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第33話 私が嫌なんです


 那月が泣き止むまで慰めつつ、この後のことも考えて水越さんに迎えの車を出してもらうように連絡をしておいた。

 とてもじゃないけど学校で直接の吸血をするのは誰かに目撃されるリスクが高いため、はなから選択肢に入っていない。


 これは入学前から決められていたことで那月も同意しているのだが、家に到着するまでの間は吸血衝動に耐えてもらうということも意味している。

 だから俺はその衝動を少しでも和らげるために涙を落ち着かせた那月と人目のつきにくい場所に移動し、水越さんが到着するまでキスで血を分けていた。


 はっきりいって、那月には生殺しにも近い状況だったと思う。

 目の前に極上の食事があるのに手を出せないのはもどかしいだろうし、それを忘れるためなのか、いつもよりも深く長いキスが何度も続いた。

 応急処置にしかならない程度の血しか摂取できないのはわかっていただろうけど、那月の主な目的としては精神安定が強かったのだろう。


 そんなこんなでしばらくまともに会話もできない状況が続き――水越さんから学校に到着した旨の連絡が入った。


 唇が繋がったまま確認した俺は軽く背中をトントンと叩いて合図を送ると、名残惜しそうに間近で目元を蕩けさせていた那月から顔を離していく。


「はぁ……もう、着いたのですか……?」

「らしい。色々話したいこともあるだろうけど帰ってからだな。荷物は……まあ、置いていっても困らないな。課題は明日事情を話せばなんとかなるだろ。歩けるか?」

「……なんとか大丈夫そうです。ただ……まだ泣いた跡が残っていると思うので誰かに顔を見られるのは恥ずかしいです。それに、吸血衝動と発情の方が何ともなっていないので……」

「わかってる。こんな那月を他の奴に見せたくない。上着でも被っててくれ」


 制服の上着を脱いで那月に手渡し、頭巾のように頭からかぶってもらうと、正面以外からは顔が見えなくなった。

 これなら那月の泣き顔が衆目に晒されることもないし、発情で増した色気も誤魔化せるだろう。


「それだと見えにくいから手繋いでおくぞ」

「……それより、こっちの方が離れませんっ」


 手を差し出したが、那月は手を取ることなく左腕にぎゅっと絡みついた。

 シャツ越しに腕を挟み込むような二つの柔らかい感触があって、どうにも落ち着かないのだが、俺の腕一本で那月の気が紛れるなら是非はない。

 他の生徒に見られたら大変なことになるだろうなあ、と頭の片隅で考えつつも、別にいいかと楽観視している自分の存在に気づいて苦笑する。


 どうやら、俺も覚悟が決まったらしい。


 腕を掴んで絶対に離さないという強い意気込みを感じる那月のそれは、まるで周囲に対してこれは自分のものなんだとアピールするような雰囲気があった。

 言ってしまえば独占欲とか、そういう類いの感情。


 自分が抱くには嫌だと感じていたそれを那月に向けられていると考えると……どうしてか、震えるほどに心地よかった。


 那月を支えながら水越さんが待っている校門前まで向かう途中、なぜか治孝と明日香が二人で俺の方へ手を振っていた。

 しかも、治孝の肩には二人分の荷物が下げられている。


「大丈夫だったんですね!? よかった……神奈森先輩が間に合ってくれて」

「……ああ。明日香が教えてくれたおかげだ。迎えを呼んであるからそれで帰るつもりだったんだが……」

「そんなことだと思ったぜ。荷物忘れてんぞ……と思ったけど、その様子じゃあ持てそうにねえな。迎え呼んでるんだっけか? そこまで持ってってやるよ」

「……助かる」


 治孝は俺の左腕が那月で埋まっていることから荷物持ちを申し出てくれたのだろう。

 ありがたいと思う反面、那月の衝動が心配だったが――大丈夫だと示すように、腕にしがみつく力が少しだけ強まった。


「んで……事情は聞かない方がいいんだろ?」

「その方が助かるけど、心配はしなくていい。持病みたいなものだからちゃんと休めば治る……はずだ」

「それならいいんですけど……どうして那月先輩は神奈森先輩の上着で顔を隠しているんですか?」

「泣いてたから顔を見られたくないんだってさ」

「~~~~っ!?」


 素直に口にすると、隣から声にならない悲鳴のようなものが聞こえて、肩に頭突きを何度もお見舞いしてくる。

 顔は見せたくない、でも俺が言ったことを放置も出来ない……そういう思考の末にたどり着いた那月なりの抗議なのだろう。


 痛くもかゆくもなければ、むしろ可愛げのある行動に微笑ましいものを感じてしまうのだが、本人は全く気付いていないと思う。

 治孝と明日香も那月がこんな風に感情を発露させるのを見るのは初めてだろうから、驚きながらも楽しそうに眺めていた。


 そんなこんなで校門前に到着すると、停車している黒塗りの高級車と学校の景色から妙に浮いているメイド服の女性――水越さんを発見。


「もしかしなくてもアレだよな?」

「黒塗りの高級車とかリアルに乗ってる人いるんですね……」

「……まあ、そうだな。とりあえず二人とも、ありがとう」


 ここまでついてきてくれた治孝と明日香へ礼をして荷物を受け取り、そのまま水越さんが開けていてくれた後部座席のドアから乗り込む。

 ドアが閉まって水越さんも運転席に乗り込むと、すぐにエンジンがかかって静かな駆動音を響かせて発進した。


 窓から俺たちを見送る二人に視線を返して校門を出たところで一先ず安心できる環境に身を置いたからか、緊張が緩んで自然と息が漏れる。


「……もう大丈夫、だな。那月が倒れたって聞いた時は本当に焦ったし最悪の事態も想定してたけど……なんとかなったか。那月に告白してた彼には悪いけど、あとで口止めをしておかないと」

「こちらでも動いておきましょう。それにしても……神奈森さん、那月お嬢様を泣かせたのですか?」

「人聞きが悪い言い方をしないでください。いや、状況的には間違っていないのかもしれませんけど……那月からもなんとか言ってくれ」

「……紅に泣かされました。それはもうみっともなく声を上げて、シャツに涙と鼻水がしみ込んでしまうくらい大泣きしました。責任、とってください」


 ぎゅっと被ったままの上着を掴みながら、那月はもごもごと口にする。

 まだ涙声っぽいのは演技ではないと思う。

 それが余計に真実味を帯びさせているのだが……多分意図してやっているんだろう。


 普通に質が悪い。


 こういうのは真正面から相手をしたらキリがないので胸が痛いけど無視することにさせてもらおう。


「で、いつまで上着を被ったままでいるんだ?」

「……帰るまでは顔を見たくありません。今見たら、絶対に我慢できないので」

「あー……なるほど」


 キスで血の供給はしたが、そんなもので吸血衝動が収まるわけがない。

 そして、血を摂取してしまったがために発情も始まっている。


 確かに帰るまでは顔を合わせない方がいいのかもしれない。


 だったら今のうちに疑問を解消しておこう。


「……なんで自然に吸血衝動が発生するくらいまで吸血の日数を空けたんだ?」


 今回の原因で、最大の疑問。


 異変があったのはGW前……いや、その最中か?

 特に顕著だったのはパーティ会場のベランダで話した時。


 あの日の那月は何かがいつもと違う感じがした。


「…………それは、私が吸血の必要がないと判断したからです」


 歯切れの悪い返答。

 それを鵜呑みにするにしても、声の調子から反省自体はしているのだろう。


 でも――


「正直に答えて欲しい。吸血するのが嫌、なのか?」

「っ! 違いますっ! そんなことは全然――」

「じゃあ、なんで吸血しようとしなかったんだ? 覚えてる限り、GW前までは数日に一回はしてた。なのに、本邸に戻ってからは一度もしてない。日数にして十日以上……これが今の限界なんだ」

「…………」

「俺は那月を守るためにいるんだよ。だから、教えてくれ。吸血をしようとしなかった理由を」


 理由もなく那月が隠しごとをするとは俺も思っていない。

 信頼の裏返しならいいけど、今回のは明らかにコミュニケーション不足が原因で起こったことだ。


 もっと那月を気にするべきだった。

 違和感はずっと感じていたのに、那月なら大丈夫だろうと根拠のない妄信でちゃんと見ようとしなかった。


 その結果がこれ。


 俺の目がない状況で告白をしてきた彼と二人だけのときに吸血衝動が発生した時点で、本来なら終わっていた。

 那月が鋼の理性で彼を襲わずに済んだのは、本当に奇跡だと呼んでもいい。


 想定できた状況の中ではまだいい方だけど、薄氷の上で踊っているくらいに危ういものだ。


 でも、それ以上に後悔しているのが――那月を泣かせてしまったこと。


 俺はまた、守れなかった。


 だから知らなければならない。

 那月のために、俺ができることを全て。


「……紅は、私を見捨てませんか?」

「当たりまえだろ」

「きっとこんなことを知ったら、紅は私から離れたいと思うはずです。そうじゃなきゃ、私が嫌なんです(・・・・・・・)

「……どういうことだ?」

「だって、私が吸血をしなかったのは――」


 そこまで口にして躊躇いが出たのか黙り込んだが、逃げられないと覚悟を決めたのだろう。

 深呼吸を挟み、胸に手を当てて呼吸を落ち着けてから、



「――このまま紅にだけ吸血をしていたら、いずれ殺してしまうからですよ」



 泣きそうな声で、那月は理由を明かした。


明日で最後です

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