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   01   

  


「シャルロッテ・キュアノス。君との婚約は、破棄させてもらう。……僕には、好きな人を忘れることができない」


 すまない、と言って頭を下げる婚約者に、わたくしは沈黙のまま目をつむる。

 驚いたりはしなかった。分かっていたし、諦めていた。


 それでも。


「……殿下は、忘れられないのですね。あの子のことを。わたくしも、忘れることはできません。あの子のことを。そして、殿下のことも。諦めることは……できません」


 わたくしの応えに、殿下はぐっと眉間にシワを寄せる。


「ですが。わたくしも、殿下のお気持ちは理解しているつもりです。……お慕いしておりましたわ、殿下」

「すまない。本当に、すまない……」


 改めて頭を下げる彼に、わたくしも深く頭を下げる。


「今までありがとうございました。殿下と、この国の未来を祈ります」

「……僕は、神殿に身を捧げるつもりだよ」

「なんですって」


 思わず見上げた殿下は、薄く微笑んでいる。夜空に輝く星のような瞳は、凪いだ海のように静かな光を浮かべていた。


 ああ、殿下は……それ程までに、彼女のことを。


「……うらやましい、ですわ。あの子が……殿下が」

「……僕が?」

「ええ。殿下が、あの子を想うお気持ちは、本当なのだわ、と」

「……すまない」

「もう、謝らないでくださいな」


 にこり、と微笑んだつもりだ。きちんと笑顔になれたかは、自信がないけれど。


「どうか、お元気で。この15年間、貴方と過ごした日々は忘れません。……大好きですわ、ネスト」

「僕も……ありがとう、シャル」


 こうしてわたくしは、長い長い初恋に、別れを告げたのだった。







 第一王子殿下と婚約破棄となったわたくしは、殿下の薦めでとあるお方のもとへ嫁ぐことになった。

 怒り狂う長兄に会うのも怒られるのも嫌だったし、社交界という針の筵に座らされるのも嫌。


 身一つで来ても良いという言葉に甘え、今宵ひっそりと王都を発つ予定だ。屋敷中が準備で騒がしい中、わたくしは部屋で一人待つ。

 第一王子殿下の婚約者の肩書きもない。他者の顔色を伺う必要もない。何をしても咎められず、淑女たれ未来の国母たれと、喧しく囀ずる声もない。


 それ、すなわち。


「自由よぉおお!!!」


 バサリ。ベッドの天蓋が揺れた。


「シャルロッテ様……」

「うふふ。ごめんなさい、リエラ」


 呆れた顔を隠しもせず、わたくし専属の侍女がカーテンをまくる。ふわふわとした気持ちのまま、やわらかな布団の上をくるりんと寝返った。


「わたくし、自由なのよ、リエラ。嬉しくて嬉しくて……どうしましょう。何をしたらよいのか、分からないわ。やりたいことはいっぱいあるのにっ!!」

「そうですねぇ。まずは、お召し替えを」

「あん。わたくしの侍女が、冷たい」


 いそいそと、リエラが旅の支度を整えている。乗ってくれない彼女に肩をすくめて、わたくしも応えるためにベッドの端に寄った。



 道中、一週間は移動にかかるという。

 急なことなので花嫁衣装や道具は間に合わないし、最低限の車列で向かう手筈になっていた。

 それでも、一週間。

 辺境の地、クリュスタは遠いのだ。おいそれとは簡単に、王都へ戻ってくることはないだろう。


 けれども、わたくしは全然構わなかった。

 人間関係にも、その他の周囲の環境にも、疲れていたし……まさに渡りに船、乗らないわけがない。



「でもね、わたくし……旦那様になる方を、あまり知らないわ。リエラは?」

「アーヴィン・キュアノス様ですね。シャルロッテ様の遠いご親戚としか……」

「そうそう。あとね、わたくし、こう聞いたこともあるわ。氷魔法の最強の使い手で、その名も」

「「氷の竜騎士」」


 リエラとわたくしの口から、同じ言葉が飛び出した。


「クリュスタには、竜が何匹かいるらしいの。アーヴィン様は、それに乗って戦うとお聞きするわ」

「竜って、空を飛びますよね。……リエラは、想像するだけで怖いです」

「うふふ。わたくしは、ちょっと楽しみ」


 竜のどこに乗るのだろう。馬と同じで、背中に鞍でもつけるのかしら。


 準備の手は休めず、想像話に花を咲かせた。あっという間に時は過ぎ、準備も万端であとは出立を待つのみ。

 リエラが淹れてくれたハーブティーをゆっくりと飲んでいると、馬車が整ったと従僕が知らせに来た。


「……このお部屋とも、お別れね……」


 いざ出発となると、生まれた時から過ごしてきた部屋に少し寂しくなる。声をかけてくれるリエラに大丈夫よと返事をして、最後に記憶するように全体を見回した。


「……またね」


 別れを告げる声に、もちろんだが応えはない。


「さて。いざ参りましょうか、クリュスタへ。一緒にきてくれて、ありがとう、リエラ。貴女がいれば百人力だわ」

「シャルロッテ様の専属侍女ですもの。どっか行けと命令されたって、お側を離れません」

「……そんな命令をする未来がないように、妖精王に祈るわ」


 冗談交じりの言葉の応酬に、リエラと目があったわたくしは、一緒にくすくすと笑った。



  

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