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第22話 照れているんですか?


 水越さんが運転する車で会場となる高級ホテル――ここも舞咲が運営している事業の一つだ――に到着した俺と那月は受付を済ませて、三階にある会場の方に向かっていた。

 同じくパーティに参加すると思われる正装姿の人とエレベーターで移動し、三階で降りると会場に続く両開きになった扉の前に列が形成されている。


 二人揃って最後尾に並びながら参加者の確認をしてみるが、俺たちと同年代の人の姿は見受けられなかった。


「……なんだか緊張しますね。大人ばかりですし」

「昌磨さんはただの会食だって言ってたけど……こういうのに参加した経験がほとんどない高校生には厳しくないか?」

「幸いなのは大なり小なり舞咲に連なる人しかいないことでしょう。何かがあっても内々で済ませられます」


 人ならざる存在が混じっている家の人ならば理解があるだろうが、慰労パーティという名目なので事情を知らない可能性もある。

 もしも騒ぎが起こってしまったとしても昌磨さんの口から緘口令(かんこうれい)が敷かれるのだろうし、そのような契約を事前に結んで会社に勤めているはずだ。


「まあ、あんまり深く考えても仕方ないってことだ。気楽に行こう、気楽に」


 那月に言っているようで自分にも言い聞かせるように呟くと、左手の甲に那月の手が添えられる。


「今日は、なるべく近くにいてくれませんか?」

「元より離れるつもりはなかった。ちゃんとエスコート……とはいかないまでも一緒にいる。離れる理由もないし」


 この会食に知り合いがいるわけでも、何か用事があるわけでもない。

 だったら必然的に那月と一緒にいることになる。


 つまりは、いつも通りというわけで。


「……あと、今日の那月を一人にしたら、色々変なのが寄ってこないとも限らないからな」

「そう、ですか。では……ちゃんと傍にいてくださいね?」


 左手で那月の右手を軽く握って応えて、順番が来たところで招待状の方を受付の人に手渡して会場に入った。



 会場に入って初めに感じたのは、溢れんばかりの光と音だった。

 天井に吊るされた何十ものシャンデリアが広々とした会場を余すことなく照らしていて、会場奥にあるステージでは管弦楽団による生演奏が披露されている。


 視線を巡らせれば参加客の人たちが思い思いの料理を皿にとりわけ、立食形式で食べ進めつつ談笑をしている光景がそこかしこで散見された。

 年齢層で言えば俺たちよりも一回りから二回り上の人が多いが、中にはこういう場が初めてなのか落ち着かない様子の人もいる。


 受付のところでは目にすることがなかったが、俺たちと同年代やそれより下にも見える参加者を見つけて、二人揃ってほっと一息つく。

 未成年での参加者が自分たちだけじゃないとわかるだけで安心する。


 彼らはきっと会社の上層部の人たちのご子息だろう。

 将来のために経験を積ませる目的もあるはずだ。


「……それにしたって、これで大体舞咲の何割なんだ?」

「1パーセントにも満たないかと。場所の都合もありますし、東京にいる関係者だけでもこの会場が数十個あっても足りません。だからGW中は連日招待する人を変えてパーティをするみたいですよ」

「相変わらずのとんでもない規模感だな。ここを一日貸し切りにするだけでも本来ならうん千万とかかるはずなのに」

「飴と鞭、ということでしょう。みなさん楽しそうにしていますし」


 それは確かにそうなのかもしれない。

 目に見える形でご褒美を提示されれば頑張ろうと思える人は多いはずだ。


「私たちも食事を取りに行きましょうか」

「だな」


 ヒールで歩きにくい那月に気を配りながら、料理を取るための列の最後尾に並ぶ。

 今回の会食パーティはビュッフェ形式で、このホテルで厨房を任されている一流の料理人が作っているらしい。

 ずらりと並んでいる料理には美味しく見えるように計算された角度からライトが当てられていて、視覚的にも食欲をそそられる。


「……こうも種類があると食べるものに悩むな」

「また食べたくなったらその時に取りに来ましょう」

「なくなってたらちょっと悲しくなるやつだ」


 なんて話しつつ、やや大きめの取り皿に思い思いの品を少しずつ盛り付けていく。

 どうやら今日の料理の多くはフレンチらしく、日常的には見慣れない料理が並んでいて眺めているだけで楽しめる。


 まずは前菜のコーナーにある料理から数品を皿に盛り付けて、列を抜けてあまり人が居ない壁際のテーブル近くに陣取り、


「「いただきます」」


 声を重ねて、料理の方に手を付ける。

 初めに選んだのは定番ともいえるサーモンのカルパッチョ。

 脂ののったサーモンとソースを絡めてフォークを口に運び――爽やかな美味しさに思わず頬が緩む。


 オリーブオイルとレモンの風味……だろうか。

 シンプルな味付けだが、調和のとれた味に流石はプロの仕事だと舌鼓を打つ。

 俺の舌に判別できるのはそのくらいの基本的な味だけだったけど、食欲を促進する役割はじゅうぶんに果たしていて、早くも次の品が欲しくなってくる。


「……やっぱり家で作るよりも美味いな」

「味だけ見たらそうかもしれませんが、私は紅が作ってくれる料理も好きですよ」

「そう言って貰えると作り甲斐があるけど、無理に褒めなくてもいいんだぞ?」

「もちろん、今日の料理もとても美味しいと思いますよ。ですが、どちらが料理として美味しい、美味しくないから優劣をつけるという話ではなく……私のことを想って作ってくれる紅の料理が好きなだけですから」


 微笑みを湛えての直接的な誉め言葉をくらって、胸の奥からなにかが込み上げてくる感覚があった。


 料理は基本的にレシピ通り作ればそれなりに食べられるものが出来上がる。

 それでも一般人とプロとで味の違いが出るのは調理の手間だったり、細かい技術の差だと思っている。


 那月もそれをわかっていないわけじゃない。

 現に味だけならプロの方が上だと評価している。

 なのに、そのうえで俺の料理を好きだと言ってくれるのは――とても幸せなことだと素直に感じた。


 隠し味の愛情なんていうつもりはないけれど、確かになにかしらの感情が滲んで料理の味に影響を及ぼしている可能性もゼロではない。

 俺も那月が作ってくれる料理に味以上の価値を感じたことはある。


 なんていうか……俺はやっぱり、恵まれているんだ。


「……喉乾かないか? ドリンク貰ってくる」

「照れているんですか?」

「そうだよ悪いか」


 正直に白状すれば「そういうところも可愛くていいですよね」と控えめな笑い声に混じって呟かれ、俺はむずがゆい思いをしながらも料理の残った皿をテーブルに置いて逃げるように近くのウェイターさんからドリンクを貰ってくるのだった。


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