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二人の少女 上

『革命をおこなうからには、革命政府が必要である。革命理論と革命的風格にもとづいてうちたてられた革命政党なしには、労働者階級と広範な人民大衆を指導して帝国主義とその手先に打ち勝つことはできない』

 暗い空、澄んだ空気の中に、機械的な声が流れる。

 日に三度、決まった時間になると村中にあるスピーカーが起動し、同じ言葉を流す。いや、村中どころじゃない。州すべて、国すべてにスピーカーが置かれ、毎日毎日党首の言葉を流している。

 放送は党首の素晴らしい考えを知らしめるだけではなく、時報の役目も帯びている。一度目の放送で仕事が始まり、二度目の放送から30分間休憩、三度目の放送で仕事が終わる。

 しかし、メイは汗をぬぐいながら周囲を見る。

 三度目の放送で、仕事の手を止める人間はひとりもいない。鳴り響く機械音声になどまるで反応せず、皆それこそ機械のように、淡々と畑仕事を続ける。

 巡回中の憲兵と目が合った。馬上で木の棒をもてあそびながら農民を監視している。

 メイは思考をやめ、作業に戻る。どうしようもないことを考えるのはやめよう。

 もう二度と、党に支配される前の時代は戻ってこないのだから。

 うつむいて作業していると、隣でうめき声。見れば、母が倒れていた。憲兵の位置を見てから助け起こす。

「大丈夫?」

「ええ、ええ。……大丈夫よ、少し眩暈がして」

「落ち着いて。あと1分は巡回が来ない」

 母はこくこくとうなずき、地面に座って呼吸を整える。

(まずいな)

 メイは内心舌打ち。自身の言葉通り、さっきの憲兵が戻ってくるまでには一分ほどある。しかし母はこれ以上作業するのは厳しいだろう。

(……どうする。今なら憲兵の視界に入らない小道が二本ある。家に帰した後なんとかごまかすか? いや、だめだ。あと20秒で70メートル先の茂みに潜まないと見つかる……)

 逃がすのは無理だ。別の方法を考える。

「お母さん。追加であと二分、座ってれいばいけそう?」

「ええ。でもそんなに休んだら……」

「大丈夫。一芝居うつから。後ろの地面柔らかいよね?」

「芝居? 地面? そ、そうね。柔らかいかしら」

「じゃ、ちょっとごめん」

 憲兵が建物の陰から姿をあらわす。

「ああ、くそ! やってられっか!!」

 メイは叫びざま、母の肩を押す。母は後ろに手をついてメイを見上げた。

「ど、どうしたの? どういうこと?」

「どうしたもこうしたもあるか!! 毎日毎日一日中、やってらんねんだよ!!」

「貴様! 手をとめるな!!」

 騒ぎを聞きつけた憲兵が馬首をめぐらし、二人のもとへ向かって来る。

「るっせんだよ! てめえはいいよなあ! お馬さんの上でしかめっつらしてるだけなんだからよお!」

 頬に熱い感触。そして、吹き飛ばされた。

 棒でメイを殴りつけた憲兵はさらに二度、三度とメイを打ちのめす。

「違う、間違っているぞ、同志メイ! 貴様の言動は党首の理念に反している!」

「や、やめてください! その子をぶたないで!」

「引っ込んでいろ、ババア!!」

 憲兵はさらにもう一発殴ると、ふんと鼻を鳴らす。

「ちゃんと娘を教育しておけよ。さあ、働け! 働くんだ! 貴様らの汗と血が党首の理念を世界にいきわたらすための糧となるのだ! 光栄に思え!」

 言いたいことを言うと、憲兵は去っていく。

 メイは顔から出る血をぬぐった。母が心配そうに傷口を見る。

「大丈夫だって。あたし、鈍いから」

 メイは笑って、作業に戻った。


 党首の言葉を流し終わると、今度は党の発表だ。

『すばらしいです、みなさんの頑張りのおかげで今年の生産量は去年の1.5倍。しかも中央党時代と違い、餓死者はほとんど出ていません』

 長々と続いた放送はようやく終わる。12時すぎまで働いて、憲兵たちが消えると、メイたちも家に帰った。

 餓死者はほとんど出ていない。さすがにここでゼロなどとは言わないらしい。

 それはそうだろう、実際、メイの周りでも餓死者は出ている。生産した食料はほとんどすべて税として取られ、生産した人間の手元には残らない。

 最初は生存に必要最低限の食料は残されるという話だった。しかし実際には定められた量よりも多くとられ、年々税は重くなるばかり。

 今、農民が食べているのは草や木の皮、土だ。

 メイと母もまた、畑仕事中にむしった草を食べる。土を落としもせず、虫がいても構わず食べる。

「お母さん、先に寝るね」

「うん。あたしはもう少しここにいるよ」

 母はよろよろと危なげな動作で横になる。少し前から体調が悪かった。当然だろう、こんな生活をしていて元気な人間がいたらそっちのほうが異常だ。

 母は眠り、翌日になっても回復しなかった。

 極度に栄養のないこの環境では、一度倒れてしまえば回復することは難しい。

 母は日に日に衰弱の度を増していき、顔も青白くなっていく。

 メイは少しでも消化が楽になればと、普段食べているものをすりつぶして母に出すも、あまり意味はなさそう。

 母は横になったまま娘の顔を見上げる。

「ごめんね、こんな時代に産んでしまって」

「……こんな時代も何も、ほかの時代を知らないからね」

 嘘だ。幼いころの記憶はある。もう戦争ははじまっていたけれど、今よりずっと豊かで、自由だった時代。

 母親は深く息を吐いた。瞳は遠く虚空を覗いている。

「お母さんが子供のころはね、よく山に遊びに行ったのよ。山頂に綺麗な泉があって、いろんなお花が咲いていた。とくに青い花が好きで……」

「うん、聞いたよ。お父さんともそこで出会ったんでしょ」

 父の顔は、それこそほとんど覚えていない。

 20年前に帝国軍の侵略がはじまり、撤退したあとも中央政府と革命党の戦いが続いた。父は革命軍に徴収され、二度と戻ってこなかった。

 革命党は勝利し、言った。これからは階級などない、平等な世界だ、と。

 その言葉通り、民衆は平等に地獄へ突き落とされた。

 母はそっと娘の手を握る。メイが握り返すと、母は微笑し、瞼を閉じた。

 翌朝、母の体は冷たくなっていた。


 母を背負い、村から離れた焼却炉へと向かう。

 親族の亡骸を運ぶことは労働のひとつに数えられる。ゆえに死体を背負っていれば憲兵は何も言ってこない。

 石造りの炉へと母を入れ、数時間後には灰に変わる。

 昼の放送を聞きながら帰路についた。村に近づくと、何やらいつもと様子が違う。

 見れば、農民たちが一か所に集まっていた。憲兵たちは遠巻きに見つめ、何やらメモを取っている。

(……うさん臭いな)

 近づいてみると、中心にはひとりの少女がいた。

 自分たちの着ているボロとは違う、厚い布地の服。党の方針でオシャレはできないが、それでも栄養状態がいいせいか肌は綺麗だ。

 これまた党の指示通り短く切りそろえた黒髪はきめ細かくやわらか。メイが通りかかったのを見ると、活発な笑みとともに近づいてくる。

「こんにちは。あなたもここの方?」

 メイはさっと目を左右に走らす。憲兵が見ている。メイの顔を見て、メモ帳にペンをあてた。

 メイは少女に答えず、歩き続ける。

「私はランファンっていうの。これ、みなさんに差し入れしようと思って」

 籐編みの籠からパンが出てくる。反射的にお腹が鳴った。それでも。

「いえ、仕事がありますから」

 突き返し、家に急ぐ。憲兵のペンは動いていない。

 代わりに別の人物がパンを受け取ると、憲兵は何やら書きとめた。

 その日から何度もランファンは村に現れ、メイはそのたびに同じ対応を取り続けた。

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