酒は茶室でのむもんじゃない
「それが非才なのです。それが非才の後悔しかない道だったのです」
「……こういう時、何といえばよろしいのでしょうか…。」
「人は皆、憐れみ、非才を、真っ暗な瞳で見つめるのです。」
「……すみません。僕には、言葉を作るのは難しいようです」
「いいのです。顔をおあげなさい」
俯くシャルの顎を持ち、孔庵は目を合わせる。
「…そのような目は、シャル様には似合いませんよ。いつものように笑っていただけませんか。非才が認めた唯一の男として、憐れみでなく、笑っていただきたいのです。」
「できません。僕に…今の僕に笑うことなど…」
「そうですか…」
孔庵はそっと顎から手を離す。
「……あなたはとても、美しいのですね。」
「え…」
人間は愚かで、美しくないと思っていた。ただ、シャル様だけは違った。憐れみの眼で非才を見ていたとしても、その目は真っ暗ではなかった。あぁ、非才は今、感銘してます故。今日は酒など飲まなくても、この心はキレイに浄化されそうです。
「いえ。こちらの感情で故。お気になさらず。ささ、もう寝た方が良い。シャル様、今日は頑張っていらしたでしょう」
「…いえ、僕は…頑張ったなんてそんな…」
「非才感銘を受けました故!なんとも素晴らしい超脚力!誉めるほかに値しませぬ!」
「ははっ。そこまでほめても何も出ませんよ。」
「おやおや。何も出ないのは残念ですな。」
「では、僕は寝ることにします。…孔庵さん…ありがとうございます」
茶室の襖を閉める音が、室内全体に響き渡った。
ナタネたちは布団を引き始めていた。
ペルロ)「そういや、ナタネ。お前寝る前だがトイレ行ったか?」
「いつから誰のかーちゃんになったんだオメェは」
ルギは布団の中に身を潜めて、ぶるぶる震えていた。
「…ナタネ。わしが夜中トイレ行くってなったら一緒に来るんじゃぞ。絶対じゃぞ」
「お前いつから暗いとこ嫌いになったんだよ」
ルギは飛び出てナタネの両肩をつかむ。
「頼む!!暗いところはこう…なんじゃ…吸い込まれそうで怖いっていうか…」
「ほぼ怖いって言ってんじゃねぇか」
ペルロ)「…そういえば、シャルはどこ行った?」
丁度襖の開く音が響く。
「いやぁぁぁぁ!!幽霊!幽霊!シャルの亡霊!!」
「勝手に死なすんじゃねぇ!」
「人を亡霊呼ばわりとは…。ただいま亡霊戻りました。」
「いやぁぁぁ!!」
「シャル…悪いが冗談でも今はききそうにないから、控えてやってくれ」
「おや。これは申し訳ありません。…ルギさん」
「ふぁい?!」
「僕は亡霊ではなく、本物で実現しているシャルですのでご安心を。触って確かめても構いませんよ」
ルギはお腹をつついて、腕などを触る。
「…あ、…あ…本物…」
ペルロ)「そういえばシャル、寝るっていうときにどこ行ってたんだ?」
シャル)「…孔庵さんのところです」
少しだけ動いた目の動きをナタネだけは見逃さなかった。
「あ、俺リークさんに用事あったわ。わりぃ。先寝てていいぞ」
ナタネの脚に縋り付いてくるおなごが一人。
「ナタネ?!おい!わしを一人にするのか?!」
「いつまで暗闇怖がってんだテメェ!これまでも旅の真夜中寝てただろうが!」
「いや、あれとこれではだいぶ違うぞ!マヨネーズとケチャップぐらい違う!」
「ならマヨネーズもケチャップも克服すればいいだろぉが!!」
ナタネはルギを振りほどいて、孔庵の元へ走っていった。
「孔庵君は、憐れみは嫌いかい?」
リークが隣の和室から縁側へと姿を見せた。
「…対話を盗み聞きするなど…良い印象が崩れてしまいますよ」
「良い印象?…それは孔庵君にとっての良い印象だろう?」
リークは孔庵の元へ歩いていく。
「……そうですねぇ。少なくとも、素晴らしい人間様だと思っていますよ」
「そうかい。そりゃあ小生嬉しいねぇ」
「……気づいていますよ。ナタネさん。襖の奥には居ずにここへ来てはいかがでしょうか」
ナタネは襖をあけて茶室へ足を運ぶ。そこには月と逆光の孔庵と、リークがいた。
「……その遠くの気配までわかる能力。俺も欲しいとこなんですけど」
「これは修行故。すぐに付くものではありませぬぞ」
「ナタネ君。どうしたんだい?何か小生たちに聞きたいことでもあったのかい?」
「気づいてるくせによくいうなァ。…一つだけ言いに来たんだよ。あんまりシャルを困らせないでほしい。それだけだ。まぁなんつーか、アイツにもアイツなりに色々抱えてここまで来たんだ。笑顔でいるが、いうほど心はそこまで強くねぇ」
「…おや、シャル様は随分とナタネ様に愛されれるようですな」
「いや。愛してるわけじゃないけども」
「いやいや。否定をするものではありませんよ?愛ゆえ!そうこれこそ!愛あっての言葉!」
「いや、愛じゃなくて。」
「ではこ」
「恋でもねぇから」
「…ナタネ君は仲間思いのいい人だねぇ。小生そういう子結構好きですぞ」
「愛の告白はグラドルだけにしてください」
「でも一言いいにここまで来たのは、人間性として素晴らしいねぇ」
「……もう寝るんで帰ります……うわぁ!」
襖の方を向いて帰ろうとすると、襟を引っ張られた。振り返ればすぐそばにはリークがいた。
「…小生まだ今日分のお酒が残ってるんだよ」
「今日分ってナニ。お酒ってとっておいた方がいんじゃないの」
「それが小生のお酒、今日飲まないと腐っちゃうんだよ」
「えぇ。じゃあ勝手に飲んだらいいのでは」
「いやいや。ただ飲んでいては面白くないだろう?」
「ならそこの非才、非才言っている人と飲んだらいいのでは?」
「孔庵くんかい?名前を覚えたまえよ。ナタネ君」
「いや非才って言ってるから、孔庵ってなかなか頭に出て来なくて」
「これは非才。悲しみをお通り越して笑ってしまいます故」
「笑うの?呆れじゃなくて?」
「まぁまぁ。付き合っておくれよ。爺の惚気話程度に」
「…いや、寝ます」
リークと孔庵の顔が固まる。
「え、ここ!ここ過去の話するって流れでしょ?!ナタネ君!」
「生憎ですが!!俺今日ごっさ疲れたので!過去話とか!!別の日にお願いします!!」
「別の日?つまりまだナタネ様はココにいるといことで理解しても?」
「いやいませんけど。あ、別の機会にでした。」
「なんでなんで?!ナタネ君聞いてよ!」
「聞きません!寝るのでこれで失礼します。」
「え、ナタネ君?!ナタネ君?!」
ナタネは茶室から出た行った。そのあとの酒は非常に苦いものだったという。




