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 王都を発って3日。そろそろこの旅も折り返しだ。

 馬車から覗く景色を見やり、飽きる車窓に溜め息を漏らす。


 夜は寄る街々の宿で睡眠をとるが、食事と寝る以外の時間はほぼ移動だけだ。体の節々が痛んできて、わたくしはついつい憂鬱になる。


「……シャルロッテ様」

「ごめんなさい、リエラ。わたくし、ちょっと疲れてしまっただけよ」

「移動時間が長いですから……少し、休憩にしますか?」

「うーん……大丈夫よ、ありがとう」


 ふわふわな膝掛けを手繰り寄せ、わたくしは少しだらしなく木枠に寄りかかる。


「シャルロッテ様」


 御者台の小さな窓に向かっていたリエラが、わたくしを振り返った。


「もう少し先に、小さな湖があるそうです。早いですが、お昼にいたしましょう」

「ほんと!?」

「ええ。なだらかな丘になっていて、景色も良いそうです」


 立ち上がり、すかさず支えるリエラにがばりと抱きついた。ガタンと馬車が揺れ、2人して慌てて席に戻る。


「シャルロッテ様のお好きな、お茶も淹れましょう。前の町で、名物の果物も買いましたわ」

「わーい! ありがとう、リエラ!」

「うふふ。あと少し、頑張ってくださいませ」


 大人しく椅子に腰かけたまま、わくわくと到着を待つ。

 しばらくして馬車が止まり、安全確認が済んだと騎士が呼びにきた。


 キラキラと光る透き通った湖と、一面に広がる草原。木々と馬車の間に幌を広げ、影で昼食の仕度が始まった。


「綺麗な場所ですね、リエラ」

「はい。お食事まで、もう少しかかるそうです。少し、周りを散策しますか?」

「ええ。素敵な景色ですもの。自分の目でじっくりと見てみたいわ」


 さわさわと頬を撫でる風が気持ち良い。

 綺麗な湖と、良く晴れた空。王都では味わうことのできない自然に、胸いっぱいに空気を吸い込んだ。


 リエラが差す傘の中から、広がる青を見渡す。

 その、北方に。


「リエラ。あれ、何かしら?」


 小さな黒い点々は、ぐんぐんと移動し、近付いているような気がする。

 サッと顔を青くしたリエラは、わたくしを背に庇うと逃げるように馬車へと引き返した。


「王都から離れるにつれ、魔獣が現れると聞きます。シャルロッテ様は、馬車の中へ。騎士に指示を出します」

「まあ」

「いいですか。絶対に、ドアを開けないでください。リエラがお迎えに参るまで、絶対にですよ」

「わかったわ」


 馬車の中へ押し込められ、ドアが閉じられる。ガチャリと鍵もかけられ、狭い小部屋に取り残された。

 外からは慌ただしく動き回る気配と、人の声がする。


 わたくしは御者台へ続く小さな窓をそっと開け、見える範囲で外を覗いた。

 ドアを開けちゃダメとは言われたけれど、窓はダメとは言われていないもの。



「……シャルロッテ様」


 外から、震えるリエラの声がした。しかしその震えは恐怖からではなく、どちらかというと興奮したような色合いだ。


「リエラ、リエラ。わたくし、鍵がかかっているからドアが開かないの。外の様子が分からないわ」

「! い、今開けますね。お待ちください」


 がちゃがちゃとドアをいじるリエラが、かしゃんと鍵を落とした音がする。いつも何でも完璧にこなす、失敗知らずな彼女が、珍しい。

 慌てるリエラをなだめつつ、鍵を開けてもらって外に出た目の前の草地には……。


「……竜!!」


 見上げる程に大きな、空を飛ぶ生き物がいた。


「……シャルロッテ様。おそらく、アーヴィン・キュアノス様です」


 声を落として、リエラがわたくしの後ろから囁いた。それにこくりと頷き返すと、竜から降り立つ男を待つ。


「……アーヴィン・キュアノスだ」


 冷たく、鋭利な声が耳に届いた。


「初めまして、アーヴィン・キュアノス様。シャルロッテ・キュアノスと申します」

「君が、花嫁か……」


 ぱちりと、視線が合う。男、アーヴィン・キュアノス様の、その瞳は--藍銀。

 最敬礼をとり、深く頭を下げる。リエラや騎士達も、黙してわたくしに倣った。


「……継承権は放棄している。今はもう、クリュスタに住む、ただのキュアノスだ」

「それでも。わたくしは、初めてお会いいたします旦那様に、お礼を申し上げたく思います。この度はわたくしとの結婚をお許しくださり、ありがとうございました」

「……甥の、唯一で最後の頼みだ」


 ふい、と目をそらされる。


「……長く馬車に揺れるのも大変かと思い、飛んできた。竜であれば、夕方には城へ着く。乗るか?」

「!! 良いのですか?」

「……怖くなければ」


 思いもよらぬ提案に、わたくしは興奮してリエラを振り返る。彼女は困ったように眉を寄せていた。


「君が竜に乗るなら、騎士は最低限にしてクリュスタまで来てもらおう。馬車は飛ばせば2日で着く」

「わたくしがいなければ、ゆっくり走る必要はありませんね」

「ああ」


 護衛をする者がいなければ、騎士はここで仕事は終わり、追従していた従僕の数も減らせる。荷を守る最低限の数と、減らした余力で馬車を牽けば時間も縮まるはずだ。


「お願いしても、よろしいですか? キュアノス様」

「……アーヴィンで良い。君も、キュアノス姓だろう」

「まあ」


 元婚約者であるネストによる、彼の叔父であるアーヴィン様との、政略的な意図を多分に含むこの結婚--まさか彼の方から、歩み寄ってくれるなんて。


「ありがとうございます、アーヴィン様」


 わたくしは、にこりと微笑んだ。



  

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