12話 偽の愛姫
愛姫のいる建物の前。顔を隠した長身の男が、建物から出てきた。
「愛らしい愛姫様の命だ。星の姫を探す。愛姫様は、星の姫の公開処刑がお望みだ」
「では、自分が行きます!」
キュッセが、走って、星の姫と呼ばれる相手を探しに向かった。
――厄介な愛姫の元にエレを送る。だって
――あれだけでなんで分かるの⁉︎
――ルーが愛らしいなんて、エレ以外に言ってるの見た事ないから。ここではそういうしかないだけだと思うから。あとはエレがルーに頼んだ内容。
フォルは、顔を隠した長身の男がイールグであるとすぐに気づき、その言葉から、本当に言いたい事を察する。
それを、ゼムレーグに伝えた。
「氷の王、もうすぐ愛姫のとこに着くから、振りでも仲良くするよ」
「生命の王こそ」
イールグは、フォルとゼムレーグがここでどう呼ばれるようにしているか知らない。それを伝えるため、互いに呼び合う。
ついでに、今の目的も伝える。
「氷の王と生命の王。ここからは俺が案内しよう」
「感謝するよ」
イールグに案内してもらい、フォルとゼムレーグは、愛姫のいる建物の中へ入った。
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愛姫の部屋の前。
「俺はここまでしか同行できない。これから、星の姫を探しに行く」
「ここまで連れてきてくれた礼をしたい。ある縁で本家に招かれた時、あるものを置いてあるから、ついでで良いからそこへ寄って欲しい。話は通しておくから」
エンジェリアの居場所と言う事はできないが、これでイールグは、エンジェリアの居場所だと気づくだろう。
フォルは、本家にこれを見せれば良いとでも言うように白紙の紙を渡した。
「ほう。生命の王は、本家の当主の恩人だったか。本家が用意した礼品というのは興味深い。さぞかし良いものだろうな」
「うん。期待して良いと思うよ。当主は、これ以上なく良いものを用意したと言っていたから。僕は、見てはいないんだけど。でも、大きい箱の中に入っていたんだ。人が入るくらいのサイズでね。礼品が何かって聞かれたら、そう答えれば、渡してくれるだろう」
「分かった。では、愛姫様に無礼のないようにな。愛姫様を守る王が、そのような事をするとは思えないが」
「しないよ。愛姫は僕らの大事な姫なんだから。あの子の機嫌を損ねる事なんてしないよ」
本物の愛姫であるエンジェリアに対して、機嫌を損ねまくっている気もしなくはなかったが、今はそれは関係ないだろう。
フォルは、そう言って、笑顔でイールグを見送った。
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「愛姫、入って良い?」
「誰ですか?」
「誰って、酷いなぁ。僕らの事忘れたの?ずっと、一緒にいたのに」
「えっと、声だけでは分かりません」
本物の愛姫エンジェリアであれば、フォルの声を聞いた途端、飛びついてくるだろう。
「君の大事な王達を忘れたの?」
「い、いえ。ただ、声がいつもと違うって思ってしまって。その、本当に王達なのですか?」
「うん。そうだよ。今まで見つけられなくてごめん。でも、時間はかかったけど、やっと見つけたんだ。顔を見て話がしたいよ。また、笑顔を見せて欲しい。僕らの事を怖がらないでいてくれた、愛しい姫」
フォルがそう言うと、扉が開いた。
――こんな嘘を信じるなんて。
――本物の愛姫は、オレ達を怖がってるのにね。誰よりもオレ達を恐れている。誰よりもオレ達を大事にしてくれている。
――うん。あの子は、そうでないといけないから。
ちょこんと顔を出す、偽の愛姫。腰上の桃色の髪に、アメジストの瞳。
中身もだが、外見も、エンジェリアとは似ていない。
「やっと顔を見れた」
フォルがそう言って微笑むと、偽の愛姫は、頬を赤らめた。
「わたし、ずっと、キミに会いたかったです。会いにきてくれてありがとうございます」
「僕もだよ。ずっと、君に会いたかった。君を忘れた日なんて、ない。僕は、ずっと、ずっと、君の事が……って、愛姫は全ての王に愛を与える相手なのに、独り占めなんてしちゃだめだよね」
本物の愛姫は独り占めしまくっているが、偽の愛姫にはそう言って笑う。
「うん。でも、わたし、嬉しいです。そんなに大事に思ってくれる事が、とても嬉しいです」
「そう言ってもらえるなんて。そうだ。久々に会ったんだから、これをあげる。覚えてる?君が大好きだって言ってくれた花」
フォルは、そう言って束縛の花を、偽の愛姫に渡した。
偽の愛姫は、この花が何かなど知らないだろう。嬉しそうに受け取っていた。
「ありがとうございます。わたし、何も用意していないのに」
「気にしないで。僕があげたいからあげるだけ。僕は、君のその笑顔をもらえるだけで十分だよ」
「……そう、なんですね。でしたら、ずっとこうしていられるように努力します」
本当にエンジェリアとは似ていない。本物を知っているからこそ、これのどこが愛姫なのかと思ってしまう。
「愛姫、一人で寂しくなかった?愛姫が寂しいっと思っていたらと思うと、胸が苦しくて」
「寂しくありませんよ。ここで、神獣様が、わたしの話し相手になってくださったので。楽しかったです」
愛姫にとって、王がどんな存在なのすら知らないのだろう。知っていれば、寂しくないなどとは言わない。
特に、フォルの前であれば。
表情を崩さずにいる事に慣れているのが救いだ。もし、慣れていなければ、偽の愛姫の前で笑顔を維持する事などできなかっただろう。
「ですが、やっぱり、皆様といるのが一番落ち着くんです。なので、もう、どこにも行かないでください。ずっと、一緒にいてください」
「そうしたいとは思うけど、僕らも、色々とやらないといけない事があるから。愛姫が笑っていられるようにするためにもね。できる限りは一緒にいられるようにするよ。だから、その時間だけは、側から離れる事を許して欲しい」
「……そう、ですか。寂しいですが、神獣様もいるので、我慢します。何より、皆様は、わたしのためにやってくださっているのですから、わたしがそんなわがままを言えません」
残念そうな素ぶりを見せている。
――愛姫を名乗るなんて、どんな相手かと思ったけど
――甘いね。そんな事で愛姫は務まらない。愛姫に選ばれたという事は、オレ達に愛されて、オレ達の全てを受け入れないといけない。世界を簡単に滅ぼすような相手に、それを目の前にして笑顔を見せないといけない。それができるとは思えない。
――うん。しかも、愛姫には色々と背負わせないといけない。その重みで壊れる事も許されない。誰かを恨む事も許されない。ほんとはもっと外の世界を知りたいと思っていても、僕らが教える以上にはできるだけ覚えないようにしないといけない。
目の前にいる偽の愛姫は、夢見る少女のような印象を受けている。愛姫の裏の方は、何も知らない。
イールグの言っていた厄介というものはそういう事だろう。
「それでも、せっかく会えたので、もう少しくらい一緒にいたいです。だめ、でしょうか?」
「大丈夫だよ。今は、何もないから一緒にいられる。僕も、愛姫とできる限り一緒にいたいから、愛姫が見つかったのを知って、事前にできる事はやっておいたんだ」
「そうなんですね。わたしのためにありがとうございます」
「気にしないで。僕らは、君のわがままを聞いてあげたいんだ。だから、して欲しい事があったら、いくらでも言って」
「はい。ありがとうございます。それでしたら、その、これから、とても悪い人を連れて来られるらしいので、一緒にいて欲しいです。あ、あの、嫌でしたら、それでも良いです」
エンジェリアの事だろう。フォルからしてみれば、神獣達を騙して、大事な愛姫を奪おうとする悪人は、目の前にいる偽の愛姫だが、ここで断れば、エンジェリアをいざという時守れないかもしれない。
フォルは、にっこり笑ったまま、こくりと頷いた。
「良いよ。君が不安なら、僕らが側にいる。だから、安心して。何かあれば、僕らが守るから」
「ありがとうございます。お二人がいてくださるのが心強いです」
――ほんとに、エレとは比べ物にならない。こういう感じが人気なんだろうけど、僕らは、あの子一筋だから。
――うん。愛姫としての役割と向き合っているあの子は、愛らしさだけじゃなくて強さがあるから。女の子としてみるなら、魅力的なんだろうけど。オレ達はエレが一番だから。
――ああ、あの子、恥じらいっていうものを知らないからね。少しはこういうのを見習って欲しいよ。というか、あの子何してるんだろう。一人で行動してはいないんだろうけど。それは言っていたから。
偽の愛姫は、愛らしい女性なのだろう。エンジェリアのような大胆さは感じられない。
フォルとゼムレーグは、早くエンジェリアに会いたいと、エンジェリアの事ばかり考えている。