10話 潜入作戦
フュリーナ達と合流し、出口から外へ出た。
出た先は、フォルは見覚えのある場所だ。
どこかの書庫にでも出たのだろうと思えるが、置いてある本が全て、オルベアが管理しているものばかり。
「ぷみゅ?も、もしかしてこれって」
「趣味ではないと思うよ」
「違うの!エレが愛読していた、恋愛小説が置いてあるの。しかも全巻……今度オルにぃに頼んで読ませてもらうの」
【猫と狼】エンジェリアがじっと見つめている本は全二十巻の猫と狼の恋愛小説のようだ。
「エレ、それってどんな内容なの?」
「雌猫さんと雄狼さんが、出会って、恋に落ちる異種族恋愛なの。純愛なの」
「おれも読んだ事あるけど、恋愛小説の括りにはなっているけど、内容のほとんどが恋愛関係ない話。ほとんど猫と狼の生態が書いてあった」
「ふぇ⁉︎もしかしてフィル全巻持ってるの?」
エンジェリアが、目を輝かせている。本当にこの本が好きだったのだろう。
「持ってる」
「ぷみゅぅ。今度お部屋行くから読ませて……って、そうじゃなくて、ここは、本家のオルにぃの趣味の本を集めているお部屋だとすれば、どうしてそんなところへ出ちゃったの?さっきまでこんなところいなかったの」
エンジェリアが、突然真面目な話をし出す。ゼーシェリオンが、エンジェリアの急な話に、笑っている。エンジェリアが、それに気づいて、猫パンチを繰り出した。
「多分だけど、転移場所が関係あるんじゃないかな?僕らが転移した場所と出口の場所がかなり距離があるから」
「ふみゅ?それでどうして場所が変わるの?……ぷみゅ?……ふみゃ⁉︎あの空間は、色んな世界と繋がっていて、場所によっては、こうして別の場所に転移しちゃう?」
「うん。多分そうだと思う。どこに転移するかに関しては、空間内のいた場所によって、決まっているとは思うけど……初めに転移場所がばらばらだったから、正確にそこに転移するというわけでもなさそうだけど」
「ぷみゅ。こっちからあの空間へは位置情報にズレが生じるけど、逆は正確なんだと思うの。エレのいつものなの」
エンジェリアが、ゼーシェリオンの腕に抱きついている。言葉には出してないが「すごい?すごい?」とゼーシェリオンに言っているようにも見える。
「……エレがそう思ったなら、その可能性が高いのかもしれないね。とりあえず、このまま引き返すなんてしないでしょ?」
「ふみゅ。もうこんなところまで来ちゃってるの。引き返してもう一度ここまで転移するなんて面倒な事はしないの。ゼロ、フォル。二人には特に働いてもらうから。ここまで勝手に来てるんだから当然なの」
当初の目的である、神獣達を止める事。そのためには、ここへ来る必要があった。
「ルーにぃから連絡待ちたかったけど、面倒なの。ずっと待ち続けるだけなんてできないの。動きたいの。だから、潜入作戦なの」
「誰が行くの?」
「ゼムとフォル。エレが神獣さん達に攫われると、作戦全部ないないってしちゃうの。だから、フィルに守ってもらうの。フュリねぇ達は、管理者のお手伝いをして欲しいの。そうすれば、オルにぃ達をいっぱい使えるから」
「……まぁ、デューゼとルノもいるし、普段の業務と片付けくらいなら、誰がやっても変わらないか。それに、前の時とそこまで変わっていないから」
「承知しました。皆様のご無事を祈っております」
エンジェリアが決めた事だからというのが一番だが、そもそも、オルベア達がいなくなっても大丈夫な状態でなければ、それは許可できない。だが、オルベア達がいなくとも、デューゼとルノに任せておけば、普段の業務程度であれば、滞りなくできるだろう。
フュリーナ達は、転移魔法で、管理者の拠点へ転移した。
「ぷみゅ。ちなみに、ゼロはエレの所有物になっているから、ゼロは連れてかないの」
エンジェリアが、ゼーシェリオンの腕に顔を擦り寄せている。ゼーシェリオンを潜入役に選ばないのは、それだけが理由ではないだろう。
「ゼロはエレの側でふみゅふみゅしてるの。エレの護衛もやらなくて良いから。エレの側でいれば良いから。何もしないで」
「……エレとらぶ……潜入……エレとらぶ!エレらぶ」
「ふみゅ。それで良いの。フォル、ゼム、ジェルドの王だって言って。そうしたら、神獣さん達の上にいる人に会えると思うの。エレは、ここでルーにぃ来るの待ち中」
「そういえば、さっきから気になってたけど、ルーに何か頼んだの?」
フォルが聞くと、エンジェリアが突然挙動不審になる。あわあわとしたあと、ゼーシェリオンの背に隠れる。
「ふぇぇぇ」と言いながら、その場でぐるぐると回った。
「エレ、そんなに回ってたら」
「目が回ったのー」
「何やってんの」
フォルは、エンジェリアを近くにあった椅子に座らせた。
「それで、何を頼んだの?」
「……ぷみゅ。言っちゃだめなの。秘密なの。秘密の頼み事なの」
「言いたくないなら言わなくて良いけど。しばらく会えなくなるから、その間は、連絡何もしないね?」
エンジェリアには、これが一番効果がある。それを知っていて、フォルは笑顔で言った。
「ふぇ⁉︎ルーにぃに、調べ物頼んだの。神獣さん達の上にいるのが、愛姫を語る偽物だって思うから、それを確かめて欲しいって。でも、危ないと思ったら、すぐに中止して。上手くいけば、エレを神獣さん達に突き出してって頼んだの」
これは、イールグ以上にエンジェリアの方が危険だろう。もし、エンジェリアが思っているのがあっていたとすれば、神獣達にとって一番邪魔な存在はエンジェリアだ。
エンジェリアもそのくらいは理解しているだろう。だが、何もなしに許可する事はできない。
「ゼロとフィルと一緒にいる事。それと、アディとイヴィに会話を聞かせる事」
何かあった時、エンジェリアを守れるように、その条件だけは呑んでもらわなければ許可できない。
エンジェリアが、こくりと頷いた。
「それで良いの。フォル達にとって、エレの安全の重要性は知ってるから。それでフォル達が納得してくれるなら、そうする。とりあえず、ルーにぃの連絡待ちなの。フォルとゼムの潜入の方も心配だけど、愛姫って言ってるなら、そこまで酷い事にならないと思うの。でも、それでも心配」
エンジェリアが、不安そうな瞳をフォルに向ける。
「大丈夫だよ。ゼムは君を守っていたんだよ?神獣程度、相手にするまでもないから」
「うん。その辺の神獣相手なら、そうかもしれないけど。そんなふうに言われると、重圧が」
「大丈夫だよ。少しくらいなら、僕も協力できる。この魔法具のおかげでね」
「それ、使いすぎると壊れるから注意なの。現在改良中。壊れたら、むりしちゃだめだよ?」
機能はするが、何回も使えば壊れるという欠点がある。それを知っているのであれば、予備などないだろう。
エンジェリアもフィルも、壊れるなどという欠点は、なるべく無くすようにしている。その欠点を知った時点で、改良に取り掛かり、作らない。
そして、エンジェリアもフィルも、その欠点を見つけるのに、一つ、二つ作るだけで見つけられるだろう。
「一つもない?」
「みゅ」
「って事は、今回は一つ目で気づいたって事?」
「今回は、二つ一緒に作って、片方エレが試用していたら、三回くらい使ったところで壊れたの。だから、これしか持ってない」
エンジェリアが、そう言って、フォルの頬に口付けをした。
「だから、むりしちゃだめなの。でも、きっと危なくなったら、それでもむりすると思うの。だから、せめて少しでも、負担を減らしたいの」
不安そうにするエンジェリアに、フォルは、笑顔で頭を撫でた。
「うん。ありがと。ゼム、行こう。フィル、二人を頼んだよ」
「うん。エレ、ゼロ、行ってくる。フィル、エレとゼロをお願い」
「フォル、ゼム、気をつけて」
「フォル、らぶ」
「フォル、ゼム……大丈夫って信じてる」
他に言いたい事があっただろう。だが、エンジェリアは、それを呑み込んで、笑顔でそう言った。