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第11話 愛されている感じがします


 過去に何度か訪れたことのある喫茶店で昼食を取った俺たちは、当初の目的であった那月の服を探しに大通りに面した洋服店を訪れていた。

 価格帯は一般的なものに比べるとやや高めな、若年層向けのブランドらしい。


 客層も若い女性が多い。

 男性もいるが少数で、誰もが女性に付き添うような形で店を回っている。

 

 恋人、なのだろう。

 二人の間に漂う雰囲気は友人よりも近くて、遠目でもわかるほどに甘い。


 やっぱり、こういうところは苦手だ。

 単純に居心地がそんなに良くないし、自分がもしも那月とそういう風に見られているのかもしれないと思うと、落ち着かなくなってしまう。


 内心の動揺は包み隠して平然と振る舞うのにも慣れてしまったけど。


「さて……と。何か良さそうなものがあればいいのですが……」

「……ていうか、夏服ってこんな時期から売ってるものなのか?」


 季節的にはまだ春、GWにもまだ一週間、夏に区分されるであろう七月までは二か月以上も間がある。


「並んでいないこともありませんよ。だって、その時期になってから着る服を買いに行くのでは遅いでしょう?」

「それもそうか。だとしてもゴールデンウィーク前は早すぎる気がするけど」

「…………そうかもしれませんね。せめてあと一か月後にするべきでした」


 那月と一緒に店内を回りつつ、他の人の邪魔にならないよう小声で会話をする。

 店に並んでいるのは春っぽいパステルカラーやデザインのものがほとんどだ。


「ですが、折角来ましたから見ていきましょう。いい出会いがあるかもしれません」


 元よりそのつもりだったのではないだろうか――そんな疑いを持ってしまうも、どの道那月と一緒にいるしかないので何も言わずについて回る。


 那月は店内を見つつ、気になったものがあると手に取り、身体に当てて「どうですか?」と聞いてくる。

 元がいいので何を着ても様になるのだが、いざ聞かれると「いいんじゃないか」なんて当たり障りのない言葉しか伝えられない。


 ファッションに関する知識が乏しいというのも理由としては上げられるが、根本的に褒めるのが下手なのだろう。


 こういうとき、自分の不器用さが嫌になる。

 どんな風に褒めたとしても那月が嫌がらないと知っていながら、一歩引いた場所からの感情しか伝えられない。


「――紅」


 がっちりと手首を掴まれ、いきなりのことに驚いていると、那月が少し下から覗き見ているのがわかった。


 つぶらな、緋色の瞳。

 吸い込まれそうな光が宿った宝石へ、意識が全て持っていかれてしまう。


「……私といるのは、楽しくありませんか?」


 悲しげに眉を下げつつ、そんなことを聞いてくるのだ。


 ここで初めて自分の失敗を悟る。

 どっちつかずの態度が那月に勘違いを抱かせてしまったのかと。


 もちろんそんな考えは欠片もなかった。

 けど、言葉だけでは伝わらないこともある。


「……悪い。そんなつもりはなかった。楽しそうな那月を見るのは楽しい」

「私は紅も楽しくないと嫌です」

「楽しんでるに決まってるだろ? ……目の前でこんなに可愛い女の子が色んな服を見せてくれてるんだから」


 恥ずかしいと思いつつも心の内を言葉にすれば、身体が芯から熱くなっていく。


 那月は黙り込んだかと思えば、くすりと顎のあたりに手を当てて控えめに笑う。


「……何がおかしいんだよ」

「そうやって恥ずかしがっている紅は珍しいと思ったので。でも、そうやってちゃんと言ってくれる方が私は嬉しいです。愛されている感じがします」

「愛されてるって……別に恋人じゃあるまいし。家族的な愛はあるかもしれないけど、それだけだ」

「許嫁なのに、ですか」

「引き受けた覚えがないからな」


 正確には返答を保留しているが、こうして今も同居生活をしているのが何よりの答えだと言われてしまうとどうしようもない。

 どこまでいっても俺は那月のことが大切で、出来る限り傍にいたくて――でも、生涯寄り添って生きるのは自分じゃなくていいと思っている。


 なんとも自分勝手な願望だ。


 本人の気持ちを知っている側としては、特に。


 那月がほいほいと想いを寄せる相手を変えるような軽い人間じゃないことくらい、身をもって知っている。

 俺のことを本心から好きでいてくれて、最近はそのアピールが強まっていることも。


「……今は、それでも構いません。ですが、いつか、答えてもらいますからね。紅ならいつでも歓迎です」

「…………そうかよ」

「というわけで――ちょっとこの辺を試着してきますね。なんとなく、紅の反応が良かった気がするので」


 そう言い残し、那月は数着の服を抱えて試着室へ入っていく。

 選んでいたのは、どれも俺が特に似合っていると感じたものだった。


「……全部お見通しかよ。そんなにわかりやすいのか?」


 似たり寄ったりの反応しか示していなかったはずなのに、どうしてそこまで正確に俺の気持ちを推し量ることが出来るのだろうか。

 本人に聞いたら女の勘とか全く参考にならない答えが返ってきそうだけど。


「さっきの綺麗な方はお客様の彼女さんですか?」


 店員さんがそんな質問をしてきたけど、俺と那月の間にそんな関係はない。

 ある意味恋人以上のことをしている自覚はあるけど、舞咲の秘密に関わることを口外は出来ない。


「違いますよ」

「そうですか……お二人が並んでいる姿、お似合いでしたよ」


 俺と那月がお似合い、ねえ。


 そう言われて嬉しさを感じる反面、やはり、少しだけ胸の痛みを感じてしまう。

 今の関係性に居心地の良さを感じている俺としては現状維持が最も安牌な選択肢で、那月が望んでいるのは正解のない道なき道だ。


 特に、那月と晴れて婚約となれば、俺たちは正式に家族となるわけで。


「……無理だな。想像がつかないし、怖い(・・)


 相変わらず進歩のない自分に嫌気を感じてため息をつきながら、那月が試着室から出てくるのを待つのだった。




「――今日は楽しかったですね」

「ならよかったけど……買い過ぎじゃないのか?」

「紅が似合うって言ってくれたので、つい」


日が暮れてきた頃に那月と手を繋ぎ、もう片方の手に買ってきた服が入った袋を持ちながら家までの道を歩いていた。

那月は上機嫌な雰囲気で茜色の空を眺めつつ、ゆったりとしたペースで歩いている。


「買ったのって春服、だよな。着る機会がそんなにないけどよかったのか?」

「ええ。折角紅が似合うって言ってくれたんですから。食事の買い物を一緒に行けば機会は作れます。室内で着ても大丈夫ですし」

「家だと楽な服の方がいい気がするけど……」

「……だって、おしゃれなところを見せておきたいじゃないですか」

「そういうものか? 結構だらしない部分も見てる気が」

「…………私だって気を抜きたいときがあるんです」


それもそうだし、那月が楽な服でいても特に思うところはない。

だらしない面も見せていいくらい信頼してくれてるんだなと感じるくらいだ。


「ま、俺は那月がソファでTシャツ一枚のままへそを出して寝ていても『そういうときもあるよなあ』としか思わないから安心しろ」

「……絶対にしませんからね?」

「もしもの話だって。無言で手の甲を抓らないでくれ」

「からかった罰です。甘んじて受け入れてください」


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