04
雲の上では、危なげなく戦いが繰り広げられていた。
アーヴィン様が魔法で魔獣の足を止め、すかさずディラン様が氷の槍で討つ。逃げようとした仲間はアーヴィン様の氷の壁で行く手を阻まれ、戸惑っている間に散っていた。
氷の割れる音、走る雷の光。獣の悲鳴を背景に、粛々と一方的に狩られ続ける。
「……妙だな」
ふと、アーヴィン様が呟いたのが聞こえた。
わたくし達は、アーヴィン様が作り出した氷の壁の中にいる。“結界”というらしい。
「イグニスは、普通群れでは行動しない。ごく稀に団体行動をすることもあるが、そこには必ず親玉がいる」
「……見当たりませんね」
リエラが彼に応える。
「……君は、魔獣に詳しいのか?」
「隣国の出にございます。師匠から、一通りの脅威について学びました」
「魔法は?」
「シャルロッテ様をお守りし、自分も守る程度には」
「そうか」
頷いたアーヴィン様が、竜の背で居住まいを正す。
「ディランの助太刀と、親玉を探す。私の結界は破られることはないと思うが、シャルロッテ嬢を託して良いか?」
「お任せください」
「頼む」
魔力を込められた結界が淡く光り、アーヴィン様が竜と共に光から飛び出す。
キュルリとわたくし達の乗る竜--おそらくネイジュが鳴き、番である彼の竜が尻尾を大きく一つ振った。
それからの戦闘は、終わりもすぐだった。
結界から出たアーヴィン様は、一度わたくし達を振り返ってくださり、軽く頷いた。すぐに前方に視線を戻し、竜の背に立ち上がる。
右手を上に向けると大気中に氷の粒がたくさん出現し、下に払うとそれらがすごい速さで雲を裂いた。切れた雲間には他よりも大きいイグニスが一匹おり、耳を塞ぎたくなるような咆哮をする。
「ディラン!」
「アイツがボスかっ! くらえっ!」
ディラン様が氷の槍を親玉めがけて投擲すると、イグニスはひらりと避ける。しかし真横を過ぎる寸前、槍は真っ二つに割れ、バチバチと紫電を放った。
雷鳴が、空気を疾走る。
「きゃっ……!」
咄嗟に、耳をふさいで目を閉じた。次いで頭を守るぬくもりに、リエラがわたくしを抱いて守っているのだと悟る。
ズドォンというお腹の底に響くような音、振動と少しの熱と、断末魔が轟いた。
しばらくして、リエラの腕の力がそっと弱まり、わたくしは恐る恐る両目を開く。
ちぎれたふわふわ雲の間には、アーヴィン様と、ディラン様と。それぞれの竜が飛んでいる以外は、何もなかった。
「……終わったの……?」
ぽつりと呟くと、背後のリエラが頷く。
「……ディラン様の雷魔法が、親玉のイグニスを爆発させました。他は、アーヴィン様が倒しましたよ」
「まあ」
「竜も落ち着きましたし、残党もいないのでしょう」
雲間を一周し、アーヴィン様とディラン様が、わたくし達の方へ踵を返す。ネイジュが喜びに、バサリと翼を羽ばたかせた。
「シャルロッテ嬢!」
アーヴィン様が、わたくしの名前を呼んだ。
「怖がらせてすまなかった。侍女殿も、無事か?」
「はい。ありがとうございます、アーヴィン様。わたくしもリエラも、大事ございませんわ」
「良かった」
「アーヴィン様も、ディラン様も……お怪我はございませんか?」
「問題ない」
結界の中へ戻ると、アーヴィン様もディラン様も、ひらりと竜から降りた。
落ちてしまうと慌てたが、結界には壁と同じく、氷の床があるらしい。まるで空中を散歩でもするかのように、2人は歩を進めた。
「倒した数は忘れたが、結構暴れたな!」
「……20よりは少ないと思うが」
「……16、です。それに、親玉を入れて17匹」
背後から、リエラの固い声が飛んだ。
「僭越ながら、申し上げます。いくら王都から離れると魔獣が出ると聞くとはいえ……異常では、ありませんか」
リエラの言葉に、2人の顔が険しくなる。
「それは、今さっきアーヴィン様と話してたところ。おかしいなって」
「……多分、それは。わたくしに、関係があると思われます」
静かな声で、言葉を紡いだ。緊張に体が震えたが、気付いたリエラがそっと背に手を添えてくれる。
「お兄様から、アーヴィン様へ、お話は伝わっているかと思いますが……わたくしは、キュアノス家に生まれながら、落ちこぼれにございます」
「……シャルロッテ様……」
「わたくしは、水魔法を使えません。魔力検査では、違う色を示しました。わたくしは、青ではなく、白……聖魔法使いです」
「……そうか」
アーヴィン様が、一つ頷いた。
「詳しい話は、クリュスタに着いてからにしよう。急ぎ城へと戻り、安全な場所で検討したい」
「少し早く飛ぶことになるから、魔石装具のボタンを2度押してくれ。ちょっと強い魔法に変わる」
荷物入れから、アーヴィン様もディラン様も、魔石装具を取り出した。
竜に乗り慣れないわたくし達にあわせ、ゆっくり飛んでいてくれたのだろうか。
「……申し訳ございません」
自然と、口から謝罪の言葉が漏れた。
振り返ったアーヴィン様が、ゆっくりとわたくしを見上げて、きれいなお顔を少し歪める。
「謝る必要はない。……親に叱られて、泣きそうな子どもみたいな、そんな悲しい顔をするな……シャルロッテ」