9話 ミディの決意
ミディリシェルは、今度は、部屋の掃除に挑戦する。
ゼノンに、掃除道具と言われて、箒を渡された。
掃除道具という事は、これを使って掃除をする。そこは理解できるが、その方法は理解していない。
ミディリシェルは、形状に何かヒントが隠されていると考えて、箒を両手で持ち、じっくりと眺めた。
「……きっとこうなの」
ミディリシェルは、ぱたぱたと、箒で棚の埃を叩いた。
「危ねぇからやめろ」
「みゅ?」
「だから、やらせたくなかったのに……ミディ、箒は床を綺麗にする道具だ。そんな使い方しない」
「……これで解決だもん!」
ミディリシェルは、そう言って、大浴場で覚えた浄化魔法を使った。
部屋の中がぴかぴかになり、ミディリシェルは、「えっへん」と胸を張った。
「これでぴかぴかなの」
「部屋の掃除くらい、魔法に頼らずやれ。つぅか、使って大丈夫なのか?」
「ふにゅ。これしないと、ミディできる事、ないないってしちゃうの」
「自己評価低すぎ……」
ゼノンが、途中で言葉を詰まらせた。
「否定するなら、最後までしてやりなよ」
ミディリシェルは、ぷぅっと頬を膨らませて、フォルの言葉に、こくこくと頷いて、同意する。
「ミディ、次は洗濯だな」
「ふにゅぅ」
「僕、疲れたから、ゼノンが面倒見といて」
ミディリシェルは、ゼノンと二人で、脱衣所へ向かった。
**********
洗濯に使うものは、昨晩確認済みだ。今度こそ、できるだろうと、張り切っている。
「お洗濯頑張るの」
「ほとんど魔法具任せだがな」
「……むにゅぅ。ゼノン、余計な事言わないで良いの」
ミディリシェルは、そう言って、籠に入っている衣類を、洗浄魔法具の中へ放り込んだ。
洗濯をするのには、洗剤が必要。そのくらいは、ミディリシェルも知っている。
「お次は洗剤なの」
「洗剤はこれだ」
ミディリシェルは、ゼノンから、洗剤を受け取った。箱の中には、粉が大量に入っている。
ミディリシェルは、箱の側面に書いてある説明欄に気づいてはいたが、読まない。
箱を開けたまま、中に入っている、スプーンを取って、箱を傾けた。
そのまま、箱を逆さにして、全て入れようとすると、ゼノンに止められた。
「待て待て待て待て待て」
「みゅ?」
まだ、箱をそこまで傾けてはいない。洗剤は、少ししか入らなかった。
「全部入れようとすんな。そのスプーンが何のためにあるか考えろ」
「全部入れたら、きれいきれいってなるの。入れれば入れるだけ良いの。洗剤を使うお洗濯は、お金持ちさんしかしないから、いっぱい入れるんじゃないの?」
「泡だらけになるわ」
「……あわあわ」
ゼノンのつっこみに、ミディリシェルは、「ほにゅ」と目を輝かせる。
あわあわは、ふかふか、ふわふわに並ぶ好きなもの。
ミディリシェルは、黙って、箱を傾けようとした。
「片付けんの面倒だからやんな」
「……ぶにゅ……どれくらい入れれば良いのか分かんないの」
ミディリシェルは、不機嫌にそう言った。
「スプーンがあるだろ……俺が入れるから、見てろ」
「みゅ」
ミディリシェルは、ゼノンに洗剤とスプーンを渡した。
ゼノンは、洗剤の量を、洗浄魔法具に入れながら説明した。
「この後は、どうすれば良いの?」
「ここのボタン押せば、自動でやってくれる」
「みゅ」
ミディリシェルは、ゼノンが指差したボタンを、ポチッと押した。
ボタンを押すと、洗浄魔法具が動いて、洗濯が開始された。
「みゅ。起動したの」
「ああ。お疲れ。後はほっとけば良いから戻るか」
「みゅ……ふにゃ⁉︎……ミディ、何もできてないの。これじゃあ、お嫁さんに貰ってくれないの」
ミディリシェルは、しょんぼりと俯いて、そう言った。
「あいつなら、気にしねぇんじゃねぇのか?全部自分でやるからとか言いそう」
「ふにゅ⁉︎」
ミディリシェルは、期待に満ちた目で、ゼノンの手を握った。
「早く、フォルに聞き行くの」
ミディリシェルは、そう言って、走って部屋へ戻った。
**********
部屋に戻ると、フォルは引き出しに、持ってきたのであろう髪飾りを並べてしまっていた。
いざ、フォルに聞こうとなると、言葉が出ない。
「フォル……やっぱ聞けないの」
「どうしたの?」
「ミディが、何もできないから、お嫁さんに行けないって言ってんだ。フォルなら、そんな事気にしねぇだろ?」
ゼノンが、代わりに伝えると、ミディリシェルは、一生懸命、手をふるふると上下に振り、その邪魔をしていた。
「気にしないというか、僕的には、その方が良いんだけど。その方が手間が……可愛いから。結婚するかどうかは、別の問題があるからなんとも言えないけど」
「気にしない……ミディにも、まだ、勝機はあるの」
「何も考えなくて良いんだったら、僕は、君を選ぶ……君が全てを失おうと……記憶が無くても、それは変わらない」
フォルが、愛おしそうな眼差しをミディリシェルに向けて、そう言った。
「……良く分かんないけど、これは、ミディの勝ち確なの」
「勝ち確というか、もう勝ってるんじゃないの?僕は、君を愛していると言ったのは、嘘ではないんだ。その愛を、君ら以外に向ける事はあり得ない」
ミディリシェルは、フォルに勝ちと言われて、ゼノンの手を握って、ふるふると上下に激しく振って喜んでいる。
「みゅぅ……管理者の統率となると、とっても人気なの。噂だけはみんな知ってるから、人気すごいの。そんな人がーミディをー……ふにゅぅ」
ミディリシェルは、ぴょんぴょんと跳ねた。
「……ミディ、君って、あそこで監禁されていたのに、なんでそんな事知ってんの?本では知り得ない情報の筈だけど」
フォルの問いに、ミディリシェルは、きょとんと首を傾げた。
「しらばっくれようとするんじゃないよ」
「……教えて欲しいの?なでしてくれる?」
「うん。気になるから。君はずっと、あそこに監禁されていた。にも関わらず、外の事を知っている。本では書かれて無いような、外の世の噂や生活を。ミディなりに隠してはいるようだけど」
現在の魔法具の普及率、管理者の噂。それは、監禁されていれば、知り得ない情報だ。
ミディリシェルは、少し躊躇いながらも、正直に話す事にした。
「……ずっと、声が聞こえていたの。それに、ミディ、自我を持たない精霊さんに、自我を持たせる事ができるみたいなの。それで、ミディは、精霊さんと仲良くなって、教えてくれた」
ミディリシェルは、ゼノンの背後に隠れて、そう言った。
「……もう、そこまでできるようになっていたとは」
「みゅ?」
「何でもない。ミディ、今日は疲れたんじゃない?ゆっくり休みな」
フォルが、そう言って、部屋を出た。
「……ふにゅ。何だか、いつもと違うって気がしたの」
「フォルは、昔から、何か隠しているようだからな。それの関連だろ……俺らが、転生前の記憶を取り戻せば、何か分かるのかもしれねぇな」
「ふにゅ。ミディ達って、どんな関係だったんだろう」
ミディリシェルは、ゼノンとの関係は、フォルから多少聞いている。だが、フォルとの関係は、何も聞いていない。
「さぁ?」
「……ゼノン、ミディ、言っておきたい事があるの。ずっと悩んではいたの。でも、こうして、ここで過ごしているうちに、答えって言って良いのか分からないけど、決めた事があるの」
ミディリシェルは、ゼノンと向き合って、そう言った。
「ミディ、婚約発表の前に、あそこへ戻ろうと思う。まだ、悩んではいるの。今後の事なんて、考えられそうにない。でも、今は、考えられるようになってきたの」
「……」
「ミディは、あの国の最後を、見届けようと思う。それで、やな事、たくさん聞くかもしれない。知っちゃういあもしれない。でも、逃げないって決めたの。ちゃんと、自分が期待していたものに向き合うって決めたの。その真実を、最後まで見届けるって決めたの。だから、その最後を、ゼノンも一緒に見届けて欲しい。だめ?」
ミディリシェルは、凛とした瞳で、ゼノンを見て、そう言った。
ここへ来てから、ずっと考えていた事に、ミディリシェルは、自分なりの答えを出した。
「……良かったというべきか。行くなら止めるべきか。どっちかと言えば、止めたい。だが、お前が自分で決めた答えだ。俺はそれを止めない。尊重する」
ゼノンが、そう言いつつも、止めたそうにしている。そこまで心配してくれているゼノンを見て、ミディリシェルは、喜んでいた。
「みゅ。ありがとなの。でも、今は、向こうに行けば、味わえなくなる、このふかぁふかぁベッドを味わうのー。思う存分、むにゅぅってするのー」
ミディリシェルは、そう言って、ベッドに飛び込んだ。
**********
ミディリシェルの部屋を出た後、フォルは、ゼノンに悟られぬよう、気配を消して、扉の前に座った。
――今は……あの子に嫌われた方がやりやすいのに……
ミディリシェルに嫌われたい。ミディリシェルに好きのままでいて欲しい。
その間で、今もずっと囚われ続けている。
「ミディは、あの国の最後を、見届けようと思う。それで、やな事、たくさん聞くかもしれない。知っちゃういあもしれない。でも、逃げないって決めたの。ちゃんと、自分が期待していたものに向き合うって決めたの。その真実を、最後まで見届けるって決めたの。だから、その最後を、ゼノンも一緒に見届けて欲しい。だめ?」
「……っ」
扉を隔てて聞こえてきた、ミディリシェルの決意の言葉。フォルは、それを聞いて、思わず声を出しそうになった。
声を出さないように、右手で口を塞ぐ。
――……逃げない……僕には、無理だよ……あの子の強さに、見合う選択なんてできない……あの子を、自分の手で、傷つける選択以外できない……あそこから、逃げる事しか、できないよ。
フォルは、扉の前で、必死に涙を堪えていると、そこに、ルーツエングが通りかかった。
「……何しているんだ?」
「……何の用?」
フォルは、声をかけられて、不機嫌な声で答えた。
「随分、機嫌が悪そうだな」
「別に。話があるなら移動する」
「そうだな」
フォルは、ルーツエングと一緒に、自室へ向かった。
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「……」
「ミディに何か言われたのか?」
「……そんなの、主様に関係ない。自分の役目は果たしているんだ。そこまで、干渉しないでもらえる?」
「昔以上に、周りを拒絶するんだな。その悩みに関係しているのか?」
ルーツエングが、不機嫌なフォルを見て、そう言った。
「だったら何?」
「誰だって悩むものだ。だが、選択できる未来は一つだけ。後悔のない道を選べ。その、選ぶのに、あの子達の強さも尊重してやって欲しい。主としてではなく、兄として、そう言わせてもらう」
「……兄として、か。なら、僕も、自分の役目を忘れていつぶりかの弟になろう」
フォルは、そう言って、涙を浮かべて、ルーツエングに、笑顔を見せた。
「ありがと、にぃ様。それと、ごめん……今日はもう休みたいから、一人にして」
「……分かった。あの件について、話がしたかったが、それは、またの機会にしよう」
ルーツエングが、そう言って、部屋を出た。
「……ごめん。僕を、ほんとの弟のように想ってくれて、ありがと。それと、さようなら」
「エレの挑戦はどうだったんだい?」
「……ジェラか。相変わらず、何もできないままだったよ。そこも含めて、あの子の事が好きなんだけど」
「……そう」
「……ほんとは、決心するために来たのに……これ以上いれば、できなくなりそうだから、後の事は任せる。それと、今後は、あの眷属では無くて、魔原書の複製品で連絡を取る」