとフォルの方が、お偉いなの」
聡明という言葉は、ミディリシェルでも聞いた事があった。その言葉に、ミディリシェルは、当てはまらないと思っている。
「うん。だろうね。それでも、そう呼ばれていたのには、ちゃんとした理由があるんだよ」
ミディリシェルは、きょとんと首を傾げた。
「……そんな事より、ドレスのために採寸をしたいんだけど、良いかな?」
フォルに、そう問われて、ミディリシェルは、ゼノンをじっと見た。
「……ゼノンがいる前じゃ……やぁ」
「ゼノンが?僕は良いの?自分で言っておきながらだけど」
「……だって、フォルは、男の子じゃないじゃん」
ミディリシェルの読んだ、黄金蝶という種の本。そこに、黄金蝶は性別という概念が無いという事が書かれていた。管理者の統率が、黄金蝶という事も書かれていた。
「あー、それか。うん。それは否定しないけど……あれ、待って?ゼノンが一緒にお風呂とか言っていた時、自然と受け入れてなかった?」
「それはそれ、これはこれなの……ふぅ、もう一歩でバレるところだったの。ミディのお胸のサイズをゼノンに知られたくないって事が」
ミディリシェルは、「ふぅ」と、かいていない額の汗を、腕で拭った。
その様子を、ゼノンとフォルが、まじまじと見ている。
「……それって、僕は良いの?」
「ふにゅ。フォルは、何となく、そういう事には、興味が無さそうなの」
「まあ、興味無いけど」
「俺も興味ねぇよ」
ミディリシェルは、否定するゼノンの事を二度見してから、驚きのポーズをとった。
「ふにゃ⁉︎……なんのこ……ふみゃ⁉︎ち、違うの!ミディは何も言ってないの!」
ミディリシェルは、慌てて、そう否定した。堂々と言っているが、それが通用すると思っている。
「……ゼノン、ミディのためにも、今は何も聞いていなかったって事にしてあげて」
「……」
ゼノンが、黙ってこくりと頷いた。
「ミディ、採寸するよ」
「みゅ」
ミディリシェルは、ゼノンを見た後、こくりと頷いて、服を脱ごうとする。
「服は脱がなくて良いよ。ある程度は分かっているから。これだけで十分」
「みゅ⁉︎」
ミディリシェルは、突然、フォルに抱きしめられて、離れようとした。だが、非力なミディリシェルでは、離れる事ができない。
「少しだけ我慢して。これで確認するから」
「みゅぅ」
ミディリシェルは、採寸のためだと、顔を真っ赤に染めて、大人しくしていた。
「はい。これで終わり」
「……みゅぅ」
「もう離れるよ。ごめん。嫌だったかな?」
ミディリシェルは、離れる許可が出ると、ささっと、後ろへ下がった。
「違うの……やではないの。恥ずかしいの」
ミディリシェルは、真っ赤な頬に触れて、そう言った。
「……これで分かったの?」
ミディリシェルからしてみれば、身体に触れられていただけ。採寸をしたという実感は無い。
「うん。当日は、君にピッタリのドレスを着せられそう」
「ふにゅ。じゃあ、終わったから、ミディはねむねむなの。おやすみ」
ミディリシェルは、そう言って、ベッドへ向かった。
「まだ朝なんだけど。まあいいや。おやすみ、ミディ。僕も一緒にいたいけど、残念ながら、これから仕事があるからいれそうにない。仕事が終わったら、また来るよ」
フォルが、笑みを浮かべて、そう言った。
「ふにゅ。待ってるの」
ミディリシェルが、フォルにそう言うと、「また」と言って、フォルが部屋を出た。
ミディリシェルは、フォルがいなくなると、真っ赤な頬を、再び両手で触れた。
黙ったまま、暫くその場に立ち尽くす。
「むにゅぅぅぅ……あれは、反則なのーー!いっぱいふれふれしたのーー!いっぱいのふれふれは反則なのーー!自分からは良いけど」
ミディリシェルは、ベッドの上に飛び込んで、布団に顔を埋めて、そう叫んだ。
「……むぅ」
ゼノンの方を見ると、不機嫌そうにしている。
「ふにゃ……ゼノンも好き……」
良く見てみると、ゼノンは、座って、人工血液の入った瓶と睨めっこしていた。かなり嫌そうな表情を浮かべている。
手に持ったままで、瓶の蓋を開けてすらいない。
「……そんなに不味いの?それって」
「……むぅ」
ミディリシェルの言葉に、反応すらしない。
「……」
飲んだ方が良い。頭ではそれを理解している。だが、身体は、それを受け付けていない。
ミディリシェルも、魔力疾患の薬で、それを経験している。だからこそ、それに気づく事ができた。
だが、また、目の前でゼノンが倒れるかもしれない。そう思うと、飲まないで良いとは言えなかった。
ミディリシェルは、黙って、ゼノンの隣で座った。
ゼノンの持っている瓶の蓋を開ける。ゼノンが、蓋を奪って、閉めないように、自分の背後に置いた。
そして、瓶を、ゼノンの口元まで持っていってから、傾けた。中に入っている、人工血液が、ゼノンの口に入る。
「ふにゅぅ」
「ゼノンがミディになったの⁉︎……飲んだから、ご褒美」
「……魔力欲しい。ぺろして良いの?ぎゅぅも」
「ふにゅ。頑張ったらご褒美をあげないとなの」
ミディリシェルは、そう言って、ゼノンに抱きついた。そして、ゼノンが満足するまで、魔力をあげた。
**********
ルーツエングの部屋の前。 は、扉を軽く叩いた。
「主様、いる?」
「ああ。入って良い」
は、ミディリシェルの部屋から出た後、一度自室へ戻ってから、ルーツエングの部屋を訪れた。
綺麗に片付けられている。必要な家具と、仕事道具以外は置かれていない。寝室というより、ベッドが置かれている、執務室と言われた方がしっくりくるような内装だ。
ルーツエングが、座っていた椅子を引いて、立ち上がった。
「……クロからお、時間ができたら、話を聞きに行けって言われていたから来たけど、今日は、イールグはいない?」
イールグがルーツエングの部屋にいるのを良く見かける。この時間は、特にいる事が多く、いない方が珍しい。
「ピュオと出かけている。話は、あの件の事だ。どっちから聞きたい?」
あの件とは、フォルは、ルーツエングに、二つ調べて欲しい事を頼んでいる件。その報告だ。
「……エレの方」
「そんな報告は無いと言われた。まあ、嘘だろう。あれは何か隠している。何を隠しているのかまでは、まだ掴めていない。何か進展があれば、また話す」
一つは、転生前のミディリシェルに関する事。ある回の事で不可解な点があり、それを解消するべく、頼んでいた。
だが、これといって進展はない。その現状に、 は、肩を落とした。
「……もう一つの方は?」
「そっちも、これといって進展は無い。だが、これだけ探しても見つからない。考えられるのは、何かに巻き込まれているのか、何らかの理由で、自らの意思で、俺達の目から逃れようと姿を消したか。その二択だろう」
「……今は、何かに巻き込まれていない事を、願うしか無いのかな」
もう一つは、フォルの友人達の捜索。こちらも、進展が無いようだ。
「そうだな。それと、これも渡しておかないといけない」
ルーツエングが、そう言って、書類の束を渡した。
は、それを受け取り、一枚一枚、簡単に目を通した。
報告書の提出要請。調合資格の更新のお知らせ。経費申請の却下の報告。以前にしていた、魔法具の経費申請だ。
「……また却下。こっち側の経費担当の人達って、厳しすぎない?もっと優しくして良いと思う」
経費申請の却下の理由を見ながら、フォルは、そう言った。
「彼女達も、我々を支えようと必死なんだ。俺の方から、頼んでおくから、あまり悪くは言ってやるな」
「いや、悪くというか……もしかして見てない?」
「ああ。忙しくて見る暇ない」
「却下の理由、魔法具くらいは、自分達で素材を取ってきて作れって書いてある」
「……」
ルーツエングが、信じられないという言いたげな表情で、フォルを見ている。
「彼女達が稼いでくれているっていうのも分かるには分かるけど。僕らだって、売るための魔法具を作るとか、色々とやっているんだから。もう少しくらい、融通を利かせてくれたって良いと思う」
フォルは、そう言って、ルーツエングに、経費申請の却下の書類を渡した。
ルーツエングが、却下の理由を、読んでから、申し訳なさそうな表情をした。
「……こっちでどうにかするから、今回はそれで良いにしてくれないか?」
「このくらいの金額なら、自費でどうにかできるよ。忙しくて、仕事以外は何もできていない主様と違って、比較暇だから。空いた時間に魔物討伐とかして稼いでいるのが大量に残ってる」
「エレとゼロのために使うんじゃないのか?」
「……僕の個人資産っていくらくらいか知ってる?大国の国家予算くらいは余裕で超えているよ」
「……そういえば、エレはどうなった?」
ルーツエングが、話題を変えた。聞かなかった事にでも、するつもりだろう。
「どうって?」
「御巫にするかどうかで悩んでいたんじゃないのか?もしくは、あの子が、ここにいるか」
「……できるかは分からないけど、あの子の意思を尊重しようとは思っているよ。というか、あからさまに話題変えてるけど、経費の件はどうするつもり?」
「今度、話す場を設けて、頼んではみる」
「ありがと。ついでに、報告書の確認と、申請書類を送って欲しい」
少し前に、魔法具技師の免許更新のお知らせが届いていた。その更新手続きの紙と報告書を、ルーツエングに渡した。
「報告書は後で見る」
ルーツエングは、そう言って、申請書類を、転送魔法で送った。
「良いの?確認しなくて。それが仕事なのに」
「相手が相手だから」
「それもそうだね。そういえば、君の方こそどうなの?アゼグとリーミュナの事」
黄金蝶は、御巫候補を選ぶ。ルーツエングが選んだ相手が、リーミュナとアゼグだ。
「二人とも、前よりも明るくなっている」
「……そう。良かったね」
「感謝している。何をしていたかまでは知らないが、変えてくれた事は気づいている」
「……やっぱ、気づかれているんだ。オルベア様達も気づいているの?禁呪とか色々使ったのに、何も音沙汰無しだけど」
「堂々と言うんだな。察しはついているらしい。奇跡の魔法だろうと。あんなの良く使えたな。あれは、使用方法が残されていない魔法だというのに」
ルーツエングが、疑いの眼差しを、 に向けた。
「詳しい事は何も。言えるとすれば、昔の記憶にあったからってだけ。僕の使う魔法は、禁呪指定が多い。それも含めて、これ以上は聞かないで欲しい」
「……分かった。弟の事だ。信じよう」
「……弟、ね。なら、弟のお願い。その記憶に関しても、何も聞かないで。重大機密に当たる事だから」
は、そう言って、部屋を出た。